やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 筒井裕之
 北海道大学大学院医学研究科循環病態内科学
 酸化ストレスとは,生体における酸化と抗酸化のバランスが破綻し,酸化に傾いた状態と定義される.生体において酸化反応を担う主要分子はスーパーオキシド(・O2-),過酸化水素,ヒドロキシラジカル(・OH)などの活性酸素である.そもそも活性酸素は,生体が酸素を用いて化学エネルギーを産生する過程で必然的に生じてくる酸化物である.活性酸素は生体の脂質や蛋白質を変性・失活させるとともに,過酸化物を産生させ連鎖的に反応を拡大していく.さらに,活性酸素はDNAの酸化損傷をきたす.その結果,細胞・臓器・生体の機能を障害し,疾病形成に関与する.
 近年,心血管病のリスクファクターである高血圧,高脂血症,糖尿病,喫煙などがいずれも生体の酸化ストレスを増大させることが明らかにされてきた.さらに,酸化ストレスは種々の心血管病の発症・進展において重要な役割を果たしている.したがって,酸化ストレスの制御が心血管病の予防や進展防止に重要であることは容易に理解される.そのためには,生体内において産生される活性酸素を可及的に還元する抗酸化能を高めることがひとつの方法である.さらに,活性酸素の生成そのものを制御することがより的確な防止法となりうる.
 本特集企画の“酸化ストレスの分子機構“と“酸化ストレスの評価法”の章では心血管疾患に限らず基礎的な立場から最新の酸化ストレス研究をご紹介いただいた.“病態形成における酸化ストレスの役割“と“酸化ストレス制御による予防・治療”の章では,臨床的あるいは基礎的な立場から酸化ストレスと心血管病の病態生理・治療に関する研究をreviewしていただいた.読者の皆様には,心血管病と酸化ストレスについての理解を深めていただき,明日からの診療・研究にお役立ていただければ幸甚である.
 最後に,ご多忙ななかご執筆いただいた先生方に厚く御礼申し上げたい.
 はじめに(筒井裕之)
第1章 酸化ストレスの分子機構
 1.NAD(P)Hオキシダーゼと心血管疾患(深井真寿子)
  ・血管壁におけるおもな活性酸素産生系―NAD(P)Hオキシダーゼ
  ・細胞内シグナル伝達因子としての活性酸素
  ・NAD(P)Hオキシダーゼ阻害剤
  ・おわりに
 2.体細胞ミトコンドリアDNAの維持(康 東天)
  ・ミトコンドリアDNA障害
  ・ミトコンドリアDNA体細胞性変異
  ・遺伝情報の維持
  ・ミトコンドリアDNAの高次構造
  ・心筋とミトコンドリアゲノム
  ・おわりに
 3.スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)とグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)(朝日通雄・谷口直之)
  ・スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)
  ・グルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)
 4.チオレドキシンとペルオキシレドキシン―チオレドキシンによるレドックス制御(岡 新一・淀井淳司)
  ・チオレドキシンとペルオキシレドキシンによるシグナル伝達制御
  ・チオレドキシンとペルオキシレドキシンのファミリー分子
  ・チオレドキシンとペルオキシレドキシンの細胞外放出
  ・心血管疾患におけるチオレドキシンとペルオキシレドキシンの役割
  ・おわりに
 5.心血管疾患におけるNOの二面性(高谷具史・横山光宏)
  ・NOの概念
  ・NOの作用
  ・NO合成酵素
  ・細胞傷害におけるNOの二面性
  ・eNOSからのスーパーオキシド産生
  ・eNOS由来のスーパーオキシドと動脈硬化
  ・動脈硬化血管とiNOSおよびnNOS
  ・NOS由来のスーパーオキシドと心不全,虚血再灌流障害
  ・おわりに
第2章 酸化ストレスの評価法
 6.心血管疾患のバイオマーカーとしての白血球酸化ストレス(安成憲一)
  ・白血球の活性酸素
  ・危険因子としての白血球酸化ストレス
  ・高血圧と白血球酸化ストレス
  ・高脂血症と白血球酸化ストレス
  ・抗酸化作用と白血球酸化ストレス
  ・心肥大と白血球酸化ストレス
  ・交感神経と白血球酸化ストレス
  ・おわりに
 7.血漿酸化LDLとその臨床的評価(板部洋之)
  ・酸化LDLの特徴
  ・血漿酸化LDLの測定
  ・血漿酸化LDL値と患者の予後
  ・薬物治療と酸化LDL
  ・今後に向けて
 8.電子スピン共鳴法―生体内酸化ストレスの無侵襲解析(大和真由実・内海英雄)
  ・ESRの基礎と原理
  ・スピントラップ法
  ・スピンプローブ法
  ・生体計測ESR・スピンプローブ法―疾患モデルでの応用例
  ・フリーラジカルの可視化
  ・おわりに
第3章 病態形成における酸化ストレスの役割
 9.酸化ストレスと高血圧(安東克之・藤田敏郎)
  ・高血圧と酸化ストレス
  ・レニン-アンジオテンシン-アルドステロン(RAA)系
  ・アドレノメデュリン(AM)
  ・血管内皮機能:NO
  ・交感神経系
  ・インスリン抵抗性
  ・おわりに
 10.糖尿病血管合併症と酸化ストレス―糖尿病血管合併症の分子メカニズム(山岸昌一)
  ・AGEsによる血管障害の分子機構
  ・食後高血糖による血管障害の分子機構
  ・各経路のクロストーク
  ・おわりに
 11.酸化ストレスと高脂血症(山田信博)
  ・内皮細胞機能,単球の泡沫化
  ・プラークの形成から心血管イベントへ
  ・コレステロールの取込み
  ・酸化 LDLの作用
  ・高コレステロール血症の治療
  ・抗酸化作用をもつ薬剤
 12.酸化ストレスと動脈硬化(倉林正彦)
  ・炎症と酸化ストレス
  ・酸化ストレスと血管リモデリング
  ・動脈硬化を惹起する酸化ストレス誘導性因子
  ・抗酸化ビタミンの臨床エビデンス
  ・ω-3脂肪酸
  ・おわりに
 13.酸化ストレスと虚血再灌流障害(浅沼博司・北風政史)
  ・虚血再灌流障害の発生機序
  ・虚血再灌流障害が惹起する病態―なにが心筋の生死を規定するのか
  ・心筋が不可逆的障害を免れた場合の障害の形態
  ・おわりに
 14.心不全における酸化ストレスの役割(絹川真太郎・筒井裕之)
  ・不全心筋で増加した活性酸素の役割
  ・心不全における運動耐容能低下と骨格筋異常
  ・心不全における骨格筋異常を生じる要因
  ・おわりに
 15.酸化ストレスと脳梗塞―酸素毒性から脳を守る新しい戦略(阿部康二)
  ・脳の循環代謝特性
  ・酸化ストレスと脳梗塞
  ・酸化ストレス軽減による脳梗塞治療
  ・抗高脂血症薬スタチンと降圧薬ARBの酸化ストレス軽減効果
第4章 酸化ストレス制御による予防・治療
 16.運動と酸化ストレス(沖田孝一)
  ・運動と健康―酸化ストレス(パラドクス)
  ・運動時の酸化ストレス
  ・酸化ストレスの制御(抗酸化酵素・抗酸化物質)
  ・運動トレーニングと酸化ストレス制御
  ・ROS産生の低下
  ・抗酸化酵素の増加
  ・運動と健康・寿命のパラダイム
 17.スタチンの抗酸化作用(平瀬徹明・野出孝一)
  ・スタチンによる活性酸素種の産生抑制
  ・スタチンの抗酸化酵素誘導作用
  ・NOの生物学的活性に対するスタチンの作用
  ・おわりに
 18.カルベジロールの抗酸化作用―抗酸化作用はその臨床効果に寄与するか(吉川 勉)
  ・交感神経と酸化ストレス
  ・カルベジロールの抗酸化作用に関する基礎データ
  ・カルベジロールの抗酸化作用に関する臨床データ
  ・おわりに
 19.レドックス制御におけるTfamの役割(井手友美・砂川賢二・筒井裕之)
  ・Transcription factorとしてのTfam
  ・NucleoidとしてのTfam
  ・TFAM欠損マウスおよび過剰発現マウス
  ・Tfamの発現および制御と核-ミトコンドリアのinteraction
  ・おわりに
 索引
 ・サイドメモ目次
  筋萎縮性側索硬化症(ALS)
  NO研究の歴史とノーベル賞
  酸化ホスファチジルコリン(酸化PC)
  仙台カクテル
  アポトーシス
  炎症性サイトカイン