やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第3版 序文
 『はじめて学ぶ歯科口腔介護』は,2000(平成12)年の介護保険法の施行時に第1版が発行され,2004(平成16)年には前年の健康増進法の施行に合わせて第2版に改訂されました.これまで,歯科衛生士教育の場では教科書として,福祉(介護)や医療の臨地・臨床の場では実施計画策定時の検討指針として,また歯科衛生士の行う居宅療養管理指導や訪問歯科衛生指導の手引き書として,多くの方に活用いただいてきました.そしてこのたび,歯科衛生士学校の3年制移行完了にあたり第3版に改訂することになり,表題も『はじめて学ぶ 歯科衛生士のための歯科介護第3版』に改めました.
 少子高齢社会の急速な進展に合わせ,国は健康保険法・介護保険法・健康増進法の改正を行うことで新たな方針を展開しています.また,国民の歯科領域の医療・保健・福祉(介護)に対する関心の高まりなど社会環境の変化が顕著にみられます.今回の改訂では,これらの法律の改正や社会の変化に対応するべく内容を改めました.
 一方,歯科衛生士学校養成所指定規則の一部を改正する省令〈2004(平成16)年9月29日公布〉は,教育年限を3年以上とし,教育内容を弾力化し,高齢化の進展,医療の高度化などの環境変化に対応できる歯科衛生士を養成するという趣旨をもちます.3年という教育年数のもと,これからは教育内容の弾力化をはかり,多様な環境に対応できる資質を備えた歯科衛生士の育成に力を注ぐことが目標になります.そのためには,新たな教育により歯科衛生士の業務の質の充実と業務範囲の拡大をはからなくてはなりません.
 こうした対応の一つとして,本書ではVII編に「歯科介護予防につながる新たな歯科衛生士教育」と題し,食育,保育,看護と歯科衛生士のかかわりに関する基礎的な内容を盛り込みました.今後の歯科衛生士教育に必要な教科の種まきともいえるものです.こうした教育分野の発展は,歯科衛生士の社会貢献の度合いを深め,その業務を広げていくうえで重要なことです.
 また,従来の本書の趣旨をさらに掘り下げ,現在の社会保障制度の枠組みに合わせながら,「訪問歯科衛生指導」や介護保険法における歯科衛生士の行う「居宅療養管理指導」,「口腔機能維持管理」などにおける実施計画作成時の検討指針,あるいは実施時の手引き書となるようにもしています.さらに,歯科介護計画の作成,それに基づく適切な実践,そのために必要な科学的根拠のある実施手法,すなわち実施の手順・方法が重要になりますが,旧版と同じく本書では,対象者一人ひとりに「評価」→「選定・特定」→「計画作成」→「実施」→「再評価」の順序を踏むプロセスの重要性を説いています.なお,「IV編 歯科介護の実際―ケアマネジメント手法の活用―」の要点をまとめた冊子を付録とし,臨地・臨床に臨む際に携帯しやすいように工夫してみたつもりです.検討指針や手引き書として現場で活用いただければ幸いです.
 わが国はいまや世界に誇る長寿国となりました.健康で質の高い生活のできる健康長寿社会の確立が求められています.歯科介護は歯科衛生士が主体となって行う臨地・臨床学ですが,こうした社会要請に応えられる学問であることを本書によって理解し,実践して社会に貢献することを期待します.
 終わりに,本書をご執筆いただいた先生方,関係者の皆様,ともに前版までの監修を務めていただきました故小椋秀亮先生に深く感謝申し上げます.
 平成25年6月
 監修・編集一同

第2版 序文
 わが国では,社会の高齢化と多様化が進み,医療,保健,福祉(介護)の分野において,国の新しい施策が次々と実施されています.特に高齢者介護の分野においては,平成12年に介護保険制度が施行されて以来,改善を進めながら更なる充実がはかられています.
 歯科医療,歯科保健の分野は,その特殊性と専門性が尊重され,学術・医療技術および制度の面で,国際的な水準に達していますが,歯科口腔介護はこれまでにはなかった未開拓の領域であったために,学術的・実技的な面において,また制度面においても新しい分野をつくり上げていくことが喫緊の課題とされてきました.
 このような背景のもとに,平成12年の介護保険法の施行にあわせ本書の第1版は出版されました.その後現在まで歯科衛生士等の教育の場では“教科書”として,また介護の場では,歯科口腔介護サービス計画策定や訪問歯科衛生指導,居宅療養管理指導の“手引き書”として多くの方々に活用されてきました.
 一方,この4年間の介護保険にかかわる状況をみると,要介護者等が年々増加の一途をたどり,増大しつつある多様なニーズに対して,適切かつ効果的に介護サービスを提供していくために各職種の資質の向上がより強く求められるような法の改正も行われています.さらに介護保険と併行して進められている“21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)”が目的とする“健康寿命”の延伸,すなわち痴呆や寝たきりにならないための“介護予防”の運動がよりその比重を高めてきています.
 本書も今回このような状況を踏まえて,歯科口腔介護が各種保険制度のなかの業務として,また国民健康づくり運動の一翼を担って活動できるよう,一部内容の整理,統合をはかるとともに,新たに歯科口腔介護教育や介護予防の項を加え,介護にかかわるすべての方の活動の指針ともなるように改訂しました.
 歯科口腔介護は,老化や疾病による歯科領域の障害により日常生活に支障を抱える要介護者等に対して,歯科医学にもとづいて療養の管理と日常生活の支援を行うもので,要介護者の自立した生活の実現を支え,その生活・人生の質の向上をはかることを目的としています.
 わが国はいまや世界一の長寿国となりましたが,健康で質の高い生活のできる長寿社会の創造が求められています.歯科口腔介護がこのような社会的要請に応えることができる内容を有していることを本書でご理解いただき,わが国が世界に誇りうる長寿国となるために役立てていただければ,望外の喜びです.
 最後に,本書をご執筆いただいた先生方,関係者の皆様に深く感謝申し上げます.
 平成16年3月
 新井俊二
 小椋秀亮

第1版 序文
 歯科口腔介護とは,加齢や疾病により生じた歯科領域の機能の障害,すなわち摂食・嚥下,構音,表情,感覚,分泌の五大機能のいずれかの障害により日常生活に支障をきたした要介護者に対し,歯科の知識と技術を活用して“観察”,“誘導”,“援助”を行い,さらにリハビリテーションを実施して日常生活を支援することです.つまり,歯科口腔介護の役割は,要介護者の病状,心身の状況およびその置かれている環境を的確に把握したうえで,口腔環境を整備し,確実に食物を捉え,よく噛み,おいしく味わい,うまく嚥下し,会話を楽しみ,笑顔で日常生活ができるように支援することです.これが自立を助け,QOLを高めることになります.また,その機能を維持・回復させる各種のリハビリテーションも歯科口腔介護の中で重要な役割を担うと考えています.
 本書は,介護の視点から歯科医学の知識と技術を応用し体系化したもので,アメリカで開発されたアセスメント表“MDS(Minimum Data Set)”に基づき歯科口腔介護の方法論を組み立て,これらを効率的・効果的に行うことによって要介護者の自立の支援とQOLの向上に貢献することを目的としてまとめたものです.
 21世紀には高齢社会を活力のあるものとしていくため,高齢者を社会全体で支える仕組みが必要です.そのために2000(平成12)年4月に介護保険制度が発足しました.
 これまでの家族介護に大きく依存してきた実状から,介護支援専門員を要として各領域の専門職種が連携して介護支援を行う社会的介護への制度改革です.この制度は,加齢や疾病に伴って生じた心身の変化によって,日常生活に支障をきたした要介護者あるいは要支援者の有する能力に応じて,自立した日常生活が営めることを基本理念として,そのために必要な保健,医療,福祉サービスを提供するものです.
 歯科口腔介護も,この介護サービスの一翼を担うことで,介護保険制度の目的である要介護状態の軽減,悪化の防止などに多大な効果を上げ,介護総体の質を向上させることができるものと考えています.
 実際,口腔清掃や摂食・嚥下機能等の五大機能への支援およびリハビリテーションを柱とする歯科口腔介護が,歯科領域の各種機能を総合的に改善し,いわゆるボケを防止し自立を促して寝たきりを減らすという成果も少なからず報告されています.
 介護保険制度と歯科との関連では,歯科医学的管理に基づく「歯科医師,歯科衛生士等の行う居宅療養管理指導」があり,この実施により,要介護者等の日常生活の質の向上を図るものと規定されています.これらを実施する場合の内容と手順が本書には記されています.この歯科口腔介護で,より充実した介護サービスを提供し,生活の支援ができるようにすることが本書の目的です.
 介護という新しい制度が,真の意味で開花し,その中で歯科口腔介護がより一層進歩,発展していくことを期待します.
 最後に本書の発行にあたっては,類書のない本でもあり,中野区南部保健所相談所の歯科衛生士,白田チヨ女史(平成13年4月現在・中野区北部保健福祉相談所)をはじめ多くの方々にご協力ならびに助言をいただきましたことを,ここに感謝申し上げる次第です.
 平成12年4月 編者一同
I編 総説
 1章 高齢社会と介護(ファレリー尚子)
  I わが国の高齢社会の現状と将来
  II 高齢者に対する社会的支援
 2章 介護と歯科介護(新井俊二・新井直也)
  I 介護の誕生
  II 介護保険制度
  III 歯科介護および歯科介護予防
  IV 歯科介護にかかわる用語の定義
  V 歯科領域の形態,機能とその特性
  VI 介護予防の重視
  VII 歯科介護予防の重視
  VIII 2012 年の介護報酬改定
  IX 健康増進法と健康日本21 運動
  X 歯科介護の対応
  XI 「口腔ケア」と「口腔」の用語の問題点
  XII 歯科介護を必要とする人
 3章 歯科介護にかかわる法的・制度的背景(矢澤正人)
  I はじめに
  II 国民皆保険制度から老人保健法まで
  III ゴールドプラン策定まで
  IV 成人・高齢者歯科の近年の流れ
  V そして第二次健康日本21 まで
 4章 歯科衛生士の立場と役割(新井直也・本間和代・江川広子)
  I はじめに
  II 歯科衛生士に社会が求めていること
  III 法律にみられる歯科衛生士の立場と役割
II編 歯科介護に必要な歯科基礎医学
 1章 歯科介護のための解剖学(新井俊二)
  I はじめに
  II 歯科領域の特殊性
  III 発生の視点からの歯科領域の解剖
  IV 歯科領域を構成する諸器官
  V おわりに
 2章 歯科介護のための生理学
  I 食べることと脳の機能(山村健介)
  II 噛み砕くこと(咀嚼)(山村健介)
  III 飲み込むこと(嚥下)(山村健介)
  IV 表情(杉本久美子)
  V 感覚機能(杉本久美子)
  VI 分泌機能(杉本久美子)
 3章 歯科介護のための微生物学(前田伸子)
  I 老化がもたらす免疫機能の変化
  II 老化がもたらす口内常在微生物叢の変化
  III 高齢者の健康を守るうえで重要な感染症
  IV 高齢者の口内の微生物学的検査法
III編 歯科介護に必要な老化と障害の知識
 1章 老化と高齢者の障害(ファレリー尚子)
  I 老化とは
  II 高齢者の障害と医療のかかわり方
  III 高齢者の保健・医療そして福祉(介護)がめざすもの
  IV おわりに
 2章 高齢有病者の歯科的特徴と問題点(津山泰彦)
  I 高齢者の口の症状
  II 高齢者に頻度の高い歯科領域疾患
  III 高齢有病者の歯科的問題点
 3章 摂食・嚥下障害(道脇幸博)
  I 経口摂取の意義
  II 摂食・嚥下動作の臨床的な分類
  III 摂食・嚥下障害からみた高齢者の特徴
  IV 摂食機能療法の実際
IV編 歯科介護の実際−ケアマネジメント手法の活用−
 1章 歯科介護の実施内容(新井俊二・江川広子・新井直也・江良裕子)
  I はじめに
  II 実施内容の概要
  III 歯科領域疾患の療養の管理等
  IV 口内環境整備の介護
  V 歯科領域の機能の介護
  VI 歯科領域の形態障害の介護
 2章 歯科介護で行うリハビリテーション(機能訓練)(新井俊二・江川広子・新井直也・江良裕子)
  I リハビリテーションの考え方
  II 介護保険で行うリハビリテーション
  III リハビリテーションの基礎知識
  IV 歯科領域機能の評価法のまとめ
  V 歯科介護で行うリハビリテーション
  VI 口内環境整備能力のリハビリテーション
  VII 摂食・嚥下機能のリハビリテーション
  VIII 構音機能のリハビリテーション
  IX 表情機能のリハビリテーション
  X 感覚機能のリハビリテーション
  XI 分泌機能のリハビリテーション
  XII まとめ
 3章 歯科介護の実施手法(手順と方法)(新井直也)
  I ケアマネジメント手法と介護保険
  II 歯科介護の手順と方法
 4章 歯科介護のプロトコール(江川広子・新井直也)
  I 歯科介護課題分析票:アセスメント票
  II 歯科介護課題分析票基本調査評価基準表
  III 歯科介護問題事項選定票
  IV 歯科介護サービス計画書
  V 歯科介護業務実施(実習)記録票
V編 歯科介護の実践に役立つ知識
 1章 介護の基本と実際(大竹登志子)
  I 介護とは何か
  II 介護の知識と実際
 2章 歯科介護の実践の場(新井俊二・川田 達)
  I はじめに
  II 医療保険制度における実践の場
  III 介護保険制度における実践の場
  IV 老人保健制度・老人福祉制度における実践の場
  V 健康増進法と第二次健康日本21 運動における実践の場
  VI 歯科口腔保健の推進に関する法律
  VII 今後の取り組み
 3章 歯科介護の実践例
  I 介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)における歯科介護(江川広子)
  II 歯科介護教育プログラムの実践例─明倫短期大学の場合─(江川広子)
  III 歯科介護教育プログラムの実践例─ 福岡医療短期大学の場合─(堀部晴美・升井一朗)
 4章 歯科介護に役立つ器材(江川広子)
  I 介護用具についての基本的な考え方
  II 福祉用具の定義
  III 介護用具の種類と選ぶポイント
  IV 歯科介護に必要な器材
 5章 歯科介護に役立つ薬剤(俣木志朗・白田千代子)
  I はじめに
  II 口内清掃に用いる薬剤
  III 口内の各種炎症性疾患に対して用いられる薬剤
  IV その他の薬剤等
  V 薬物療法における留意事項
VI編 これからの歯科介護教育
 1章 総論(吉増秀實)
  I はじめに
  II 歯科介護教育の理念,目的
  III 歯科介護教育の対象
  IV 歯科介護教育を取り巻く社会状況
  V 歯科介護教育の在り方について
 2章 歯科衛生士教育における歯科介護(本間和代・江川広子)
  I 歯科衛生士教育における理念・背景
  II 歯科介護教育の実際
  III 教育効果と他職種との連携
VII編 歯科介護予防につながる新たな教育
 1章 ライフステージと歯科衛生士のかかわり(本間和代・江川広子・新井直也)
  I はじめに
  II ライフステージの特徴と歯科的課題
  III 今後の歯科衛生士に求められる歯科食育・保育・看護の教育
 2章 歯科衛生士と食育のかかわり
  I 歯科と食育(井上美津子)
  II 乳幼児・小児における歯科食育(井上美津子)
  III 成人期・高齢期における歯科食育(本間和代)
 3章 歯科衛生士と保育のかかわり(江川広子・名古屋理奈・藤澤雅子)
  I 歯科衛生士と保育
  II 歯科保育の意義と目的
  III 成長・発達の基本
  IV 歯科保育の基礎と実施内容
  V 歯科保育の実施手法(手順と方法)
 4章 歯科衛生士と看護のかかわり(新井直也・川田達・三浦敦子・大黒谷恵理)
  I はじめに
  II 看護の概要
  III 看護師と歯科衛生士の診療の補助
  IV 歯科領域の疾患の看護
  V 看護の実施内容と手法
  VI 歯科疾患の看護の事例

 文献
 索引