やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 中村祐輔
 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所理事長
 医療は医学領域のみならず,薬学,工学,ゲノム解析技術の進歩に伴って高度化,複雑化,多様化してきた.そのため研究者,医療関係者,患者・家族との知識ギャップが大きくなり,丁寧でわかりやすい説明などを含め,医療従事者への物理的・精神的負荷が過度になってきている.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行は,わが国の医療が直面している大きな課題,すなわちデジタル化,AI化の大きな遅れを顕在化させたといえる.紙ベースでの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染陽性者の報告やワクチン接種記録など,20世紀のまま停滞している感がある.しかし,いかなる環境下であっても心の通った人間性に満ちた医療を提供することが,医療に従事する者の使命であることは変わらない.
 高度で先端的な医療技術を医療現場に還元しつつ,医療現場の負担を軽減するといった一見相対する目標を実現するためには,AIやデジタルを駆使した医療イノベーションの創出とそれを社会のなかで活用するためのインフラ整備が不可欠である.世界のなかでもきわだった高齢化社会となっている日本にとっては,医療の質の維持,要介護人口の減少,就業人口の維持などの課題を克服することに,国の将来がかかっているといっても過言ではない.
 医療の質を考える時,診察現場で医師がパソコンのモニターとキーボードに目を奪われ,患者の目を見て話す時間が限られることは大きな問題である.また,看護師は看護記録に勤務時間の約30%を割く状況となっており,患者に対面すべき時間が減少してきている.もし,これらの診察・看護記録をAIが自動的に会話をテキスト化し,それらのサマリーを作ることができれば,医療従事者が記録に割く時間が軽減され,人間対人間の心の通ったケアに時間を割くことができるはずである.さらに,医療技術の進歩で多くの検査・画像データが生み出されているが,医療に関する知識量やデータ量は人間の記憶能力や解析能力を超えており,これらが必然的にヒューマンエラーにつながる危険性も高くなっている.特に,日本では画像・病理検査の数に比べて専門医の数が相対的にかなり少ないため,より迅速で正確な診断をするためのAIの活用に迫られている.
 そして,病院間で統一された検診・診療データシステムを構築し,データの共有をすることができれば,全国のどこにいても,いつでも,そして誰もが,同じ質の診断を受けられるようになることが容易に推測できる.わが国は,地震や豪雨などの自然災害のリスクに常に曝されているので,クラウドなどのデータベースの活用とセキュリティーの高い認証システムによって,非常事態に陥っても,自分の診療情報にいつでも,どこでもアクセスできるような体制の構築が急がれる.旅先や出張中での急病に際して,診療記録へのアクセスの有無が命に関わることもありうる.また,膨大な検診・診療データベース情報とAIの活用ができれば,病気に関する新たな知見を得ることができ,それらの情報をもとに病気の予防,新規の治療薬・診断法の開発,そして個別化医療につながるものと期待される.医療現場でのロボットによる補助やAIアバターを利用した患者への説明補助などの技術開発も進んでいる.内閣府プロジェクトから派生したオープンな医療AIプラットフォーム技術研究組合と日本医師会に発足したAIホスピタル推進センターの連携など,将来を見据えたAI医療の実装化に国をあげて取り組む必要に迫られている.医療のデジタル化,AI化が医療現場での働き方改革,質の高い医療の維持,そして人間的で共感的な医療の提供に役立つと確信している.
 はじめに(中村祐輔)
1.セキュリティの高い医療情報データベースの構築とAIを用いた医療記録の音声入力による自動文書化
 (大平 弘)
 KeyWord 医療情報データベース,秘密分散・秘密計算,AI,自動文書化,医療用語
2.医療用ビッグデータ利活用に向けた秘密分散・秘密計算技術の適応
 (櫻井陽一)
 KeyWord 秘密分散技術,秘密計算技術,プライバシー保護,多施設共同研究,ベンチマーク
3.医療用語集による診断補助システム・自動音声入力の性能向上を目指して
 (一圓 剛)
 KeyWord 医療用語集,自動文書化,診断支援,非構造化データベース
4.人とテクノロジーの協調による医療現場の働き方改革─タブレット・ロボット・アバターを用いた実証事例
 (宇賀神 敦)
 KeyWord AI(人工知能),eConsent,ロボット,QOL,働き方改革
5.AIを用いた診療時記録の自動文書化
 (権藤章彦)
 KeyWord 電子カルテ,音声認識,テキストマイニング
6.救急医療現場における音声入力システムの活用
 (園生智弘・他)
 KeyWord 救急医療,音声入力,ハンズフリー,ドクターカー
7.リキッドバイオプシーとAIの活用によるがん診断
 (清谷一馬・中村祐輔)
 KeyWord リキッドバイオプシー,血中遊離DNA(cfDNA),血中循環腫瘍DNA(ctDNA),人工知能(AI)
8.医療AIプラットフォームのサービス事業基盤と医療AIサービスの企画・開発
 (八田泰秀)
 KeyWord 医療AIプラットフォーム(医療AIPF),サービス事業基盤,医療AIサービス,画像診断支援AI,音声入力
9.医療AI技術の普及にむけた日本医師会AIホスピタル推進センターの取り組み
 (吉田澄人)
 KeyWord かかりつけ医,日本医師会AIホスピタル推進センター(JMAC-AI),健診標準フォーマット,健診結果データ標準化共同センター
10.医療の現場におけるAI技術の活用に向けた取り組み
 (武井明則)
 KeyWord AIホスピタル,日本医師会AIホスピタル推進センター(JMAC-AI),マルチステークホルダー,アジャイル・ガバナンス
11.内視鏡AI操作支援技術の研究開発
 (池田裕一・上條憲一)
 KeyWord 大腸内視鏡,人工知能(AI),暗黙知,技能分析
12.がん研有明病院におけるAIホスピタルの取り組み─人工知能を有する統合がん診療支援システムの開発
 (小口正彦・他)
 KeyWord 人工知能(AI),データベース,がん,診療支援AI,病理AI
13.大阪大学医学部附属病院におけるAIホスピタルの取り組み
 (川崎 良・他)
 KeyWord 人工知能(AI),診断支援,業務支援,人間中心のAI,社会実装
14.慶應義塾大学病院におけるAIホスピタルの取り組み
 (洪 繁・他)
 KeyWord AIホスピタル,慶應義塾大学メディカルAIセンター
15.国立成育医療研究センターにおけるAIホスピタルの取り組み
 (中村和昭・五十嵐 隆)
 KeyWord 人工知能(AI),AIホスピタル,小児・周産期,biopsychosocial
16.地域基幹病院におけるAIを活用した働き方改革への取り組み
 (長堀 薫)
 KeyWord 音声入力できる電子カルテ,自然言語処理,戦略的イノベーション創造プログラム(SIP),AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム

 サイドメモ
  秘密分散技術とは
  秘密計算技術とは
  AIの歴史
  eConsent
  テキストマイニングによるカルテ記録情報の抽出
  国立高度医療研究センター(ナショナルセンター:NC)