やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序にかえて
 小池和彦
 東京大学大学院医学系研究科内科学専攻生体防御感染症学
 いきなり私事で恐縮であるが,小学生のころは漫画が大好きな少年であった.昭和30年代の終わりから40年代にかけて,少年向け漫画週刊誌を毎週待ちこがれて読んでいた.当時は『少年サンデー』や『少年マガジン』の興隆期である.
 当時,『少年サンデー』には漫画ではない記事が2〜3頁あった.時事問題や不思議現象を扱った少年向け記事が多かったように覚えている.そのなかのひとつに,“涎を垂らす牛“の写真があった.記事自体は人類の将来を論じたものであったように記憶する.いわく,「21世紀になったら文明は進歩して人類はさらに栄えていくであろう.しかし,なおまだ人類には立ち向かうべき多くの敵が存在する.とくに“人類最後の敵”といわれるウイルスとの戦いに,はたして人間は勝利できるのであろうか」との文で記事は終わっていた.
 “人類最後の敵“の見本として,偶蹄類に感染するウイルス性伝染病である口蹄疫の写真を載せるところは御愛嬌であるが,著者にとってはこれが人生最初の“ウイルスの脅威”との出会いであった.ことに“人類最後の敵”というキャッチコピーは,擦り込みのごとく著者の脳裏に入り込んだのである.
 そして時代は現在である.現在ほど,明らかな“ウイルスの脅威”を人間が意識している時代はこれまでなかったように思える.鳥インフルエンザのヒトでの発症と新型インフルエンザウイルス出現へのおそれが,その意識の中心であるが,HIVや肝炎ウイルスの問題もつねにマスコミをにぎわす時代である.また,ウイルス感染症に対する治療の進歩,ワクチンによる予防法の進歩には目をみはるものがある.それは発癌予防にも及ぶ.
 本別冊ではウイルス感染症研究と対策の進歩と現状を,わが国の第一人者である先生方に,御多忙のなか御執筆いただいた.この場を借りて深謝申し上げたい.読者のウイルス感染症への理解の助けとなれば喜びである.
 序にかえて(小池和彦)
第1章 インフルエンザウイルスの最新動向
1.鳥インフルエンザ発生の世界的現状(谷口清州)
 ・高病原性鳥型インフルエンザ(HPAI)とは
 ・現在までの流行状況
 ・臨床症状と治療
 ・感染経路と感染性
 ・HPAIの予防と対応
 ・おわりに
2.鳥インフルエンザウイルス―ヒトへの感染の分子機構(畠山修司)
 ・A型インフルエンザウイルスの特性
 ・パンデミックウイルスの解明
 ・鳥インフルエンザウイルスのヒトへの適応のプロセス
 ・インフルエンザウイルスの病原性の規定因子
 ・おわりに
3.新型インフルエンザ対策(菅谷憲夫)
 ・大流行(pandemic)とは
 ・H5N1インフルエンザ
 ・抗ウイルス剤備蓄とワクチン開発を進める時期
 ・第1波と第2波
 ・第1波の発病者を抑えることはできない
 ・大流行による死亡者,入院患者
 ・新型インフルエンザに対する抗ウイルス剤
 ・日本のインフルエンザ診療
 ・欧米で進むoseltamivirの備蓄
 ・日本は2,500万人分の備蓄予定
 ・第2波と新型インフルエンザワクチン
 ・プロトタイプワクチン
 ・おわりに
第2章 ウイルス感染症UPDATE
4.SARSコロナウイルス研究の最前線(石井孝司・水谷哲也)
 ・SARS-CoVのウイルス学的特徴
 ・SARS-CoV感染培養細胞で起こる現象
 ・アポトーシスのメカニズム
 ・ウイルスによる細胞増殖の阻害
 ・ウイルス持続感染細胞の確立
 ・シグナル伝達にかかわるウイルスの蛋白質
 ・ワクチン開発の現況
 ・おわりに
5.デングウイルス研究の最前線―デングウイルス感染の足取り,樹状細胞からウイルス進化まで(長谷部 太・森田公一)
 ・デングウイルスと最初に出会うのは樹状細胞
 ・デングウイルス感染様式の多様性
 ・デングウイルスのエボリューション
6.ウエストナイルウイルス感染の拡大(崎智彦)
 ・ウエストナイルウイルスとは
 ・ウエストナイルウイルスの生態
 ・日本におけるウエストナイル熱
 ・アメリカにおけるウエストナイルウイルスの動向
 ・アメリカ以外の世界のウエストナイルウイルスの動向
 ・特殊な感染経路
 ・臨床症状
 ・診断
 ・予防・治療
7.ウイルス性出血熱への水際対応(岩ア惠美子)
 ・ウイルス性出血熱の発生状況
 ・ウイルス性出血熱に対する検疫所の役割
 ・患者の早期発見のための施策
 ・感染患者のための施策
 ・感染予防のための施策
 ・おわりに
8.麻疹ウイルス感染症の動向(中山哲夫・藤野元子)
 ・麻疹ウイルスの性状
 ・麻疹ウイルスの遺伝子タイプの変化とウイルスの性状
 ・麻疹ワクチン2回接種の必要性
 ・麻疹撲滅に向かって
9.ウイルス性感染性腸炎―ロタウイルス・ノロウイルス研究のあらたな展開(小林宣道・鷲見紋子)
 ・ロタウイルス
 ・ノロウイルス
 ・おわりに
10.ヒトパピローマウイルス潜伏持続感染と子宮頸癌―HPV生活環の最新の知見と感染予防ワクチンの開発(神田忠仁)
 ・HPV遺伝子型と疾患
 ・HPVの生活環
 ・HPVによる発癌
 ・HPVキャプシドと感染性偽ウイルス
 ・HPV感染予防ワクチン
 ・L2蛋白質の抗原性とワクチンへの応用
 ・おわりに
11.〔肝炎ウイルス〕JFH-1株を用いたC型肝炎ウイルス研究の進歩(脇田隆字)
 ・JFH-1株の分離
 ・JFH-1株のコア蛋白質発現
 ・サブジェノミックレプリコン
 ・ウイルス培養系の樹立
 ・ウイルス感染の中和
 ・異なるウイルス株の構造領域遺伝子によるキメラウイルスとH77株による感染性ウイルス粒子作製の試み
 ・ウイルスの感染初期過程の解析
 ・ウイルス感染と細胞内インターフェロンシグナル
 ・HCV新規治療に関する研究
 ・おわりに
12.〔肝炎ウイルス〕C型肝炎治療の最前線―より効果的な治療のために(飯野四郎)
 ・C型慢性肝炎の治験成績
 ・Peg INFとRiba併用療法の副作用対策
13.〔肝炎ウイルス〕わが国におけるB型急性肝炎の現状(山田典栄・四柳 宏)
 ・疫学
 ・感染経路
 ・HBV genotype
 ・診断と経過
 ・治療
 ・HBVワクチン
 ・おわりに
14.〔肝炎ウイルス〕B型肝炎治療の最前線―抗ウイルス薬によるB型肝炎の治療(佐田通夫)
 ・B型急性肝炎のあらたな病態
 ・医療の進歩がもたらすあらたな病態
 ・抗ウイルス薬の現状
 ・ラミブジン投与による長期予後
 ・耐性株の出現状況
 ・ラミブジン耐性株に対するアデフォビル併用療法
 ・ラミブジン耐性株に対するエンテカビルの効果
 ・ペグインターフェロンの効果
 ・おわりに
15.〔肝炎ウイルス〕日本におけるE型肝炎(三代俊治)
 ・疫学的様相の概観
 ・感染経路
 ・感染実態の全国調査
 ・診断・治療・予防
16.〔HIV〕HIV感染症の最前線―新規抗HIV薬の開発状況(立川夏夫)
 ・抗HIV療法の現状
 ・抗HIV薬の開発状況
 ・性的接触を介して感染拡大すること
 ・おわりに
17.〔HIV〕AIDS感染予防および治療ワクチン開発の戦略(松尾和浩・山本直樹・本多三男)
 ・抗HIV防御免疫とワクチン抗原のデザイン
 ・感染予防ワクチン開発の現状
 ・AIDS治療ワクチン
 ・おわりに

 ・サイドメモ目次
  Mini-genome assayとは
  Reverse geneticsとは
  レプリコン
  略語解説
  レトロウイルス
  キラーT細胞(CTL)
  ヘルパーT細胞
  主要組織適合抗原複合体
  CRF01_AE