やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 20年程前に思った素朴な疑問「なぜ歯周疾患は進行するのだろう?」が,全ての始まりでした.口腔外科出身なので歯周外科から歯周疾患治療に入り,イニシャル・プレパレーションの大切さを後で学び,そのなかのプラーク・コントロールやモチベーションのむずかしさを,身をもって体験しました.ですからこの本の内容は筆者自身の実学です.筆者は歯周疾患治療に取り組むことによって,多くのことを学びました.まず,患者さんとの長い付き合いを経験したことです.次に,メインテナンスを通して治療後の経過を追うことによって,知的好奇心を刺激する興味深い事実に出会ったことです.
 現在の風潮として,予防歯科とインプラントの重要性が声高く言われています.しかし,この入口と出口だけで歯科医療が成り立つはずもなく,この中間の部分,一般的に当たり前のように行われている歯内療法,歯周疾患治療,補綴治療のなかにこそ,口腔の本来の役割を知る手がかりがあるような気がしています.
 歯は大事です.なるべく触らずに保存することが,歯科医師の仕事だと信じていました.しかし,患者さんの懸命のブラッシングにもかかわらず,歯が喪失していく現実を多く経験しました.また,そんなに意図したわけでもないのに治癒傾向を示す歯周疾患罹患歯に出会いました.その差は何なのか?それに対する答えを全章にわたって述べたつもりです.進行した歯周疾患の歯に対して修復処置が果たす役割とは何なのか.その適用の診断基準とは.経験則に基づいて行われてきた歯周疾患治療と修復処置の関係を科学することに腐心しました.
 初診時の治療計画だけで最終処置までいくのが理想なのですが,歯はそれぞれ病態が違います.再評価時の診断による治療計画の変更は,回復程度が違う各歯のコーディネートを行うために必要な作業なのです.ここに修復処置の要,不要や適用の範囲の問題が出てきて術者を悩ませます.
 歯周疾患進行と咬合との関係を検証するのに,最初の仮説を考えてから十年近くかかりました.自分の考えが間違ってないか,毎日来院してくる患者さんの口腔内を診るたびにその咬合的誘因を推察していく作業を続けました.咬合はあまりにも評価すべき要素が多く,一括りに論ずることは不可能です.
 この本の咬合も歯周疾患の経過にスポットを当て,それと照らし合わせる形で書いてみました.顎関節や欠損,全身疾患など他の要素が入るともっと複雑になり,収拾がつかなくなるかもしれません.しかし,この考え方は,歯周疾患進行の理解の一つの手がかりになると考えています.
 筆者の最初の歯科臨床の発表の題は,「主訴,それから」でした.もう二十年近く前のことですが,そのなかで夏目漱石の『それから』という小説の言葉を引用しました.「血を盛る袋が,時を盛る袋の用を兼ねなかったなら,如何に自分は気楽だらう.如何に自分は絶対に生を味はひ得るだらう.けれども」今生きている生命体は,時間に伴う死への歩みを止めることはできないのです.筆者は,死という大仰な命題に集約する前に,時間のスパンを少し短くして,肉体(組織)の時間の経過による変化を見てみたいと思いました.
 臨床家にとって自分が行った治療が正しかったのか間違っていたのかを判断するためには経過観察しかないのです.それも比較対照可能な資料をとり続け,客観的に評価することです.この時間軸を通して疾患の経緯を診ていく姿勢が,筆者の歯科臨床に対する取り組みの根幹です.この本のなかで論を進めている根分岐部病変や骨縁下欠損,スプリンティングにしても皆この考え方で見つめていったものです.
 この本が筆者の最初の疑問,歯周疾患進行の謎の答えになっているかはわかりません.しかし,悩みながらも治療してきた結果を呈示いたしました.この本が読者の皆様の日常臨床のお役に立てれば,この上ない喜びと感じます.
 歯科医師を志して今日に至るまで,さまざまな分野の先生から教えを受け,育てていただきました.大学関係,研究会の会員の先生方,感謝の言葉を重ねても尽きることはありません.またこの本を刊行するにあたり,多くの先生から意見を拝聴し,イラストやグラフの提供もいただきました.心より感謝申しあげます.
 信頼して通院していただいた患者さん,ホスピタリティあふれるスタッフに支えられた23年間でした.感謝の気持ちは日々の診療のなかでお返しすることができればと思っています.
 最後に,本書の企画,製作にご尽力いただいた医歯薬出版の辻 寿様にお礼申しあげます.皆様のお陰で良い本にすることができたと自負しております.あらためて深甚なる謝意を表します.
 2006年7月吉日
 高島 昭博
1章 修復処置を伴う歯周疾患治療の考え方
 1.治療・処置に際して考えるべき因子と要素
  1)患者の個体差と個人差
  2)歯周疾患に罹患した口腔の時間軸による変化
   (1)歯・歯周組織の変化(2)歯列の変化(3)咬合の変化
 2.歯周疾患の治療,修復処置の目的―口腔の機能・審美の回復とその持続性の獲得
  1)歯周疾患の治療
  2)修復処置
 3.歯科医院として備える要件
 4.実践しやすいトリートメント・プランニングの立案・作成
2章 一口腔の診査・診断
 1.歯周疾患の進行過程
 2.歯・歯周組織の状態
  1)咬耗の影響
  2)歯頸部の変化
  3)歯内疾患の出現
  4)歯周組織の変化
 3.歯列の状態
 4.歯の欠損の状態
  1)欠損の原因
  2)欠損の部位
  3)欠損の認識方法
 5.咬合の状態
  1)咬合支持歯
  2)咬合平面
  3)早期接触歯
 6.総合的な診断
  1)時間軸を通しての診断
  2)治療の選択肢
  3)インフォームド・コンセント,アカウンタビリティ
  4)患者一人一人への個別対応
3章 患者と向き合う
 1.アカウンタビリティ(accountability)
 2.歯周疾患の3つの顔
  1)疾患の顔
  2)生活習慣病の顔
  3)加齢の顔
 3.具体的なインフォメーションの方法
4章 歯周疾患進行の考察―咬合の要素からみて
 1.歯周疾患の原因と誘因
  1)歯周疾患の原因
  2)歯周疾患の誘因
 2.歯周疾患の進行過程
  1)咬耗
   (1)前歯の咬耗(2)臼歯の咬耗(3)コンタクト・ポイントの咬耗
  2)病的移動
   (1)臼歯の病的移動(2)前歯の病的移動
 3.歯周疾患進行の影響
  1)機能への影響
  2)炎症への影響
  3)審美への影響
5章 歯周疾患進行のパターンと修復処置
 1.歯周疾患進行のパターン分け
 2.大臼歯先行パターン
 3.小臼歯先行パターン
 4.犬歯先行パターン
6章 イニシャル・プレパレーション
 1.モチベーション
  1)歯科治療導入へのモチベーション
  2)歯周疾患治療導入へのモチベーション
  3)治療の各場面でのモチベーション
  4)メインテナンスへのモチベーション
 2.プラーク・コントロールとスケーリング,ルート・プレーニング
 3.咬合調整
7章 骨縁下欠損の治療
 1.骨縁下欠損の診査
 2.骨縁下欠損の治療
  1)re-fill(再生を促すこと)
  2)fill-in(失われた骨組織の補2)
  3)migration(骨縁下ポケットの底上げ)
 3.骨縁下欠損の進行に合わせた治療法
8章 根分岐部病変の治療
 1.根分岐部の解剖学的特徴
 2.根分岐部の診査・診断
   (1)歯の解剖学的形態(2)罹患歯の状態(3)罹患歯周囲の状態(4)当該歯に限局した病変なのか,歯周疾患の進行による広範囲な骨欠損に付随する分岐部病変なのか
 3.根分岐部保存療法
 4.根分岐部除去療法
  1)歯根分割(bi-furcation)
  2)分割抜歯(hemi-section,tri-section)
9章 MTMの活用
 1.残根歯の挺出
 2.根近接の解消
 3.歯列の整復
 4.咬合支持の確保,咬合性外傷因子の除去
 5.審美性の獲得
10章 プロビジョナル・レストレーションの役割
 1.咀嚼機能・審美性の回復
 2.歯周組織の治療
 3.咬合の諸要素・スプリンティングの範囲の模索
 4.下顎位,咬合平面,顔との調和を模索した例
 5.最終修復物のシミュレーション
11章 スプリンティングの意義
 1.スプリンティングの目的
 2.スプリンティングの欠点
 3.私が考えるスプリンティングとは
  1)スプリンティングの効果
  2)スプリンティングの対象歯
  3)スプリンティングの範囲決定
   (1)範囲決定の時期(2)判断基準(3)留意事項
12章 欠損補綴の方法
 1.歯周疾患を伴った欠損歯列のタイプ分け
 2.歯周疾患を伴った欠損歯列の特徴
  1)歯周支持組織量が減少している
  2)歯周疾患の進行の度合いにより,さまざまなステージの歯が混在する
  3)重度の歯周疾患においては,残存歯が病的移動を起こしている
  4)歯周疾患が原因で欠損にいたった顎堤はボリュームが小さい
 3.歯周疾患を伴う欠損歯列の治療
  1)歯周疾患治療
  2)補綴治療
 4.歯周疾患を伴う欠損歯列の補綴設計
  1)ブリッジで対応できる場合
  2)パーシャル・デンチャーの併用が必要な場合
  3)インプラントを利用する場合
13章 歯科技工士との連携
 1.歯科技工士に渡す前のチェック(歯科医師の責任)
  1)支台歯形成
  2)印象採得
  3)咬合採得
 2.歯科医師から歯科技工士に渡すべき一般的な情報
  1)患者のプロフィール
  2)修復物の種類
  3)シェード
  4)術前の模型と口腔内写真
 3.歯科技工士との情報交換
 4.実際の製作に関しての歯科医師と歯科技工士との連携
14章 具体的な治療の進め方―全顎的に進行した歯周疾患の症例をとおして
 1.症例の概要,主訴・既往
 2.診査・診断
  1)口腔内所見
  2)歯周組織診査
  3)エックス線診査
 3.治療計画
 4.治療の概要
  1)治療の指針
  2)修復処置を伴う歯周疾患治療の一般的な流れ
   (1)感染源の除去(2)ブラッシングの徹底(3)隣接歯のコンタクト,咬合からの解放(4)プロビジョナル・レストレーションの装着による緩徐な機能圧の付与(5)プロビジョナル・レストレーションの咬耗による歯牙の生理的移動の容認(6)MTMによる各支台歯の位置の適正化(7)欠損部顎堤への対処(8)各支台歯の再評価(9)最終修復物をシミュレートしたプロビジョナル・レストレーションの装着(10)最終修復物の装着
 5.治療の経過
  1)全体の流れ
  2)局所の流れ
   (1)骨縁下欠損と根分岐部病変 infra-bony defect & furcation involvement(2)歯槽堤増大形成術 ridge augmentation
 6.再評価
  1)評価項目
   (1)歯の再評価(2)歯肉の再評価(3)顎堤の再評価(4)咬合の再評価(5)修復処置の要,不要
 7.修復物の製作
  1)橋渡しのプロビジョナル・レストレーション
  2)支台歯形成
  3)印象
  4)咬合採得
  5)メタルの試適
  6)ビスケット・ベイクの試適
  7)修復物の装着
15章 メインテナンス
 1.疾病構造,治療概念の変遷とチーム医療での対応
 2.メインテナンスの目的
 3.メインテナンスで診査する内容と必要なデータ
  1)カルテ
  2)エックス線写真
  3)PPD値
  4)模型
  5)口腔内写真
 4.メインテナンス中の具体的事例
  1)咬耗の進行
  2)歯周疾患進行部位の発見
  3)インプラント周囲歯槽骨の動態
 5.咬合調整
付章 デジタル・サブトラクション法を用いたエックス線写真の定量分析
 1.デジタル・サブトラクション法の臨床的な意義
 2.サブトラクション画像の取得と分析方法
  1)digitization
  2)geometric corrections
  3)correction of density variations
  4)digital subtraction images
  5)quantitative analysis
 3.骨縁下欠損症例における歯周疾患治療後の歯槽骨の変化
  1)サブトラクション画像を取得するための具体的方法
   (1)幾何学的歪みの補正(2)濃度比の補正(3)サブトラクション画像の読み方
  2)経時的変化の見方
   (1)経時的に撮影されたエックス線写真のサブトラクション画像の比較(2)領域解析
  3)歯槽骨動態の定量分析
   (1)歯周ポケットの変化(2)領域解析(3)濃度解析
 4.スプリンティング後の歯・インプラント周囲歯槽骨の変化
 5.10症例12部位のスプリンティング後の歯・インプラント周囲歯槽骨の変化

・索引