はじめに
伊藤貴浩
京都大学 ウイルス・再生医科学研究所 がん・幹細胞シグナル分野
Dickらにより実験的にがん幹細胞の存在が証明されてから四半世紀が経過した.この間,多くの技術的進歩に伴ってがん幹細胞の性質やその作動原理が解明された.当初の骨髄性白血病での証明に続いて乳がんや脳腫瘍など,他のがん種にも幹細胞が存在することが示され,さらには遠隔転移や治療抵抗性における機能的重要性も明らかになった.一方がん幹細胞という概念に基づく治療戦略の開発については,なかなか大きな進展が見えてこない.著者の個人的見解だが,いくつかの課題がある.ひとつには,がん研究者や臨床医のなかでも“がん幹細胞“の存在そのもの,あるいはがん幹細胞を定義することの意義に懐疑的な意見が根強くあることである.がん種によっては,腫瘍組織中の幹細胞と非幹細胞を区別するのが難しかったり,幹細胞と非幹細胞の状態を行き来する可塑性の高い腫瘍が存在することもその一因かもしれない.ふたつには,がん幹細胞の生物学に予想以上に複雑多様な機構が関与することである.たとえば,腫瘍組織内にがん細胞に加えて免疫細胞などの宿主由来細胞が存在することや,がん幹細胞に生じる新たな遺伝変異やエピゲノム変化がクローン進化を誘導すること,代謝・栄養・酸素供給の制御によって腫瘍組織内の微小環境が構築されていること,などがある.すなわち,“幹細胞と非幹細胞”という単純な階層性にとどまらない多様性(tumor heterogeneity)が腫瘍の形成と維持に重要であることを,分子あるいは細胞レベルでわれわれが議論できるようになったことの裏返しともいえる.
本別冊では,これまでのがん幹細胞研究を振り返ってその進歩を総括するとともに,次の四半世紀のがん研究の方向性を議論する基礎となるよう,多様な研究背景を持つ先生方に執筆をお願いした.Tumor heterogeneityに対抗し,これを乗り越える治療戦略の開発には,われわれ研究者側にもいろいろな意味でresearch diversity,そしてdiversity in researchが必要ではないだろうか.われわれの取り組みが,がん生物学の新たな一歩となることを期待する.
伊藤貴浩
京都大学 ウイルス・再生医科学研究所 がん・幹細胞シグナル分野
Dickらにより実験的にがん幹細胞の存在が証明されてから四半世紀が経過した.この間,多くの技術的進歩に伴ってがん幹細胞の性質やその作動原理が解明された.当初の骨髄性白血病での証明に続いて乳がんや脳腫瘍など,他のがん種にも幹細胞が存在することが示され,さらには遠隔転移や治療抵抗性における機能的重要性も明らかになった.一方がん幹細胞という概念に基づく治療戦略の開発については,なかなか大きな進展が見えてこない.著者の個人的見解だが,いくつかの課題がある.ひとつには,がん研究者や臨床医のなかでも“がん幹細胞“の存在そのもの,あるいはがん幹細胞を定義することの意義に懐疑的な意見が根強くあることである.がん種によっては,腫瘍組織中の幹細胞と非幹細胞を区別するのが難しかったり,幹細胞と非幹細胞の状態を行き来する可塑性の高い腫瘍が存在することもその一因かもしれない.ふたつには,がん幹細胞の生物学に予想以上に複雑多様な機構が関与することである.たとえば,腫瘍組織内にがん細胞に加えて免疫細胞などの宿主由来細胞が存在することや,がん幹細胞に生じる新たな遺伝変異やエピゲノム変化がクローン進化を誘導すること,代謝・栄養・酸素供給の制御によって腫瘍組織内の微小環境が構築されていること,などがある.すなわち,“幹細胞と非幹細胞”という単純な階層性にとどまらない多様性(tumor heterogeneity)が腫瘍の形成と維持に重要であることを,分子あるいは細胞レベルでわれわれが議論できるようになったことの裏返しともいえる.
本別冊では,これまでのがん幹細胞研究を振り返ってその進歩を総括するとともに,次の四半世紀のがん研究の方向性を議論する基礎となるよう,多様な研究背景を持つ先生方に執筆をお願いした.Tumor heterogeneityに対抗し,これを乗り越える治療戦略の開発には,われわれ研究者側にもいろいろな意味でresearch diversity,そしてdiversity in researchが必要ではないだろうか.われわれの取り組みが,がん生物学の新たな一歩となることを期待する.
はじめに(伊藤貴浩)
がん幹細胞維持機構:総論
1.がん幹細胞と薬剤耐性(馬島哲夫・清宮啓之)
KeyWord がん幹細胞,薬剤耐性,がんの不均一性
2.がん幹細胞とそのニッチ(後藤典子)
KeyWord 腫瘍微小環境,乳がん,サイトカイン,セマフォリン,がん間質細胞
3.がん幹細胞のエピゲノム制御(合山 進)
KeyWord がん幹細胞,エピジェネティクス,DNAメチル化,ヒストン修飾,クローン性造血
4.がん幹細胞と転写後制御(井上大地)
KeyWord メッセンジャーRNA(mRNA),スプライシング,RNAプロセッシング,poly(A)tail
がん幹細胞を支える多様なシグナル/メカニズム
5.Spred1による造血幹細胞制御と白血病化(田所優子・平尾 敦)
KeyWord 造血幹細胞,自己複製,高脂肪食,腸内細菌
6.乳がんと正常乳腺における転写因子NF-κBによる幹細胞維持機構の相違(山本瑞生・井上純一郎)
KeyWord トリプルネガティブ乳がん(TNBC),Basal-like乳がん,乳腺上皮幹細胞
7.FOXOによるがん幹細胞の制御(仲 一仁)
KeyWord フォークヘッドO型転写因子(FOXO),抗がん剤抵抗性,がん微小環境,TGF-β-Smad3,Wnt-β-カテニン
8.造血器腫瘍におけるHIF1A/ARNTシグナル経路とがん幹細胞制御(林 嘉宏・原田浩徳)
KeyWord HIF1A,pseudohypoxia,骨髄異形成症候群(MDS),急性骨髄性白血病(ALL),慢性骨髄性白血病(CML)
9.RB1によるがん幹細胞の制御(高橋智聡・河野 晋)
KeyWord RB1,がん幹細胞,分化,代謝,炎症
10.がん組織における分岐鎖アミノ酸代謝制御(服部鮎奈)
KeyWord 分岐鎖アミノ酸(BCAA),代謝リプログラミング,がん代謝
11.マイクロRNAによるがん幹細胞の制御(今野雅允・石井秀始)
KeyWord マイクロRNA(miRNA),がん幹細胞,治療抵抗性,m6A
12.細胞内鉄代謝とがん幹細胞の制御(宮沢正樹)
KeyWord 細胞内鉄代謝,がん幹細胞性維持,IRP-IRE鉄制御システム
13.タンパク質翻訳後修飾とがん幹細胞制御─ヒストンアシル化による遺伝子発現制御(松浦顕教)
KeyWord ヒストンアシル化,エピジェネティクス,翻訳後修飾,代謝
がん幹細胞の理解に向けた新技術開発とその応用
14.ヒストンアセチル化酵素とがん幹細胞制御(横山明彦)
KeyWord ヒストンアセチル化,転写活性化,MLL,合成致死
15.CRISPRスクリーニングによる幹細胞制御因子の網羅的探索(遊佐宏介)
KeyWord ゲノム編集,CRISPR-KOスクリーニング,マウスES細胞,未分化能
16.iPS細胞から再生したT細胞を用いたがん免疫療法の開発─WT1抗原を発現する固形がんを標的にして(嘉島相輝・他)
KeyWord 細胞傷害性T細胞(CTL),iPS細胞,T細胞レセプター,他家移植,WT1抗原
17.多発性骨髄腫の根治をめざしたCAR T細胞の開発(保仙直毅)
KeyWord 多発性骨髄腫(MM),がん幹細胞,キメラ抗原受容体(CAR)T細胞
18.患者由来がん幹細胞の三次元培養と臨床応用への展望(大畑広和・他)
KeyWord がん幹細胞,三次元培養,オルガノイド,スフェロイド
19.メタボロミクスによるがん幹細胞の代謝研究(北島正二朗・曽我朋義)
KeyWord 代謝可塑性,メタボロミクス
20.合成ポリマーを用いたがん幹細胞ニッチの解析(椨 康一・田賀哲也)
KeyWord がん幹細胞,ニッチ,ケミカルバイオロジー,ポリマーmicroarray
サイドメモ
セマフォリン-ニューロピリンシグナル
エピジェネティクスの語源
腸内細菌とさまざまな疾患
Hypoxiaとpseudohypoxiaとαケトグルタル酸(αKG)依存的酵素
RB1の古典的機能
CDK阻害薬
メタボロミクス
合成ポリマーmicroarrayスクリーニング
がん幹細胞維持機構:総論
1.がん幹細胞と薬剤耐性(馬島哲夫・清宮啓之)
KeyWord がん幹細胞,薬剤耐性,がんの不均一性
2.がん幹細胞とそのニッチ(後藤典子)
KeyWord 腫瘍微小環境,乳がん,サイトカイン,セマフォリン,がん間質細胞
3.がん幹細胞のエピゲノム制御(合山 進)
KeyWord がん幹細胞,エピジェネティクス,DNAメチル化,ヒストン修飾,クローン性造血
4.がん幹細胞と転写後制御(井上大地)
KeyWord メッセンジャーRNA(mRNA),スプライシング,RNAプロセッシング,poly(A)tail
がん幹細胞を支える多様なシグナル/メカニズム
5.Spred1による造血幹細胞制御と白血病化(田所優子・平尾 敦)
KeyWord 造血幹細胞,自己複製,高脂肪食,腸内細菌
6.乳がんと正常乳腺における転写因子NF-κBによる幹細胞維持機構の相違(山本瑞生・井上純一郎)
KeyWord トリプルネガティブ乳がん(TNBC),Basal-like乳がん,乳腺上皮幹細胞
7.FOXOによるがん幹細胞の制御(仲 一仁)
KeyWord フォークヘッドO型転写因子(FOXO),抗がん剤抵抗性,がん微小環境,TGF-β-Smad3,Wnt-β-カテニン
8.造血器腫瘍におけるHIF1A/ARNTシグナル経路とがん幹細胞制御(林 嘉宏・原田浩徳)
KeyWord HIF1A,pseudohypoxia,骨髄異形成症候群(MDS),急性骨髄性白血病(ALL),慢性骨髄性白血病(CML)
9.RB1によるがん幹細胞の制御(高橋智聡・河野 晋)
KeyWord RB1,がん幹細胞,分化,代謝,炎症
10.がん組織における分岐鎖アミノ酸代謝制御(服部鮎奈)
KeyWord 分岐鎖アミノ酸(BCAA),代謝リプログラミング,がん代謝
11.マイクロRNAによるがん幹細胞の制御(今野雅允・石井秀始)
KeyWord マイクロRNA(miRNA),がん幹細胞,治療抵抗性,m6A
12.細胞内鉄代謝とがん幹細胞の制御(宮沢正樹)
KeyWord 細胞内鉄代謝,がん幹細胞性維持,IRP-IRE鉄制御システム
13.タンパク質翻訳後修飾とがん幹細胞制御─ヒストンアシル化による遺伝子発現制御(松浦顕教)
KeyWord ヒストンアシル化,エピジェネティクス,翻訳後修飾,代謝
がん幹細胞の理解に向けた新技術開発とその応用
14.ヒストンアセチル化酵素とがん幹細胞制御(横山明彦)
KeyWord ヒストンアセチル化,転写活性化,MLL,合成致死
15.CRISPRスクリーニングによる幹細胞制御因子の網羅的探索(遊佐宏介)
KeyWord ゲノム編集,CRISPR-KOスクリーニング,マウスES細胞,未分化能
16.iPS細胞から再生したT細胞を用いたがん免疫療法の開発─WT1抗原を発現する固形がんを標的にして(嘉島相輝・他)
KeyWord 細胞傷害性T細胞(CTL),iPS細胞,T細胞レセプター,他家移植,WT1抗原
17.多発性骨髄腫の根治をめざしたCAR T細胞の開発(保仙直毅)
KeyWord 多発性骨髄腫(MM),がん幹細胞,キメラ抗原受容体(CAR)T細胞
18.患者由来がん幹細胞の三次元培養と臨床応用への展望(大畑広和・他)
KeyWord がん幹細胞,三次元培養,オルガノイド,スフェロイド
19.メタボロミクスによるがん幹細胞の代謝研究(北島正二朗・曽我朋義)
KeyWord 代謝可塑性,メタボロミクス
20.合成ポリマーを用いたがん幹細胞ニッチの解析(椨 康一・田賀哲也)
KeyWord がん幹細胞,ニッチ,ケミカルバイオロジー,ポリマーmicroarray
サイドメモ
セマフォリン-ニューロピリンシグナル
エピジェネティクスの語源
腸内細菌とさまざまな疾患
Hypoxiaとpseudohypoxiaとαケトグルタル酸(αKG)依存的酵素
RB1の古典的機能
CDK阻害薬
メタボロミクス
合成ポリマーmicroarrayスクリーニング














