やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに──この本を読むまえに
 畠 清彦
 がん研有明病院血液腫瘍科部長
 癌化学療法センター臨床部部長
 抗がん剤の治療は,成績は向上してきていますが,欧米に比較すると残念ながら十分ではありません.例えば,ドラッグラグはなくなってきたと言われていますが,実はいまだ3年以上も遅れがあり,疾患や薬剤によっては,審査が全く開始されていないか,最初からあきらめられているものもあります.承認や審査のスピードをもっと速くしなければならないことはもちろんですが,そこは担当である厚生労働省や公務員の方々が,遅れを自覚することで,患者さんにとっては,消極的な殺人にも近い状態になっていることを改めていってもらうしかありません.
 この本を書こうと思った一番のきっかけは,もちろん日本で抗がん剤の臨床試験がいまだ遅れていることもありますけれども,その他にも,私には忘れられない経験があります.ある製薬会社の薬について,がん研有明病院で臨床試験をやっていただいた際のことです.その後,たまたまその治験を受けて元気になられた患者さんから,私はそれまで一度もお会いしたこともないのに,外来で突然お礼を言われたことがあります.もちろん今までも治験を受けたことによって寿命が延びたり,薬がよく効いて感謝されることはあったのですが,自分の専門科でない,自分が診てもいない肺がんの患者さんからお礼を言われたことは初めの経験でした.自分のやってきたことは人に役立っているかもしれない,そう思えた瞬間でありました.
 治験は,いろんな職種の方が協力して初めてでき上がっているものです.治験にいま頑張って努力していらっしゃる先生方ばかりでなく,私の後輩や部下にも同じようにあの時の気持ちを共有することができれば,みんながもっと頑張って臨床試験に力が入れられるようになるのではと期待します.そして,患者さんたちがもっと前向きに興味を持って治験を受けてみようかなという気持ちになっていただけたら,というふうに思っています.
 それでは現場の医師・看護師・薬剤師や,あるいは患者さんからはそのために何ができるのでしょうか?この本は,治験について,患者さんにまずよく理解をしていただきたいとの思いから,しばしば外来で質問を受ける事柄,例えば,どうしたら治験を受けられるだろうか?誰でも治験を受けられるのだろうか?などの疑問に答えていきます.患者さん達が実際に治験にどのようにアクセスし,どのような患者さんならば適切に治験を受けられるのか?などを事前に理解するうえで手引きとして,ぜひ役立てていただき,より多くの患者さんが治験を受けられるようになればよいと思います.
 この本では私が中心に執筆していますが,当院で最前線で治験に関わっている医療者の方にも,それから治験を受けられた患者さんにも,心理的なことや具体的なエピソードも含めて書いていただきました.執筆者には,できるだけ平易に,患者さんの立場に立った言葉で書いていただくようにお願いしました.また,わかりにくい言葉や専門用語には,できるかぎり解説を加えています.
 本書が,治験に関心をお持ちの患者さんの理解に少しでもお役に立てれば,著者一同これにまさる喜びはありません.
もっと知りたい!Q&A
 Q1 「治験」「臨床試験」ってなあに?
 Q2 治験や臨床試験ってどうなの?
 Q3 「登録基準」「除外基準」ってなあに?
 Q4 治験を受けたいと思ったとき(1)──どうすれば?
 Q5 治験を受けたいと思ったとき(2)──その条件は?
 Q6 普段からどうしたらよいの? 合併症をきちんとしよう!
 Q7 治験中の医療費保障については?
 Q8 生活保護の患者さんは治験を受けにくいって本当?
 Q9 治験を受けたいと思ったら,どこへ行けばいいの?
 Q10 今かかっている病院から治験を紹介されるには?
 Q11 治験を専門とする医師の印象があまり良くないけど
 Q12 患者会との関係──日本骨髄腫患者の会を例に
 Q13 ドラッグ・ラグ──米国とわが国の現状
 Q14 治験の現状を知るためのツール,サイト
 附録【用語解説】
私も治験を受けました! 体験者の声
 01 治験との出会いは運命の出会い
私たちが支えます! 医療者の声
 01 治験を促進していきましょう!
 02 治験を支えている人たちを紹介します
 03 CRC看護師から
 04 CRC臨床検査技師から
 05 CRC薬剤師から
 06 治験の責任医師から
もっと知りたい! サイドメモ
 01 被験者の登録基準(または選択基準)の一例
 02 被験者の除外基準の一例
 03 有害事象の報告について
 04 治験中の主な有害事象──間質性肺炎
 05 倫理およびGCP
 06 被験者の同意取得
 07 多発性骨髄腫における治療効果判定の国際統一基準
 08 リンパ腫における治療効果判定の規準
 09 症状が進行したら,その判定は?──画像判定

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