やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 私たちは,看護専門職として,より良い実践を行うことが求められています.そのためには,質の高い看護研究を蓄積していくことが必要です.本書は,既刊「よくわかる看護研究の進め方・まとめ方―エキスパートをめざして」の姉妹本として,質的研究の手法についてまとめたものです.量的研究,質的研究といった方法論にかかわらず,看護研究は,看護実践の質的向上と実践的学問としての看護学の発展を目指しています.そのなかでも特に質的研究は,看護の対象となる人々の経験や考え方を学び,またそのなかで看護職者が自分自身に気づくことで,それまでとは異なる実践を行うことが可能になります.本書は,これらの看護研究の意義を踏まえ,看護職者のみによって執筆された広範囲な質的研究を取り上げた初めての書籍であるといえます.
 研究方法を学ぶことは,決して「やり方」を学ぶことではありません.そこで本書では,第I章「看護研究の基礎知識」で,看護研究に求められるものは何か,また質的研究と量的研究は何が同じで何が異なるのかを解説しています.そして第II章「質的研究の基礎」では,質的研究の定義や特徴,質的研究を行うために重要なパラダイムの説明を行っています.質的研究を行うためには,複数の現実が存在することを認め,研究対象としている現象を経験している人々から学ぶ姿勢が重要になります.したがって第II章では,このような質的研究を実施するために必要な理解や態度を明確にしたうえで,質的研究のプロセスを具体的に説明しています.第III章「質的研究における倫理的配慮」では,インタビューや参加観察などのデータ収集・生成時に生じる倫理的問題だけではなく,研究者自身がデータ分析の道具となる質的分析で経験する倫理的問題とそれへの対処について,実際の研究を基に解説しています.
 第IV章「主な質的研究と研究手法」では,質的記述的研究,グラウンデッド・セオリー,エスノグラフィー,現象学,質的事例研究,アクションリサーチを取り上げました.どの研究手法においても,わかりやすく解説することを心がけましたが,それは決して本書をハウツーものとして使ってもらうためではありません.質的研究は,それぞれの手法の哲学的基盤に基づき,なおかつ研究の問いによって選択されるものです.そのことを十分に理解していただくために,まず哲学的基盤を説明し,どのような研究に適している手法なのかを明らかにしています.そして研究方法のプロセスと留意点では,できるだけ実際の研究例を用いて,わかりやすく解説しています.出版されている論文を読んだだけではわからない著者の思考過程や研究上の工夫も理解していただけると思います.第V章「質的研究を論文にまとめるときの留意点」では,緒言から結語さらに図表に至るまで,質的研究を用いた論文の作成方法とその留意点について解説しました.
 この本を仕上げる過程で,私たち編者は質的研究のプロセスと同じように,多くのことを学んできました.その学びは,質的研究方法に関する知識のみではなく,各執筆者の方に,私たちが理解できるまで原稿の修正をお願いするという相互作用による学びであったと思います.看護をどう考えるか,何を目指した看護実践をするのか,そのための研究にどのような価値を見いだすのかなど,看護や看護研究に関する自分自身の価値観を問い直す経験でした.質的研究の力は,まさにこのようなものだと感じました.多くの看護職者の方が,質的研究によって看護の対象となっている人々の経験を学び,同時に看護職者としての自分自身に気づく経験をされ,それによってより良い看護実践が可能となることに,本書が少しでも役立てば嬉しいと思います.
 最後に,本書の出版にあたり,辛抱強くお力添えくださいました医歯薬出版株式会社の担当者の皆様方に厚くお礼申し上げます.
 2007年1月 グレッグ美鈴
 麻原きよみ
 横山美江
I.看護研究の基礎知識(横山美江)
  1.研究に求められるもの
  2.看護学における研究領域
  3.看護研究に多く用いられている研究方法
   1)質的研究と量的研究の共通点と相違点
   2)質的研究と量的研究のそれぞれの有用性
    (1)質的研究の有用性/(2)量的研究の有用性
II.質的研究の基礎
  1.質的研究とは(グレッグ美鈴)
   1)定義,特徴
    (1)質的研究の定義/(2)質的研究の理解のために/(3)質的研究の特徴
   2)歴史的背景
   3)質的研究の種類
    (1)言葉の特徴/(2)規則性の発見/(3)テクスト/行為の意味の理解/(4)リフレクション
   4)看護において質的研究はどう役立つのか 22(麻原きよみ)
  2.質的研究のプロセス(麻原きよみ)
   1)研究の問いを明らかにする
   2)文献検討
   3)研究をデザインする―研究計画書の作成
   4)フィールドへのアクセスと関係づくり
   5)データ収集と分析の同時進行プロセス
   6)具体的なデータ収集方法
    (1)サンプリング/(2)インタビュー/(3)参加観察/(4)文化の産物(artifacts)/(5)映像による方法/(6)データの記載の仕方
   7)分 析
    (1)分析のプロセス/(2)分析する際の留意点
   8)論文を書く
  3.質的研究の評価基準(麻原きよみ)
   1)質的研究に用いられる評価基準
   2)質的研究の質を確保するための方法
    (1)研究参加者と一定の時間を費やすこと/(2)系統だった方法/(3)トライアンギュレーション/(4)継続比較法/(5)例外ケースの分析/(6)専門家や研究者との検討/(7)研究プロセスの明確化/(8)メンバーチェッキング/(9)濃密な記述
   3)質的研究の評価基準に関する近年の動向
  4.本書で紹介する方法論と用いる用語(麻原きよみ)
III.質的研究における倫理的配慮
  1.倫理指針とインフォームドコンセント(横山美江)
   1)倫理指針
   2)インフォームドコンセント
    (1)研究目的と研究方法の説明/(2)依頼書および同意書の利用/(3)研究への参加は対象となる人自身の自由意思/(4)研究への参加・協力の拒否権/(5)プライバシーの保護と個人情報の取り扱い
  2.質的研究における倫理的配慮(横山美江)
  3.質的研究を行う際に生じる倫理的な問題とその対応(大森純子)
   1)データの収集と生成の段階で経験する倫理的な問題
    (1)フィールドへのアプローチ/(2)研究参加者へのアクセス/(3)インフォームドコンセント(説明と同意)の取り交わし/(4)インタビュー・参加観察の実施/(5)匿名性の保持とデータの管理/(6)研究日誌の活用
   2)データ分析の段階で経験する倫理的な問題
    (1)専門職の思考回路からの脱却/(2)答えはすでに語られている/(3)ぶち当たるためにある分析の壁
IV.主な質的研究と研究手法
 [1]質的記述的研究(グレッグ美鈴)
  1.質的記述的研究とは
  2.どのような研究に適しているか
  3.質的記述的研究における研究方法のプロセスと留意点
   1)研究課題の選択
   2)文献検討
   3)研究の問いあるいは研究目的
   4)研究手法の選択
   5)サンプリング
   6)データ産出
   7)倫理的配慮
   8)データ分析
    (1)データの縮小/(2)データの表示/(3)結論を導き出すこと・実証
   9)分析結果の厳密性の検討
  おわりに
 [2]グラウンデッド・セオリー(萱間真美)
  1.グラウンデッド・セオリーとは
  2.どのようなテーマがグラウンデッド・セオリー・アプローチに向いているか
  3.グラウンデッド・セオリー・アプローチの手順
   1)データ収集
    (1)参加観察法/(2)インタビュー法
   2)データ分析
    (1)オープンコーディング/(2)カテゴリの生成/(3)理論的サンプリング/(4)カテゴリの洗練/(5)コアカテゴリの選定
   3)論文の執筆
 [3]エスノグラフィー(麻原きよみ)
  1.エスノグラフィーとは
  2.文化とは
  3.エスノグラフィーの歴史
  4.エスノグラフィーをどうとらえるか―理論的基盤
  5.エスノグラフィーはどのような研究課題,研究対象に適しているか
  6.エスノグラフィーの特徴
   1)フィールドワーク
   2)研究者の見方の二面性
    (1)内部者と外部者の見方/(2)微視的見方と巨視的見方
   3)人々との関係のもち方
   4)内省
  7.研究プロセス―方法としてのエスノグラフィー
   1)フィールドへのアクセスとフィールドに入る前の準備
   2)調査の始まり
   3)データ収集方法
    (1)意識した問い/(2)参加観察/(3)インタビュー/(4)文化の産物(artifacts)/(5)その他の方法/(6)記録の方法
   4)分析方法
    (1)暫定的カテゴリの発見/(2)カテゴリの統合/(3)カテゴリの関係とテーマの発見
  8.論文執筆―成果としてのエスノグラフィー
  おわりに
 [4]現象学(大久保功子)
  1.現象学と看護
  2.現象学の歴史的な流れの概略
   1)哲学としての現象学
   2)方法論としての現象学
    (1)自然科学 vs人間科学/(2)真実のありか/(3)研究者は真実にどう迫るのか/(4)研究者の先入観(見)を除くための還元
  3.どのような研究に適しているか
    (1)日常のなかに埋もれている知を掘り起こす/(2)脇に追いやられた人々の世界や当たり前にされてきたことに迫る
  4.いろいろな現象学へのアプローチ方法
    (1)vanKaamのアプローチ/(2)Giorgiの記述的現象学的心理学/(3)Colaozziのアプローチ/(4)vanManenの解釈的現象学/(5)Choen,Kahn,Steevesの解釈学的現象学へのアプローチ(一部改変)
  5.解釈学的現象学における研究方法のプロセスと留意点
   1)テクストの収集方法
    (1)どのように研究参加者を募るか/(2)どのように人の語りを聴くのか/(3)どのように研究者が私という人間の経験を使うのか/(4)どのようにフィールドワークを活用するのか/(5)テクストを読み込む/(6)人に伝えるために何度も書き直す
   2)分析全体の手順
 [5]事例研究(吉岡京子)
  1.事例研究とは
  2.リサーチクエスチョンの設定
  3.どのような研究に適しているか
  4.事例研究のデザインのタイプ
  5.事例研究における研究方法のプロセスと留意点
   1)データを収集する前に
    (1)ケーススタディ・プロトコル/(2)データの種類/(3)インタビューと理論的サンプリング
   2)フィールドへの入り方と研究者に求められる配慮
   3)パイロット・ケース・スタディ
   4)データ分析の手順
  6.事例研究を行う研究者に求められる姿勢
 [6]アクションリサーチ(岡本玲子・Julienne Meyer・Barbara Johnson)
  1.アクションリサーチとは
   1)アクションリサーチの定義
   2)アクションリサーチの特徴
   3)アクションリサーチの歴史
   4)アクションリサーチの類型
  2.どのような研究に適しているか
  3.アクションリサーチにおける研究プロセスと留意点
   1)研究のプロセス
   2)データの収集方法
   3)論文のまとめ方
   4)アクションリサーチのクリティーク
  4.アクションリサーチの展開に有用な手法
   リフレクティブプラクティスとクリニカルス-パービジョン
V.質的研究を論文にまとめるときの留意点(グレッグ美鈴)
  1.論文のタイトル
  2.要旨
  3.はじめに・緒言
  4.研究方法
  5.結果
  6.考察
  7.結語
  8.引用文献
  9.図表