やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 堀江 稔
 滋賀医科大学呼吸循環器内科
 本特集のテーマは“イオンチャネル病のすべて“であるが,“チャネル病”という用語自体,比較的新しい概念を示す.興奮性細胞では,膜蛋白としてのイオンチャネルは非常に発現が多い.これをコードする遺伝子レベルの異常により招来される疾患群をさして,“イオンチャネル病”という.日本ではあまりよく知られていないと思うが,このチャネル病として最初に認知された病気は常染色体劣性遺伝を呈する遺伝病で,欧米においてもっとも頻度の高い嚢胞性線維症〔cystic fibrosis(本誌・各論p.33を参照)〕であった.
 著者はたまたま1990年,まだチャネル病という概念さえなかったころ,留学先のニューヨークのロックフェラー大学で,この?胞性線維症にかかわるcAMP活性型クロライドチャネル研究に参加する機会を得た.1989年にクローニングされたこの膜蛋白は,その構造から当初,チャネルではなくトランスポーターではないかと考えられ,cystic fibrosis transmembrane conductance regulator(CFTR)と命名されていた.これが,実はクロライドイオンを通すチャネルであることが判明する間に,非常に興味深いエピソードがあった.留学中の一研究者として著者はこのクロライドチャネルの特性を調べたわけであるが,当時チャネル機能の障害により病気が起こることを目の当たりにしたときの驚きはたいへん大きかった.さらに同じ発想で,チャネル機能が臓器の働きを維持するためにきわめて大切な心臓や脳の興奮性細胞においても,チャネル異常により疾病を起こしてくるのではないかと想像した.
 このように,1990年代初頭に確立されたイオンチャネルの遺伝子レベルの異常は,その後20年の年月を経て,おおかたの予想どおり,多くの疾病発症に関与していることがわかってきた.とくに,著者が現在かかわっている循環器の領域では,多種多様なイオンチャネルが心臓の興奮・伝導・収縮に強くかかわっており,チャネル遺伝子の異常は,QT延長症候群など多くの遺伝性不整脈を発症することがわかってきた.ちょうど,本書が出版されるのとほぼ同じ時期に,世界の3つのHeart Rhythm学会(アジア太平洋・アメリカ・ヨーロッパ:APHRS,HRS,EHRA)の専門家が集まって,遺伝性不整脈(Inherited Primary Arrhythmia Syndromes)の診断と治療に関するコンセンサス・ステートメントが出版された.著者は代表編集者のひとりとして,当初より多くの討議に参加することができた.医学のあゆみの本特集号の出版時(2013年6月)には,時間の関係で引用できなかったが,今回別冊化されるとのことで,ぜひ,ここに紹介したい1).
 本特集ではこの大きなテーマに対して,第1部ではこの分野で活躍中の4名のエキスパートにお願いして,現在どのようなアプローチ方法が用いられて研究が進められているのかを紹介していただいた.さらに第2部では,すべての疾患はカバーできないものの,個々のチャネル病解説を第一線の研究者にお願いした.日ごろの研究でご多忙ななか,執筆のご快諾をいただいた先生方にまず感謝したい.本特集号がこの分野に興味のある諸兄に広く読まれ,その日常診療や研究にさらなる大きな成果をもたらすことを祈念したい.

 文献
 1) Priori, S. G. Wilde, A. A. Horie, M. Cho, Y. Behr, E. R. Berul, C. Blom, N. Brugada, J. Chiang, C. E.
 Huikuri, H. Kannankeril, P. Krahn, A. Leenhardt, A. Moss, A. Schwartz, P. J. Shimizu, W. Tomaselli,
 G. Tracy, C.:HRS/EHRA/APHRS Expert Consensus Statement on the Diagnosis and Management
 of Patients with Inherited Primary Arrhythmia Syndromes:Document endorsed by
 HRS, EHRA, and APHRS in May 2013 and by ACCF, AHA, PACES, and AEPC in June 2013.
 Heart Rhythm. 10:1932−1963, 2013.
 はじめに(堀江 稔)

イオンチャネル病研究へのアプローチ
1.イオンチャネル病研究のための異種細胞導入実験法―HEK293細胞を上手に用いる
 (小野克重)
 ・遺伝子導入細胞の種類と特徴
 ・HEK293細胞の由来
 ・HEK293細胞の電気生理学的特性
 ・HEK293細胞の内因性遺伝子
 ・HEK293細胞への遺伝子導入(DNAトランスフェクション)の実際
2.iPS細胞を用いた循環器疾患モデル構築とその応用
 (湯浅慎介)
 ・ヒト末梢血からのiPS細胞樹立法の確立
 ・循環器疾患特異的iPS細胞の開発
 ・循環器疾患特異的iPS細胞研究
 ・心筋症特異的iPS細胞の作製と解析
 ・今後の循環器疾患特異的iPS細胞の疾患解析における展望
3.コンピュータシミュレーションと遺伝性不整脈
 (芦原貴司)
 ・遺伝性不整脈の研究における現状と問題点
 ・イオンチャネル病研究におけるシステムバイオロジーの意義
 ・心筋細胞における活動電位のシミュレーション
 ・組織レベルのシミュレーションの重要性
 ・システムバイオロジーの遺伝性不整脈への応用例
4.イオンチャネル病における遺伝子解析―複雑な病態の遺伝的背景を探る
 (水澤有香)
 ・心臓イオンチャネル病と原因遺伝子
 ・イオンチャネル病における遺伝子解析
 ・新しい技術としての全ゲノム関連解析およびエクソンシークエンス法
各論
5.嚢胞性線維症
 (堀江 稔)
 ・CFの病態生理
 ・CFの臨床―診断と治療
6.骨格筋チャネル病の最新知見―ミオトニー症候群と周期性四肢麻痺を中心に
 (久保田智哉・高橋正紀)
 ・筋チャネル病の分類
 ・一次性筋チャネル病
 ・二次性骨格筋チャネル病
 ・今後の展望
7.てんかんとイオンチャネル
 (吉田秀一・兼子 直)
 ・電位依存性ナトリウムイオンチャネル
 ・電位依存性カルシウムイオンチャネル
 ・(電位依存性)カリウムイオンチャネル
 ・GABAA受容体
 ・ニコチン性アセチルコリン受容体
 ・今後の展望
8.アクアポリン水チャネルと病気
 (佐々木 成)
 ・アクアポリンの構造と機能の概略
 ・アクアポリンと病気
9.Polycystinと多発性嚢胞腎
 (蘇原映誠)
 ・PKD蛋白(polycystin-1とpolycystin-2)
 ・Primary cilia(一次線毛)へのpolycystinの局在
 ・Polycystinの機能
 ・常染色体多発性嚢胞腎の発症―セカンドヒットとサードヒット
 ・Polycystinの小胞体における蛋白修飾
10.アルドステロン産生腺腫および遺伝性アルドステロン症におけるカリウムチャネル変異の新知見
 (柴田洋孝)
 ・APAにおけるKCNJ5K+チャネルの体細胞変異
 ・副腎過形成を伴う家族性高アルドステロン症3型とKCNJ5遺伝子変異
 ・アルドステロン産生腺腫におけるあらたな体細胞変異:ATP1A1変異およびATP2B3変異
11.QT延長症候群:遺伝子タイプ別の病態・予後・治療方法―多施設登録研究からみた日本人のエビデンス
 (相庭武司・清水 渉)
 ・先天性QT延長症候群の診断
 ・国内多施設登録研究
 ・遺伝子型と心イベント
 ・遺伝子変異部位,変異タイプによる重症度評価
 ・先天性QT延長症候群の治療
12.QT短縮症候群
 (牧山 武)
 ・QT短縮症候群とは
 ・QT短縮症候群の診断
 ・QT短縮症候群の成因
 ・QT短縮症候群の治療
13.Brugada症候群
 (鎌倉史郎)
 ・Brugada症候群の心電図
 ・Brugada症候群の疫学
 ・Brugada症候群の成因
 ・Brugada症候群の予後
 ・心事故予測因子
 ・Brugada症候群の治療
14.早期再分極症候群の臨床的特徴と原因遺伝子
 (渡部 裕・南野 徹)
 ・早期再分極症候群の臨床的特徴
 ・心電図の特徴
 ・原因遺伝子
 ・治療
 ・予後
15.イオンチャネル病としての特発性心室細動
 (大野聖子)
 ・心筋活動電位と特発性心室細動
 ・Naチャネル異常
 ・Kチャネル異常
 ・Caチャネル異常
16.進行性心臓伝導障害
 (蒔田直昌)
 ・活動電位の形成異常
 ・伝導ブロック
 ・副伝導路症候群
 ・刺激伝導系の発生分化異常
 ・神経筋疾患に合併した心臓伝導障害
 ・伝導障害の関連遺伝子
17.カテコラミン誘発多形性心室頻拍(CPVT)とその亜型
 (住友直方)
 ・CPVTの定義
 ・各チャネル異常の特徴と不整脈発生の機序
 ・カテコラミン誘発多形性心室頻拍(CPVT)の治療
18.アンダーセン症候群
 (木村紘美)
 ・疾患の定義
 ・KCNJ2遺伝子
 ・内向き整流性Kチャネル,Kir2.1蛋白
 ・KCNJ2遺伝子変異の陽性率
 ・KCNJ2遺伝子変異の表現型の多様性
 ・CPVTとの鑑別
 ・メカニズムに基づいた治療の可能性―今後の展開
19.Timothy症候群
 (吉永正夫・長嶋正實)
 ・Timothy症候群の成因と頻度
 ・Timothy症候群の症状
 ・治療および予後
20.ATP感受性K+チャネルと疾患
 (三木隆司)
 ・KATPチャネル発見の歴史とチャネルの基本特性の解明
 ・KATPチャネルの構造とチャネル特性
 ・各組織におけるKATPチャネルの役割
21.温度感受性TRPチャネルと疾患
 (富永真琴)
 ・TRPV1(染色体17p13.3)
 ・TRPV2(染色体17p11.2)
 ・TRPV3(染色体17p13.3)
 ・TRPV4(染色体12q24.1)
 ・TRPM2(染色体21q22.3)
 ・TRPM3(染色体9q21.12)
 ・TRPM5(染色体11p15.5)
 ・TRPM8(染色体2q37)
 ・TRPA1(染色体8q13)

 サイドメモ
  疾患iPS細胞
  不整脈研究におけるシミュレーション研究の歴史
  VSDのhydrophobic plugとgating pore電流―Shaker Kチャネル
  先天性筋無力症候群(CMS)
  イオンチャネルが関与するてんかん症候群
  アクアポリンの発見とノーベル賞
  KCNJ5遺伝子
  Timothy症候群の合指症
  カプサイシン
  TRPA1の温度感受性