やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 井上 博
 富山大学大学院医学薬学研究部内科学第二
 不整脈領域の研究は多岐にわたって進歩しつつあるが,本別冊では基礎と臨床の分野で個人的に注目している事項を取り上げてみた.
 基礎研究は分子から遺伝子レベルに,遺伝子異常から機能解析へ,あるいは異分野との共同研究へと多方面に展開されている.たとえば,わが国で誕生したiPS細胞を利用して遺伝性不整脈をもつ患者の体細胞から心筋細胞を分化誘導し,電気生理的検討をはじめとするさまざまな研究がすでに開始されている.工学技術との共同研究として,コンピュータ・シミュレーションにより不整脈の発生機序の解明が試みられている.光学マッピングの応用も同様で,このような解析を通して不整脈の発生機序,薬剤効果の解明などが可能となってきた.
 臨床面では心房細動と心室細動にかかわる研究が注目される.不整脈の薬物治療は色褪せた感があるが,あらたに心房に特異的に作用する抗不整脈薬の開発が脚光を浴びている.その効果について十分な成績は得られていないが,心室性不整脈を引き起こさないという利点をいかすことができれば,治療の選択肢はおおいに広がる.心房細動による心原性塞栓症の予防については20年前から海外で大規模試験が行われ,リスク評価に基づいたガイドラインが提唱され,わが国の臨床現場でも浸透しつつある.現行の抗凝固療法は有効ではあるが,さまざまな問題点がある.これを克服するため新規の作用機序をもつ経口抗凝固薬の開発が進行中で,ここ数年の間に心原性塞栓症の予防法は大きく様変わりするはずである.また,植込み型除細動器やAED(自動体外式除細動器)の導入により,院外で発生する心室細動が救命されるようになった.その原因のひとつであるBrugada症候群の疫学調査の成績もまとまり,海外とは異なる臨床像が明らかになってきた.また,IT技術の応用である遠隔モニタリングも臨床現場に導入されはじめ,重症不整脈例の管理もきめ細かく行えるようになりつつある.
 本別冊が不整脈研究の動向の一端を知ることに,すこしでもお役に立てば幸いである.
 はじめに(井上 博)
不整脈研究の最先端
 1.不整脈とイオンチャネル病(蒔田直昌)
  ・単一遺伝子疾患としての不整脈
  ・多因子遺伝子疾患としての不整脈
 2.Caハンドリング異常と不整脈(小野克重)
  ・細胞内Ca2+の上昇と撃発活動―Ca2+の直接作用
  ・カルモデュリンやCキナーゼの作用―細胞内シグナルを介する短期作用
  ・イオンチャネルやCa2+制御蛋白変化に基づく機序―蛋白発現を介する長期作用
 3.iPS細胞の不整脈研究への応用―再生心筋を用いた創薬・疾患メカニズムの解明(李 鍾國)
  ・iPS細胞由来再生心筋の電気生理特性
  ・不整脈研究への応用
  ・今後の課題
 4.光学マッピングによる不整脈研究―スパイラルリエントリーのダイナミクス解析と制御(本荘晴朗・児玉逸雄)
  ・スパイラルリエントリーのダイナミクス
  ・イオンチャネル遮断の効果
  ・スパイラルリエントリー制御による不整脈治療
 5.コンピュータシミュレーションの不整脈研究への応用(芦原貴司)
  ・不整脈シミュレーションの歴史
  ・電気ショックによる心筋反応のシミュレーション
  ・二相性ショックの優位性とトンネル伝播仮説
  ・ICDによる電気的除細動のシミュレーション
  ・急性心筋虚血下の心室期外収縮のシミュレーション
  ・慢性心房細動におけるCFAEのシミュレーション
  ・国内外の不整脈シミュレーション事情と今後の展望
心房細動をめぐる新展開
 6.心房特異的抗不整脈薬(中谷晴昭)
  ・あらたな心房細動治療薬の開発が試みられる背景
  ・心房筋細胞活動電位と標的イオンチャネル
  ・心房特異的イオンチャネルに作用する薬物
 7.メタボリックシンドロームと心房細動―The Niigata Preventive Medicine Study(渡部 裕)
  ・メタボリックシンドロームと心房細動
  ・The Niigata Preventive Medicine Study
  ・心房細動発症のメカニズム
  ・心房細動の予防
 8.睡眠呼吸障害と不整脈(前野健一・成井浩司)
  ・睡眠呼吸障害(SDB)の治療,診断
  ・OSAを介した不整脈発症のメカニズム
  ・OSAと徐脈性不整脈
  ・OSAと心房細動
  ・OSAと心室性不整脈
 9.心房細動と炎症―因果関係はあるか?(山下武志)
  ・心房細動と炎症―臨床研究から
  ・心房筋に炎症は存在するか
  ・心房筋炎症はどこで生じるのか
 10.心房細動―アップストリーム治療の臨床的意義(庭野慎一)
  ・心房細動と心房筋リモデリング
  ・アップストリーム治療として期待できる治療介入と効果
  ・アップストリーム治療の臨床的意義
 11.心房細動塞栓症のリスク評価法―塞栓症リスク評価(平井忠和・井上 博)
  ・NVAFの塞栓症発症リスク
  ・塞栓症リスクとCHADS2スコア
  ・心房細動の予後と塞栓症リスク
  ・発作性心房細動と塞栓症リスク
  ・現行のリスク評価法の課題
 12.心原性塞栓症予防薬の新展開(是恒之宏)
  ・ダビガトラン(BIBR1048,dabigatran etexilate)
  ・リバロキサバン(BAY59-7939,rivaroxaban)
  ・エドキサバン(DU-176b)
  ・アピキサバン(YM150)
 13.心房細動アブレーション治療―現状と展望(山根禎一)
  ・発作性心房細動に対するアブレーション
  ・慢性心房細動に対するカテーテルアブレーション治療の現状
  ・心房細動アブレーションの今後の展望
心室細動をめぐる新展開
 14.Brugada症候群:診療方針up-to-date(鎌倉史郎)
  ・Brugada症候群の成因
  ・Brugada症候群の予後
  ・心事故予測因子
  ・Brugada症候群の治療
  ・Brugada症候群と早期再分極症候群
 15.Purkinje線維起源心室細動―カテーテルアブレーションによる治療の可能性(野上昭彦)
  ・心室細動の機序
  ・特発性VF症例に対するアブレーション
  ・虚血性VFに対するアブレーション
 16.QT短縮症候群(堀江 稔)
  ・SQTSの臨床像
  ・SQTSの遺伝子異常
  ・SQTSの治療,予後
 17.心不全と突然死:CRT-Dの意義(栗田隆志)
  ・CRTの位置づけ
  ・CRT-Dを使いこなすには
 18.非侵襲的検査指標による心事故の予知―現在使用可能な指標に焦点をあてて(池田隆徳)
  ・循環器ルーチン検査の活用
  ・リスク評価のための非侵襲的な特殊検査指標
 19.ICD,CRT-D,ペースメーカーの遠隔モニタリング(佐藤俊明)
  ・遠隔モニタリングにより確認できる情報
  ・遠隔モニタリングを用いた診療の実際
  ・遠隔モニタリングに関連する臨床研究
  ・遠隔モニタリング導入と運用の課題
 20.院外突然死救命へのパラダイムシフト―わが国におけるAED普及の実態と展望(三田村秀雄)
  ・院外突然死救命体制の見直し
  ・日本における急速な AEDの普及
  ・AEDを用いた院外での救命実績
  ・今後への課題と期待

 ・サイドメモ目次
  ゲノムワイド関連解析(GWAS)
  リモデリング
  経食道心エコー図と塞栓症リスク
  心房細動の停止は慢性心房細動アブレーションのエンドポイントか
  非侵襲的検査指標をうまく活用するうえでのポイント