やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序

 本書は,すでに医歯薬出版株式会社から発行(翻訳)されている著書『Musculoskeletal Examination(筋骨格系検査法)』に一部類似している部分もあるが,基本的には筋力検査に主眼が置かれており,Daniels,Worthingham,Kendallなどの著書と並行して活用すれば,より的確な筋力検査技法を習得する手助けになると考える.
 本書の特徴は,筋力検査に関連した文献をレビューしながら,その信頼性,妥当性などにも触れ,定量的筋力検査技法の1つであるハンドヘルドダイナモメーターについても紹介していることである.また,筋力検査に際して行う触診についても,写真で示しながらより詳細に記述していることやオプションおよび代替法を紹介していることである.さらに,小児の筋力検査についてはあまり馴染みがないが,本書では抗重力肢位における小児の運動発達を検査する技法を紹介していることも特徴の1つである.
 機能診断学(理学療法評価学)のなかで,神経筋骨格系の筋機能もしくは活動を把握することは,理学療法士を含む医療関連職種にとって,きわめて重要な医療行為の1つであることはいうまでもない.しかし,われわれは,種々の障害の現象を単に表面的,断片的に観てしまうおそれがある.その点本書の背景に,障害把握の的確な方法論を追求する姿勢が伺われることから,学ぶべき事柄が多く含まれているといえる.
 本書『Muscle and Sensory Testing(筋・感覚検査法)』の翻訳にあたっては,現在,私が所属する広島大学医学部保健学科理学療法学専攻の中の通称「奈良研究室」の教員と大学院生(社会人入学者を含む)に分担してもらった.しかし,翻訳に慣れていないこともあって,やや直訳的になっている傾向があったが,誤訳の点検と文章表現の修正とに努力した.また,原文自体に解読困難な箇所やわが国では馴染みの薄い専門用語もあったが,必要に応じて英語を母国語とする理学療法士(Dr.Paul Andrew)と作業療法士(Ms.Norma Johnson)の助言を得られたことは幸いであった.ここに感謝申し上げる.
 誤った解釈や不適切な語句があれば,広くご教示をお願いしたい.
 2001年8月 奈良 勲



 本書は,筋力や神経学的検査に関連した技法を臨床場面で活用する医療関連職種の学生や専門家のために企画したものである.医療関連の専門家が筋力検査を行うときは,その他の神経学的検査(感覚検査,反射検査など)と並行して行うのが常識である.しかし,筋力検査自体は,神経学的検査の根幹となるものと考える.ところが,ほとんどの筋力検査の教本には,その他の神経学的検査の技法について包括的に触れられていない.本書では,その点を考慮し,筋力検査と神経学的スクリーニング検査について包括的に述べた.また,筋力検査のスクリーニング技法としての観察による歩行分析についても述べた.
 本書の第1章から6章までは,小児から成人にわたり,徒手およびダイナモメーターによる筋力検査について述べた.第1章は,筋力検査の歴史とその基本的ガイドラインを提示した.第2から4章は,四肢,頭部,頚部,体幹について述べた.小児の筋力検査技法については第5章,ハンドヘルドダイナモメーターについては第6章で述べた.解釈を含む神経学的スクリーニング検査技法については第7,8章で述べた.そして最後の9章では,筋力検査のスクリーニング技法として観察的歩行分析について述べた.
 著者らは,本書の読者は,すでに人体解剖や神経解剖を学び,基本的な運動学について熟知しているとの前提で執筆した.しかし,第2から第4章では,便宜上,筋の付着部,神経支配,作用などについて一部の解剖学に関する情報を提示した.指定した文献以外のすべての解剖学に関する情報は,Carmine D.Clemente監修による第30アメリカ版,Gray's Anatomy(Philadelphia,Lea and Febiger,1985)より得た.
 本書を準備するために検索した筋力検査に関する研究報告をみると,専門家の間でコンセンサスが十分に得られていないことがわかる.多くの専門家は,なんらかの理由で特定の筋力検査法と“結婚”したかのような(結びついてしまった)印象を受ける.その一例として,本書を校閲してくれた二人の大腿筋膜張筋の検査技法に関する見解は,まったく正反対であった.一般的に,それぞれの徒手筋力検査については多様な見解があるため,読者はそのなかからより適切と思われる技法を選択する必要がある.
 徒手筋力検査は,主観的で非定量的であるとの批判はあるが,適切に行えば,妥当性と再現性のある技法であるといえる.
 徒手筋力検査は,筋力を検査する最も便利で経済的であり,とくに,きわめて弱い筋力を的確に検査する唯一の技法といえる.当然ながら,筋力が正常化する過程を定量的に検査することは重要であり,そのような際には,他の技法を用いることが望ましい.したがって,本書では徒手とダイナモメーターとによる筋力検査について述べた.筋力検査を頻繁に行う専門家は,双方を用いることを奨励したい.
 神経学的検査のなかで,筋力検査を習得するにはそれほど時間を必要としない.しかし,その習得には技法を繰り返し練習する必要がある.最初は健常者で練習(健常者の筋力の範囲と神経機能を認識)し,その後に患者を対象に体験するとよい.本書で述べたそれぞれの技法は,神経筋骨格系の障害を有する患者を診る専門家にとって重要な検査である.したがって,本書で述べた種々の技法を習得することで,神経筋骨格系の検査をより的確に行える専門家になるものと確信する.
 Nancy Berryman Reese

謝辞

 他のいかなる大きなプロジェクトと同様,本書の出版においても多くの方々の支援を受けた.まず,私に本書の執筆を勧めていただいたW.B.Saunders社の元主任編集長であったMargaret Biblisに感謝したい.彼女の励ましと示唆なくして,本書は単にアイデアで終わっていたと思う.とくに,本書に学識と業績のあるVenita Lovelace-Chandler,PhD,PT,PCSとGary Soderberg,PhD,PT,FAPTAに寄稿していただいたことに深謝したい.本書の写真は,私の注文に辛抱強く対応していただいたMichael Morrisの作品である.そして,本書の原稿締切り日の延長やすばらしい助言をいただいたSaunders社の編集者であるHelaine Barronに感謝申し上げる.多くの方々に資料の提供や整理をしていただいたが,そのなかで私の助手であるAnn Winston,Chris Schoolfield,Kelly Kassermanには多大な援助をいただいた.本書の写真のモデルになっていただいたDavis Allen,Joseph Beck,Richard Byrum,Ayana Rayanne Johnson,Kelly Kasserman,Morgan Mourot,Martye Murphy,Mackenzie Ann Powers,Frankie Pratt,Angela Raines,Elizabeth Reese,Sarah Runnells,David Smith,Ann Winston,MS,PTそして,すべての写真で検者としてモデルを務めていただいたSherry Holmesに感謝したい.
 本書を執筆している間に,精神的経済的支援をいただいた方々に十分に謝辞を述べていないことが気掛かりである.本書を執筆するにあたり,研修期間を認めていただいたCentral Arkansas大学の教員や事務局の方々,そして,日々私を励ましてくれた本学の理学療法学科の仲間に感謝したい.このような方々の支援を受けながら仕事をしていることと同時に,彼らを友達と呼べることを嬉しく感じている.とくに私は,いかなるときも側にいてくれる夫と子供,そして両親らの忍耐や愛情に感謝している.そして,最後に神に感謝.
 Nancy Berryman Reese
監訳者の序

謝辞

第1章 徒手筋力検査の基礎
 徒手筋力検査の歴史
 徒手筋力検査の信頼性
 徒手筋力検査の妥当性
 徒手筋力検査の実施上の留意点
  患者の肢位
  固定
  筋の触診
  抵抗
 グレード判定の尺度
第2章 徒手筋力検査の技法
 肩甲骨挙上
 僧帽筋上部線維,肩甲挙筋
 肩甲骨内転
 僧帽筋中部線維
 肩甲骨内転――代替法
  僧帽筋中部線維
 肩甲骨内転・下制
 僧帽筋下部線維
 肩甲骨内転・下方回旋
  大・小菱形筋
 肩甲骨内転・下方回旋――代替法
  大・小菱形筋
 肩甲骨外転・上方回旋
  前鋸筋:オプションI
  前鋸筋:オプションII
 肩関節屈曲
  三角筋前部線維,烏口腕筋
 肩関節屈曲――代替法
  三角筋前部線維
 肩関節屈曲・内転
  烏口腕筋
 肩関節伸展
  広背筋,大円筋,三角筋後部線維
 肩関節外転
  三角筋中部線維,棘上筋
 肩関節水平外転
  三角筋後部線維
 肩関節水平内転
  大胸筋
 肩関節水平内転――代替法I
  大胸筋の鎖骨頭
 肩関節水平内転――代替法II
  大胸筋の胸骨と肋骨頭
 肩関節内旋
  肩甲下筋,大胸筋,広背筋,大円筋
 肩関節外旋
  棘下筋,小円筋
 肘関節屈曲
  上腕二頭筋
  上腕筋
  腕橈骨筋
 肘関節伸展
  上腕三頭筋,肘筋
 前腕回外
  回外筋,上腕二頭筋
 前腕回内
  方形回内筋,円回内筋
 手関節橈屈・掌屈
  橈側手根屈筋
 手関節尺屈・掌屈
  尺側手根屈筋
 手関節背屈・橈屈
  長・短橈側手根伸筋
 手関節背屈・尺屈
  尺側手根伸筋
 手指屈曲(中手指節関節)
  虫様筋,掌側骨間筋,背側骨間筋
 手指屈曲(近位指節間関節)
  浅指屈筋
 手指屈曲(遠位指節間関節)
  深指屈筋
 手指伸展
  指伸筋,示指伸筋,小指伸筋
 手指外転
  背側骨間筋,小指外転筋
 手指内転
  掌側骨間筋
 母指屈曲(中手指節関節)
  短母指屈筋
 母指屈曲(指節間関節)
  長母指屈筋
 母指伸展(中手指節関節)
  短母指伸筋
 母指伸展(指節間関節)
  長母指伸筋
 母指外転
  長・短母指外転筋
 母指内転
  母指内転筋
 母指と小指の対立
  母指対立筋,小指対立筋
第3章 徒手筋力検査の技法:頭部,頚部,体幹
 頚部屈曲
  頭長筋,頚長筋,前頭直筋,前斜角筋,胸鎖乳突筋
 頚部前側方への屈曲
  胸鎖乳突筋
 頚部伸展
  脊柱起立筋(頚部),上頭斜筋,大・小後頭直筋,頭・頚板状筋,僧帽筋上部線維
 体幹屈曲
  腹直筋
 体幹屈曲――代替法:下肢の下降
  腹直筋,外腹斜筋
 体幹回旋
  外腹斜筋,内腹斜筋
 体幹伸展
  脊柱起立筋(胸,腰部),多裂筋,胸半棘筋,腰方形筋
 骨盤挙上
  腰方形筋,腰腸肋筋
 咀嚼筋
  咬筋,内側翼突筋および側頭筋
  内側翼突筋
  外側翼突筋
 顔面表情筋
  後頭前頭筋(前頭筋)
  皺眉筋
  眼輪筋
  鼻根筋
  鼻筋
  上唇挙筋
  口角挙筋
  大頬骨筋
  口輪筋
  笑筋
  頬筋
  口角下制筋
  オトガイ筋
  下唇下制筋と広頚筋
第4章 徒手筋力検査の技法:下肢
 股関節屈曲
  腸骨筋,大腰筋
 股関節屈曲,外転,外旋
  縫工筋
 股関節伸展
  大殿筋,半腱様筋,半膜様筋,大腿二頭筋
 股関節伸展――代替法
  大殿筋:オプションI
  大殿筋:オプションII
 股関節外転
  中殿筋,小殿筋
 股関節屈曲を伴う外転
  大腿筋膜張筋:オプションI
  大腿筋膜張筋:オプションII
 股関節内転
  大内転筋,長内転筋,短内転筋,恥骨筋,薄筋
 股関節内旋
  大腿筋膜張筋,小殿筋,中殿筋
 股関節外旋
  梨状筋,上双子筋と下双子筋,内閉鎖筋と外閉鎖筋,大腿方形筋
 膝関節伸展
  大腿四頭筋
 膝関節屈曲
  大腿二頭筋
  半腱様筋と半膜様筋
 足関節底屈:体重負荷検査
  腓腹筋とヒラメ筋
  ヒラメ筋
 足関節底屈:体重免荷検査
  腓腹筋とヒラメ筋
  ヒラメ筋
 足関節背屈と足部内がえし
  前脛骨筋
 足関節底屈と足部内がえし
  後脛骨筋
 足関節底屈と足部外がえし
  長腓骨筋,短腓骨筋
 中足趾屈曲
  虫様筋,短母趾屈筋
 足趾の趾節間関節屈曲
  長趾屈筋,短趾屈筋,長母趾屈筋
 中足趾節関節伸展
  長趾伸筋と短趾伸筋
 母趾の趾節間関節伸展
  長母趾伸筋
第5章 小児筋力検査の技法
 頭部の運動
  頚部伸展
  頚部屈曲(前方)
  頚部屈曲(側方)
 体幹の運動
  体幹屈曲
  体幹伸展
 体幹の伸展と屈曲
  体幹の回旋
 上肢の運動
  肩関節屈曲
  肘関節伸展
 下肢の運動
  股関節と膝関節の屈曲
  股関節と膝関節の伸展
第6章 ハンドヘルドダイナモメーターによる筋力検査
  歴史
  一般的有用性
  臨床上の実用性
  測定値
  要約
 肩甲骨挙上
  僧帽筋上部,肩甲挙筋
 肩甲骨内転
  僧帽筋中部
 肩関節屈曲
  三角筋前部,烏口腕筋
 肩関節伸展
  広背筋,大円筋,三角筋後部
 肩関節外転
  三角筋中部,棘上筋
 肩関節水平外転
  三角筋後部
 肩関節水平内転
  大胸筋
 肩関節内旋
  肩甲下筋,大胸筋,広背筋,大円筋
 肩関節外旋
  棘下筋,小円筋
 肘関節屈曲
  上腕二頭筋
  上腕筋
  腕橈骨筋
  肘関節伸展
  上腕三頭筋,肘筋
 手関節掌屈
  橈側手根屈筋,尺側手根屈筋
 手関節背屈
  長橈側手根伸筋,短橈側手根伸筋,尺側手根伸筋
 股関節屈曲
  腸骨筋,大腰筋
  股関節伸展
  大殿筋
 股関節外転
  中殿筋,小殿筋
 股関節内転
  大内転筋,長内転筋,短内転筋,恥骨筋,薄筋
 股関節内旋
  大腿筋膜張筋,小殿筋,中殿筋
 股関節外旋
  梨状筋,上双子筋,下双子筋,内閉鎖筋,外閉鎖筋,大腿方形筋
 股関節伸展
  大腿四頭筋
 膝関節屈曲
  半腱様筋,半膜様筋,大腿二頭筋
 足関節底屈
  腓腹筋,ヒラメ筋
 足関節背屈
  前脛骨筋
 距骨下関節内がえし
  後脛骨筋
 距骨下関節外がえし
  長腓骨筋,短腓骨筋
第7章 感覚検査手技
  感覚検査
 痛覚検査
 触覚検査
 温度覚検査
 振動覚検査
 深部覚検査:中足趾節関節
 上腕二頭筋反射
 腕橈骨筋反射
 上腕三頭筋反射
 膝蓋腱反射
 アキレス腱反射
第8章 その他の神経学的検査:知的能力・協調性・脳神経・表在反射
 大脳の機能
  記憶
  推理,推論(論理的思考)
  意識
  言語
  見当識
  計算
  知識
 小脳:バランスと協調性
  手指の協調性
  姿勢と歩行
 脳神経
  第I脳神経:嗅神経
  第II脳神経:視神経
  第III,IV,VI脳神経
  第V脳神経:三叉神経
  第VII脳神経:顔面神経
  第VIII脳神経:聴神経
  第IX脳神経:舌咽神経
  第X脳神経:迷走神経
  第XI脳神経:副神経
  第XII脳神経:舌下神経
 皮膚反射
  腹壁反射
  精巣挙筋反射
  足底反射
第9章 スクリーニング検査としての観察的歩行分析
  正常な歩行周期
  初期接触
  負荷反応
  立脚中期
  立脚終期
  前遊脚期
  遊脚初期
  遊脚中期
  遊脚終期

付録A 平均的な関節可動域
付録B 脊髄レベルによる筋肉支配
付録C 末梢神経による筋肉支配
索引