やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき−ウィズ・ポストコロナ時代の最新褥瘡・栄養管理
 2014年の本誌臨時増刊号「エビデンスに基づく褥瘡ケアUPDATE」の発刊から7年が過ぎ,今回「褥瘡UPDATE−エキスパートのための最新情報と栄養療法」が企画された.前回のまえがきでは,褥瘡学が成熟期に突入し,褥瘡のみならず,医療の質評価,そしてチーム医療の推進を語る上で欠かせない学問領域となったことに触れられている.成熟期を迎え7年が過ぎた今,褥瘡学は再び大きな変革を迎えようとしている.褥瘡および創傷感染など褥瘡に付随する合併症の病態解明が進み,臨床ケアのレベルは飛躍的に向上した.前回ホットトピックスとして紹介された医療関連機器圧迫創傷は褥瘡の一形態として全国調査が定期的に実施され,その予防管理方法のベストプラクティスが刊行された.
 2020年12月に,クリティカルコロナイゼーションや,深部損傷褥瘡は褥瘡重症度評価スケールであるDESIGN-R(R)に組み込まれ,DESIGN-R(R)2020として公表された.すなわち,褥瘡専門家のみならず,褥瘡をみる全ての医療者にとって必須の知識となった.褥瘡国際ガイドラインは米国,ヨーロッパ,日本を含む環太平洋地域の代表組織から合同で出版され,褥瘡を示す英語はPressure ulcerからPressure injuryへと変わり,治癒しない創傷であるChronic wounds(慢性創傷)から,適切に治療することで治癒へ向かわせることのできる可能性を持たせたHard-to-heal wounds(難治性創傷)へと変貌を遂げた.難治性の原因の一つであるバイオフィルムはベッドサイドで可視化することが可能になり,Wound hygiene はバイオフィルム除去方法として注目されている.栄養補助食品による褥瘡治癒促進に関するランダム化比較試験は日本発のエビデンスであり,難治性創傷への有力な手立てとなっている.このように,概念が更新されることで,褥瘡治療・ケアは飛躍的に発展した.
 社会の構造も大きく変化した.地域包括ケアシステムの社会への浸透,ICTやAI(人工知能),ロボティクス技術に代表される科学技術の飛躍的な進歩,そして新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延による人と人の関係のあり方の変容により,日本のみならず,世界は大きな変化を遂げた.在宅での褥瘡管理がますます重要となり,ベッドサイドでの適切なアセスメントに基づき,主治医の包括的指示の下,手順書に則ってデブリードマンや陰圧閉鎖療法を実施する看護師特定行為研修の広まりは,医療者が不足する在宅,施設で苦しんでいる褥瘡患者を確実に救っている.10年前にはほとんどの医療者が聞いたことのなかったAI技術は当たり前のように医療の世界に入り込んでおり,エコーを当てるだけで深部組織の損傷が自動的に表示されたり,電子カルテに入力された情報のみで褥瘡発生予測が可能になってきている.
 そして,今,COVID-19は,大きく臨床をかえた.専門家の診療を受けることができず,褥瘡が発生したり,褥瘡が悪化してしまう事例を多く経験してきたが,ICT技術はそうした患者,コロナ禍の疲弊した医療にとって極めて重要な救いの手といえる.たとえば患者のそばにいる時間を短縮することができるようマットレスが自動的に体圧を感知し,最適な体圧に調整することで褥瘡を予防したり治癒を促進したりするロボティックマットレスが活躍した.
 高齢化のさらなる進展に伴い,褥瘡を有する患者の病態は複雑化の一途を辿っている.栄養管理の選択肢も増え,全身管理と栄養管理のバランスを踏まえた褥瘡管理技術は引き続き求められる.特にエンドオブライフ期や高度侵襲下にあるICU患者から,回復期リハビリテーション期や在宅患者まで,管理栄養士が対応する患者の領域は極めて広い.
 以上を踏まえ,本特集では,前半のパートで最新の褥瘡の知識を網羅した上で,褥瘡予測・予防・治療をベーシック編とアドバンスト編に分けて解説し,新たな褥瘡管理を紹介した.それらの知識を前提に,褥瘡ケアと栄養マネジメント,褥瘡予防・管理と連携,合併症のある褥瘡患者の栄養ケアの理論を学び,最後に褥瘡栄養ケア−事例編で実践に繋げる構成とした.新進気鋭の若手から,百戦錬磨のエキスパートまで,多くの執筆者にご協力をいただいた.
 本書を読めば褥瘡学の最新の情報が体系的に理解でき,明日からの栄養管理に活用していただけると確信している.
 2021年5月
 真田弘美(東京大学大学院医学系研究科老年看護学/創傷看護学分野)
 仲上豪二朗(東京大学大学院医学系研究科老年看護学/創傷看護学分野)
 真壁 昇(関西電力病院栄養管理室)
 まえがき−ウィズ・ポストコロナ時代の最新褥瘡・栄養管理(真田弘美,仲上豪二朗,真壁 昇)
Part 1 褥瘡の基礎知識
 1 褥瘡の疫学:実態調査結果をいかす(紺家千津子)
 2 褥瘡の発症機序と関連要因(茂木精一郎)
 3 褥瘡の診断と治癒過程(角 総一郎,前川武雄)
 4 褥瘡ケアと医療保険(川上重彦)
Part 2 褥瘡予測・予防・治療:ベーシック編
 5 国際褥瘡予防・管理ガイドライン(2019)(仲上豪二朗)
 6 褥瘡発生の予測とリスクアセスメント(大桑麻由美)
 7 褥瘡予防:最新の体圧分散コンセプト(須釜淳子)
 8 スキンケア(佐藤 文)
 9 リハビリテーションとシーティング(前重伯壮)
 10 褥瘡評価の進化:改定DESIGN-R(R)2020(田中マキ子)
 11 DESIGN-R(R)2020:深部損傷褥瘡(DTI)疑い(紺家千津子)
 12 DESIGN-R(R)2020:臨界的定着(クリティカルコロナイゼーション)疑い(仲上豪二朗)
 13 褥瘡治療の基礎知識(磯貝善蔵)
 14 褥瘡治療デバイスの進歩(栗原 健,市岡 滋)
 15 創傷衛生:Wound hygiene(木下幹雄)
Part 3 褥瘡予測・予防・治療:アドバンスト編
 16 車椅子アスリートの褥瘡管理(臺 美佐子,峰松健夫)
 17 医療関連機器圧迫創傷の予防管理(林 千恵子,河ア明子)
 18 スキン-テアの予防と治療・ケア(玉井奈緒)
Part 4 新たな褥瘡管理
 19 COVID-19患者における圧迫関連創傷の管理(志村知子)
 20 分子生物学的手法を用いた褥瘡予測・創部アセスメント(峰松健夫)
 21 機器を用いた新たな褥瘡アセスメント(松本 勝)
 22 ICTを駆使した次世代褥瘡コンサルテーションシステム(北村 言,仲上豪二朗,真田弘美)
Part 5 褥瘡ケアと栄養マネジメント
 23 褥瘡ケアの栄養アセスメント(真壁 昇)
 24 褥瘡ケアと栄養療法(大村健二)
 25 褥瘡ケアとビタミン・微量元素(石井信二,田中芳明)
 26 褥瘡ケアと特定の栄養素(山中英治)
 27 褥瘡領域の栄養研究の最新トピックス(飯坂真司)
Part 6 褥瘡予防・管理と連携
 28 近森病院の褥瘡ケアとNST介入の効果(宮島 功,近森正幸)
 29 ICUでの栄養管理における多職種連携(褥瘡・創傷ケアを含む)(清水孝宏)
 30 褥瘡予防・管理におけるリハビリテーション部門との連携(梅本安則,川崎真嗣,幸田 剣)
 31 在宅褥瘡患者と栄養ケア(塚田邦夫)
 32 褥瘡ケアと地域連携(中村深雪)
Part 7 合併症のある褥瘡患者の栄養ケア
 33 慢性腎臓病(柿崎祥子)
 34 認知症高齢者の褥瘡治療・予防における問題点と対策(吉田貞夫)
 35 エンド・オブ・ライフ期の褥瘡と栄養ケア(前田圭介)
 36 糖尿病・肥満症を合併した褥瘡患者への栄養ケアとそのポイント(大島志のぶ,幣 憲一郎)
 37 下痢/便失禁(早川麻理子)
Part 8 褥瘡栄養ケア−事例編
 38 ICU(高度侵襲下)における褥瘡栄養ケアのポイント(宮澤 靖)
 39 摂食嚥下障害/口腔ケア(若林秀隆)
 40 回復期リハビリテーション病棟における褥瘡栄養ケアのポイント(金丸亜希,山内杏奈,森山智恵,西岡心大,井上 健)
 41 在宅訪問管理栄養士による褥瘡栄養ケアの実際(中村育子)