やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はしがき
 超高齢社会であるわが国における8020運動は,健康日本21の後押しもあって,歯の健康づくりを国民に広く浸透させることに成功してきました.一方,高齢者などでは歯周ポケット内バイオフィルム細菌集団によって健康破綻がもたらされ,命さえ狙われていることにも目を向けなければなりません.こうした内容について,2016年に『史上最大の暗殺軍団デンタルプラーク』(医歯薬出版)を発行し,最新の分子生物学・免疫学的解析を加えて詳述しました.
 WHO(世界保健機関)が1994年に東京で開催した世界保健デーのテーマは「健やかな生活は口腔保健から」でした.その後,歯周ポケット内細菌が冠状動脈疾患部やアルツハイマー病患者の脳内で検出され,それらの部位における病原性が解明されました.歯科を受診する患者の全身の状態を把握する臨床検査は,「木を見て森を見ず」にならないため,そして医歯薬連携強化のために不可欠になっています.本書では「歯科医療では,血液検査が普遍的になされるべきである」と主張し,その根拠も盛り込んでいます.
 デンタルプラーク細菌は,クオラムセンシング(QS)機構を使って他菌種とも会話しながら歯面や歯周ポケットにバイオフィルム集団の牙城を築き,唾液や歯肉溝液などを主な栄養源として増加します.デンタルプラークを「歯垢」とする用語は全く実態を表しておらず,デンタルプラークという言葉を使わずデンタルバイオフィルムとすべきであるとして,2010年に発行した『デンタルバイオフィルム 恐怖のキラー軍団とのバトル』(医歯薬出版)において解説しました.
 江戸時代からのわが国における教育には,良書を的確に読む習慣があったからこそ,その後の発展があったと信じています.ところが,近年出版されている本のなかには,根拠のない思い込みや製品の宣伝だけが強調されるものが少なくありません.また,ネット上での不確かな情報の氾濫は,歯科界を混乱させているようにも感じています.
 その一例として,歯周治療やインプラント治療における抗生物質の中長期内服使用を勧めるものもあります.抗生物質の投与は短期間には有効であっても,長期的に見れば腸内細菌フローラを撹乱することでマイクロバイオームを破壊し,ディスバイオーシスによる健康被害を引き起こすことになります.
 医療や薬剤などが有効と証明されるEBM(Evidence Based Medicine:根拠のある医療)の基盤となるのは,数ランクに分けられる臨床研究です.図には,臨床研究のランク付けのヒエラルキーを示しました.臨床研究におけるランダム化比較試験(RCT)は,信頼度が高く評価されています.さらに,RCT研究を中心に臨床試験を集めてデータベース化し,さらに系統的レビューによって臨床研究の質・再現性・客観性を総合的に判断するメタ解析は,最も信頼性の高い評価がなされています.
 1992年より,英国政府の支援で世界中の論文をデータベース化してEBMレベルを明らかにする作業が始められ,世界中の医療者に広く受け入れられています.この計画の提唱者は疫学研究者のアーチボルド・コクラン博士(1909〜1988年)で,プロジェクト自体はコクラン共同計画と呼ばれています.コクラン共同計画は国際NPOとして組織されて3万人を超えるボランティアが参画しており,そのレビューは常に更新されて提供されています.
 コクラン共同計画には約3千人からなるオーラルヘルスグループがあり,口腔,歯科,顎顔面の疾患や障害の予防,治療,リハビリテーションに関するメタ解析されており,臨床家にとって欠かせない情報源となっています.
 こうしたコクラン共同計画を見習って,本書では根拠のある情報を提供すべく,査読制のある雑誌に掲載された客観性の高い臨床研究を中心に取り上げました.参照とした文献が多くなり難しくなった箇所があります.筆者のわがままとのお叱りを受けるかもしれませんが,読者のリテラシーに期待しながら執筆しました.
 はしがき
第一部 命を奪うデンタルプラーク細菌温故知新
 第1章 実証された口腔慢性感染症と全身疾患のつながり
 第2章 多細胞のごとく振る舞うバイオフィルム細菌集団の脅威
 第3章 口腔細菌は肺炎病原体であり,ウイルスの悪友でもある
第二部 デンタルバイオフィルムの生態を暴く
 第4章 魑魅魍魎のデンタルプラーク細菌
 第5章 口腔細菌の家族内伝播と口腔ケア
 第6章 免疫防衛機能を撹乱させて居座る口腔細菌
第三部 マイクロバイオーム崩壊の恐怖
 第7章 健康を支えるマイクロバイオーム研究の最前線
 第8章 抗生物質によるディスバイオーシスがもたらす健康被害
第四部 歯周ポケットから侵入する軍団がもたらす疾患
 第9章 歯周病は動脈疾患のバイオマーカーの一つである
 第10章 アルツハイマー病の引き金になる歯周病原細菌
 第11章 歯周ポケット内細菌と大腸がん
 第12章 不易流行の理念で取り組む歯性病巣感染症
第五部 化学的プラークコントロールの検証
 第13章 口腔慢性感染症へのバクテリアセラピーの展望
 第14章 健康長寿に寄与する抗菌性洗口液の常用

 あとがき
 文献