やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 臨床研修医制度が導入され,旧来の医局体制が崩壊し,多くの医療機関では医師の確保が最も重要な課題のひとつとなり,さらには財政面での効率化など問題は山積しているのが現状です.当初の思惑と現実の隔たりの大きさから,臨床研修医制度の改革が行われ,今後も改革が行われるものと思われます.しかし,たとえこの制度そのものに欠陥があろうとも,その責務は現在の臨床研修医にはまったくありません.言を換えれば,制度そのものに翻弄されているのが臨床研修医であるといえます.しかし,制度がどうあれ,臨床研修医であれ,医師としての自覚・責務は時代が変わろうとも普遍的なものです.
 旧来の医局制度のもとで,いわば「門前の小僧,習わぬ経を読む」というスタイルで育ってきたわれわれ(特に外科医)にとっては,技術習得には滅私奉公に似たlearning curveは当然のことのように受けとめてきました.しかし,医師確保の問題や機器の進歩などにより,より効率的な技術・知識の習得が重要となってきたのも事実です.また,一方では,指導する立場の者にとっては,いざ「教える」となると意外に容易ではないことに,あらためて気づかされます.
 本書は,大学ではない市中の地域基幹病院であればこそ,小回りの利く,毎日顔の見える利点を生かし,臨床研修医にとっては,どの科をローテーションしていても,直に誰にでもすぐ疑問点を問える環境にある利便性を生かし,実情に即した,臨床研修医の生の声(質問)に対する指導医とのやりとりを元に編集いたしました.
 Volume1では,消化管を中心に,食道,胃・十二指腸・小腸,大腸・肛門を収録しました.また,その他の関連項目では臨床研修医が抱える将来に対する不安・悩みに対し,少しでも解決の一助となればと考え,そのアドバイスも加えました.
 外科医にとって,「手術は,思想そのものの体現である」との信念から,初期臨床研修開始の初期の段階から手術に対する思想を確固たるものとしながら日々の臨床に邁進することが重要であると考えています.
 したがって本書では,より実際の外科手術に沿った一歩踏み込んだ内容で編集はじめにしました.外科医を志望する若い医師が減少するなか,最も守備範囲の広い消化器・一般外科を修得することは,全身を網羅することに繋がり,実践的実力が備わるはずであると信じて疑いません.
 本書が,ひとりでも多くの臨床研修医の効率的な技術・知識の習得の一助になれば幸いと存じます.また,指導者にも参考にして頂ければ幸いと存じます.
 平成23年9月吉日
 大井田尚継

発刊によせて
 本書の編集者である大井田氏は,市中の基幹病院で辣腕をふるう外科医である.研修医の指導を統括する立場にもある.本書は,その大井田氏のもとに集まる外科医たちが,研修医からの質問に答える形式で執筆したものである.自分の仕事に限りない誇りをもち,その価値を研修医に伝えようとする情熱が紙面からも溢れるように伝わってくる.
 私も,30年以上前のことだが,研修医の時代に市中の基幹病院で外科手術の初歩を教わった.あの頃,わが国には,いろいろな分野で,一燈照隅を心がけ毎日を励む無数の人々がいた.そんな人々の努力が糾合され,怒濤のような勢いになっていた.もちろん外科医もその例外ではなかった.
 何があのような活力を生み出していたのか.私はそれを師友という言葉で表現できると思っている.師友とは,師と友というだけの意味ではない.師と言えるほど尊敬できる友,友と言えるほど親密になれる師という意味も含んでいる.そこには,上司や部下の区別などない.
 人は,大人になると,父母の慈愛から離れ,人生の意味を探して生涯をかけた旅に出る.寄る辺なく不安な旅である.師や友は,そんな旅路に道標を与えてくれる.ときには叱曹オ,ときには激励し,いつも歓喜を分かち合ってくれる.力強く生きていくためには,それが食物よりも大切な糧になる.わが国の活力は,いろいろな分野の師友をもとにして生み出されてきたように思う.
 昨今,わが国は,躍動する活力を失いかけているように見える.よき師友に恵まれなくなったのか.いや,それよりも,どういうわけか人々は師友を求めなくなった.多くの若者たちは,それゆえに,なにごとにも手ごたえを感ずることができず,ただ思い思いに彷徨している.そんな社会に,かつてのような活力が維持されることはないだろう.
 若い医師も,どこに根をはるでもなく,浮き草のように水面を漂いだしている.それが目立つようになったのは,初期臨床研修制度が導入された頃であった.もちろんそれが原因のすべてとは言えない.しかし,この制度には,ある意図が仕組まれていたような気がする.それこそ,師友を得ることの大切さを軽んじることである.そうだとすれば,それが若い医師の精神に与えた影響は計りしれない.
 ただ,大井田氏のもとに集まる外科医たちのように,お互いへの信頼と尊敬のもとで切磋琢磨する医師たちもまだいる.それが救いである.大井田氏の指導を受けた研修医は,その姿を目の当たりにしたはずである.それが人生に確かな手ごたえを与えてくれることを学んだであろう.知識と技術を磨いてくれるのは,お手軽になにかを体験できる制度ではない.額に汗していっしょに働く仲間との絆である.そのことも知ったに違いない.
 本書が,一人でも多くの研修医の目に触れ,少しでも多くの優秀な外科医が育つことを念願している.それだけでなく,その行間から,師友を得ることの大切さまで感じとって欲しい.それを密かに期待している.
 日本大学医学部長・大学院医学研究科長
 脳神経外科 主任教授
 片山容一

推薦のことば
 現代は外科医にとって受難の時代である.手術手技の進歩とともに,より複雑な治療への対応が不可欠となり,同時に社会的には医療の透明性と安全性が要求されるなど,外科医の責任は増すばかりである.これらを満足するには,より高い精度の知識と技術の習得が必要である.このような環境のなか,現代の研修医制度は治療技術を習得する機会を十分に与えているとは言いがたい.
 今回,大井田尚継先生とその一門の先生によって編集・執筆された本書は,外科医を志す研修医諸君にとってきわめて実践的な診療のガイドブックであるといえる.外科医にとって,患者さんが最良の手術を受けることができ,合併症なく元気に退院されることが最も重要である.そのためには基本手技のマスターが何よりも重要である.いかに複雑な手術もその基本手技の積み重ねだからである.当科の教室員には糸の縛り方から,病巣へのアプローチの仕方,ドレーンの挿入方法まで,こと細かく指導しているが,なかなかうまく励行できないのが現状である.実際には,成書に書かれていないさまざまな経験に基づいた治療手技が存在するわけであるが,これらを修得することはたやすいことではない.
 このようななか,多くの研修医が抱く294の質問に対してQ&A方式でさまざまな疑問を解決してくれる今回の書は,現代の外科研修医諸君にとってまさにうってつけの名著である.本書により,多くの研修医が高い外科技術の習得が得られることを祈念している.
 日本大学医学部消化器外科主任教授
 高山忠利
 はじめに
 発刊によせて
 推薦のことば
 編者・執筆者一覧
Section 1 食道
 1 切除不能食道癌には全例食道ステント挿入を考慮してもよいのではないでしょうか?
 2 食道抜去術は盲目的な操作になりますが,その際の出血に対する対処法はどのようなものですか?
 3 食道癌手術における開胸法は? 肋間開胸と肋骨床開胸,どちらがよいのでしょうか?
 4 食道切除後の最適な再建臓器,再建経路は?
 5 反回神経の同定法とはどのようなものでしょうか?
 6 食道癌手術における周術期栄養管理のポイントは?
 7 食道憩室に対する手術適応は?
 8 気管支動脈を温存できなかった場合には,術後,どんなことに留意すればよいのでしょうか?
 9 結腸再建時にはsuperchargeを用いるべきなのでしょうか?
 10 胃管再建時の幽門形成の手技とその意義は?
 11 食道癌に対する術前化学療法の適応は?
 12 食道気管瘻を有する食道癌に対する治療方法は?
 13 食道癌における同時性重複癌に対する治療法は?
 14 細径胃管とは,通常の胃管と比較してどの程度細いのでしょうか?
 15 食道癌に対する右開胸開腹食道切除は開胸操作が先か?頸部・腹部操作が先か?
 16 頸部食道-胃管吻合の場合,手縫いと器械吻合ではどちらがよいのでしょうか?
 17 食道癌術後の高ビリルビン血症に対する対策はあるのでしょうか?
 18 食道狭窄(吻合部狭窄を含む)に対する拡張の際に,バルーンとブジーのどちらがよいのでしょうか?
 19 食道ステント留置においてdistal typeとproximal typeの使い分けは,どうしているのでしょうか?
 20 Neoadjuvant therapy後の食道手術はどのくらいの期間をあければよいのでしょうか?
 21 食道癌胃管再建(胸骨後経路)後の胃管癌に対する病巣へのアプローチ法は?
 22 食道癌胃管再建(胸骨後経路)後の胃管癌切除術における再建法は?
 23 食道再建術において遊離空腸を用いる場合,どの血管を選択するのでしょうか?
 24 誤飲による食道腐蝕の初期治療は?
 25 食道癌の大動脈穿破の治療はあるのですか?
 26 逆流性食道炎・胃食道逆流(GERD:gastro-esophageal reflex diseases)の治療は?
 27 食道癌手術における体位の取り方は?
 28 乳び胸が発生した場合の対処法は?
 29 バレット食道(Barrett's esophagus)とは何か? 治療は必要か?
 30 食道癌のサルベージ手術はどうような手術なのでしょうか?
Section 2 胃・十二指腸・小腸
 1 胃・十二指腸潰瘍穿孔例はすべて緊急手術すべきでは?
 2 食道癌手術あるいは胃全摘術では,胆.摘出術を付加すべきなのでしょうか?
 3 癒着性イレウスを防止する方法はあるのですか?
 4 イレウス管が幽門輪をなかなか超えない場合の挿入法は?
 5 イレウスの手術タイミングは?
 6 胃全摘出術後の代用胃を作製する際の大きさはどれくらいが適切でしょうか?
 7 胃全摘出術における逆流防止策はあるのでしょうか?
 8 下部食道浸潤胃癌では,開胸操作は避けられないのでしょうか?
 9 十二指腸潰瘍瘢痕狭窄に対する手術はバイパス手術でよいのではないでしょうか?
 10 胃・十二指腸潰瘍穿孔例に対しては大網充填術が繁用されていますが,広範囲胃切除術が適応となる場合は?
 11 無症状のHelicobacter pylori(H.pylori)感染症に対しても除菌療法の適応はあるのでしょうか?
 12 広範囲胃切除術において,左大網動脈の最終枝が明確に同定できない場合には,口側胃切離ラインはどのように決定するのでしょうか?
 13 明らかな出血部位が同定困難な小腸出血に対しては,どのように対処したらよいのでしょうか?
 14 胃空腸吻合の場合,結腸前・後にかかわらずBraun吻合は付加すべきなのでしょうか?
 15 胃静脈瘤に対してはEVLは不可能なのでしょうか?
 16 Hemi-double stapling methodとはどのような手技なのでしょうか?
 17 残胃癌に対する残胃全摘出術においても代用胃を作製したほうがよいのでしょうか?
 18 現時点での小腸カプセル内視鏡の適応と現況を教えてもらえませんか?
 19 胃切除術後の脾腫についてどう対処すればよいのでしょうか?
 20 バイパスとしての部分的曠置的胃空腸吻合術はどのような方法なのでしょうか?
 21 胃gastrointestinal stromal tumor(GIST)に対する手術方法と注意点は?
 22 GISTに対する悪性度の判定と術後のfollow-up法は?
 23 食道胃接合部癌については,最近では左斜め胴切りは行われていないのでしょうか?
 24 Open abdomen法とはどのような方法でしょうか?
 25 大量小腸切除術後の下痢を抑える方法はあるのですか?
 26 短腸症候群において,TPNから離脱するには最低どれくらいの小腸を確保していればよいのでしょうか?
 27 消化管異物に対してはどのように対処したらよいのでしょうか?
 28 クローン病は再熱症例が多いようですが,病変は広範囲に切除しておくべきでしょうか?
 29 クローン病における食事・栄養のポイントは?
 30 クローン病における内科的治療の限界と外科治療の適応は?
 31 胃・小腸瘻造設の際にはWitzel型とStamm型ではどちらがよいのでしょうか?
 32 胃瘻造設術はすべて内視鏡下に施行可能なのでしょうか?
 33 癒着.離はどのように進めていけばよいのでしょうか?
Section 3 大腸・肛門
 1 虫垂切除術における皮切はどのように決定するのでしょうか?
 2 虫垂切除術におけるドレーン留置の有無はどのように決定されるのでしょうか?
 3 急性虫垂炎の診断においてCT検査は有用ですか?
 4 虫垂根部断端が盲腸内に埋没できない場合には,どう対処したらよいのでしょうか?
 5 Interval appendectomyの適応は?
 6 虫垂切除術において,なかなか虫垂が同定できない場合の対処法は?
 7 ストーマを作る位置を決めるポイントを教えてもらえませんか?
 8 ストーマ造設において単孔式と双孔式はどのように決定されるのでしょうか?
 9 ストーマ造設する際に,腹膜外経路で腹直筋を経由すべきなのでしょうか?
 10 ハルトマン手術後にストーマを閉鎖することはありますか?
 11 S状結腸過長による捻転症の治療選択は?
 12 大腸手術前の化学的腸管処置(chemical preparation)の功罪は?
 13 大腸癌手術の周術期の抗菌薬投与法について教えてもらえませんか?
 14 大腸癌術後のサーベイランスについて教えてもらえませんか?
 15 大腸癌術後の補助化学療法について教えてもらえませんか?
 16 大腸癌によるイレウスに対する治療方針について教えてもらえませんか?
 17 口径差がある場合の吻合方法は?
 18 成人での腸回転異常を伴った症例では小児のようにLadd手術を付加すべきなのでしょうか?
 19 最近ではBiofragmentable anastomosis ring(BAR)はあまり用いられないのでしょうか?
 20 大腸癌術後の尿道カテーテルの適切な抜去時期は?
 21 膀胱の一部を合併切除した場合には,尿道フォーリーカテーテルはどのくらいの期間留置しておくべきなのでしょうか?
 22 術中において尿管を的確に分離・同定する方法は?
 23 大腸癌手術でのドレーン留置は,はたして本当に必要なのでしょうか?
 24 Double stapling methodによる器械吻合では,dog earの処理は必要でしょうか?
 25 縫合不全が発生した場合の対処法のポイントは?
 26 潰瘍性大腸炎に対する白血球除去療法とは?
 27 直腸癌手術において生じる可能性のある後遺症は?
 28 直腸脱の手術術式の選択のポイントは?
 29 正中仙骨静脈系からの出血に対する対処法は?
 30 腹会陰式直腸切断術における会陰創感染を防ぐよい方法は?
 31 経仙骨的直腸切除術の適応は?
 32 骨盤内臓全摘術におけるSantorini静脈叢の処理法は?
 33 直腸指診で観察しなければならないポイントは?
 34 痔核に対する薬物療法のポイントは?
 35 嵌頓痔核の用手還納のコツを教えてもらえませんか?
 36 血栓性外痔核に対する治療について教えてもらえませんか?
 37 痔核の手術適応は?
 38 痔核に対する結紮切除術の際の創閉鎖は,全閉鎖と半閉鎖ではどちらがよいのでしょうか?
 39 繰り返す肛門周囲膿瘍に対する治療方針は?
 40 裂肛で手術の対象になる症例はありますか?
 41 フルニエ(Fournie)症候群の初期治療は?
 42 肛門周囲Paget病の治療方針は?
 43 肛門異物症例の治療手順は?
Section 4 その他の関連事項
 1 手術創の管理方法について教えてもらえませんか?
 2 造影剤ショック時の対処法について教えてもらえませんか?
 3 周術期における発熱の原因と対処法は?
 4 維持透析患者の手術時期は?
 5 腎外傷性破裂に対する腎摘出術においては,尿管はどのレベル切断すればよいのでしょうか?
 6 同時性多重癌手術においてはどの臓器癌から手術を進めるのでしょうか?
 7 腹膜播種性転移による腸管閉塞症に対しては手術の適応はあるのでしょうか?
 8 内臓逆転症に遭遇した場合の手術における留意点は?
 9 術前に冠動脈バイパス術(CABG)を行った症例の周術期管理のポイントは?
 10 術中迅速病理診断に検体を提出するときの留意点は?
 11 精神障害者に対する周術期の留意点は?
 12 腹膜炎による高熱を伴う手術では悪性高体温症にはならないのでしょうか?
 13 Day surgeryはどのような疾患で可能なのでしょうか?
 14 減張縫合はどのような症例に用いるものですか?
 15 鼠径ヘルニアの再発の原因は?
 16 鼠径ヘルニア嵌頓例における緊急手術時にもメッシュは使用可能なのでしょうか?
 17 鼠径ヘルニアの麻酔は局所麻酔ではいけないのでしょうか?
 18 腹壁瘢痕ヘルニアの原因は?
 19 閉鎖孔ヘルニアの診断に最も適している検査は?
 20 IVH(intravenous hyperalimentation)カテーテル挿入について教えてもらえませんか?
 21 鎖骨下穿刺IVHカテーテル挿入時の気胸発生時の対処法は?
 22 尿道カテーテルが挿入困難な場合の対処法は?
 23 経口摂取困難な患者に対する栄養方法は,経鼻経管栄養か経皮内視鏡的胃瘻栄養か?
 24 原発不明癌に対する治療方針は?
 25 悪性腫瘍随伴症候群のなかで悪性高カルシウム血症に対する治療法は?
 26 Steroid coverの実際の方法は?
 27 外来化学療法における副作用に対する対処法は?
 28 癌性疼痛に対する鎮痛剤の使い方を教えてもらえませんか?
 29 分子標的治療薬とはどのような薬剤なのですか?
 30 正しい処方箋の書き方を教えてもらえませんか?
 31 わかりやすいカルテ記載法とは?
 32 同意書の取り方で留意すべき点は?
 33 英文論文の書き方を教えてもらえませんか?
 34 博士号の取得は重要なのでしょうか?

  索引