やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監修のことば
 食物アレルギーの診療や社会的な対応において栄養士が果たす役割はとても大きい.しかし,栄養士の方々が食物アレルギーの勉強をする機会は限られており,独学で試行錯誤されている状況である.さらに,食物アレルギーの診療はこの10年間に大きな変貌を遂げ,“食物経口負荷試験による診断を基本として必要最小限の食物除去を指導”し,“できるだけ早く食物除去の解除をはかる”という基本方針で行われるようになっている.食物経口負荷試験は全国の日本小児科学会研修指導施設において行われており,食物経口負荷試験が日常診療として定着しつつある.
 食物アレルギーの最近の診療状況に即した栄養指導の基本方針を示した厚生労働科学研究班(主任研究者:今井孝成)からの『食物アレルギーの栄養指導の手引き』が作成されたが,これはあくまで基本指針を示したものであるので,さまざまな場面での具体的な栄養指導の解説書が望まれていた.
 今回,今井孝成,高松伸枝,林典子の諸氏が中心となり,『食物アレルギーの栄養指導の手引き』の作成に関わった方を中心として,医歯薬出版のご協力を元に本書『食物アレルギーの栄養指導』を発刊することになった.
 本書が,食物アレルギーの対応に関わる多くの栄養士の方々の教科書として,幅広く活用されることを望むものである.
 2012年1月
 国立病院機構相模原病院臨床研究センター
 アレルギー性疾患研究部長
 海老澤元宏

はじめに
食物アレルギーの栄養指導と栄養士
●栄養士諸姉諸兄へ
 食物アレルギー患者および保護者はもとより,食物アレルギーの診療に関わるすべての人びとが,栄養士の皆さんのより積極的な食物アレルギーへの関わりを強く期待しています.そして皆さんにはその力があると思うのです.
●食物アレルギーにおける栄養指導の意義
 食物アレルギーの診療は“正しい診療に基づいた必要最小限の原因食物の除去”です.
 しかし必要最小限の原因食物の除去といっても,鶏卵や牛乳,小麦などの主要原因食物はさまざまな調理に利用されるため,広範囲に食生活における制限が強いられることになります.成長著しいこの時期に特定の食物およびその加工食品を除きながら生活することは,単に栄養学的な問題だけでなく,食に対する興味が失われてしまったり,食に対する恐怖感ばかりが植え付けられてしまったりする可能性もあります.
 そこで,食物アレルギーの診療には,原因食物の除去指導とセットで栄養指導が行われるべきです.主治医もある程度の栄養指導を行うべきかもしれませんが,医師は医学の専門家であり,栄養学的な深い知識はもち合わせていません.このため,食物アレルギーを日ごろから診ている医師でない限り,必ずしも適切な栄養学的な助言は期待できるものではありません.
 一方で栄養士は栄養学の専門家であり,患者の栄養学的な問題への対処が期待される職務です.従来の臨床栄養や栄養士養成課程で食物アレルギーはほとんど無視されてきた分野なので,急に食物アレルギーの栄養指導の実践を求められてもできない栄養士がほとんどだと思います.しかし,患者や保護者はもちろん,医師の視点からも栄養士の食物アレルギーにおける役割が大いに期待されているのです.
●食物アレルギーにおける栄養士の関わり
 食物アレルギーにおける栄養指導というと,食物除去によって損なわれる栄養成分の代替に関する栄養学的な指導と考えがちです.もちろんそうした関わりは,食物アレルギーの栄養指導の根幹だと思います.しかし,食物アレルギー患者およびその保護者が栄養指導に求めることはそれだけではありません.それは栄養指導を始めるとすぐに気付くことだと思いますので,現場で個々人が感じとって,その責務を果たしていって欲しいと思います.
 栄養士は,食物アレルギーに関する疫学的,病態的かつ基本的な正しい知識を身につけたうえで,食物アレルギーに特有な栄養学的な問題や課題,知識を得て,患者とその保護者の救いとなることが求められており,また必要であり,そしてできるはずです.本書はそれを網羅するものであり,多くの食物アレルギー患者および保護者のために,その力を遺憾なく発揮してもらえることを期待しています.
 2012年1月
 今井孝成
 監修のことば
 はじめに――食物アレルギーの栄養指導と栄養士
I.【知識編】食物アレルギーの基礎知識
1 食物アレルギーの診療
 (1)食物アレルギーとは(今井孝成)
 (2)食物アレルギーの歴史,病態,疫学(宇理須厚雄)
  1.食物アレルギー診療の歴史――不適切な治療の背景
  2.食物アレルギー診療や社会的対応の進歩にガイドラインや新設の制度が果たした役割
  3.食物アレルギーの病態
  4.わが国の食物アレルギーの有病率
 (3)食物アレルゲンについて(伊藤浩明)
  1.アレルゲンはたんぱくである
  2.交差抗原性と低アレルゲン化
  3.おもなアレルゲン
 (4)食物アレルギーの症状と対応――アナフィラキシーとその対応,エピペンRについて(海老澤元宏)
  1.食物アレルギーの発症と耐性化
  2.食物アレルギーのいろいろなタイプ
  3.症状
  4.アレルギー症状やアナフィラキシーへの対応
 (5)食物アレルギーの診断と治療――医師の役割と栄養士の関わり(小俣貴嗣,林 典子)
  1.食物アレルギーの診断と治療における栄養士の関わり
  2.栄養指導のタイミング
2 食物アレルギー患者とその家族の食生活
 (1)食物除去の基本(柴田瑠美子)
  1.原因食物除去の基本と栄養指導のポイント
  2.食物除去の指導の実際
 (2)おもな原因食物除去の考え方
  鶏卵 牛乳 小麦,穀類 大豆,豆類 魚,甲殻類,軟体類,貝類,魚卵 肉類 果物,野菜 ピーナッツ,木の実(ナッツ)類,種実類 そば その他
 (3)食品の表示について(高松伸枝)
  1.アレルギー物質の表示制度
  2.表示の対象となる食品の範囲
  3.原材料とアレルギー表示の方法
  4.代替表記,特定加工食品について
  5.コンタミネーションと注意喚起表示
  6.わかりにくい表記について
 (4)食物アレルギー患者の栄養(迫 和子)
  1.食物アレルギー患者の栄養素摂取の特徴
  2.栄養評価
 (5)ライフステージ別の食事の留意点(長谷川実穂)
 (6)食物アレルギー患者や家族の悩み(林 典子)
  1.食物アレルギーと診断された直後に多い悩み
  2.食物除去を開始してからの悩み
  3.解除をするときの悩み
 (7)食物アレルギー栄養指導の面接技法(松嵜くみ子)
  1.食物アレルギーの特性と生じやすい困難
  2.まずできること
  3.基本的な信頼関係の重要性と支援者の目標
  4.話を「聴く」準備
  5.起こりやすい問題
  6.困難の軽減を支援するときのステップと基本的な考え方
  7.周囲の人びとの協力を得ること
II.【実践編】専門分野別の栄養士の役割と実践事例
1 病院栄養士
 (1)病院における栄養指導(林 典子,林 久子)
  1.病院における栄養指導の実際
  2.家庭生活で誤食(事故)を避ける留意点
 (2)病院における給食管理(長谷川実穂)
  1.病院給食での食物アレルギー対応
  2.食物アレルギー給食提供の流れ
  3.治療への関わり――食物経口負荷試験食の提供
2 保育所・学校における診断書(指示書・学校生活管理指導表)のとらえ方(今井孝成)
  1.食物アレルギーの診断書の必要性
  2.不適切な食物アレルギー診断書(指示書)
  3.「食物アレルギーの診療の手引き」による診断書
  4.「学校生活管理指導表(アレルギー疾患用)」
  5.食物アレルギー対応の今後
3 保育所栄養士
 (1)食物アレルギー患者の受け入れ(柴田瑠美子)
  1.食物アレルギー患者の把握
  2.受け入れ準備協議
  3.保護者との連携
  4.子どもの成長を鑑みた望ましい方向性
 (2)保育所における給食管理(板橋区子ども家庭部保育サービス課)
  1.保育所での給食管理の特徴
  2.給食の対応の工夫と注意点
  3.給食対応の実際
  4.誤食事故の予防対策
  5.保育活動等で注意すること
  6.職員の当事者意識の向上と連携
  7.保護者支援
  8.今後の課題
4 学校(幼稚園)栄養士,栄養教諭
 (1)学校における栄養指導(食育)(市場祥子,駒場啓子)
  1.学校(給食)における食物アレルギー対応の基本と留意点
  2.学校給食での具体的な対応の準備
  3.食物アレルギーと食育
  4.関係機関との連携について
 (2)学校(給食)における給食管理(今野美穂,中嶋恒子)
  1.アレルギー対応の種類
  2.献立作成上の配慮
  3.食材の選択と管理
  4.調理場・配膳のリスク管理
  5.誤食時対応のリスク管理
5 行政栄養士(池内寛子)
  1.行政栄養士の役割
  2.食物アレルギー患者および保護者の母子支援
  3.食物アレルギー関連の研修会の企画
  4.まとめ

 索引