やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき

 本書は栄養学のうち,人間栄養学,とくに栄養調査や栄養指導といった実践栄養学に分類される分野の基礎的な解説書である.しかし,日本人の栄養摂取状態を紹介するものでも,疾病別に栄養指導法を紹介するものでもない.
 本書の目的は,「食べる」という現象を実証科学としてとらえ,それをどのように把握・整理し,どのように疾病予防や治療に利用するかという考え方の基本を伝えることにある.実証科学とは,「実態はどうか」を詳細に観察することによって,そこから得られる情報を有効に活用しようとする自然科学の一方法であり,社会における実践を目的とする応用科学では欠かせない考え方である.
 本書は,いままでの栄養学教育で不足していた実証科学的な視点を整理し,解説することを主な目的とした.したがって栄養調査法や栄養指導法が列記されたものではないが,本書を通読することによって,実践栄養学を志す者にとって欠かすことのできない「事実の見方」と「事実の使い方」に関する概念を身につけ,「科学的根拠とは何か」についての視点をもつことができるであろう.このように,実証科学的な視点で「事実」をとらえ,そこから得られる「科学的根拠」に基づいて栄養学を理解し,利用しようとする考え方が,Evidence-based Nutrition(EBN)である.
 そこで,「科学における事実のとらえ方」というところから本書をはじめることにしたい.情報化時代にあって,必須の考え方と技術といえるだろう.つづいて,「事実を観察するためのツール」という視点から栄養調査の再検討を試みた.次に,「事実をとらえるための技術」で栄養調査以外のところ,つまり「調査や研究の計画法」と「その質」についてまとめてみた.ところで,栄養学は自然科学である.自然科学では結果は数字で表わされ,数字を読みこなす文法が「統計学」である.そこで,人間栄養学で必要な「統計学」の基礎について簡単にまとめることにした.そして最後に,栄養指導における事実や科学的根拠の見方と指導評価法にまつわる問題についてまとめてみた.
 ところで,論文や総説,教科書といった形で研究結果に触れる機会が多いが,その舞台裏を覗く機会はあまりないのではないだろうか.しかし,この舞台裏こそが,事実の宝庫であり,調査・研究の質を決めているエッセンスが詰まっているところである.そこで,本書ではところどころで著者の研究論文を例として取り上げ,その舞台裏を披露することにした.これは,けっして著者の研究の質が高いことを意味するものではなく,むしろ,「いかに問題が多い調査や研究をしていることか」と批判的に読んでいただくことが本書の正しい読み方であると思う.そして,「自分だったらどうするだろうか」と自問自答することによって,より具体的にEBNの本質を理解することができるであろう.
 本書は昨年『臨床栄養』に7回にわたって連載した原稿を元に加筆・再構成したものである.連載をはじめた1年半前にはEBNということばはほとんど知られていなかった.ところが,いまではあちこちで耳にする.これは,人間栄養学・実践栄養学に携わる人たちが,EBNの必要性をいち早く認識してくださった結果にほかならない.EBNという考え方へのさらなる理解と普及・実践のために本書が活用されることを願って止まない.
 最後に,筆の遅い著者を辛抱強く支えてくれ,本書を完成にまで導いてくださった医歯薬出版編集部に改めて感謝したい.そして,「人間栄養学の基礎」と「事実を観察する楽しさ」を教えてくれた父,佐々木敏雄(故人)に本書を捧げたい.
 2001年10月 佐々木 敏
まえがき

第1章 EBNの概念
1 EBM台頭の背景
2 EBMの基礎概念
3 EBMからEBNへ
4 EBNを理解するためのポイント
 1.動物研究とヒト研究のちがい
 2.結果よりも方法を重視すること
 3.数値で表現し,統計量で評価すること
 4.参考文献を積み重ねて論理を展開すること

第2章 EBNで見直す高脂血症の栄養指導
1 指導の前に
2 栄養調査法の選択基準
3 栄養指導の量的効果
4 栄養指導法の効果判定
5 事実の価値基準
6 一次予防における注意点

第3章 栄養調査法再考
1 栄養調査からevidenceを読み取るためのポイント
 1.偶然誤差と系統誤差
 2.個人内変動
 3.自己申告で生じやすい誤差
  3-1.断面調査の場合
  3-2.栄養指導を行った場合
 4.データ・プロセッシングで生じやすい誤差
 5.集団から個人へ
2 食事記録法と思い出し法
 1.Gold standardとしての記録法と思い出し法
 2.調査日数,調査曜日の影響
 3.回答者と調査者に起因する誤差
  3-1.申告漏れに起因する誤差
  3-2.食習慣への干渉
 4.データ・プロセッシングにまつわる問題
  4-1.食品コードの与え方
  4-2.栄養価計算ソフトと食品成分表
3 質問紙法
 1.基礎概念
 2.順位(ランク)と量
 3.調査期間
 4.食品の選択
 5.標準摂取量(portion size)
 6.主食とみそ汁
 7.調味料の推定
 8.自由記入項目の有無
 9.記入者
 10.計算プログラム
 11.妥当性の検討
  11-1.妥当性研究結果の例
  11-2.順位妥当性と絶対妥当性
  11-3.Golds tandardの種類と特徴
  11-4.内部妥当性と外部妥当性
  11-5.栄養指導に用いるための質問票の妥当性
 12.簡易質問票
 13.栄養指導で用いる質問票に必要な周辺環境
4 消費データ
5 栄養調査法の選択基準
 1.目的からみた選択基準
 2.調査法の特徴からみた選択基準

第4章 統計の見方と使い方
1 欠損値
2 変数の種類
3 分布の正規性
4 代表値
5 有意性
6 群間比較
7 相関分析
8 回帰分析
9 分散分析
10 蓋然性
11 図表の基本ルール

第5章 調査・研究方法
1 疑問の誕生と先行研究の研究
2 先行研究の選択基準
3 作業仮説の提出と研究実施計画の立案
4 標本数の考え方
 1.測定誤差からの考え方
 2.調査可能人数からの考え方
 3.解析可能人数からの考え方
 4.EB的な標本数の評価方法
5 倫理的配慮
6 調査・研究の実行
7 事後処理
8 観察研究(実態調査)における研究手順の例
9 栄養指導の評価指標
10 栄養指導における評価計画の例

第6章 調査・解析の質とはなにか
1 標本数と有意性の問題
2 断面研究における「因果の逆転」
3 調査者バイアス
4 観察研究における群間比較の注意点
5 撹乱因子
6 撹乱因子の対処例
 1.年齢調整
 2.層別解析と多変量解析
7 調査方法の標準化
8 介入(指導)研究における注意点
9 エネルギー調整
 1.エネルギー調整の意味
 2.栄養密度法
 3.残差法
 4.例 題
10 「比,割合,バランス」の意味と問題

第7章 栄養指導の評価
1 集団への指導と個人への指導
 1.集団への指導
 2.個人への指導
2 指導と評価の関係
3 評価研究のレベルと指導現場の関係
4 「通常の栄養指導の場を用いた評価研究」の可能性と限界
5 調査結果をどのように指導に用いるか
6 栄養指導におけるScienceとArt

おわりに
文献
演習問題
索引