やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はしがき

 本書は,1993年に『デンタルプラーク細菌の世界』,その改訂版である1999年に『デンタルプラーク細菌 -命さえ狙うミクロの世界-』をもとにして,大幅に書き改めて『口腔内バイオフィルム:デンタルプラーク細菌との戦い』として発行したものである.
 本書では,口腔内感染症を典型的なバイオフィルムであるデンタルプラーク細菌感染症として捉えることを強調した.デンタルプラークは,複数の菌種が歯面に集団となって付着した細菌塊である.デンタルプラーク細菌は,細菌同士が会話するようにシグナルを出したり,受けとるレセプターをもっている.口腔内のぬるぬるした大きな集団となったバイオフィルムは,どのようにして形成され病原性を発揮するか理解する必要があろう.そのうえで,いかにしてそれを破壊するか臨床面で役立てる情報も盛り込んだ.
 また,歯周ポケット内細菌を中心とした嫌気性細菌がわれわれの健康を脅かし,命さえ狙うことがあるという最新の知見を加えた.特に,歯周病原菌と心疾患を含む循環障害との関係については,私たちのデータを加えて解説した.また,高齢者の直接死因ともなる誤嚥性肺炎の予防が歯科医療担当者の役割でもあることの根拠についても記した.さらに,歯周病原性細菌を駆逐する歯周治療は,結果として糖尿病を改善させるという根拠,すなわちEBMからペリオドンタル・メディスンという概念を加えた.
 口腔内バイオフィルム感染症の発症と進行には,生活習慣が密接に関与しているものの免疫破綻などがみられる日和見感染症であるともいえる.本書では,私たちのもっている自然免疫と獲得免疫について,より多くのイラストを加えて分かりやすくすることを心掛けた.また,何故アレルギー疾患が増えてきたのかについても最新情報を盛り込んだ.
 HIVのアウトブレークにブレーキはかかっていないし,腸管性出血性大腸菌や新型肺炎(SARS)に対する恐怖は依然としてある.さらに,新型インフルエンザウイルスの出現に対する恐怖も増している.その他の新興感染症や結核などの再興感染症についての情報,さらにはB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスについても解説した.最後には,臨床現場での感染予防や抗菌薬の使い方,口腔内バイオフィルム感染症では抗菌薬の効果に限界があることなどについても記した.
 本書に写真の掲載を承諾してくださった先生,出版に協力してくれた妻ひろみと娘のみのりとたまきに感謝の意を表します.

 2004年5月25日
 奥田克爾
口腔内バイオフィルム――デンタルプラーク細菌との戦い
Biofilm: Dental Plaque
CONTENTS

第1章 感染症との終わりなき戦い
 1 猛威を振るう病原微生物
  1−歴史を変えた細菌感染症
  2−天然痘の撲滅とインフルエンザの脅威
  3−新しいウイルスとの予儀ない戦い
 2 細菌の逆襲
 3 新興感染症と再興感染症
 4 感染症の引き金となる自然破壊
 5 高齢化社会を狙う微生物

第2章 武器を取って逆襲してくる細菌たち
 1 細菌は生命の源
  1−細菌の起源
  2−デンタルプラークによって明らかにされた細菌の存在
  3−天才化学者Pasteurと病原細菌の狩人Koch
  4−口腔細菌学の父W.D.Miller
 2 テリトリーをつくる細菌
  1−住み着く細菌の数
  2−口腔内細菌の縄張り
  3−デンタルプラーク細菌の生物学的意義
 3 細菌のもつ構造物
  1−細菌の大きさと形
  2−細菌を守る構造物

第3章 口腔内細菌は会話してバイオフィルムとなる
 1 酸素の存在下で生存できない
 2 唾液と歯肉溝滲出液が栄養源
 3 プラーク細菌の増殖スピード
 4 プラーク細菌の代謝
  1−細菌の構成成分
  2−細菌の発酵と呼吸

第4章 デンタルプラークはバイオフィルム
 1 ペリクルの働き
  1−酸からの歯面保護
  2−細菌の付着誘導
 2 プラーク細菌の巧みな付着
  1−付着性線毛
  2−レクチン
  3−疎水性
  4−粘着性多糖体
  5−共凝集
 3 バイオフィルムとして存在するデンタルプラーク細菌
  1−細菌のシグナル
  2−バイオフィルム形成プロセス
  3−デンタルプラークは複数菌種からなるバイオフィルム
  4−生体防御メカニズムはバイオフィルムに働かない
  5−バイオフィルムに抗菌薬は有効でない
 4 コーンコブの形成

第5章 仲間をつくるデンタルプラーク細菌の生態
 1 足場を築いて住み着く
 2 プラーク細菌の共生と拮抗
  1−共生するプラーク細菌
  2−プラーク細菌がつくる抗菌物質
 3 歯石の母体はデンタルプラーク
  1−歯肉縁上歯石と歯肉縁下歯石
  2−プラーク細菌の石灰化スピード
  3−歯石の毒性
 4 歯周ポケット内細菌の毒素
  1−外毒素は標的細胞を攻撃する
  2−多彩な病原性を発揮する内毒素

第6章 スクラムを組む歯肉縁上プラーク細菌
 1 歯の垢ではなく菌塊である
  1−プラーク細菌の密度
  2−歯肉縁上プラーク細菌の栄養源
 2 多いレンサ球菌
  1−溶血性による分類
  2−Streptococcus mutansグループ
  3−Streptococcus mitisグループ
  4−Streptococcus salivariusグループ
  5−Streptococcus anginosusグループ
  6−腸球菌
  7−偏性嫌気性レンサ球菌
 3 放線菌
  1−顎放線菌症を起こすActinomyces israelii
  2−Actinomyces naeslundii
 4 グラム陽性桿菌
  1−乳酸桿菌
  2−歯石形成に関わるCorynebacterium matruchotii
  3−Propionibacterium acnesなど

第7章 歯周ポケット内細菌の懲りない面々
 1 Porphyromonas gingivalis
  1−黒色集落となる
  2−付着因子
  3−産生酵素
  4−内毒素
 2 Porphyromonas endodontalis
 3 Prevotella intermedia
 4 Actinobacillus actinomycetemcomitans
 5 Fusobacterium nucleatumなど
 6 Capnocytophaga菌種
 7 Tannerella forsythia
 8 Eikenella corrodens
 9 Campylobacter rectusなど
 10 スピロヘータ
  1−スピロヘータの運動性
  2−口腔内スピロヘータの種類
  3−居座り続けるTreponema denticola
 11 NeisseriaとVeillonella
 12 マイコプラズマ

第8章 身体を守るミクロの戦士たち
 1 自分にないものが抗原
 2 感染防御に働く自然免疫
 3 全身が免疫反応に関わる
  1−骨髄は免疫細胞生産工場
  2−エリートT細胞を育む胸腺
  3−レーダー網リンパ節
  4−免疫応答の場,脾臓
  5−免疫応答で証明される“病は気から”
 4 細菌を認識するToll-like receptor(TLR)
  1−TLRファミリー
  2−TLR発現細胞
 5 免疫担当細胞群
  1−侵入異物情報を伝えるマクロファージと樹状細胞
  2−NK細胞
  3−T細胞とB細胞
  4−NKT細胞

第9章 侵入者と戦う免疫の連係プレー
 1 自己と非自己の識別
  1−MHC分子
  2−T細胞のレセプター
 2 細胞を区別するCD
 3 細胞同士の会話に使われるサイトカイン
  1−機能の多様性
  2−機能の重複性
  3−サイトカインネットワーク
 4 Th1とTh2の活性化と働き

第10章 侵入者に適材適所で結びつく抗体
 1 抗体は免疫グロブリン
  1−免疫グロブリンの基本構造
  2−少ない遺伝子で多種類の抗体をつくることができる
 2 免疫グロブリンの種類とそれらの働き
  1−血清中の免疫グロブリンIgG
  2−粘膜感染防御の主役分泌型IgA
  3−速やかにつくられるIgM
  4−アレルギー誘発性IgE
 3 多様な働きをする補体
  1−補体は鉄砲隊
  2−抗体の司令なしでも働く

第11章 ミサイルを装備した細胞たちの連係
 1 感染防御に働く細胞性免疫
  1−細胞内増殖性細菌に対する攻撃
  2−ウイルス感染細胞を傷害する
  3−カンジダの増殖を抑える
 2 拒絶反応
 3 癌細胞を破壊する
  1−癌原遺伝子と癌抑制遺伝子の破綻
  2−癌細胞攻撃メカニズム
  3−煙幕を張る癌細胞
  4−癌の免疫療法への期待

第12章 驚くべき口腔の防御体制
 1 口腔粘膜免疫系の特徴
 2 唾液中の自然免疫物質
 3 唾液分泌型IgAの働き
  1−唾液腺に集積するIgA産生細胞
 4 歯肉溝滲出液中のミクロの戦士
  1−歯肉溝滲出液中の抗体はIgG
  2−炎症のある歯肉組織に集まるB細胞
  3−歯肉溝滲出液中の白血球

第13章 アレルギーは予防可能か
 1 アナフィラキシー(.型アレルギー)
  1−引き金はアレルゲンとIgE
  2−肥満細胞が放出する化学伝達物質
  3−気管支喘息と花粉症
  4−蕁麻疹と食物アレルギー
  5−アトピー
  6−アナフィラキシーの診断と治療
 2 細胞毒性型アレルギー(「型アレルギー)
  1−細胞傷害メカニズム
  2−細胞毒性型アレルギー疾患
 3 免疫複合物によるアレルギー(」型アレルギー)
  1−免疫複合物の蓄積
  2−」型アレルギー疾患
 4 遅延型アレルギー(,型アレルギー)
  1−歯科用金属アレルギー
  2−歯根尖病変に関わる,型アレルギー反応
 5 アレルギーの予防は可能か?

第14章 怖い免疫メカニズムの破綻
 1 免疫不全症
  1−原発性免疫不全症
  2−続発性免疫不全症
 2 食細胞機能異常
 3 自己免疫疾患
  1−全身性自己免疫疾患
  2−臓器特異的自己免疫疾患

第15章 日和見感染症原因バイオフィルム
 1 易感染性宿主の増加
 2 日和見感染症を起こすバイオフィルム細菌
  1−ブドウ球菌
  2−緑膿菌
  3−レジオネラ菌
  4−セラチア菌
  5−肺炎桿菌
 3 口腔粘膜を標的とするヘルペスウイルス
  1−ヘルペスウイルスの特徴
  2−顔面神経麻痺もヘルペスウイルス感染症
  3−水痘-帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus,VZV)
  4−EBウイルス(Epstein-Barr virus,EB virus)
  5−ヒトサイトメガロウイルス(human cytomegalovirus,HCMV)
  6−ヘルペスウイルスに有効な抗菌薬とワクチン
 4 口腔内に住み着く厄介なカンジダ
  1−レジン義歯に付着する
  2−簡単に検出できる

第16章 齲蝕原性バイオフィルム
 1 齲蝕はバイオフィルム内因感染症
 2 生活習慣が関わる多因子感染症
  1−齲蝕原因菌
  2−増えてきた根面齲蝕
 3 スクロースの齲蝕誘発性
 4 齲蝕をつくらない甘味料
  1−キシリトール
  2−ソルビトール
  3−エリスリトール
  4−マルチトールとパラチニット
  5−パラチノース
  6−アスパルテーム
 5 齲蝕リスク因子の細菌学的診査
 6 齲蝕予防ワクチン
  1−能動免疫
  2−受身免疫

第17章 歯周病原性嫌気性菌バイオフィルム
 1 歯周病の分類
 2 歯周病リスク因子
 3 プラーク細菌の歯周病原性因子
 4 免疫病理学的歯周組織破壊
 5 特定嫌気性グラム陰性菌感染と歯周病
  1−慢性歯周炎
  2−侵襲性歯周炎
  3−妊娠性歯肉炎
  4−壊死性潰瘍性歯肉炎と歯周炎
 6 歯周病の細菌学的・免疫学的検査
  1−局所細菌の検査
  2−免疫学的検査
 7 歯周病抗菌薬療法の利点と限界
  1−テトラサイクリン・ミノサイクリン
  2−抗菌薬療法の限界
 8 歯周病予防ワクチンを探る

第18章 命を狙うデンタルプラーク細菌
 1 細菌性心内膜炎
  1−菌血症と敗血症
  2−ハイリスクグループ
 2 動脈硬化
  1−デンタルプラーク細菌と毒性物質の侵入
  2−血管の炎症
  3−感染による動脈硬化発症メカニズム
  4−歯周病原菌による実験動物での動脈硬化症
 3 心疾患への関与
 4 老人性肺炎
  1−誤嚥性肺炎
  2−嫌気性グラム陰性菌による混合感染
 5 糖尿病への関与
  1−炎症性サイトカイン産生
  2−歯周治療による糖尿病の改善
 6 妊娠トラブル
  1−感染症が早産の引き金
  2−女性ホルモンが細菌のビタミン
  3−内毒素がプロスタグランジン産生をもたらす
 7 歯周病と胃疾患との関係
  1−ピロリ菌
  2−歯周病原菌との共通抗原
 8 歯性病巣感染症

第19章 PMTCに勝る口腔内バイオフィルム駆逐法はない
 1 スケーリングによる歯周ポケット内細菌の排除効果
 2 歯周ポケット内細菌も減少させる歯肉縁上プラークコントロール
 3 抗菌性洗口剤の使い方
  1−酵素
  2−抗菌剤
 4 口臭予防の基本はプラークコントロール
 5 呼吸器感染予防につながる口腔清掃
 6 ICUにおける口腔ケア

第20章 医療機関内にはびこる微生物への対応
 1 はびこるMRSA
 2 化膿レンサ球菌
 3 結核菌
 4 ウイルスの性状
  1−ウイルスは偏性寄生性
  2−ウイルスの感染と増殖
  3−インターフェロンの抗ウイルス作用
 5 HIV
  1−エイズの恐怖
  2−止まらないHIV感染拡大
  3−変異し続けるHIV
  4−急がれる感染予防ワクチン開発
  5−HIV針刺し事故への対応
 6 B型肝炎ウイルス
  1−B型肝炎ウイルスの特性
  2−日本人HBV保菌者は2〜3%
  3−死亡率の高い劇症肝炎
  4−必要な感染予防ワクチン接種
 7 C型肝炎ウイルス
  1−変異するため排除されにくい
  2−日本人HCV保菌者は1〜2%
  3−肝硬変・肝癌に移行する
 8 インフルエンザ
  1−インフルエンザウイルス
  2−感染予防ワクチン
 9 SARS
  1−新型肺炎コロナウイルス(SARS-CoV)
  2−SARS-CoV感染予防
 10 口腔領域に症状のでるウイルス感染症
  1−流行性耳下腺炎ウイルス
  2−コクサッキーウイルス
 11 プリオン病

第21章 バイオフィルム感染症に対する抗菌薬療法の限界
 1 抗菌薬の作用機序
  1−細胞壁合成阻害薬
  2−細胞質膜傷害薬
  3−タンパク質合成阻害剤
  4−核酸合成阻害薬
  5−抗ウイルス薬
  6−その他の抗菌薬
 2 抗菌薬の抗菌力測定
 3 抗菌薬の与え方
 4 バイオフィルム感染症・膿瘍病巣への対応

第22章 信頼の医療は院内感染予防から
 1 増加する院内感染
 2 バイオフィルム形成細菌が原因
 3 必要な感染予防ワクチン接種
 4 滅菌と消毒
  1−滅菌法
  2−消毒