やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 赤塚美樹
 名古屋大学大学院医学系研究科分子細胞免疫学
 1987年にKurosawaらによって最初のキメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor:CAR)-T細胞のプロトタイプが報告 1)されて以来,30年の時を経て,世界初のCD19 CAR-T細胞が米国で承認された.この遺伝子改変によってT細胞が主要組織適合抗原(major histocompatibility antigen;MHC,ヒトではHLA)非依存性に,抗体の特異性によってがん細胞上の抗原に結合し,直接傷害することができるようになった.さらに,CAR-T細胞は体内で標的に出会うと活性化し急速に増殖ができるため,抗体製剤のような反復投与も不要となった.このような優れた特性から,一気に基礎および臨床開発が進んだ.CAR-T細胞療法は化学療法抵抗性となった腫瘍にも効果があり,従来の標準治療を大きく変えるパラダイムシフトを臨床現場にもたらしつつある.
 しかし,同時に多くの課題や限界もみえてきた.単一の抗原を標的としたCAR-T細胞療法の場合,抗原を喪失した腫瘍細胞の出現によって再燃をきたす.造血器腫瘍のようなliquid cancerに対しての効果は良好であるが,免疫抑制的な腫瘍微小環境を有するsolid cancerに対する効果は限定的である.さらにCAR-T細胞の調製の成否や所要時間の長さなど,診療に直結する問題もある.他方で,各課題についての対策も急速に進化しつつあることは言を俟たない.
 本特集では,CAR-T細胞開発の歴史から最新の動向,主要な対象疾患におけるCART細胞療法の現状と課題,効果と安全性を予測するバイオマーカー,高品質のCAR-T細胞を迅速かつ安定的に供給する体制の構築,solid cancerを克服するための試みなど,各領域の最先端で活躍されている先生方にご多忙のなか執筆いただいた.CAR-T細胞療法現場における最新の治療成績,これから数年内に臨床への応用が期待される最新技術など,満遍なく情報を網羅できたと信じている.

 文献
 1)Kuwana Y et al.Biochem Biophys Res Commun 1987;149(3):960-8.
特集 CAR-T細胞療法の最前線─現状と残された課題
 はじめに(赤塚美樹)
 CAR-T細胞開発の歴史と開発動向(堤 一仁・保仙直毅)
 リンパ腫に対するCAR-T細胞療法の現状と課題(伊豆津宏二)
 多発性骨髄腫に対するCAR-T細胞療法の現状と課題(石田禎夫)
 CAR-T細胞療法の有効性と安全性を予測するバイオマーカーの現状(下茂雅俊・加藤光次)
 非ウイルス遺伝子改変CAR-T細胞の開発動向(柳生茂希)
 ゲノム編集iPS細胞を用いたuniversal CAR-T/NK細胞のフロンティア(泉 響介・他)
 固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法─腫瘍微小環境(TME)制御の重要性(酒村玲央奈)
 CAR-T細胞療法の標的拡大へ向けた取り組み(藤原 弘)

TOPICS
 認知神経科学 赤ちゃんはどう学ぶ? 乳児の学習メカニズムの解明(平井真洋・鹿子木康弘)
 救急・集中治療医学 COVID-19患者の診療と一般救急医療・集中治療の狭間で(中根正樹)

連載
医療システムの質・効率・公正─医療経済学の新たな展開(20)
 健康経営とプレゼンティーイズム(永田智久)

遺伝カウンセリング─その価値と今後(10)
 遺伝カウンセリング研究の現状(吉田晶子)

FORUM
 ノーベル生理学・医学賞2023 mRNAワクチン開発につながったブレイクスルー(位啓史)
 世界の食生活(9) インドネシア・西ジャワ州のコメ食(小坂理子)
 戦後の国際保健を彩った人々(5) 木村英作と蟻田功─天然痘との闘い(山本太郎)
 死を看取る─死因究明の場にて(1) 生と死の境界線(1)(大澤資樹)
 数理で理解する発がん(7) ポアソン分布,指数分布,正規分布(中林 潤)

 次号の特集予告