やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 植木重治
 秋田大学大学院医学系研究科 総合診療・検査診断学講座
 好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps:NETs)は,『Science』誌に掲載された2004年のBrinkmannらの報告に端を発している.その3年後には細胞外トラップの放出機構が解明され,NADPH(nicotinamide adenine dinucleotide phosphate)オキシダーゼに依存した細胞死(NETosisとよばれる)によるものであることが明らかになった.好中球がDNA,顆粒タンパク,ヒストンからなる線維状の構造物を放出することで,病原体に対する自然免疫機構の一端となっているという概念は画期的であり,まもなく感染症だけでなく自己免疫疾患や悪性腫瘍など,多くの疾患において重要な役割を担っていることが明らかになった.現在では,貪食や分泌に加えて,細胞外トラップは好中球の主要なエフェクター機能と認識されており,好中球性炎症を語るうえで欠かせないものになっている.
 一方,好酸球細胞外トラップ(eosinophil extracellular traps:EETs)は,2008年にYousefiらによって『Nature Medicine』誌にはじめて報告された.それは,生きた好酸球からミトコンドリアDNAがカタパルトのような仕組みで放出されるという驚くべきものであった.一方で筆者らは,古くから観察される炎症部位で認められる好酸球の崩壊は,活性化に伴う非アポトーシス細胞死であるという仮説を検討していた.この結果,in vitroにおいて,好酸球への強力な刺激〔イオノフォアやPMA(phorbol-12-myristate-13-acetate),固相化したIgGやIgA〕で迅速な細胞死が誘導され,形態学的にもNETsとよく似た細胞外トラップを放出することを見出した.これを好酸球の細胞外トラップ細胞死(eosinophil extracellular trap cell death:EETosis)として報告したのは2013年のことである.
 それから早いもので10年が経過している.EETs・EETosisに関する知見も増えてきてはいるものの,研究は好中球ほど進んでいない.ミトコンドリアによるDNAトラップはその後も報告されているが,そもそもサイズも小さく量も少ないため,どの程度意味のあるものか疑問が呈されている.EETs・EETosisについて全貌を理解するには至っていないが,わが国の研究がこの分野の発展に大きく寄与していることは間違いない.各疾患における現時点での知見について,各分野に詳しい先生方からおまとめいただいた.今後の展望を考える特集になるものと期待している.
特集 好酸球細胞外トラップと疾患─“エフェクター細胞”の新しい視点
 はじめに(植木重治)
 好酸球の細胞死と細胞外トラップ総論(福地峰世)
 好酸球細胞外トラップと慢性重症アレルギー性角結膜炎(松田 彰)
 好酸球性中耳炎─これまでとこれから(佐藤輝幸・太田伸男)
 慢性副鼻腔炎における好酸球の役割(安部友恵・宮部 結)
 好酸球性唾液管炎(線維素性唾液管炎)─疾患概念と新たに明らかになった機序,そして今後の展望(丸山彩乃)
 好酸球性多発血管炎性肉芽腫症─好酸球細胞外トラップと免疫血栓(橋本哲平)
 喘息と好酸球性炎症(上出庸介)
 ETosis/EETsの視点から考えるアレルギー性気管支肺アスペルギルス症/真菌症の病態と治療(佐々木 寿・宮田 純)
 水疱性類天疱瘡における好酸球特異タンパク質 ガレクチン-10の役割(佐藤貴彦)

TOPICS
 薬理学・毒性学 臨床試験におけるプラセボ・ノセボ効果(石原優吾・古郡規雄)
 神経内科学 免疫グロブリン製剤の使用量増加の真相を探る(松岡千恵子)

連載
臨床医のための微生物学講座(26)
 牛海綿状脳症(BSE)─無視できるリスクまでの道のり(横山 隆)

緩和医療のアップデート(21)
 認知機能障害を抱える虚弱高齢者とケアパートナーに対する緩和ケアの実践(樋口雅也)

自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(13)
 遺伝性炎症性疾患から紐解く自己タンパク過剰蓄積を感知する分子機構の解明─免疫プロテアソーム機能異常によりもたらされる自己炎症性疾患の病態解明に向けて(森本純子・安友康二)

FORUM
 書評 『倫理コンサルテーションハンドブック 第2版』(堂囿俊彦・竹下啓編著)(松村由美)
 戦争と医学・医療(2) 永年の侵略や戦禍に翻弄されたアフガニスタンの現状と対策(レシャード カレッド)
 数理で理解する発がん(16) モランモデル(中林 潤)

 次号の特集予告