やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 1900年代初頭から諸外国において報告が相次いだ「咬合状態と全身症状の関係」において,わが国では1996年,当時の厚生省により「咬合状態に起因する他臓器の異常―伝承から科学へ―」というテーマで研究プロジェクトが組まれました.「多岐多様な身心症状や病態は,咬合状態の良し悪しに端を発している」という,いわゆる病因論の総論においては,先人における異口同音の臨床報告や現象論によりもはや明白ではあったのですが,肝心の各論である「バランスのよい咬合とはどのような咬合状態を指すのか」に対する意見がまちまちで,具体的な学術論としてなかなか共通認識に至るところまで辿り着くことができませんでした.
 著者は,この問題が百家争鳴となってしまう原因は,咬合や身体の「形態論」にあると考えています.通常,物の形態は三次元であり止まっている状態で認識されたり解釈されたりしています.解剖学的に理想とされる形態に歯列を整えると,本書で主張する「スウィング干渉」の原理が意図せずとも解かれるかもしれません.もしくは干渉が残存することも,逆にさらに干渉が強度になることもあるかもしれません.
 すなわち,歯列を整えることにより,全身症状が改善・消失する症例,なにも変わらぬ症例,悪化する症例に分かれていきます.これが,「咬合状態の改善により全身状態がよくなった!」「いや,咬合と全身症状など関係ない!」「むしろ咬合の変化に伴い体調が悪化した!」となる理由です.原因は静止状態で病気を論じようとする「形態論」にあります.
 本書では「上下の顎がどのように動いているのか(スウィング)」に注目し,形態論をはなれ論理展開しました.時間軸を含めた四次元の視点,つまり「動態論」による歯科医学です.動態は形態を包含する関係にあります.そうすることによって「ヒトの基本動作である直立二足歩行における頭部と顎の運動軌跡,そしてヒトそれぞれ固有の運動軌跡」の理解が進み,その接触面である咬合曲面をどのように修正すればよいのかが見えてきます.おそらくこの「動態論」が,100年来続いてきた咬合論争に終止符を打つ,基本的な思考法であると考えています.
 第3章で示すとおり,さまざまなケースによりすでに実践検証は済んでいて,理論や仮説ではなく「自然現象(スウィング現象)の発見」としてまとめました.そしてそれは奇しくも「多彩な身心症状の起源の発見」ともなりました.
 本書を手にしてくださったみなさまに,この「新しい」医療へのご理解を賜れば幸いです.
 二〇一六年九月
 臼井五郎



推薦文 ヒト直立からみた歯科医学研究の楽しさ―人類学的見地から
 鹿児島大学名誉教授 伊藤学而
 日本直立歯科医学研究会の臼井五郎先生から,近く著書が出版されると聞きました.直立という大きな視座から口腔現象を捉えたこの著書を読み,人類学的見地から一言添えさせていただきます.
 人類は霊長類に属する哺乳動物の一種ですが,この世へ出現した時期は恐竜が絶滅する少し前でした.そして2500万年前から700万年前になると類人猿に近い動物がアフリカやユーラシア大陸の広い範囲に広がり,樹上で木の実などを食べていたようです.
 しかしながら雨量が減り乾燥化が進む時代となると,森林が減少し,類人猿は樹上から降りて生きざるを得なくなりました.食料は木の実から草原に生える草の実や根へと移ったのでしょう.そして500万年前になると類人猿から人類が分かれて独自の進化を遂げ,さまざまな道具を使うようになって脳の容量も増えるとともに,顔や歯は逆に小さくなっていったのです.
 現在,人類の生息地は,地球上の隅々まで行き渡っております.改めて人類の進化の軌跡をみると,それまで順調であった生き方に限界が生じたときには,思い切って新たな生き方に移ることが必要であり,それにより,それまで思いもかけなかったような生き方が花開くのです.これは人類の歴史が我々に示す,大いなる教訓だと思います.
 人類の進化は,アウストラロ・ピテクスと呼ばれる猿人によって始まりました.彼らは400万年前の時点ですでに樹上からサバンナへ降り立ち,草原を直立二足歩行して生息領域が広がっていったようです.この生物学的特性を研究する領域は「形質人類学」もしくは「自然人類学」と呼ばれるのでしょうか.
 歯科医学のこれからを考えるとき,人類の進化がたどった足跡が示す数々の展開に気を配ることが大切であると思います.直立二足歩行を行った最初の生物はアウストラロ・ピテクスであり,アフリカの南部や東部に住んでいましたが,150万年前を過ぎる頃には姿を消してしまったようです.片や新たな種が現れ,その末に現生人類が存続しています.それはどうしてでしょうか.
 改めて人類学領域の研究者のこれまでの研鑽に心から敬意を表します.推薦文を締めくくるにあたり想うところは,本書で解説される「ヒト直立からみた歯科臨床におけるスウィング現象の発見」が,未明であった人類進化の謎解きを推し進めるのでは,という楽しみです.
 はじめに
 推薦文 ヒト直立からみた歯科医学研究の楽しさ―人類学的見地から(伊藤学而)
 本書で使用されている重要なキーワードの解説
第1章 直立歯科医学のすすめ
 歯はヒトの直立を支える局部
 自然人類学にみるヒトの特性
 歯科に欠かせない直立姿勢への視点
 いま求められる,自然人類学的視点からみた治療法
第2章 ヒト直立における下顎骨の役割とスウィング医療
 ヒト直立における下顎骨の役割
 直立に必要な構造
 ヒト直立における舌体の役割
 直立平衡における上部頭蓋と下顎骨の揺れ方を知る
 顎位診断による固有スウィングの把握
 スウィング干渉部位が多くの歯科疾患を発症させている
 スウィング支持とスウィングキーパー
 頭を起こすスウィング医療――直立ステージで繋がる歯科各論
 ヒトは弦が振動するように動く
 ヒト直立のための三叉神経――転倒を防ぐトリックモーション
 さまざまな口腔習癖と直立平衡不良の関係
 姿勢改善で鼻づまりが治ることが意味するもの
 さまざまな治療法
第3章 スウィング医療のケース研究
 不定愁訴とスウィング干渉,スウィングキーパーロス
 全体平衡を守るための局部破壊――壊れるようにできている
 平衡機能的適応としての顎骨形態の変化
 スピー彎曲の形成と変曲点,咬合高径との関係
 一般歯科の臨床実例
 全身レベルでみた「破壊現象の新法則」

 あとがき
 文献