はじめに
藤原幸一
名古屋大学大学院工学研究科物質プロセス工学専攻先進プロセス工学
わが国の医療機器開発は諸外国と比べて遅れており,毎年7,000億円程度の輸入超過となっているとの試算もある.これに対して,政府も“医療機器基本計画”を策定し,医療機器の研究開発の中心地としてのわが国の地位の確立や,革新的な医療機器が世界に先駆けてわが国に上市される環境の構築を目指して,省庁横断でさまざまな取り組みを進めている.
特に近年は,AI技術を活用したプログラム医療機器(Software as a Medical Device:SaMD)が登場しつつあり,医療機器開発の遅れを取り戻すため,わが国でも新たな医療AIの創出が期待されている.これに応じて,厚生労働省および経済産業省では“プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略2(DASH for SaMD 2)”を公表し,SaMDの実用化と国際展開の加速を後押ししているところである.
医療・ヘルスケア分野での機械学習・AI技術の活用は,CT画像やMRI画像などに対する画像診断の事例が大半であり,技術としても成熟しつつある.その一方で,医療AI開発における心電図や脳波など生体信号の活用はまだ始まったばかりである.これには,(1)対象信号の時空間パターンが複雑・非定常的で,対象現象の表現が特定困難であること,(2)サンプルとして取得できる生体信号の量が限定的であること,(3)一定量の計測データが得られたとしても,しばしば対象とする現象の発生頻度が低く,強い不均衡となること,(4)さまざまなアーチファクトが混入すること,(5)明確なアーチファクトを取り除けた場合においてでもなお残存するノイズによって生体信号の信号対雑音比は高くないこと,(6)入力となる生体信号がしばしば高次元となること,(7)個人差が強く,対象者間での汎化が難しいことなど,生体信号は機械学習における課題が凝縮されたようなケースとなっていることによると考えられる.
本特集では,このような生体信号による機械学習の多岐にわたる課題について,一線で研究してきた研究者に,その開発の現状を解説していただいた.本特集の著者に医師のみならず工学の研究者もいることからもわかるように,生体信号を用いた医療AIの開発には,臨床と工学との強い連携が求められる.さらに,その利活用にはAI特有の倫理的な問題についても考慮しなければならない.本特集が,わが国の生体信号による医療AIの開発の加速に少しでも役立つことを期待する.
藤原幸一
名古屋大学大学院工学研究科物質プロセス工学専攻先進プロセス工学
わが国の医療機器開発は諸外国と比べて遅れており,毎年7,000億円程度の輸入超過となっているとの試算もある.これに対して,政府も“医療機器基本計画”を策定し,医療機器の研究開発の中心地としてのわが国の地位の確立や,革新的な医療機器が世界に先駆けてわが国に上市される環境の構築を目指して,省庁横断でさまざまな取り組みを進めている.
特に近年は,AI技術を活用したプログラム医療機器(Software as a Medical Device:SaMD)が登場しつつあり,医療機器開発の遅れを取り戻すため,わが国でも新たな医療AIの創出が期待されている.これに応じて,厚生労働省および経済産業省では“プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略2(DASH for SaMD 2)”を公表し,SaMDの実用化と国際展開の加速を後押ししているところである.
医療・ヘルスケア分野での機械学習・AI技術の活用は,CT画像やMRI画像などに対する画像診断の事例が大半であり,技術としても成熟しつつある.その一方で,医療AI開発における心電図や脳波など生体信号の活用はまだ始まったばかりである.これには,(1)対象信号の時空間パターンが複雑・非定常的で,対象現象の表現が特定困難であること,(2)サンプルとして取得できる生体信号の量が限定的であること,(3)一定量の計測データが得られたとしても,しばしば対象とする現象の発生頻度が低く,強い不均衡となること,(4)さまざまなアーチファクトが混入すること,(5)明確なアーチファクトを取り除けた場合においてでもなお残存するノイズによって生体信号の信号対雑音比は高くないこと,(6)入力となる生体信号がしばしば高次元となること,(7)個人差が強く,対象者間での汎化が難しいことなど,生体信号は機械学習における課題が凝縮されたようなケースとなっていることによると考えられる.
本特集では,このような生体信号による機械学習の多岐にわたる課題について,一線で研究してきた研究者に,その開発の現状を解説していただいた.本特集の著者に医師のみならず工学の研究者もいることからもわかるように,生体信号を用いた医療AIの開発には,臨床と工学との強い連携が求められる.さらに,その利活用にはAI特有の倫理的な問題についても考慮しなければならない.本特集が,わが国の生体信号による医療AIの開発の加速に少しでも役立つことを期待する.
特集 生体信号を活用した医療AIの臨床応用に向けて
はじめに(藤原幸一)
てんかん発作予知AIの開発(宮島美穂)
小児患者の全身麻酔中における喉頭痙攣の予知(中西俊之)
心拍変動と機械学習による熱中症検知(久保孝富・他)
睡眠時無呼吸の検査・スクリーニング(角谷 寛)
小児脳波解析によるてんかん発作予後予測(鈴井良輔)
筋の健康を光でみる─理学療法効果の定量評価への挑戦(小野弓絵・他)
臨床現場での医療AIの利活用における倫理と責任(藤田卓仙)
TOPICS
生化学・分子生物学 重篤な副作用を軽減したタンパク質分解誘導剤開発の分子基盤(宮川拓也)
災害医学 災害時健康危機管理支援チーム(DHEAT)の活動と役割(内田勝彦)
連載
臨床医のための微生物学講座(27)(最終回)
カンジダとカンジダ症のトピックス(佐藤一朗・槇村浩一)
緩和医療のアップデート(22)
末期心不全が緩和ケア診療加算の対象となって以降の変化と今後の課題(大石醒悟)
自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(14)
T細胞の自己認識の生理的意義とその理解(木村元子)
FORUM
戦争と医学・医療(3) 核戦争と医師の役割(原 和人)
書評 『倫理コンサルテーションハンドブック 第2版』(堂囿俊彦・竹下啓編著)(中澤栄輔)
次号予告
はじめに(藤原幸一)
てんかん発作予知AIの開発(宮島美穂)
小児患者の全身麻酔中における喉頭痙攣の予知(中西俊之)
心拍変動と機械学習による熱中症検知(久保孝富・他)
睡眠時無呼吸の検査・スクリーニング(角谷 寛)
小児脳波解析によるてんかん発作予後予測(鈴井良輔)
筋の健康を光でみる─理学療法効果の定量評価への挑戦(小野弓絵・他)
臨床現場での医療AIの利活用における倫理と責任(藤田卓仙)
TOPICS
生化学・分子生物学 重篤な副作用を軽減したタンパク質分解誘導剤開発の分子基盤(宮川拓也)
災害医学 災害時健康危機管理支援チーム(DHEAT)の活動と役割(内田勝彦)
連載
臨床医のための微生物学講座(27)(最終回)
カンジダとカンジダ症のトピックス(佐藤一朗・槇村浩一)
緩和医療のアップデート(22)
末期心不全が緩和ケア診療加算の対象となって以降の変化と今後の課題(大石醒悟)
自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(14)
T細胞の自己認識の生理的意義とその理解(木村元子)
FORUM
戦争と医学・医療(3) 核戦争と医師の役割(原 和人)
書評 『倫理コンサルテーションハンドブック 第2版』(堂囿俊彦・竹下啓編著)(中澤栄輔)
次号予告














