やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 どんな時でも「食べる」こと!
 「食」を後回しにしないこと!

 災害時やパンデミック時に,食や栄養が後回しにされてきました.いざという時こそ,食べること,栄養をしっかり摂ることがとても大切です.緊急時であっても,いかに平時と同じようなことを行えるかがポイントです.生きのびるために,健康でいるために,QOLを保つために「食と栄養」を忘れないでください.
 本書はこのメッセージを管理栄養士・栄養士をはじめ,さまざまな職種の皆様にお伝えするためのポケット本です.いざという時の困りごとにもすぐにパッと開いて対応できるよう,Q&A形式でポイントをまとめてあります.気になる項目から読んでみてください.
 第1章では,特に優先度の高い病院での対応に焦点を当てています.しかし,本書のQ&Aは病院だけでなく,様々な施設や避難所,場面で役立ちます.また,近年猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症をはじめとするパンデミック時にも同じように活用できます.災害時の食・栄養の問題は普遍的だからです.
 Q&A形式ですが,実際の災害時や緊急時にただ1つの正解はありません.ここでは,これまでのエビデンスや著者陣の経験からAnswerを示しています.1つのヒントとして,各々のアクションにつなげてみてください.

 読者の皆様へのお願い!
 今日から「もしもの食と栄養」を意識してみませんか?
 (1)バッグに水分と食料を入れて,持ち歩く.
 (2)洋服のポケットに小さなキャンディー等を入れておく.
 いざという時,食・栄養を後回しにしない最初の一歩です.

 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
 国立健康・栄養研究所 国際栄養情報センター 国際災害栄養研究室
 笠岡(坪山)宜代


発刊によせて
 新潟県中越沖地震が発災した際に,被災地の医療調整本部を統括する新潟県災害医療コーディネーターをサポートする役目を仰せつかりました.外傷患者が次々搬送され,余震も続く混沌とする中で,次々巻き起こる様々な課題の対応に追われていました.そこに突然「食」に関する外部支援のチームや,「歯科」の支援チームが現地に来てくださいました.しかし,当時「災害医療」の全体像を理解していなかった私は,「ボランティアセンターに行って登録してください」というような通りいっぺんの対応しかできず,積極的な連携体制を築くということに考えが及びませんでした.今思い返しても,自らの不勉強が招いた痛恨の出来事で,その後に私自身が災害医療に取り組むことになった際に,災害時の「食」の重要性に拘るようになった理由でもあります.
 災害医療という言葉からは急性期の外傷医療をイメージする方が多いと思います.しかし,多くの災害においては災害による直接的な外傷死亡者よりも,その後の避難生活における関連死亡者数の方が多く,またその最大の原因は高齢者の誤嚥性肺炎であることが分かってきました.このように災害から命を守るという一義的な目的からも,災害時の「食」は極めて重要な課題です.さらには誤嚥性肺炎の予防という視点だけではなく,アレルギー食の対応やハラールなど宗教上の対応,そして被災者の生き抜く活力となる心を支える「食」など,災害時の「食」はその内容や質も極めて重要であることが認識されてきました.
 災害なのだから「差し当たり何であれ食べられればいい」というのが当たり前ではなく,心身の健康を守るためには,災害時の「食」は最重要課題であり,医療も行政も正面から取り組まなくてはなりません.
 「食」に関する物流は平時より「民間」に負う部分が大半であり,調理や配膳,栄養管理なども学校給食などのケースを除けば,多くは家庭や食堂などの「民間・個」に依存しています.しかし,いざ災害が発災すると,避難所運営は自治体の役割となり,行政が日頃関わっていない「食」の課題に取り組まなくてはならなくなります.災害時の道路や河川の管理復旧・復興が極めてスムーズに進行するのは,日頃から行政が中心に道路や河川管理を実施しているからですが,災害時の最重要課題である「食」は行政中心ではなく民間中心で行われていることから,つい後回しになったり,対応が後手に回ったりもします.その意味でも,「災害時の食」の課題に積極的な官民連携の体制の構築も視野に,医療・行政,さまざまな立場から平時より課題を共有し,具体的な解決対策を講じる必要があります.本書を通じて,災害の「食」が健康と命に関わることを改めて認識し,課題を整理してそれぞれの立場で解決にむけたアクションを起こすことにつながれば幸甚です.
 新潟大学大学院医歯学総合研究科
 地域医療確保・地域医療課題解決支援講座
 災害医学・医療人育成分野
 高橋 昌
 序文(笠岡(坪山) 宜代)
 発刊によせて(高橋 昌)
第1章 まずとりあえず,これだけは! 病院,給食施設などでの対応
 1)病院内で災害に見舞われた,そのときどうする?
  Q01 災害時 病院や給食施設などでは?(深澤幸子)
  Q02 災害時の食・栄養で大切なことは?(深澤幸子)
  Q03 災害発生!どこに何を連絡する?(深澤幸子)
  Q04 院内にとどまって業務している人たちへの食事提供をどうする?(深澤幸子)
  Q05 避難者への食事の提供をどうする?(深澤幸子)
  Q06 最低限必要な水の量,エネルギー量は?(原田萌香)
  Q07 食材をどのように確保する?(濱田真里)
  Q08 調理人員がいないとき,調理器具が使えないとき,どうする?(原田萌香)
  Q09 食材の保管はどうする?(原田萌香)
  Q10 備蓄が足りないときや,食料がないときは?(原田萌香)
  Q11 栄養素の偏りを補うにはどうする?(濱田真里)
  Q12 食中毒対策で重要なことは?(濱田真里)
  Q13 トイレやごみも栄養士に関係あるの?(濱田真里)
  Q14 食料備蓄の目安は?(一般食)(原田萌香)
  Q15 食料備蓄の目安は?(特殊栄養食品)(原田萌香)
  Q16 災害時に備えたメニューとは?(佐伯千春)
 2)とくに優先的な支援が必要になる対象者
  Q17 避難生活で起こりやすい健康問題は?(関本みなみ,笠岡(坪山)宜代)
  Q18 乳児への対応は?(関本みなみ)
  Q19 子どもへの対応は?(関本みなみ)
  Q20 妊婦や授乳婦への対応は?(関本みなみ)
  Q21 食物アレルギー患者への対応は?(関本みなみ)
  Q22 高齢者への対応は?(関本みなみ)
  Q23 腎臓病・透析患者への対応は?(深澤幸子)
  Q24 糖尿病患者への対応は?(関本みなみ)
  Q25 高血圧患者への対応は?(関本みなみ)
  Q26 肥満への対応は?(笠岡(坪山)宜代)
  Q27 咀嚼・嚥下困難のある障害児・者への対応は?(中久木康一)
  Q28 咀嚼・嚥下困難のある高齢者への対応は?(中久木康一)
  COLUMN 被災時に起こりやすい健康障害(尾島俊之)
第2章 知っていれば安心! 避難所,在宅,個別ニーズの把握
 1)避難所
  Q29 食料・物資管理のポイントは?(山下雅世)
  Q30 災害食を食べる際の問題点は?(島田郁子)
  Q31 調理に必要な備品がそろわない状況での工夫は?(島田郁子)
  Q32 炊き出しを行う時の注意点は?(島田郁子)
  Q33 ポリ袋を利用しての調理例は?(島田郁子)
  Q34 感染症対策のポイントは?(山下雅世)
  Q35 災害時に脱水症が増えるのはなぜ?(山下雅世)
  Q36 避難生活における熱中症の注意点は?(山下雅世)
  Q37 運動不足のリスクは?(山下雅世)
  Q38 体重管理でわかる栄養障害は?(山下雅世)
  Q39 災害時に優先する栄養素は?(原田萌香)
  Q40 栄養についての災害支援の国際基準はあるの?(原田奈穂子)
  Q41 災害時に食・栄養を支援する組織は?(山下雅世)
 2)在宅,地域
  Q42 在宅での障害児・者の問題は?(古屋 聡)
  Q43 在宅での要配慮者への対応は?(古屋 聡)
  Q44 一人暮らし高齢者への支援は?(古屋 聡)
  Q45 地域の食支援のネットワークづくりとは?(古屋 聡)
  Q46 在宅・地域での平時からの備えとは?(古屋 聡)
  Q47 家庭の食料備蓄は?(原田萌香)
  Q48 アルファ化米,クラッカー,乾パン,菓子パン,バナナなどの災害時の注意点は?(島田郁子)
  Q49 災害食のエネルギー量がわからない場合は?(M中孝増,笠岡(坪山)宜代)
 3)個別ニーズの把握
  Q50 食欲がないときは?(島田郁子)
  Q51 義歯がない,咀嚼しにくい場合は?(中久木康一)
  Q52 歯ブラシがないときにはどうする?(中久木康一)
  Q53 口腔ケアの支援が必要な場合は?(中久木康一)
  Q54 配給の食品を食べやすくするには?(島田郁子)
  Q55 食の禁忌がある方への対応は?(島田郁子)
  Q56 リフィーディング症候群の予防は?(関本みなみ)
  COLUMN 災害時,各職種の役割と管理栄養士に期待すること
   (1)医師から(小井土雄一)
   (2)精神科医師から(河嶌 譲)
   (3)歯科医師から(中久木康一)
   (4)保健師(看護師)から(神原咲子)
   (5)薬剤師から(渡邉暁洋)
   (6)リハビリテーション職種から(佐藤 亮)
   (7)災害支援の国際基準トレーナーから(原田奈穂子)
第3章 現場ではそのとき 実際,何が起こったか?
  1.災害拠点病院における食の課題(高橋 昌)
  2.災害時医療の拠点病院としての取り組み
   (1)医師の立場から―石巻赤十字病院(植田信策)
   (2)管理栄養士の立場から―石巻赤十字病院(佐伯千春)
  3.中規模病院における管理栄養士一人体制での経験から(齋藤亜紀子)
  4.災害時の食・栄養支援チームの活動
   DHEAT(山下雅世)
   自治体管理栄養士の公的派遣(山下雅世)
   JDA−DAT(山下雅世)
   NPO(辛嶋友香里)
   国際災害栄養研究室(原田萌香)
  COLUMN 海外の食支援体制(齋藤由里子)
  COLUMN 災害×宇宙(M中孝増,笠岡(坪山)宜代)
第4章 災害医療にどうかかわるか,知っておきたい災害時医療の基本
  1.災害時医療体制(眞瀬智彦)
  2.災害のフェーズと医療支援活動の流れとポイント(加藤 渚)
  3.災害時の医療対応の基本と起こりうる疾病(加藤 渚)
  4.トリアージと応急手当(加藤 渚)
  5.災害時のデータ・テクノロジーの活用
   (1)大規模災害時に備えた栄養に配慮した食料備蓄量の算出のための簡易シミュレーター(須藤紀子)
   (2)物資調達・輸送調整等支援システム(宇田川真之)

 資料
  1.各種ガイドライン等
  2.ラピッドアセスメント
   ラピッドアセスメントチェック項目
   避難所 食事ラピッドアセスメント(暫定版)
  3.避難所食事状況調査票