やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 2000年に福岡県大野城市にて「はなだ歯科クリニック」を開業し,来院する子どもたちの多くは歯列や咬合に何らかの問題を抱えていることに気づかされました.しかし当時,矯正治療を行ったことのない私は,「まだ永久歯に生え変わりの途中ですから,様子をみましょう」と何もできずにただ見ているだけでした.「う蝕や歯肉炎の予防だけでよいのだろうか?」「歯列不正や咬合異常を予防することも重要ではないだろうか?」と強く思うようになりました.
 そこで出合ったのが,鈴木設矢先生が設立された床矯正研究会でした.鈴木設矢先生の講習会を受講して,「これこそが私がしたいと思っている矯正治療だ! 当院の患者さんのニーズに合っている!」と確信しました.特に,原因を改善し患者自らの治癒力で治す「バイオファンクショナルセラピー(生物学的機能療法)」という考え方に感銘を受けました.私は毎月のように鈴木歯科医院を見学させていただき,夢中で学びました.そのおかげで,はなだ歯科クリニックに来院する子どもたちのほとんどが床矯正治療を始めるようになり,クリニック全体で床矯正治療に取り組むようになりました.
 2007年からは「はなだセミナー」を開設し,はなだ歯科クリニックにおける床矯正治療の取り組みを紹介し始めました.受講生はだんだん増え,2013年には床矯正研究会の入会資格取得セミナーに認定していただくようになりました.そして2015年に床矯正研究会の副主幹に就任し,主幹の鈴木設矢先生とともに床矯正治療のさまざまな問題点を解決してきました.2020年には研究会を法人化して一般社団法人日本床矯正研究会を設立し,私が理事長に就任しました.「ある先生が治療すれば治るが,ある先生が治療すると治らないというのは医療とは言えないのではないか.誰が治療しても同じように治ってこそ医療ではないだろうか」という鈴木設矢先生の言葉に心動かされ,床矯正治療の体系化を目指してさまざまな判断基準とプロトコールを作成し,治療をかなり標準化することができてきたと自負しています.その内容を紹介する本書が,床矯正治療に取り組む多くの臨床家の役に立ち,歯列不正や咬合異常をもつ多くの子どもたちの将来に夢と希望を与えることができるならば,これほどの喜びはありません.
 最後に,出版にあたり助言をいただいた鈴木設矢先生,本書の発行に尽力してくれた医歯薬出版の亀岡武史氏,ともに患者さんの治療に携わってくれた当院のスタッフ,私とともに当院の基礎を築いてくれたマネジャーの井吉美香氏,私の人生を支えてくれている妻の直子に,この場を借りて感謝申し上げます.
 2022年1月
 花田真也


推薦のことば
 私も著者の花田真也先生も,矯正専門医ではなく一般開業医です.私は40年ほど前に開業しました.矯正治療を希望する患者さんを矯正専門医に紹介すると,小臼歯抜歯をするようにと言われた患者さんが再来院しました.この程度の不正咬合で抜歯が必要なのかと疑問を感じ,図書館で調べると,欧州では非抜歯の床矯正治療が昔からあり,早期治療の方法があることを知りました.そこで2000年に床矯正治療の講習会を開催し,床矯正研究会を創設しました.約20年間にわたり私と著者は床矯正治療に関してさまざまな観点から考察してきました.そして,床矯正治療における疑問点をともに解決してきました.
 患者さんは歯列を治すことを求めますが,歯列不正を発症するには原因があります.治療としては発症原因の解決が先だと考えます.たとえば,叢生は歯列の発育不足が原因であり,悪習癖からも歯列,顎の偏位は発症します.口腔は筋で満たされており,筋のバランスのとれたところに歯列は並びます.筋のバランスが乱れれば,当然,歯列は乱れます.そして,発症原因を改善しなければ,後戻りが生じます.
 歯冠の位置が不正なのは,歯根の位置が不正だからです.歯根膜が歯根を不正な位置に丁植しているからです.歯列不正を論じるならば,歯根・歯根膜から論じるべきです.そして,歯根膜が正しい機能を維持するには咀嚼から考察すべきです.咀嚼は咬断運動・粉砕運動・臼磨運動の三相から構成され,口腔内外の筋系と協調運動をしています.さらに機能と形態は連動しています.機能により歯列や顔貌は変化します.子どもの顔は成人の顔の縮小形ではありません.子どもの顔を正して成人の顔に育成するのも矯正治療の目的だと考えています.
 悪い状態のまま様子を見ていくと,病態はさらに悪化します.早期に治療を行ううえで,床矯正治療は適した治療法です.床矯正治療は可逆的治療法であり,仮に患者さんから治療の中止を求められても問題は生じません.開業医にとっても,取り入れやすい治療法だと思います.
 私は昨年から後期高齢者となりました.床矯正研究会は,2020年度から著者を中心とした一般社団法人日本床矯正研究会に発展しています.床矯正治療が普及することで,矯正治療が患者さんにとって身近になり,抜歯をしなければならない子どもが減少することを願っております.
 2022年1月
 鈴木設矢
Part 1 歯列不正の分類
 Chapter 1 原因による歯列不正の分類
  歯列不正の3つの原因
Part 2 バイオファンクショナルセラピー
 Chapter 2 バイオファンクショナルセラピーとは
  歯列不正に対する新しいアプローチ
  床矯正治療に対する誤解
 Chapter 3 正しい咀嚼の獲得(食事指導)
  発育刺激と顎の成長
  咬合力検査に基づいた食事指導
  食事指導のポイント
  食事中の観察
 Chapter 4 正しい呼吸の獲得
  口呼吸の見極め方
  正しい呼吸へのアプローチ
  胸式呼吸の獲得
  鼻閉の改善
  口腔周囲筋のバランス
 Chapter 5 正しい嚥下の獲得
  異常嚥下の見極め方
  舌癖
  舌癖を改善する6つの方法
 Chapter 6 正しい姿勢の獲得
  ストレートネックの改善
  ストレッチ板の使用
 Chapter 7 その他の悪習癖の改善
  咬爪癖や吸指癖の改善
  頬杖や顎押しの改善
 Chapter 8 歯列不正ごとのバイオファンクショナルセラピー
  叢生や上顎前突の場合
  下顎後退や下顎偏位の場合
  下顎前突の場合
  開咬の場合
  骨格性開咬の場合
Part 3 床矯正治療における顔貌の分析
 Chapter 9 頭部エックス線規格写真(セファロ)分析は必要か
  上下顎切歯の移動量の予測
  歯の移動可能距離の診断
  アデノイドの診断
  成長による骨格と歯の状況変化の診断
 Chapter 10 軟組織プロファイル分析による骨格の評価
  顔写真の規格化
  SPプレート
  SPテンプレート
  コラム「成人へのアプローチ」
Part 4 治療開始のタイミングと適応
 Chapter 11 治療開始のタイミング
  床矯正治療の時期に影響を与える要素
  治療時期別の難易度
  治療開始のタイミング―治療期間を逆算する
  下顎前突は乳歯列期から早期の治療開始が必要
  コラム「早期治療と青年期治療の背景」
 Chapter 12 乳歯列期のアプローチ
  バイオファンクショナルセラピーによる歯列の育成
  下顎前突と臼歯部交叉咬合の対応
 Chapter 13 混合歯列期以降のアプローチ
  治療の考え方
  混合歯列前期(6〜8歳)のアプローチ
  混合歯列後期(9〜11歳)のアプローチ
  永久歯列期(12歳以上)のアプローチ
 Chapter 14 下顎前突のアプローチ
  乳歯列期(3〜5歳で開始)
  混合歯列前期(7〜8歳で開始)
  混合歯列後期(10歳以上で開始)
  永久歯列期(12歳以上で開始)
Part 5 メカニカルな治療
 Chapter 15 床矯正装置の種類
  側方拡大床
  ファンタイプ拡大床
  前方拡大床
  後方移動装置
  閉鎖型装置
  タングホールド
 Chapter 16 床矯正装置の取り扱い
  ネジの巻き方
  装着時間の目安
  ネジを巻くタイミング
  歯が移動するタイミング
 Chapter 17 床矯正装置の調整
  アダムスのクラスプの調整
  ボールクラスプの調整
  唇側線の調整
  閉鎖型装置の調整
  クラスプ破折の対応
 Chapter 18 歯列不正ごとのメカニカルな治療
  混合歯列前期の叢生治療のプロトコール
  混合歯列前期の叢生症例集
  混合歯列後期の叢生治療のプロトコール
  混合歯列後期の叢生症例集
  上顎前突治療のプロトコール
  上顎前突症例集
  下顎前突治療のプロトコール
  下顎前突症例集
  開咬治療のプロトコール
  開咬症例集
 Chapter 19 側方拡大の目安
  側方拡大量の予測
Part 6 床矯正治療開始後の留意事項
 Chapter 20 治療中の患者とのコミュニケーション
  会話の対象(誰に話すのか)
  装置装着状況の確認
  装置不適合の理由と対処法
  ネジが巻けていない理由と対処法
  患者のモチベーション
  バイオファンクショナルセラピーの経過
 Chapter 21 動的治療の終了
  再評価のための検査
  チューブ咀嚼訓練
  機能と永久歯萌出の管理
 Chapter 22 永久歯萌出完了後の対応
  自然保定
  第二大臼歯の萌出障害
  矯正装置使用の終了
 Chapter 23 治療終了後の歯列の乱れ
  「歯列の乱れ」への対応
  第三大臼歯による悪影響
 Chapter 24 治療の中断と中止
  治療中断と治療中止の違い
  治療中断時の対応
  治療中止時の対応

 文献
 索引