やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 氏家無限
 国立国際医療研究センター国際感染症センター
 新興・再興感染症の用語は,1992年にアメリカ大統領府が“感染症への警告“の発表の中ではじめて使用したとされる.エムポックスは,1958年にコペンハーゲンの研究所でカニクイザルから発見されたことから“サル痘”と命名され,ヒトでの感染例は1970年にコンゴ民主共和国ではじめて報告されている.2022年5月からアフリカから欧米各国へ流行が拡大し,同年7月にはWHOが国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(public health emergency of international concern:PHEIC)を宣言した6つ目の疾患(宣言は7回目)となった.この古くて新しい感染症であるエムポックスは,新興・再興感染症の典型であるといえ,その流行の背景は1980年以降の天然痘対策の中止,ウイルスの遺伝子的変化,動物との接触機会の増加,国際的な交通網の発達,顧みられない感染症への不十分な対策,感染症に対する偏見や差別など,他の新興・再興感染症と同様に,古今東西のさまざまな要因が密接に関わりあっている.
 本特集の企画にあたって,過去の知識から現在流行中の疾患の特徴までを理解しやすいように,ウイルス,疫学,診断,治療,予防の観点から国内でエムポックスの流行対応に第一線で活躍されている先生方に執筆をお願いした.加えて,患者の大半が男性間性交渉者(men who have sex with men:MSM)であり,感染のハイリスク者の特色を踏まえた,医療従事者,行政関係者との円滑な協力体制の構築や,予防対策などを含む適切な情報提供が効果的な感染対策に不可欠となるため,対策の普及啓発活動に関する項目を加えた.
 WHOは,2022年11月に偏見や差別による影響を低減するため,サル痘(monkeypox)の名称をエムポックス(mpox)へ変更することを提唱し,1年間の移行期間を置いた.これを受けて厚生労働省も,感染症法などに規定される名称をエムポックスに変更する方針を2023年2月に示している.そのため,本特集でもこの流れに合わせて可能な範囲でエムポックスの名称を使用することとした.
 読者が本特集を通じて流行の特徴を理解し,今後の診療対応にいかす一助となれば幸いである.
特集 エムポックス(サル痘)の疫学・感染経路・症状・診療指針
 はじめに(氏家無限)
 エムポックスウイルスの特性と今後のリスク(西條政幸)
 国内外のエムポックスの流行と対策(太田雅之・齋藤智也)
 エムポックスの臨床症状と診断方法─2023年1月現在(石金正裕)
 エムポックスの治療(森岡慎一郎)
 エムポックスの予防(氏家無限)
 エムポックスのリスク低減の自己決定を支援するコミュニケーション(山本朋範)

連載
医療DX─進展するデジタル医療に関する最新動向と関連知識(17)
 ウェアラブルデバイスで生活を見守る医療(木村雄弘)

救急で出会ったこんな症例─マイナーエマージェンシー対応のススメ(7)
 指輪が抜けない!─軽いトラブルから重症絞扼例まで(米川 力)

TOPICS
 糖尿病・内分泌代謝学 ポリオール経路の生理機能(佐野浩子)
 免疫学 遠隔炎症ゲートウェイ反射の発見(石井明日香・他)

FORUM
 医療MaaS─医療と移動の押韻(8)(最終回) 不幸 is 非効率?(横山優二)

 次号の特集予告