やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 動脈瘤(aneurysm)とは動脈が局所的に膨れて文字どおり瘤(こぶ)のようになった状態を指す.Aneurysmの語源はギリシャ語のaneurysma(ane:across,eurys:broad)で,動脈という意味が含まれていないが,慣例に従い動脈に発生する瘤を指し,静脈に発生する瘤はvenous aneurysmとよぶ.では動脈がどの程度膨隆拡張している場合からを動脈瘤とよぶべきかは正常動脈の50%以上の拡大を認めるときに動脈瘤とするJohnstonらの提言があるが,実際はたぶんに診断医の主観的な判断による場合が多い.
 解離性動脈瘤(dissecting aneurysms)は1934年にShennanが『Dissecting aneurysms』という著書の冒頭で,“血流が血管壁のなかに浸入し,血管壁間を押し広げることにより生じた病変”と用語として定義づけたのが最初である.
 しかし,解離した血管壁が血管内腔側に隆起することなどにより,血管の外周に瘤を形成しない場合がよく存在する.このような場合は,解離性動脈瘤というよりは動脈解離(arterial dissection)とよんだほうがふさわしい.
 動脈瘤,動脈解離の存在は200年以上も前から知られており,しかも現在もいぜんとして重要な研究,治療方法開発のテーマである.たとえば,診断ではMRI,3D-CTの出現,治療でいえば,コイルやステントを用いた血管内手術の進歩.もちろん直達手術の技術の進歩も見逃せない.また治療の適応に関連する疫学的な理解も深まってきている.さらに,法医学の分野では軽微な外傷後の突然死に,動脈解離がみつかるケースがあり,動脈解離は原因か結果かと判断を迫られる機会が増えてきたと聞く.
 血管はひとつにつながっている.しかし,この分野の医学・医療はひとつにつながっていない.
 たとえば,嚢状動脈瘤という言葉は脳外科医は動脈分岐部に発生する瘤のことを指し,循環器外科医,循環器内科医は大動脈の拡張した状態を指す現実がある.
 どの分野にもいえることであるが,研究や理解が進むにつれて細分化し,全体像がみえにくくなる傾向がある.動脈瘤や動脈解離に関しては血管という面でかなり共通の部分が多いはずであるが,臨床医の場合,臓器ごとに分かれているため,同じような病態の理解に基づいて治療していても用語も異なり,相互交流が疎遠になりがちである.
 そこで,本書の企画編集のひとつの目的は,動脈瘤と動脈解離を診療科を越えて現時点で可能なかぎり全体的理解と把握を可能にしようと試みた.そのためになるべく写真や図を多くした.もうひとつの目的はどのような証拠や事実に基づいた主張なのかを客観的に判断できるように,その根拠にこだわり続けた点である.そのうえで各著者には,自由に自説を述べていただき,とくに事前の調整はいっさいしなかった.
 本書を読まれると,独立した泉からあふれ出た川が,ひとつの大きな流れとなって海に注ぐような思いを抱くのは編者だけであろうか.本書が今後ますます発展していくであろう本病態に対する研究の,現時点でのささやかな道標となることを期待してやまない.
 2001年9月 水谷 徹 小島英明
序文 水谷 徹・小島英明

第1章 血管の構造と病理
 1.全身の血管解剖とその組織構造 後藤 昇・江連博光
 2.中枢神経系の微細血管構築―大脳皮質・基底核 野中博子・秋間道夫
 3.動脈の宿命的リモデリング 増田弘毅

第2章 大動脈
 4.大動脈瘤と大動脈解離―その病態および治療 窪田 博・高本眞一
 5.大動脈瘤と大動脈解離―CT,MRIによる画像診断のポイント 木村文子
 6.大動脈瘤と大動脈解離の病理形態像 村井達哉・馬塲美年子

第3章 脳の血管
■嚢状動脈瘤■
 7.脳動脈瘤のすべて 斎藤 勇・塩川芳昭
 8.嚢状脳動脈瘤の動物誘発モデル 橋本信夫
■非分岐部動脈瘤と動脈解離の新展開■
 9.解離性脳動脈瘤―研究史・概念・自然歴・疫学・臨床 山浦 晶
 10.脳血管の本幹動脈瘤の分類と病態 水谷 徹
 11.急性解離性脳動脈瘤の立体構造と臨床 水谷 徹
 12.巨大化する本幹脳動脈瘤をどう理解すべきか―慢性解離性脳動脈瘤の概念 水谷 徹
 13.脳動脈本幹動脈瘤の手術治療―急性解離性脳動脈瘤を中心として 水谷 徹
 14.高血圧性脳内出血と動脈解離 小島英明
■法医学領域からみた動脈瘤と動脈解離■
 15.突然死例にみる脳動脈瘤と脳動脈解離 齋藤一之・高田 綾
 16.椎骨動脈解離―内因性か外傷性か 小林雅彦

第4章 冠状動脈とその他の動脈
 17.原発性冠動脈解離 高田 綾
 18.川崎病冠状動脈瘤―臨床から 石井正浩・加藤裕久
 19.川崎病冠状動脈炎の病理組織像と動脈解離・未解離 高橋 啓・直江史郎
 20.肺動脈解離 増田 茂
 21.上腸間膜動脈の動脈瘤と動脈解離 安原 洋
 22.脾動脈瘤破裂の一例 今井 裕・白石泰三
 23.肝動脈の解離 横井佳博・中村 達
 24.特発性浅側頭動脈解離性動脈瘤の1治験例 藤井省吾・梶川 博
 25.腸骨動脈の動脈瘤と動脈解離 安原 洋
 26.総腸骨動脈の解離 土田弘毅・斎藤武郎
 27.消化管のangiodysplasiaとよばれる病変を中心に 中村哲也

第5章 関連する分子生物学
 28.Marfan症候群の遺伝子診断 山本俊至
 29.Williams症候群と遺伝子異常 門間和夫・松岡瑠美子
付録 染色法
 30.中枢神経系の血管染色法 前田 明・秋間道夫
 31.HEプレパラートからの弾性線維染色法 鈴木 浩
 32.Movat五重染色法 古谷津純一