やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者第2版の序
 四肢・体幹の運動を担う器官は「運動器」とよばれるが,その中核をなすのが,骨,関節,靭帯,筋,神経などから構成される筋骨格系である.筋骨格系を中心に,神経系,脈管系などはそれぞれ独自な作用・機能を有するが,それらはお互いに有機的に連携して機能的連合体を構成する.これが運動器である.運動器は身体の感覚を脳に伝えて,反射や意思により身体の運動に関わる器官であるため,日常生活機能や生活の質(QOL)と密接に関連している.そのため健全な筋骨格系はいつまでも若々しい身体を保ち,社会活動に参加し自立した幸せな人生を全うするうえで不可欠なシステムといえよう.
 1999年の厚生労働省国民生活基礎調査によると,全国民の愁訴のうち,男女とも,運動器の障害・機能不全である腰痛や関節の痛みがトップを占めている.
 運動器障害は,長期的で深刻な痛みや身体の機能障害をもたらす大きな原因であり,人々の充実した生活を阻害し,経済的・精神的負担を生じるのみならず,社会の労働力を低下させ,健康の保持や地域の支援体制整備のための膨大な経費を要して,社会的・経済的にも大きな損失を与える.
 これらのことを踏まえ2000年から「運動器の10年」世界運動が進められている.すでにヨーロッパ,アメリカ,アジア,アフリカの93カ国とおよそ750の学会が参加し積極的に運動を展開している.この運動では,運動器障害のよりよい治療や予防を推進するだけでなく,市民自らが運動器の健康管理に積極的に参加するよう呼びかけている.
 本書の第2版がこのような時期に出されたのはまさに時宜を得たものといえるだろう.第2版では,時代の要請に応えるうえでいくつかの改定がなされている.1つは「顎関節」の章を新たに追加するとともに,第1版での「姿勢・歩行」の章を第2版では第2章の「理学的検査の基本理念」に一部統合し,「歩行」を14章で独立させた点である.また初版の「サイドバー」を削除し,その代わり第2版では,脊柱・骨盤,顎関節,四肢関節ごとに「代表的症例のパラダイム(典型的疾病・障害モデル)」を新たに追加し「疾病・障害のイメージ」を高める工夫をしているのが特徴である.また図表や知見にも新しいものが追加され,よりアップデートなものとなっており,読者のニーズに十分応えられる内容となっている.
 本書の初版翻訳から6年近くが経過したが,その間多くの方々から貴重なご意見やご指摘をいただいた.これは本書が医療専門職のみならず筋骨格系障害に関心を寄せる多くの関連職種の方に利用され,少なからず医療・リハビリテーション医学に寄与している1つの証拠であり,監訳者として喜びに堪えない.本書が筋骨格系検査のガイドブック・参考書として以前にも増して臨床の場で広く活用されることを望んでやまない.
 最後に,本書の出版に労をいとわれなかった医歯薬出版株式会社編集担当者に心から感謝する.
 2005年2月
 監訳者
 石川 斉
 嶋田智明

監訳者第1版の序
 平成6年度の障害者白書によると,わが国の身体障害児・者は約294.8万人である.このうち運動麻痺や関節可動障害など運動器の主体をなす筋骨格系に起因する肢体不自由児・者は全体の57.1%を占めている.また国民生活が豊かで水準の高いものになる一方で,いわゆる運動不足が原因となる生活習慣病の増加が新たな社会的問題となってきており,生活のなかに運動を取り入れて健康を維持・増進する重要性がクローズアップされてきている.このため最近ではスポーツ人口の増加が目覚しい反面,運動やスポーツによる外傷・障害の治療および予防,高齢者に対する運動指導,身体運動処方のあり方など新たな問題も発生している.
 医学的リハビリテーションはこのような人達を主な対象としている.その障害発生・発見の直後から医学的技術を駆使し,障害の進展や二次障害,合併症を予防し,障害児・者に残された機能を最大限に活用した社会生活を再び保証することを目的としている.このためリハビリテーション医療にかかわるすべての者にとって,筋骨格系障害の診断・検査法は不可欠な知識・技術の一つといえよう.
 この本の目的は筋骨格系検査法の理論とその技術の両面を修得することである.本書ではまず,筋骨格系の構造・機能の概略および理学的検査の基本理念に触れている.次いで,脊柱,骨盤,上肢および下肢の各関節の順におのおのその理学的検査の一般的知識と技術が教科書の体裁をとって簡潔に述べられている.さらに最後の章では歩行と姿勢検査法について言及してある.余計な解剖学的反復を避けるため筋骨格系の機能解剖および運動学が主観的検査と各種検査法の間で述べてあり内容をよりスリムにしている.各章では解剖学的領域の概要に続き,観察,触診,トリガーポイント,自動・他動および副次的運動テスト,可動性テスト,抵抗運動テスト,神経学的テスト,関連痛パターン,特殊テスト,そしてX線およびMRIなど画像所見が有機的に結びつけられ記載されているのが大きな特徴である.そのため内容は系統的かつ包括的で臨床に即した実践的構成となっている.
 特に可動性テストや副次的運動テストの項では,マニュプレーションやモビリゼーションの概念が随所に取り入れられ,筋骨格系の痛みや関節可動障害の病因診断の重要性が強調されているのも特徴である.すべての章で読者の立場に立ち,解剖学の重要性を繰り返し再認識させ,解剖から機能へ,そして機能から検査所見の解釈の理解を助け,最終的に有効な治療計画立案へと結びつけられており,筋骨格系検査法の全体的統合をはかるようにしてあるのが本書の基本的コンセプトといえる.
 各章の豊富なイラストや画像診断での写真は理解を容易にしている.特にイラストの多くは二色刷りとなっているため鮮明でわかりやすくこれがまた本書の特徴の一つである.またサイドバーでは各章の重要なポイントやキーワードを示し,読者が学習する上での知識整理の便宜をはかっているのも大きな特徴といえる.
 監訳にあたりできるだけ語句や文体・語調の統一をはかり,さらに文章を簡潔にし,日本語としての読みやすさを最優先課題とした.なお本文中の重要語句については訳語の後に英語を括弧で記載し,読者の勉学の便宜をはかった.ただ原著の本文や図表自体に幾つかの記載ミスや医学上理解困難と思われる箇所がみられたので,これについては訳注をいれ補った.また読者の一層の理解を助けるためにキーワードとなる語句や冠名テストについては補足的説明や解説を脚注として追加した.なお誤訳や不適切な語句があれば広くご教示をお願いする次第である.
 生活環境,食生活,保健衛生の向上からもたらされる高齢社会を迎えるにあたり,高齢ゆえに発生するさまざまな複合した障害をもつ高齢重度障害者や,目覚ましく進歩した救命医療技術体制の整備から高度の障害を持ち合わせた障害者が増加している.そのような障害者に『人間の尊厳』を保証する医療が近年の医学的リハビリテーションに特に強く求められている.また近年は医療におけるスポーツの効果が認識されつつあり,筋骨格系障害の予防・治療は整形外科の大きな課題でもある.このような最近の医療・医学的リハビリテーションの動向は,疾患治療を目的に進められる先端医学に対し21世紀に医療活動の進むべき全体像を明確にする上で意義深く全社会的な命題となっている.
 本書が筋骨格系検査のガイドブック,参考書として臨床の場で広く活用され,基本的検査で正確な遂行と疾患・損傷とその病理学的意義の解釈・統合を助け,来たるべき21世紀のリハビリテーション医療に大いに寄与することを望んでやまない.
 最後に本書出版に労をいとわれなかった医歯薬出版株式会社編集部担当者に深甚なる謝意を表する.
 1999年2月
 監訳者
 石川 斉
 嶋田智明
監訳者第2版の序
監訳者第1版の序
この本の使い方
謝辞

第1章 入門
 はじめに
 理学的検査とは何か
 理学的検査の目的は何か
 理学的検査はどのように役立つのか
 筋骨格系はどのように働くか
 典型例とは
 筋骨格系の構成はどのようなものか
  ・骨構造 ・軟骨 ・靭帯 ・筋 ・腱 ・滑膜および滑液包 ・筋膜
第2章 理学的検査の基本理念
 はじめに
 観察
 主観的検査
 他覚的検査
  ・利き目
 姿勢検査
  ・後面 ・前面 ・側方からの観察 ・座位姿勢 ・自動運動テスト ・他動運動テスト ・抵抗運動テスト ・他動可動(副次的)運動テスト ・神経学的検査 ・徒手筋力テスト ・深部腱(伸張)反射 ・知覚テスト ・神経伸張テスト ・圧迫法と牽引法 ・病的反射テスト ・触診
 相互関係
第3章 脊椎・骨盤の概要
第4章 頚椎と胸椎
 観察
 主観的検査
 触診
  ・後面 ・前面
 頚椎のトリガーポイント
 自動運動テスト
  ・前屈 ・後屈 ・側屈 ・回旋 ・上部頚椎 ・胸椎の運動
 他動運動テスト
  ・他動的生理的運動 ・副次的運動の可動性テスト
 抵抗運動テスト
  ・頚部屈曲 ・頚部伸展 ・頚部回旋 ・頚部側屈
 頚椎および上肢の神経学的検査
  ・腕神経叢 ・上肢伸張検査 ・神経根レベルの神経学的検査
 特殊テスト
  ・スパーリングテスト ・引き離しテスト ・レルミッテ徴候 ・椎骨動脈テスト
 関連痛パターン
 正常画像
第5章 顎関節
 顎関節の機能解剖
 観察
 主観的検査
 特別な質問
 触診
  ・後面 ・前面
 顎関節のトリガーポイント
 自動運動テスト
  ・開口 ・閉口 ・下顎骨の突出 ・下顎骨の外側運動 ・フリーウェイスペースの評価 ・過蓋咬合(オーバーバイト)の測定 ・オーバージェットの測定 ・下顎骨の測定 ・嚥下と舌の肢位
 他動運動テスト
  ・生理的運動 ・副次的運動の可動性テスト ・顎関節の引き離し
 抵抗運動テスト
  ・開口 ・閉口
 反射テスト
  ・下顎反射
第6章 腰仙椎
 観察
 主観的検査
 触診
  ・後面 ・側臥位 ・前面
 腰仙部領域のトリガーポイント
 自動運動テスト
  ・前屈 ・後屈 ・側屈 ・回旋
 他動運動テスト
  ・生理的運動 ・可動性テスト
 抵抗運動テスト
  ・体幹屈曲 ・体幹回旋 ・体幹伸展
 神経学的検査
  ・腰神経叢 ・腰仙骨神経叢 ・神経学的レベル別のテスト
 特殊テスト
  ・下肢伸展挙上テスト ・下肢伸展挙上テストの変法 ・スランプテスト ・大腿神経伸張テスト ・フーバーテスト ・脊髄膜内圧を増加させるためのテスト ・仙腸関節テスト
 正常画像
第7章 上肢の概要
第8章 肩関節
 機能解剖
 観察
 主観的検査
 触診
  ・前面 ・後面 ・内側面 ・外側面
 肩領域におけるトリガーポイント
 自動運動テスト
 他動運動テスト
  ・生理的運動 ・副次的運動の可動性テスト
 抵抗運動テスト
  ・肩の屈曲 ・肩の伸展 ・肩の外転 ・肩の内転 ・肩の内旋 ・肩の外旋 ・肩甲骨の挙上(肩をすくめる) ・肩甲骨の後退 ・肩甲骨の前方突出
 神経学的検査
  ・運動 ・反射 ・感覚
 特殊テスト
  ・構造的安定性と統合性テスト ・肩鎖関節のテスト ・腱の病変を見るテスト ・棘上筋腱の衝突を見るテスト ・胸郭出口症候群のためのテスト
 関連痛パターン
 正常画像
第9章 肘関節
 機能解剖
 観察
 主観的検査
 触診
  ・前面 ・内側面 ・外側面 ・後面
 トリガーポイント
 自動運動テスト
 他動運動テスト
  ・生理的運動 ・副次的運動の可動性テスト
 抵抗運動テスト
  ・肘屈曲 ・肘伸展 ・前腕回内 ・前腕回外
 神経学的検査
  ・運動 ・反射 ・感覚 ・絞扼神経症
 特殊テスト
  ・テニス肘(上腕骨外側上顆炎)の検査
  ・ゴルフ肘(上腕骨内側上顆炎)の検査
 関連痛パターン
 正常画像
第10章 手根・手
 機能解剖
 観察
 主観的検査
 触診
  ・前面 ・内側(尺側)面 ・外側(橈側)面 ・後(手背)面
 自動運動テスト
 他動運動テスト
  ・生理的運動 ・副次的運動の可動性テスト
 抵抗運動テスト
  ・手根 ・手
 神経学的検査
  ・運動 ・感覚 ・絞扼神経症
 特殊テスト
  ・フィンケルスタインテスト:ドケルバン病 ・関節の柔軟性と安定性を見るテスト
 関連痛パターン
 正常画像
第11章 股関節
 機能解剖
 観察
 主観的検査
 触診
  ・前面-背臥位 ・後面-腹臥位 ・側臥位
 トリガーポイント
 自動運動テスト
  ・屈曲 ・伸展 ・外転 ・内転 ・内旋 ・外旋
 他動運動テスト
  ・生理的運動 ・副次的運動の可動性テスト
 抵抗運動テスト
  ・屈曲 ・伸展 ・外転 ・内転 ・外旋 ・内旋
 神経学的検査
  ・運動 ・反射 ・感覚
 関連痛パターン
 特殊テスト
  ・柔軟性テスト ・安定性と組織構造のテスト ・アライメントテスト
 正常画像
第12章 膝関節
 機能解剖
 観察
 主観的検査
 触診
  ・前面 ・内側面 ・外側面
  ・後面
 トリガーポイント
 自動運動テスト
 他動運動テスト
  ・生理的運動 ・副次的運動の可動性テスト
 抵抗運動テスト
  ・屈曲 ・伸展 ・回旋
 神経学的検査
  ・運動 ・反射 ・感覚 ・膝蓋下神経損傷
 関連痛パターン
 特殊テスト
  ・柔軟性テスト ・安定性と組織構造のテスト ・半月板損傷のテスト ・大腿膝蓋関節のテスト ・関節滲出液のテスト
 正常画像
第13章 足関節・足部
 機能解剖
  ・足関節 ・足部
 観察
 主観的検査
 触診
  ・内側面 ・背側面 ・外側面 ・後面 ・足底面 ・足指
 自動運動テスト
 他動運動テスト
  ・生理的運動 ・副次的運動の可動性テスト
 抵抗運動テスト
  ・足関節の底屈 ・足関節の背屈 ・距骨下関節の内がえし ・距骨下関節の外がえし ・足指屈曲 ・足指伸展
 神経学的検査
  ・運動 ・反射 ・感覚
 関連痛パターン
 特殊テスト
  ・柔軟性テスト ・特殊な神経学的テスト ・組織構造のテスト ・アライメントのテスト
 正常画像
第14章 歩行
 歩行とは
 正常歩行とは
 異常歩行の検査
  ・足部と足(関節) ・膝関節 ・股関節 ・脚長差

付録
文献
訳語一覧
日本語索引
外国語索引