やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第3版の序

 鹿教湯温泉療養所の近代化,そしてリハビリテーションセンター鹿教湯病院への名称変更記念として出版された本書「脳卒中最前線」(初版1987年)は, 1994年改訂第2版が発行になり一般書として再出発となった.以降,若手医師や理学療法士,作業療法士などに購読され現在までに11刷の発刊を数えている.「脳卒中最前線」の書名の意図は,最先端の知識というより,最前線で働く人たちに役に立つ本ということにあった.この点では成功したと思っている.
 しかし学問の発達,とくに1990年以降の医学の発達,脳卒中の場合ヘリカルCT・MRIに代表される医療検査機器や,細胞膜受容体や遺伝子レベルの研究が生物工学的手法により飛躍的に進歩した.これにより病態の解明と治療法の進歩は,質的にも量的にもわれわれ古い世代にとっては驚異的なものがある.21世紀の医療が遺伝子治療や臓器移植を含め,どのような発達を遂げるのか想像を絶するものである.
 このような現状からして,「脳卒中最前線」第2版も古い医学になってしまった.そこで新進気鋭の先生方にもお願いし第3版を発行することになった次第である.
 改訂版として重点においた点は,脳卒中超急性期および急性期の診断と治療と早期リハの問題,退院後維持期の施設や自宅での介護保険関連の問題である.しかし,脳卒中そのものがますます複雑多彩となり,病態によりリスク因子や治療法が異なる面もあり,一口に脳卒中の早期リハといっても単行本になるほどの内容である.また,装具使用など必ずしも統一された基準がないので,「脳卒中治療の流れ」の項ではとりあげたが,文中項目としては割愛のやむなきに至った.
 今やリハ医療は国家的問題になっている.リハ医療が福祉医療のなかではたして患者のQOLにどのように役立っているか,QOR(リハビリテーションの質)を低下させ,ただ延命と介護を増加させているに過ぎないのではないかの問題も重要である.老人医療費や寝たきり老人介護福祉費用は国家財政をも圧迫しつつある.リハ医療は本来,障害を軽症化し,自立者を増し,医療費と福祉費用のトータルとしては節減に役立つ学問でもある.本書を通じてこの点でも少しでも役に立つことを願うものである.
 最後に,筆者選定にあたってお世話になった,伊藤梅男・前田道宣・田丸冬彦・金井敏男・望月秀郎の諸先生および執筆の諸先生,そして関係各位のご協力に感謝する.
 2003年4月
 編者代表 藤田 勉

第2版の序

 近代医学の進歩はきわめてめざましい.脳血管障害領域においても,特にその診断機器(X線CT,MRI,DSA等)の開発と普及は目を見張るものがある.各専門分野においても,疾患の病態の解明,そして治療分野においても特にICUを中心とする救命救急の分野が整備され新しい治療法も数多く開発されている.しかし,リハビリテーション医療分野は上記の発達に比べどうであろうか.
 厚生省は超高齢化社会を迎えリハビリテーション医療の重要性を認め,高齢者福祉法に基づく「ゴールドプラン」を発表し,1992年4月の診療報酬改定の中でようやくリハビリテーションという言葉を初めて使用した.しかし現実的には,発病初期から生活に戻るまでの質の良いリハビリテーション医療が実践されているかといえば,確かに施設や在宅のリハビリテーションを充実することにはなっているものの,現実的にはこれで良いのかと首をかしげなければならないと思うのは筆者だけではないと思われる.1958年に発刊されたRuskそして1964年のHirschbergの教科書の冒頭に述べられているリハビリテーション医学の基本を忘れがちではないか,もう一度原点に戻ってリハビリテーション医療を見直す必要があると思われる.それぞれの教科書の重要な部分を本文中に掲載してあるが,この中で最も重要な点は「リハビリテーション医療は医療人の倫理性および人間性が基盤になっている」ことにある.
 現代の医療はともすると医療機器や器具そして薬剤のみに頼りすぎ,患者の心を無視しがちである.最近の医師は「患者の病を診て人を診ない」ともいわれる傾向があるが,リハビリテーション医療こそ現代医療の信頼の回復につながる医療であることを全ての医療人が心得ることを念願して第2版の序文とする.
 1994年3月
 長野県厚生連リハビリテーションセンター鹿教湯病院名誉院長 藤田 勉



 脳卒中のリハビリテーションについての近年の技術の進歩は,まことに著しいものがある.思えば,私どもが今から30年前,鹿教湯温泉に農民の医療のために温泉療法の利用を思いたった時には,率直にいって,単なる“湯治”的発想に過ぎなかった.私などはまだリハビリテーションなる言葉さえ知らなかった.その頃はまだ老年学(gerontology)の学会さえなく,成人病に対する社会の関心も薄いものがあった.それが,昭和40年代になると,人口の急速な老齢化が,社会問題として論じられるようになり,老人の医療問題からそのリハビリテーションまでが,国民の日常的テーマとなるに至ったのである.
 もともと脳卒中は,農村医学の最も重要なテーマであった.“中風にあたる”農民の数が多いということだけでなく,食塩の過剰摂取から,肉体的ならびに精神的過労,さらには“冷え”などの農民の生活自体が,その発病に深く関連していた.しかしながら,高度経済成長の時期を経て,農家の暮らしは大きく変貌し,今日では,かつての脳出血は減少の傾向をみせるに至ったが,しかし高齢者の脳梗塞の方はむしろ増えている実情である.そして,増加する“寝たきり”“痴呆”の老人のケアが,今や重要な社会問題となるに至った.
 今度,リハビリテーションセンター鹿教湯病院が,その設立30周年を記念して,「脳卒中最前線」を発行される.まことに快挙と言いたい.藤田現院長が真先になって,歴代の院長,所長をはじめ,関係の各専門家が顔をならべて,それぞれの部門における最新の技術の発展を紹介しておられる.しかも,誰にも分りやすくである.
 好むと好まざるとにかかわらず,今日では“在宅ケア”が重要な時代となりつつある.その“寝たきり”の6割以上が,脳卒中の後遺症なのである.医者,看護婦だけでなく,リハビリ専門家や地域保健婦はもちろん,そのような老人のケアに直接あるいは間接にタッチする地域住民の皆が,この「脳卒中最前線」によって,その最新の情報を知り,その実践的技術を学ぶことは,新しい老人ケアの時代を迎えるに当っての,重要な社会的ニーズを満たすことになるに相違ない.
 1987年9月
 長野県厚生連佐久総合病院院長 若月俊一
I 脳卒中治療の流れ
 脳卒中治療の流れ……藤田 勉・宮坂元麿
 脳卒中にかかわる人々とその役割……宮坂元麿
II 脳卒中の診断と治療
 急性期に何をすべきか
  1 brain attackの急性期にどこまで治せるか……伊藤梅男
  2 昏睡患者を診察したとき,まず何から始めればよいか……伊藤梅男
  3 脳卒中の画像診断はどのように進めるか……田畑賢一
  4 意識障害のない脳卒中は軽症といえるか……宮坂元麿
  5 急性期の全身管理はどうするか……宮坂元麿
  6 急性期にとくに注意すべき合併症は……鳥養省三
  7 内科的治療はどう進めるか……宮坂元麿
  8 脳卒中急性期に必要な手術には何があるか……伊藤梅男
  9 急性期にしてはいけないこと……宮坂元麿
 運動・感覚
  10 脳卒中の麻痺の特徴は……宮坂元麿
  11 脳卒中片麻痺の評価法は……金井敏男
  12 脳卒中片麻痺は回復するか……原 行弘
  13 脳卒中片麻痺回復の手段と根拠は……金井敏男
  14 筋トーヌスの異常とその対策……田幸健司・松山 徹
  15 関節拘縮の予防とROM訓練……山田雪雄
  16 座位・立位はいつから可能か,そのときの注意は……山田雪雄
  17 体軸傾斜症候群――いわゆるpusher syndromeを中心として……福井圀彦
  18 歩行訓練はいつから進めるか……松山 徹
  19 歩行分析とは……高見正利
  20 反張膝・内反尖足・槌趾などをきたさないために……島野晃雄
  21 内反尖足があるのだが――手術とブレースの適応……前田道宣
  22 両側支柱付き装具とプラスチック装具の使い分けは……中村信幸
  23 内反尖足・槌趾など足の変形に対する手術は……前田道宣
  24 転倒の予防対策……田丸冬彦
  25 歩行をあきらめるのはどんなときか……田丸冬彦・金井敏男
  26 上肢訓練の目的と実際――その特異性は……坂口辰伸
  27 上肢に対する神経生理学的アプローチ……望月秀郎
  28 上肢の協調性・巧緻性を妨げる因子は,また上肢の機能回復予後は……花岡寿満子
  29 よくみられる手の拘縮と変形……福井圀彦・前田道宣
  30 利き手交換とその意義……花岡寿満子
  31 片手で日常生活ができるか――ADL訓練の実際……望月秀郎
  32 患側上肢の回復にこだわって,片手動作訓練や利き手交換を拒否しているがどうするか……福井圀彦
  33 失調を呈する脳卒中は――失調に対するリハはどうするか……宮坂元麿・金井敏男・花岡寿満子
  34 脳卒中にみられる不随意運動は……田幸健司
  35 脳卒中にみられる感覚障害は――感覚障害に対するリハはどうするか……山田雪雄・花岡寿満子
 意識障害
  36 意識障害とは……田丸冬彦
  37 通過症候群とは……田中恒孝
  38 軽い意識障害の評価と対策……田中恒孝
 高次脳機能障害・精神障害
  39 失語症と構音障害の違いは……牧下英夫
  40 失語症はどのように検査するのか……遠藤邦彦
  41 失語症患者には知能障害があるのか……平林 一
  42 言語治療はどのように行うか……柳 治雄
  43 非アルツハイマー型痴呆と失語……福井俊哉
  44 失語症はよくなるか……遠藤邦彦
  45 ほとんど言語機能を失った患者にはどのように接したらよいか……遠藤邦彦
  46 communicationADL……平林順子
  47 記憶障害とそのリハビリテーション……平林 一
  48 眼は何ともないのに物を見誤る――失認とは……遠藤邦彦
  49 左に注意が向かない,何が考えられるか――半側空間無視とその対策……石合純夫
  50 右片麻痺があり,左手で歯ブラシが使えない――失行症とその対策……遠藤邦彦
  51 重度の左片麻痺があるのに左手足は動くという――病態失認とその対策……坂爪一幸
  52 右半球症候とは……田丸冬彦
  53 自立を妨げる精神機能障害は――感情・意欲・注意・知能・遂行機能・人格の障害……坂爪一幸
  54 脳卒中に伴ううつの特徴は……田中恒孝
  55 脳卒中後の疲労……坂爪一幸
  56 血管性痴呆の特徴は……田中恒孝
  57 痴呆患者に対するアプローチの工夫……鎌田ケイ子
 多発脳梗塞症候群
  58 多発脳梗塞症候群……宮坂元麿
  59 多発脳梗塞症候群で生じる麻痺性構音障害のしゃべり方の特徴――構音失行との違いは……遠藤邦彦
  60 嚥下障害の評価と対策……牧下英夫
  61 血管性パーキンソニズムの特徴は……丸山哲弘
  62 両側片麻痺の理学療法はどうしたらよいか……金井敏男
 その他/眼症状
  63 眼症状が教えてくれるものは……宮坂元麿
  64 半盲の病巣と対策……畠山 正
  65 複視の対策……畠山 正
 その他/めまい
  66 めまい:神経内科の立場から……田丸冬彦
  67 めまい:神経耳科の立場から……八木昌人
 その他/疼痛
  68 肩の痛みとその対策は……丹沢章 八
  69 上肢痛・肩手症候群の対策は……中村信幸
  70 腰痛・膝痛の対策は……島野晃雄
  71 特定不能な痛みを訴えているが,その対策は……田丸冬彦
  72 異所性骨化の予防と対策……中村信幸
 その他/痙攣
  73 脳卒中にみられる痙攣とその対策……大木弘行
 その他/排尿・排便障害
  74 急性期の尿路管理はどうするか……福井準之助
  75 尿失禁が続くときどうするか(慢性期の治療)――尿・便失禁対策……福井準之助
  76 夜間頻回に尿意を訴えるが,何が考えられるか……福井準之助
 その他/褥瘡
  77 褥瘡の対策と予防……近藤恵子
 その他/性生活
  78 脳卒中患者の退院後の性生活……福井準之助
 その他/歯科
  79 歯科・口腔衛生の問題点……小泉真一
 活動(activity)と参加(participation)へのアプローチ
  80 脳卒中の職業復帰……山田恵美子
  81 杖歩行,ADLが自立した:家庭での工夫は――生活の工夫と家屋整備……小野千恵
  82 歩行が完全に自立しない――どのような移動方法があるか……丸山陽一
  83 座位がとれる――家庭に帰る準備は……丸山朋子
 脳卒中の病態と診断:どこまでわかるか
  84 X線CTでどこまでわかるか……宮坂元麿
  85 MRでどこまでわかるか――脳血管障害のMRI,MRS……五十嵐博中・片山泰朗
  86 脳血流測定(SPECT)でどこまでわかるか……田畑賢一
  87 脳波・誘発電位で何がわかるか……林 良一
  88 脳卒中のリスクファクターには何があるのか……藤田 勉・大和眞史・鳥養省三
 脳卒中の治療:どこまで治せるようになったか
  89 脳梗塞の治療の進歩は……伊藤梅男
  90 脳出血の治療の進歩は……富田博樹・伊藤梅男
  91 クモ膜下出血の治療の進歩は――脳血管内手術について……戸根 修・伊藤梅男
  92 脳卒中慢性期の血圧管理はどうすべきか……宮坂元麿
  93 脳卒中の再発予防はどうすべきか……宮坂元麿
  94 抗凝固療法の適応と方法――脳塞栓の一次予防を中心に……大和眞史
  95 抗血小板療法の適応……鳥養省三
  96 古くて新しい治療法:温泉療法……藤田 勉
  97 古くて新しい治療法:物理療法……福井圀彦
  98 古くて新しい治療法:漢方・鍼……泉 従道
III 脳卒中治療のゴールとその後にくるもの
  99 身体障害者手帳の申請はどうすればよいか……深瀬文啓
  100 介護保険制度について……芹沢弘子・市川英彦
  101 介護保険のサービスは……山田恵美子・市川英彦
  102 介護保険の問題点……近藤克則・二木 立
  103 施設介護におけるリハビリテーション・ケアのあり方……福井圀彦
  104 通所介護におけるリハビリテーション・ケアのあり方(短期入所を含む)……福井圀彦
  105 訪問看護におけるリハビリテーション・ケアのあり方……桜井順子

 使用頻度の高いリハビリテーション用語……福井圀彦
 索引