やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

緒言
 糖尿病は生活習慣に関連する疾患の代表であり,とくに人口の高齢化,社会環境の悪化,ストレスの増大,運動不足,食事内容の西欧化などは糖尿病の罹病率,有病率の増大につながっている.一方,近代医学の進歩は目覚ましく,新しい病態解析法は分子生物学的領域に及び,病因や代謝の新しい局面を拓きつつある.とくに,1980年来,永らく世界的に使用されてきた糖尿病の診断,病型分類(WHO)も,近年の医学的知見の進歩と病態解明の結果,改める必要性に迫られ,インスリン依存型糖尿病(IDDM)を1型糖尿病とし,インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)を2型糖尿病に改めて統一することが提案された.このことより,本書においても新しい用語に統一して記述することにした.また,診断基準についても同様の配慮を行うことにした.
 さらに,新しい薬剤が開発されるに及び,糖尿病の臨床もいまや転換期にあるといえる.しかし,糖尿病の予防と治療の基本は,従来よりいわれてきたように,食事,運動,休養を中心とした生活指導であり,それを補完し,さらに病態の回復をもたらす薬物治療である.なかでも,栄養食事指導の重要性は不動なものであることはいうまでもない.
 日本糖尿病学会では早くからこの指導に重点をおき,『糖尿病食品交換表』を作成し,患者教育の一環としてきた.とくに,昭和40(1965)年以来長くこれをガイドラインとして使用して患者治療に貢献してきた.この長い歴史をふりかえってみると患者教育のむずかしさを感じるが,食生活は個人の疾病対策とともに,個人のQOLと食文化を含めて考えねばならない.『糖尿病食品交換表』による食事指導のみでは,ある者はよく理解し,またある者はいまだ難解だとし,実際にはあまり使用できないとする者もある.
 私たちは最近の栄養学,食品学,消化吸収機構や代謝学の進歩をふまえた新しい栄養食事指導を糖尿病の予防と治療に応用すべきであると考え,また,現在の食生活の変動は著しく,実生活に応用できるものであるべきとの考えで,本書を企画した.実際臨床にあたる医師をはじめ,栄養士,看護士などの医療専門職すべての方々に理解しやすく,かつ栄養食事指導のガイドラインとなるよう配慮したつもりである.執筆した私たちは,日夜実際の臨床指導に当たり,実地に即した栄養食事指導の必要性を痛感している.本書はその体験からなされたものである.
 あくまでも患者にわかりやすく,治療の目的を達成できることを最重点とすることにした.したがって,いまだ不完全であるが,少しでも実際に役立つ新しい栄養食事指導の参考書となることを願っている.
 諸兄諸姉のご助言をいただきたいと考えている.
 1999年6月
 編集代表者
 馬場茂明


第2版改訂にあたって
 『糖尿病の食事指導マニュアル』の初版を出版したのは1999年7月であった.早くも5年の年月が流れたが,その間に糖尿病学の病因研究,新薬の出現,各種の診断技術の急速な進歩がみられた.さらに21世紀の医療は,治療技術の進歩とともに,糖尿病の予防・介入研究に,また医療経済として,費用便益性が強く望まれるようになった.
 とくに,2002年11月に5年ぶりに実施された糖尿病実態調査報告書が厚生労働省から発表され,その結果は糖尿病が強く疑われる人は約740万人,糖尿病の可能性を否定できない人を合わせると約1,620万人となった.このことはわが国の糖尿病施策に対して,さらなる積極的チーム医療と個人のセルフマネージメントの自己責任についての警告ともいえるものであろう.
 しかし,糖尿病治療,あるいは予防介入の基本となるのは食事療法,運動療法,心のケアと休養であることは変わらないが,多くの予防介入は生活習慣の改善,向上が重要であることを示している.
 ライフスタイルは代謝機構に強く影響していること,なかでも,食事と運動の意義が次第に明白となり,また人間生活と健康への行動変容にも強く関与していることが明らかとなった.
 初版から5年の年月を経て,食事療法,運動療法が新しい理念と臨床医学,健康医学への基礎として,ますます重要となってきたといえる.ここに大幅の改訂を行い,『フードガイドピラミッドによる糖尿病の食事指導マニュアル第2版』と改題し,新しい臨床栄養学にもとづく指導マニュアル書として内容を一新させることとした.
 諸兄諸姉のご支援とご教示を得て,本書がチーム医療としての臨床糖尿病学に寄与することを希望するものである.
 2004年3月
 編集代表者
 馬場茂明


第2版発行にあたって
 時代とともに大きく変わる糖尿病臨床に対応するために本書を企画・編集された馬場茂明先生は,この第2版の発行を前に残念ながらその思いを成されることなく2004年3月逝去された.しかし,本書の完成のほとんどが生前に成されていたことは幸いであった.
 2004年12月
 執筆代表者
 南部征喜
第2版改訂にあたって
緒言

■総論編
I 糖尿病の食事指導の重要性
 1.現代の食環境の変化を考慮に入れた食事指導法
  1.基本を取り入れた食事指導
  2.現代生活の実態にあわせた食事指導
 2.糖尿病の増加と予防のながれ
 3.糖尿病の一次予防
  1.1型糖尿病の一次予防
  2.1型糖尿病の予防の実際
  3.2型糖尿病の一次予防
 4.糖尿病の二次・三次予防
 5.糖尿病の二次・三次予防の経済効果
 6.食生活と糖尿病の予防
  1.食品成分と健康
  2.食物によって糖尿病の予防は可能か
  3.天然抗酸化スカベンチャーと疾病予防
  4.食事指導は行政的健康施策
II 患者教育の基礎知識
 1.慢性疾患との取り組み
  1.健康教育のための保健医療システム
  2.医師と患者との関係
  3.コンプライアンスとアドヒアランス
  4.慢性疾患患者の心理
 2.糖尿病教育を進めるにあたっての注意点
  1.5つのキ(動機,やる気,根気,暗記,負けん気)
  2.動機づけへの働きかけ
  3.ライフスタイルの把握
  4.learning-forgetting症候群
  5.視力障害者の意識調査から
 3.患者の行動に影響する因子
  1.心理・行動科学的アプローチ
  2.患者の受容に至る過程
  3.自己管理における主体とその対応
  4.ヘルスビリーフモデル(health belief model)の応用
  5.患者の行動に影響する因子―食事療法をめぐる検討
 4.チーム医療の考え方
  1.チーム医療のあり方とチームメンバーの課題
  2.医療側の不規則発言とその波紋
 5.実地臨床の場での留意点
  1.糖尿病コントロールのための3E(education,exercise,evaluation)
  2.自己管理とその評価
  3.良い患者と悪い患者(医療側からの分類)
  4.治療中断例への対応
  5.病診連携の進め方
■各論編
III 糖尿病コントロールの目標
 1.代謝指標としてのHbA1c,血糖値の基準値
  1.HbA1c
  2.空腹時血糖値
  3.食後血糖値
  4.就寝時血糖値
 2.合併症の予防,治療のための基準値
  1.体重管理
  2.血圧管理
  3.脂質管理
 3.妊娠糖尿病の基準値
 4.長期コントロールの基準
IV 食事栄養指導の実際
 1.人の栄養素学から栄養学への転換
  1.臨床栄養と公衆栄養
  2.専門的知識の統合
 2.日本人のためのフードガイドピラミッドによる食事栄養指導
  1.日本人のためのフードガイドピラミッドとその使い方
  2.フードガイドピラミッドの分類
 3.食事記録表の活用
 4.適正な摂取エネルギー量の決め方
 5.運動と休養
  1.運動の意義と実際
  2.休養の意義
V 食事栄養指導の評価
 1.食事栄養指導による評価法と患者への説明
  1.食事栄養指導の総合判定
  2.初診時の対応
  3.入院時と退院時の対応
  4.食事栄養指導の評価とビジュアル(図示)化
 2.食事栄養指導のケース・スタディと評価
 3.診療録(カルテ)による治療効果の判断
  1.栄養治療の開始前のカルテからの情報
  2.栄養治療中のカルテからの情報
 4.食事栄養指導の具体症例
 5.食事栄養指導のための教材
  1.言葉(話し方)
  2.教材(媒体)の意義
  3.教材の種類
  4.教材使用の注意
  5.具体的な教材の特性とつくり方
  6.既存の教材
  7.実践的な指導方法
VI 新しい治療と予防へのアプローチ
 1.健康のための人間行動5原則
 2.ライフスタイルと健康
 3.ライフスタイルと体内時計
 4.糖尿病の治療と予防をめざして
VII 糖尿病療養指導士の役割と責任

付録
 付録1 調味料の重量目安とエネルギー量・塩分量
 付録2 アルコール飲料のエネルギー量
 文献
 索引