やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第1版の序文

 生物学は,古くて新しい学問である.古さという点では,ギリシャ時代からすでに始まっているし,新しさの点では今世紀の後半に急速に進歩した.とくに,従来自然界の生物の姿を記録する学問であったのが,現在では生命現象のしくみを明らかにし,人間の手である程度まで生物を操作できるところまで発展した.
 いうまでもなく,人間もまた生物の一種であるから,生物学の成果は,直接・間接に,人間の生活に影響を与える.病気の予防や治療・食物の生産・自然環境との調和など多くの問題の解決に,生物学の知識が役立っている.最近では,生物学と基礎医学・薬学・農学・化学・物理学などの境界がはっきりしなくなり,それらの広い分野から生命現象を扱う学問を,生命科学(ライフサイエンス)とよぶようになった.生命科学には,上述の分野のほかに,工学・社会学・心理学・地球科学の一部まで加わっている.歯科学もまた生命科学の重要な一員となっている.
 このようなことを反映してか,近年,歯科衛生士学校で教養科目として「生物学」を選択する学生が多い.それで,このたび全国歯科衛生士教育協議会の要請により,「生物学」の教本を執筆することになった.
 しかしながら,歯科衛生士を志す学生には,高等学校で「生物」を選択した者と,選択しない者とがあり,その両者を満足させる内容で,しかも生物学全般にわたる本を執筆するのは,至難の技と考えられる.そこで,いろいろ考えた末,中心を人間においた「人間生物学」をまとめることにした.
 人間生物学といっても,単に人間のみを扱うのではなく,生物一般に成り立つ法則性がどこまで人間に適用できるか,人間(ヒト)は生物としていかなる特徴をもつかに重点をおいて生物を取り扱っている.したがって,一般の生物学の基礎となる事項は,ほぼ含まれている.
 また,限られた紙数であるため,発展的な事項や,人間と直接関連しない問題(植物の生長など)は,囲み記事(コーヒーブレイク)とした.その内容は,学生諸君が授業の合い間に一読されることをのぞんでいる.
 また,本書の書き方についても,教本として実用的な便宜をはかる意味で,各章の各節ごとに,必ずまとめをつけてある.これは要点であって,教える人も,学ぶ人も,本文内容を通読し,フィードバックをする,あるいはまずこのまとめから入って,各章の内容を把握しやすくしたうえで読むなど,適宜工夫していただきたく考えている.
 この本が,「生物学」の入門書として,また卒業後も生物に関連する問題に出会ったときその理解のもとになる座右の書として活用されることを願っている.
 終わりに,本書の執筆をおすすめ下さった全国歯科衛生士教育協議会の方々,ならびに出版にあたりお世話になった医歯薬出版株式会社の方々に,感謝の意を表したい.
 1988年1月5日 太田次郎

第2版の序文

 本書が刊行されてから10年が経過した.幸いにも,多くの学校で採用され,版を重ねることができた.その間,使用された方々の御意見を参考にして,小修正をしたり,誤植の訂正も行ってきた.
 本書で用いる用語は,教育上の一貫性を保つために,原則として『文部省学術用語集』に準拠している.この度,その用語集が改訂され,中学・高校の教科書でも新しい用語が用いられるようになった.いくつかの例をあげると,物質交代→物質代謝,ブドウ糖→グルコース,仁→核小体,インシュリン→インスリン,嚢胚→原腸胚などである.そのため,新しい教科書で学んだ人々が混乱するのを避けるため,この版から新用語に改めることにした.
 また,この10年間に得られた新しい知見や,各種の数値などもこの機会に改めることにした.ホルモン,人類の起源と進化,環境ホルモンなどがその例である.
 このような改訂によって,この本がより現代に即した内容となることを期待している.
 1999年1月5日 太田次郎
1章 生物学と人間…… 1
 I.生物学とは …… 1
    まとめ …… 2
 II.人間の生物界に占める位置 …… 2
   1.哺乳類の分類 …… 2
   2.哺乳類の進化 …… 3
    まとめ …… 4
 III.人間の特徴 …… 4
   1.ヒトの脳の特徴 …… 5
   2.二足歩行 …… 6
    まとめ …… 7
2章 生物体の成り立ち…… 8
 I.生命の単位 …… 8
   1.生命と細胞 …… 8
   2.原核生物と真核生物 …… 9
    まとめ …… 9
 II.細胞の構造と機能……10
   1.細胞小器官……10
     1)細胞膜……11
     2)核……12
     3)ミトコンドリア……13
     4)小胞体……14
     5)リボソーム……15
     6)ゴルジ体……16
     7)リソソーム……16
     8)細胞骨格……16
     9)色素体……16
   2.細胞は小工場……17
   3.細菌とウイルス……18
     1)細菌の細胞……19
     2)ウイルス……19
    まとめ……21
 III.組織と器官……22
   1.動物の組織……22
     1)上皮組織……22
     2)結合組織……23
     3)筋肉組織……26
     4)神経組織……27
   2.動物の器官と器官系……28
   3.人体の特徴……30
    まとめ……30
3章 生物体の働き……32
 I.物質代謝とエネルギー代謝……32
   1.酵素とその働き……32
   2.化学エネルギーとATP……33
    まとめ……35
 II.動物体の働き……35
   1.消化と吸収……35
   2.血液とその循環……37
     1)心臓と血液の循環……37
     2)血液の組成と働き……38
   3.免 疫……41
     1)抗原抗体反応……41
     2)抗体とその産生……41
     3)自己と非自己……43
   4.排 出……43
     1)腎臓の構造……44
     2)腎臓の働き……44
   5.呼 吸……44
     1)外呼吸……45
     2)細胞呼吸……45
   6.動物体のエネルギー消費……48
     1)筋肉の収縮……49
     2)能動輸送……50
    まとめ……51
4章 生物体の調節……53
 I.神経とその働き……53
   1.刺激の受容……53
   2.興奮の伝導と伝達……55
   3.神経系……56
   4.ヒトの脳と脊髄……58
    〈脳とコンピュータ〉……60
    まとめ……61
 II.ホルモンによる調節……62
   1.ホルモンとは……62
   2.ヒトの内分泌器とホルモン……63
   3.ホルモンの働きのしくみ……65
    まとめ……67
 III.ホメオスタシス……68
   1.血糖量の調節……68
   2.体温の調節……69
   3.体内時計とバイオリズム……71
    〈レム睡眠と睡眠のリズム〉……72
    まとめ……73
 IV.動物の行動……74
   1.走 性……74
   2.反射と条件反射……75
   3.本能行動……76
    〈ヒトの何げないふるまい〉……78
   4.学習行動……79
   5.刷り込み……80
   6.知能による行動……80
    〈植物の成長と調節〉……81
    まとめ……83
5章 生命の連続性……84
 I.生 殖……84
   1.無性生殖と有性生殖……84
   2.細胞分裂……86
     1)体細胞分裂……86
     2)減数分裂の経過……87
     3)細胞質分裂……89
     4)細胞周期……90
   3.配偶子の形成……91
    まとめ……92
 II.発生と分化……94
   1.動物の発生の経過……94
   2.ヒトの発生……97
   3.発生と分化のしくみ……99
    〈体外受精と生命倫理〉……100
    まとめ……101
 III.遺伝と変異……102
   1.遺伝の法則……102
   2.遺伝子と染色体……105
   3.遺伝子の本体……107
   4.遺伝子の形質支配……110
    〈遺伝子工学〉……112
   5.ヒトの遺伝……114
   6.変 異……116
    まとめ……117
6章 生物の集団……120
 I.個と集団……120
   1.個体群……120
   2.個体群の構造……122
   3.個体群の相互関係……124
    まとめ……125
 II.自然と人間……126
   1.生物群集……126
   2.生態系……127
   3.生物圏と人類……130
    まとめ……132
7章 生命の変遷……134
 I.生命の起源……134
   1.化学進化……134
   2.細胞の誕生……136
    まとめ……137
 II.進化とそのしくみ……137
   1.進化の道筋……137
   2.人類の誕生と進化……139
    〈人類の進化と歯〉……142
   3.進化のしくみ……143
    まとめ……145
 III.人間の未来……146
   1.人口爆発……146
   2.日本の人口事情……148
   3.環境保全……148
   4.生物学の役割……149
    〈環境ホルモン〉 ……150
    まとめ……151

参考図書 ……153
索引 ……154
講義の進め方目安例 ……160