序文
「お茶の水摂食・嚥下研究会」における講演を中心に編纂した本シリーズも,3巻目を刊行するに至った.シリーズ既刊は,文字どおりわかりやすいと多くの読者に受け入れられ,監修として大変うれしい.「栄養管理と障害へのアプローチ」をテーマとした本書でも,そのようなコンセプトを踏襲しつつ,まとめてみたつもりである.
そもそも,栄養管理とは疾病治療の基本となるばかりでなく,特に摂食・嚥下障害のある患者では,自立した生活を支えるための基本ともなる.本書の緒言ともいえるI編では,まずそのことを再確認し,食物の摂取自体が,機能全体を向上させるにあたって重要な一翼を担うことをかみしめてもらえれば幸いである.もっとも,それは何も新しい考え方ではなく,従前からも声高に叫ばれているものであった.だからこそ,いわゆる嚥下食が開発,工夫され,多くの人が経管栄養から経口栄養への移行や経口栄養の維持が可能になったともいえよう.そして,病院から離れることができるようになったのである.
一方,この嚥下食に対する考え方も,この間,変遷を遂げている.たとえば,従来,食べやすくするために工夫したとされていたきざみ食は,咀嚼機能低下は代償できるが,摂食・嚥下障害者にとっては実は食塊を作りにくいものであり,むせやすいことが明らかになった.そこで,均質で水分を適当に含んだ食塊を作りやすい嚥下食が提案されたのである.嚥下食は既に高齢者の福祉施設を中心に広く普及している.これは,摂食・嚥下障害に対する対応策の一つとして食形態の工夫による成果である.もっとも,個々人の機能はさまざまであり,同じ嚥下食が誰にでもあてはまるわけではなく,その人のレベルに応じて摂取を開始し,普通食に至る段階が用意されなければならないことは忘れてはならない.
また,食に影響を与える因子は何かという問題にも,我々は大きな関心を持つ.食べることの原動力は食欲であるが,これを後押しするのは,食材の発する「シグナル」である食物の味や香り,あるいは,たとえば日本を含む東アジアに昔からある,うまみを利用する調理法などである.これらの修飾要素は,「おいしさ」の探求という意味において,非常に興味深い.つまり,そのような因子が,人を食へと誘う,あるいはその食を彩るための一助となるわけで,それは摂食・嚥下障害者であっても然りである.
個々人の機能に着目しつつ,適切に栄養を摂取するよう見守ること,そして,患者がそのことに喜びを感じられるように尽力すること.すなわち,QOLを向上させるということが,摂食・嚥下障害者の栄養管理には重要なのではないだろうか.昨今,活躍が目覚しいNST(Nutrition Support Team;栄養サポートチーム)も,その精神に根ざしているはずだ.機能回復のための医療体系の一部として栄養管理を考えていきたい.各分野,斯界の権威に執筆いただいた本書を紐解くことで,その契機となれば,これ以上の幸せはない.
最後に,本書の刊行にあたってご協力いただいた関係諸氏に,深く感謝申し上げます.
2006年7月
植松 宏
「お茶の水摂食・嚥下研究会」における講演を中心に編纂した本シリーズも,3巻目を刊行するに至った.シリーズ既刊は,文字どおりわかりやすいと多くの読者に受け入れられ,監修として大変うれしい.「栄養管理と障害へのアプローチ」をテーマとした本書でも,そのようなコンセプトを踏襲しつつ,まとめてみたつもりである.
そもそも,栄養管理とは疾病治療の基本となるばかりでなく,特に摂食・嚥下障害のある患者では,自立した生活を支えるための基本ともなる.本書の緒言ともいえるI編では,まずそのことを再確認し,食物の摂取自体が,機能全体を向上させるにあたって重要な一翼を担うことをかみしめてもらえれば幸いである.もっとも,それは何も新しい考え方ではなく,従前からも声高に叫ばれているものであった.だからこそ,いわゆる嚥下食が開発,工夫され,多くの人が経管栄養から経口栄養への移行や経口栄養の維持が可能になったともいえよう.そして,病院から離れることができるようになったのである.
一方,この嚥下食に対する考え方も,この間,変遷を遂げている.たとえば,従来,食べやすくするために工夫したとされていたきざみ食は,咀嚼機能低下は代償できるが,摂食・嚥下障害者にとっては実は食塊を作りにくいものであり,むせやすいことが明らかになった.そこで,均質で水分を適当に含んだ食塊を作りやすい嚥下食が提案されたのである.嚥下食は既に高齢者の福祉施設を中心に広く普及している.これは,摂食・嚥下障害に対する対応策の一つとして食形態の工夫による成果である.もっとも,個々人の機能はさまざまであり,同じ嚥下食が誰にでもあてはまるわけではなく,その人のレベルに応じて摂取を開始し,普通食に至る段階が用意されなければならないことは忘れてはならない.
また,食に影響を与える因子は何かという問題にも,我々は大きな関心を持つ.食べることの原動力は食欲であるが,これを後押しするのは,食材の発する「シグナル」である食物の味や香り,あるいは,たとえば日本を含む東アジアに昔からある,うまみを利用する調理法などである.これらの修飾要素は,「おいしさ」の探求という意味において,非常に興味深い.つまり,そのような因子が,人を食へと誘う,あるいはその食を彩るための一助となるわけで,それは摂食・嚥下障害者であっても然りである.
個々人の機能に着目しつつ,適切に栄養を摂取するよう見守ること,そして,患者がそのことに喜びを感じられるように尽力すること.すなわち,QOLを向上させるということが,摂食・嚥下障害者の栄養管理には重要なのではないだろうか.昨今,活躍が目覚しいNST(Nutrition Support Team;栄養サポートチーム)も,その精神に根ざしているはずだ.機能回復のための医療体系の一部として栄養管理を考えていきたい.各分野,斯界の権威に執筆いただいた本書を紐解くことで,その契機となれば,これ以上の幸せはない.
最後に,本書の刊行にあたってご協力いただいた関係諸氏に,深く感謝申し上げます.
2006年7月
植松 宏
●I編 摂食・嚥下障害と栄養管理
序文 「セミナー わかる!摂食・嚥下リハビリテーション」をお読みいただく方へ
1.摂食・嚥下障害者と家族のための食事の考え方(藤谷 順子)
1.家庭での嚥下食
2.退院準備の開始
3.食形態の具体的な理解
4.「難しい」と敬遠されないように
5.退院後のチェックが重要
6.増粘剤と市販嚥下食
7.医療者にできることは何か
2.栄養管理とリスク(藤谷 順子)
1.栄養状態の評価と栄養補給の基本
2.患者状態と栄養補給方法
●II編 栄養摂取に関する背景諸因子
3.テクスチャーの評価法(畑江 敬子)
1.テクスチャーとは
2.テクスチャーの評価
3.測定結果の解析
4.おわりに
4.食塊の形成と嚥下閾―唾液の影響を中心に―(渡部 茂)
1.はじめに
2.食物咀嚼によって分泌される唾液量について
3.嚥下時の食塊水分量と嚥下閾
4.咀嚼中の食塊物性の変化
5.食塊形成における舌の役割
6.おわりに
5.うま味とおいしさ(山口 静子)
1.はじめに
2.摂食行動における味覚の重要性
3.うま味とは
4.タンパク質のシグナルとしてのうま味
5.うま味の呈味力
6.うま味の相乗効果
7.味わう行為で展開する味
8.持続性と後味
9.味の快・不快と香りの影響
10.食品における味の効果
11.おわりに
●III編 食・感覚と加齢の関係
6.高齢者の咀嚼と食物形態(柳沢 幸江)
1.はじめに
2.高齢者のQOLを下げない食事
3.高齢者のテクスチャー認知の特性
4.咀嚼に影響する食べ物の性質
5.高齢者の咀嚼に対応した食物形態
7.加齢による味覚の変化と栄養(駒井三千夫)
1.はじめに
2.味覚の受容のされ方
3.加齢による味覚の変化
4.味覚障害の原因
5.味覚障害の治療方法
6.味覚低下を補い食欲を高める工夫
8.加齢による嗅覚の変化と食品嗜好への影響(藤井 康弘)
1.はじめに
2.加齢に伴う嗅覚器能の変化
3.高齢者の嗅覚機能と食品嗜好性
4.健やかな高齢期のために
●IV編 嚥下食の考え方と調理
9.嚥下食の考え方と工夫(江頭 文江)
1.はじめに
2.段階的な食事形態
3.嚥下困難者用増粘剤の使用
4.集団給食のなかで,嚥下食を導入するために
10.嚥下食の調理と実際(金谷 節子)
1.はじめに―嚥下食の定義
2.嚥下食ピラミッドで標準化
3.調理温度と時間でおいしく品質管理
4.調理機器類
5.ゼラチンや増粘剤・とろみ調整剤
6.致命的となる脱水防止に活躍するお茶ゼリーやとろみ茶
7.喜ばれるメニュー
8.好まれる郷土食メニューなど
9.嚥下食調理のポイント
10.加工食品を利用する
●V編 チームアプローチへの提言とNST
11.チームアプローチとNSTプロジェクト(東口 高志)
1.はじめに
2.わが国独自のNST
3.NSTの目的と役割
4.NSTの活動内容
5.NST活動の実際(チームアプローチ)
6.早期経腸・経口栄養
7.NSTプロジェクト
8.第三者機関の設立
9.おわりに
文献
索引
序文 「セミナー わかる!摂食・嚥下リハビリテーション」をお読みいただく方へ
1.摂食・嚥下障害者と家族のための食事の考え方(藤谷 順子)
1.家庭での嚥下食
2.退院準備の開始
3.食形態の具体的な理解
4.「難しい」と敬遠されないように
5.退院後のチェックが重要
6.増粘剤と市販嚥下食
7.医療者にできることは何か
2.栄養管理とリスク(藤谷 順子)
1.栄養状態の評価と栄養補給の基本
2.患者状態と栄養補給方法
●II編 栄養摂取に関する背景諸因子
3.テクスチャーの評価法(畑江 敬子)
1.テクスチャーとは
2.テクスチャーの評価
3.測定結果の解析
4.おわりに
4.食塊の形成と嚥下閾―唾液の影響を中心に―(渡部 茂)
1.はじめに
2.食物咀嚼によって分泌される唾液量について
3.嚥下時の食塊水分量と嚥下閾
4.咀嚼中の食塊物性の変化
5.食塊形成における舌の役割
6.おわりに
5.うま味とおいしさ(山口 静子)
1.はじめに
2.摂食行動における味覚の重要性
3.うま味とは
4.タンパク質のシグナルとしてのうま味
5.うま味の呈味力
6.うま味の相乗効果
7.味わう行為で展開する味
8.持続性と後味
9.味の快・不快と香りの影響
10.食品における味の効果
11.おわりに
●III編 食・感覚と加齢の関係
6.高齢者の咀嚼と食物形態(柳沢 幸江)
1.はじめに
2.高齢者のQOLを下げない食事
3.高齢者のテクスチャー認知の特性
4.咀嚼に影響する食べ物の性質
5.高齢者の咀嚼に対応した食物形態
7.加齢による味覚の変化と栄養(駒井三千夫)
1.はじめに
2.味覚の受容のされ方
3.加齢による味覚の変化
4.味覚障害の原因
5.味覚障害の治療方法
6.味覚低下を補い食欲を高める工夫
8.加齢による嗅覚の変化と食品嗜好への影響(藤井 康弘)
1.はじめに
2.加齢に伴う嗅覚器能の変化
3.高齢者の嗅覚機能と食品嗜好性
4.健やかな高齢期のために
●IV編 嚥下食の考え方と調理
9.嚥下食の考え方と工夫(江頭 文江)
1.はじめに
2.段階的な食事形態
3.嚥下困難者用増粘剤の使用
4.集団給食のなかで,嚥下食を導入するために
10.嚥下食の調理と実際(金谷 節子)
1.はじめに―嚥下食の定義
2.嚥下食ピラミッドで標準化
3.調理温度と時間でおいしく品質管理
4.調理機器類
5.ゼラチンや増粘剤・とろみ調整剤
6.致命的となる脱水防止に活躍するお茶ゼリーやとろみ茶
7.喜ばれるメニュー
8.好まれる郷土食メニューなど
9.嚥下食調理のポイント
10.加工食品を利用する
●V編 チームアプローチへの提言とNST
11.チームアプローチとNSTプロジェクト(東口 高志)
1.はじめに
2.わが国独自のNST
3.NSTの目的と役割
4.NSTの活動内容
5.NST活動の実際(チームアプローチ)
6.早期経腸・経口栄養
7.NSTプロジェクト
8.第三者機関の設立
9.おわりに
文献
索引








