やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 歯科医療領域は,形態学的には歯・歯列を中心にして,機能面においては咬合を主とした顎運動を中心にして,その研究,臨床を発展させてきた.発展した多くの分野は,他の医学分野における発展の例に漏れず,専門的細分化が進み,学問的な深さを増して歯科医療の進歩に大きく貢献してきたといえよう.
 このような歯科医療領域において,摂食・嚥下リハビリテーションの歴史は新しい.たしかに1970年代から国内外の研究はみられてはいたが,1994年の診療報酬改定において,「摂食機能療法」が医療保険のなかで歯科と医科に同時に新設されたことにより,摂食・嚥下障害の機能面への診断とリハビリテーションテクニックが独立した医療・歯科医療領域として認知され,その臨床が急激に普及して今日に至っている.
 このようななかで,摂食・嚥下に関連した学術書は多く出版されてきたものの,歯学生を対象とした書籍はこれまで刊行されていなかった.これは,歯科の大学教育において,本領域が新しい学問領域のため専門講座が少ないことに加えて,摂食・嚥下障害がライフサイクルのいかなる時期にもみられるものであるため,口腔生理学などの基礎歯科医学や,高齢者歯科学,小児歯科学,口腔外科学,障害者歯科学など各教科の成書のなかで部分的に収載されていることなどに起因する.
 そのような経緯に鑑み,本書は歯学生が摂食・嚥下について座学することを企図し,摂食・嚥下リハビリテーションを広くライフサイクルのなかで捉え,読者である歯学生が理解しやすいよう編纂した.また,歯科の他の教科に比べて学際的医療領域にある内容を重視して編集していることも特徴的といえる.
 摂食・嚥下リハビリテーションは,栄養摂取を通した生きるための基本的な医療である.原因疾患の治療から機能回復,社会復帰のリハビリテーションに至るまで,多くの医療関係職種がお互いに連携しながら対応していく医療でもある.医師(リハビリテーション科医,耳鼻咽喉科医,小児科医,脳外科医など),歯科医師,看護師,歯科衛生士,言語聴覚士,栄養士,理学療法士,作業療法士などの医療職に加えて,日常生活において食事介助や生活の場で機能訓練を担っている多くの介護・福祉職や家族,学齢期の障害児ならば学校教職員など,地域の多くの職種によって支えられている.まさに生活と密着した医療といえよう.
 本書の内容を履修するに従い,本領域が中心に患者とそれを支える家族がいて,医療・福祉を始めとした多くのサポーターが連携し周囲から支えることによってなされる医療であることを,歯学生が意識してくれれば幸いである.そして,本書で学修した内容が,口腔機能の専門医療領域を担当する歯科医師としての礎をなすとともに,いつの日か摂食・嚥下リハビリテーションの臨床に携わる際に,読者諸氏がもう一度,本書を紐解き,その内容に立ちかえられることを期待したい.
 2008年11月 向井美惠 山田好秋
基礎編
 1章 歯科医療における摂食・嚥下リハビリテーション(向井美惠)
 2章 リハビリテーション総論(藤谷順子)
  1.リハビリテーションとは
  2.リハビリテーション医学における障害の捉え方
  3.リハビリテーションにおけるADL,QOLの向上
 3章 摂食・嚥下のメカニズム
  1.摂食・嚥下機能を支える形態と制御する神経機構
   1 摂食・嚥下にかかわる構造(解剖)(阿部伸一,井出吉信)
    1.口腔の構造 2.咽頭の構造 3.喉頭の構造 4.食道の構造
   2 摂食・嚥下にかかわる機能(生理)(山田好秋)
    1.口腔機能 2.脳機能 3.感覚機能 4.運動機能 5.本能・情動 6.姿勢制御
  2.摂食・嚥下の過程(井上 誠)
   1 食物の認知
   2 食塊形成
   3 嚥下
    1.口腔期 2.咽頭期 3.食道期
   4 プロセスモデル
 4章 摂食・嚥下を支える機能
  1.体性感覚(井上 誠)
  2.嗅覚・味覚(伊藤加代子)
   1 嗅覚
    1.嗅覚の種類 2.嗅覚の受容機構 3.嗅覚障害
   2 味覚
    1.味覚の種類 2.味覚の受容機構 3.味覚障害
  3.唾液分泌(伊藤加代子)
   1 唾液の分泌
   2 唾液の機能
   3 唾液分泌量
  4.咽頭反射・咳反射(井上 誠)
   1 咽頭反射
   2 咳反射
  5.呼吸(井上 誠)
  6.発声(井上 誠)
 5章 ライフサイクルと摂食・嚥下障害
  1.発達期の機能獲得と摂食・嚥下障害
   1 摂食・嚥下機能の発達(内海明美)
    1.吸啜から離乳への移行 2.経口摂取準備期 3.嚥下機能獲得期 4.捕食機能獲得期 5.押しつぶし機能獲得期 6.すりつぶし機能獲得期 7.自食準備期 8.手づかみ食べ機能獲得期 9.食具食べ機能獲得期
   2 中枢神経障害,末梢神経障害,筋障害(大岡貴史,向井美惠)
    1.中枢神経・末梢神経障害 2.筋障害
   3 解剖学的な構造異常(村田尚道,向井美惠)
    1.唇顎口蓋裂 2.小顎症 3.歯列狭窄 4.舌小帯付着異常(舌小帯強直症) 5.先天性食道閉鎖症 6.多数歯欠損(無歯症) 7.歯肉増殖症
   4 精神・心理的問題(弘中祥司)
  2.成人期の摂食・嚥下障害
   1 脳血管障害(石田 瞭)
    1.疾患の概要 2.球麻痺と仮性球麻痺 3.脳血管障害のリハビリテーション
   2 神経・筋疾患(ALS,筋ジストロフィー等)(大塚義顕)
    1.Parkinson病(PD) 2.多発性硬化症(MS) 3.筋萎縮性側索硬化症(ALS) 4.重症筋無力症(MG) 5.筋ジストロフィー(MD) 6.多発性筋炎(PM)
   3 頭頸部癌術後(宇山理紗,高橋浩二)
    1.頭頸部癌の治療後に後遺する摂食・嚥下障害の特徴 2.頭頸部癌の原発部位別の摂食・嚥下障害の特徴
   4 精神疾患・精神障害(村田尚道,向井美惠)
    1.統合失調症患者が抱える摂食・嚥下障害 2.向精神剤による影響
  3.老年期の機能衰退と摂食・嚥下障害(石川健太郎,向井美惠)
   1 加齢による摂食・嚥下機能衰退
    1.歯の喪失 2.口腔粘膜の変化 3.咽頭・喉頭の変化 4.咀嚼筋・顎関節の変化 5.口輪筋の筋力低下 6.唾液分泌量の低下 7.味覚・嗅覚の変化 8.呼吸・循環機能の低下
   2 高次脳機能障害
臨床編I 障害の評価と対処法
 1章 摂食・嚥下障害の評価
  1.医療面接(問診)・食事場面の観察(戸原 玄,植松 宏)
   1 医療面接(問診)
    1.原疾患などの把握 2.栄養摂取方法 3.主訴の聞き取り
   2 食事場面の観察
  2.口腔運動・感覚機能検査(戸原 玄)
   1 運動・感覚検査を行う前に
   2 上位および下位運動ニューロン障害,錐体外路障害
   3 球麻痺と仮性球麻痺
   4 筋の廃用
   5 認知症
   6 神経原性疾患
   7 口腔咽頭腫瘍術後
   8 加齢
   9 顔面の観察
    1.随意運動 2.反射 3.感覚
   10 顎の観察
    1.随意運動 2.下顎張反射
   11 舌の観察
    1.随意運動 2.感覚
   12 軟口蓋・咽頭部の観察
    1.随意運動 2.感覚・反射
  3.スクリーニング検査
   1 RSST(repetitive saliva swallowing test)(戸原 玄)
    1.RSSTの方法 2.RSST時の嚥下動態 3.RSSTの特徴
   2 水飲みテスト,改訂水飲みテスト(戸原 玄)
    1.水飲みテストおよび改訂水飲みテストの背景 2.水飲みテスト 3.改訂水飲みテスト 4.水飲みテストおよび改訂水飲みテストの意義
   3 フードテスト(段階的フードテスト)(弘中祥司)
    1.概要 2.段階的フードテストの方法
   4 咳テスト(戸原 玄)
    1.咳テストの背景 2.咳テストの方法
   5 頸部聴診(高橋浩二)
    1.頸部聴診法の概要 2.頸部聴診に用いる器具,試料 3.頸部聴診の手技 4.頸部聴診による判定
 2章 摂食・嚥下関連機能のアセスメント
  1.呼吸アセスメント(宇山理紗,高橋浩二)
   1 視診
   2 機器を用いて行う検査
    1.肺野の聴診 2.胸部画像診断 3.呼吸機能検査 4.血液ガス分析 5.パルスオキシメータ
  2.栄養アセスメント(宇山理紗,高橋浩二)
   1 栄養管理の必要性
   2 栄養スクリーニング
   3 栄養アセスメント
    1.主観的包括的評価(SGA;subjective global assessment) 2.客観的データ評価(ODA;objective data assessment)
   4 必要栄養量の決定
    1.エネルギー必要量 2.脂質必要量 3.タンパク質必要量 4.水分必要量
  3.言語機能のアセスメント(武井良子,高橋浩二)
   1 摂食・嚥下障害とかかわりの深い言語障害
    1.構音障害 2.音声障害
   2 摂食・嚥下障害と関連する言語機能検査
    1.会話明瞭度検査 2.声の検査 3.構音検査 4.鼻咽腔閉鎖機能検査 5.Oral diadochokinesis
  4.嚥下姿勢のアセスメント(高橋浩二)
   1 基本的な摂食・嚥下時の姿勢
   2 摂食・嚥下障害患者に適用する姿勢とその評価
    1.頭部屈曲姿勢・頸部屈曲姿勢・頭頸部複合屈曲姿勢 2.頭部伸展姿勢・頸部伸展姿勢・頭頸部複合伸展姿勢 3.頸部回旋姿勢 4.頸部健側傾斜
 3章 摂食・嚥下障害の検査・診断と治療計画(植田耕一郎)
  1.診断のための検査法
   1 嚥下造影(VF:videofluoroscopic examination of swallowing)
    1.検査装置 2.造影剤 3.検査手技 4.摂食・嚥下障害の診断
   2 嚥下内視鏡検査(VE:videoendoscopic evaluation of swallowing)
    1.検査装置・検査手技 2.咽頭期障害の診断例
   3 筋電図検査(EMG:electromyography)
    1.検査装置 2.診断例
   4 超音波画像診断(echo,US:ultrasonography)
    1.測定(検査手技) 2.診断例
   5 その他の装置診断法
    1.嚥下圧診断 2.シンチグラム
  2.治療計画の立て方
   1 治療計画を立てるための基本的な要素
    1.治療的アプローチ 2.代償的アプローチ 3.環境改善的アプローチ 4.心理的支援
   2 リハビリテーションとしての治療計画
    1.治療的アプローチ 2.代償的アプローチ 3.環境改善的アプローチ 4.心理的支援
 4章 摂食・嚥下機能訓練
  1.間接訓練(基礎訓練)(林佐智代,野本たかと)
   1 先行期(認知期)の障害
    1.異常感覚除去(脱感作療法) 2.ストレッチ運動
   2 咀嚼期(準備期)の障害
    1.筋機能訓練 2.咀嚼訓練 3.構音訓練
   3 口腔期の障害
    1.構音訓練
   4 咽頭期の障害
    1.嚥下促通訓練 2.声門閉鎖訓練
   5 食道開大不全への訓練
  2.直接訓練(弘中祥司)
   1 概要
   2 訓練法の選択
    1.食物形態(物性)の選択 2.嚥下訓練 3.捕食訓練 4.咀嚼訓練 5.水分摂取訓練 6.自食のための指導訓練
  3.呼吸訓練(綾野理加,高橋浩二)
   1 呼吸の基礎知識
    1.呼吸運動 2.咳反射とは
   2 呼吸訓練
    1.各種呼吸訓練法
    コラム;排痰
臨床編II 摂食・嚥下障害に対する歯科的対応
 1章 口腔領域からの摂食・嚥下障害への対応
  1.機能的補綴的対応
   1 小児の装置〔口蓋床(Hotz床),軟口蓋挙上装置(PLP)〕(小森 成)
    1.出生直後から用いられる装置 2.口蓋床を用いた口腔管理 3.その他の装置
   2 咀嚼機能・嚥下機能に着眼した補綴装置(菊谷 武)
    1.口唇閉鎖を補う補綴装置 2.咬合を維持する補綴装置 3.咽頭への移送を補助する装置(人工舌床)
   3 PAP,PLP(菊谷 武)
    1.PAP(palatal augmentation prosthesis;舌接触補助床)とは 2.PAPのメカニズム 3.PAPの作製方法 4.PLP(palatal lift prosthesis;軟口蓋挙上装置)
   4 Swalloaid(菊谷 武)
  2.歯科口腔外科的対応
   1 再建手術(鄭 漢忠)
    1.はじめに 2.口腔癌患者の再建手術 3.その他の外科的対応 4.おわりに
   2 顎顔面補綴(小野高裕,堀 一浩)
    1.上顎腫瘍術後患者に対する顎補綴治療 2.下顎・舌・口底腫瘍術後患者に対する顎補綴治療
 2章 口腔ケア・栄養指導
  1.口腔ケアの位置づけと職種連携下での提供(柿木保明)
   1 口腔ケアの位置づけ
   2 チームアプローチと口腔ケア
  2.障害児への対応(猪狩和子)
   1 器質的要因とその対応
   2 機能的要因とその対応
   3 環境的要因とその対応
  3.高齢者への対応(柿木保明)
   1 高齢者における口腔内の特徴
    1.加齢による口腔内の変化 2.義歯や薬剤などの影響
   2 口腔ケアの必要性
   3 口腔観察のポイント
   4 総義歯の常時装着の必要性
  4.患者の状態にあわせた口腔ケア(柿木保明)
   1 意識障害を有する患者の口腔ケア
   2 気管内挿管を行っている患者の口腔ケア
   3 経管栄養を行っている患者の口腔ケア
   4 要介護高齢者の口腔ケア
    1.高齢者の咀嚼機能に着目した対応 2.義歯を使用している場合の対応
  5.口腔乾燥症に対する口腔ケア(柿木保明)
   1 唾液分泌と口腔ケア
   2 口腔粘膜の保湿
   3 口腔機能障害への対応
   4 超音波歯ブラシによる口腔乾燥改善
  6.NST(岩佐康行)
   1 NSTとは
   2 NSTの対象患者
   3 NSTを構成するメンバー
   4 NSTによる栄養管理の流れ
    1.栄養スクリーニング 2.栄養アセスメント 3.栄養ケアプラン 4.実施とモニタリング 評価
   5 摂食・嚥下リハビリテーションとNST
   6 経管栄養法における問題点と対応
   7 NSTにおける歯科の役割と課題
臨床編III チームアプローチと訪問歯科診療
 1章 摂食・嚥下リハビリテーションのチームアプローチ(石田 瞭)
  1.病院歯科(大学病院を含む)
  2.訪問歯科診療
 2章 訪問歯科診療における摂食・嚥下障害への対応(千木良あき子)
  1.訪問歯科診療における摂食機能療法の考え方
  2.訪問歯科診療の捉え方
   1 在宅・施設の別,主たる依頼者による違い
   2 どのような立場での訪問歯科診療か?
  3.訪問歯科診療の基本
   1 医療・ケアチームとしての自覚
   2 連携の重要性と他職種との関係構築
  4.訪問先ごとにみた摂食・嚥下障害対応の概略
   1 在宅訪問の場合
   2 施設・病院訪問の場合
  5.実際の訪問の流れ
   1 在宅への訪問
   2 施設・病院への訪問
   3 実施可能な治療・対応を把握して対処するためのポイント
  6.まとめ
臨床編IV 障害への対応例(症例)
 1章 障害への対応例
  1.脳血管障害による摂食・嚥下障害への対応例(植田耕一郎)
   1 急性期から回復期への対応例
   2 家庭での食事自立を目的とした片麻痺患者への対応例
   3 外来脳血管障害患者に対する診療室での対応例
  2.神経・筋疾患における摂食・嚥下障害の対応例(大瀧祥子)
   1 重症筋無力症(myasthenia gravis;MG)
   2 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic leteral sclerosis;ALS)
   3 Parkinson病
   4 多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)
  3.頭頸部癌術後による摂食・嚥下障害患者への対応例(高橋浩二)
   1 症例1 中咽頭癌
   2 症例2 喉頭癌
  4.高齢摂食・嚥下障害患者への対応例(渡邊 裕)
   1 症例 誤嚥性肺炎
  5.発達障害による摂食・嚥下障害への対応例(木下憲治)
   1 症例 脳梁欠損・点頭てんかん・脳性麻痺

 文献
 索引