やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 人類がツボを体表に見出してから2000年以上の年月が経った.その間,幾多の部位が検討され,幾多の本が書かれてきた.その目的は,経穴部位の伝承のためや,その解説,ツボの研究成果など様々である.(第一次)日本経穴委員会が選んだ代表的な経穴書だけでもその数は59点にのぼる.では,WHO/WPRO(西太平洋地域事務局)が2008年5月に発刊した“WHO STANDARD ACUPUNCTURE POINT LOCATIONS IN THE WESTERN PACIFIC REGION”は,21世紀初頭の経穴部位の書として,歴史の中の一書籍に位置づけられるか否か,今後の鍼灸学の歴史が選択するであろう.
 本書は平たく言えばツボの本である.しかし,「ツボの部位」紹介の本ではない.「ツボの効能」の本でもない.WHO/WPRO主導で2003年10月から始められた経穴部位標準化の過程で,部位を定めるに当たり,何を根拠に,どのような検討がなされたかを著した本である.
 今回の標準化は,「古典と現実を尊重する(上掲,WHO/WPROの本中のガイドライン)」という原則に従うものである.そのため,古典を検討することと,現在日中韓で使用されている教科書や標準的な書籍を比較検討することから作業が始められた.そこで本書では,その比較のもととなったそれら現代の書籍と古典籍のいくつかを示し,さらに,部位を確定した根拠は何だったのか,11回を数えた経穴部位検討会議の間にどのような論議が行われたのかを,会議の流れに沿って解説した.こうして,読者が部位決定に至った根拠を検討するときの,材料と考え方が明示されたことになる.
 しかし,歴史的に見ると経穴部位は1つではないし,ツボの名称においても複数あるものが多い.そのどれを採用するかは,どの書籍を根拠にしたかに大きく左右される.名の通った書籍に記載された部位をまずは選びたくなる.だが,その一方で,臨床家であれば,書籍ではなく臨床経験に強く左右される場合も少なくないであろう.その意味では,経穴部位は,書籍のみではなく,臨床上の検討を踏まえる必要がある.もし,臨床上の経験を根拠にするのであれば,その部位の有効性を何カ所かで比較検討する必要が出てくるであろう.現代で最もエビデンスが高いと認められる検討方法は,RCT(Randomized Controlled Trials;ランダム化比較試験)に則ったものということになるであろうから,RCTの実施が求められる.しかし,さらに考えると,そのような臨床的な有効性を裏づける体表の部位であれば,それが,解剖学的にどのような構造をしているかを特定すべきであるという思いがでてくる.したがって,臨床的に,あるいは生理的,機能的に,部位を比較することと同じくらい,解剖学的な構造決定が必要であることも明白である.
 今回は,書籍,特に古典籍を踏まえた比較検討を行ったが,今後は,上記のように生理学,解剖学,あるいは臨床学的に検討することが求められるようになるであろう.その際には,まず,基準となる部位が必要であり,その基準部位に対して,比較検討する部が選ばれ,比較の結果,より正確な部を確定していくという作業をすることになる.そのためには,今回定めた基準となる標準部位の意義が非常に大きいことになる.その意味では,古典を踏まえつつ,現代の手法で実証するという基本姿勢を今後も保ちながら,より正確な経穴部位が見出される研究が生まれてくることを期待するものである.
 平成21年5月
 筑波技術大学保健科学部教授
 第二次日本経穴委員会委員長 形井秀一

推薦の序
 『詳解・経穴部位完全ガイド』が,この度,医歯薬出版から発刊される運びとなった.まずもって本書の編集・執筆にあたった第二次日本経穴委員会(委員長形井秀一)の諸先生方に心から敬意を表する.本書は経穴研究にとって不可欠な専門書であり,本書の出版は,歴史的にも大変意義深いことと考えている.
 まず始めに本書の意義を理解していただくために,経穴部位標準化に向けた第一次日本経穴委員会から第二次日本経穴委員会までの経過を振り返ってみることにする.
 経穴部位標準化に向けた国際的な活動は,1965年4月,日本経穴委員会の設立によって開始された.同年10月,第1回国際鍼灸世界学会において第1回国際経絡経穴委員会が開催され,経穴部位標準化について合意がなされた.それを機に経穴部位の標準化に向けた作業が開始された.その作業のひとつとして1978年から経穴に関する古医書55編の経穴ごとの部位について調査が開始された.その成果は,『経穴集成』(日本経穴委員会調査部編集,1987年)として発刊され,今も経穴研究の貴重な資料となっている.しかしながら,わが国の真剣な取り組みにもかかわらず経穴部位標準化に向けた国際的な活動は行われることはなかった.
 その活動が活発化したのは1981年になってからであった.WHOの要請を受けて昭和大学医学部坂本浩二教授が世話人となり,WHO/WPRO(西太平洋地域事務局)局長中嶋宏氏と日本経穴委員会および同専門委員会による第1回の会議が開かれ,これを契機として日中間で経穴部位標準化に向けた作業が精力的に進められた.その甲斐あってようやく標準経穴部位の決定の運びとなったが,最終段階で合意を得るに至らなかった.その過程でまとめあげられたのが『標準経穴学』(日本経穴委員会編,医歯薬出版,1989)であった.当委員会会長の木下晴都先生はその序に「国際的な標準として一歩接近した経穴学が完成したと信じている」と記したように,「経穴部位標準化」は近年の経穴部位学の研究書として上梓された.今もその本を開けば,客観的に経穴部位を定めようとした第一次日本経穴委員会の熱意が伝わってくる.
 その後,日本経穴委員会は解散し,その作業は32全日本鍼灸学会に引き継がれたものの経穴部位標準化に向けた国際的活動はもはやないものと考え,経穴の科学的研究に関する文献調査へと進んでいった.ところが2003年WHO/WPROから経穴部位標準化に向けた非公式会議(マニラ,10月)を開催したいとの連絡が入り,筆者と黒須先生(全日本鍼灸学会参与,WFAS副会長)が日本代表としてその会議に出席することになった.その会議では日中韓で経穴部位標準化にむけた作業を再開することが合意され,帰国後は第二次日本経穴委員会設立の準備に取りかかった.各団体の理解を得て,正式に第二次日本経穴委員会が組織される運びとなり,日中韓で精力的に作業が進められるようになった.一穴一穴,その部位について学術的な論争を展開しながら経穴部位を決定するといった大変困難な作業を積み重ね,2006年,経穴部位標準化という偉業をついに成し遂げた.標準化された経穴部位は,2008年『WHO STANDARD ACUPUNCTURE POINT LOCATIONS IN THE WESTERN PACIFIC REGION』として出版された.
 本書は,経穴部位を標準化するにあたっての学術的な根拠を整理した経穴部位学の書である.本書では,経穴ごとに日中韓の教科書の記載,基準とした古医書の記載を挙げ,経穴部位の決定に至る過程を簡明に解説している.本書も経穴研究の学術書として,先の『標準経穴学』がそうであったように,次世代における経穴研究へと繋ぐ役割を担うことであろう.
 また本書に掲載された真柳誠先生による「経穴部位標準化の歴史的意義」は,経穴の標準化の歴史的変遷を知る上で貴重な論文である.真柳先生は,その中で経穴の標準化への取り組みは3回行われたと記している.第1回目は「概念レベル」での標準化,第2回目は「学説レベル」での標準化,第3回目は「国家レベル」での標準化であったとし,それらの標準化は未科学を疑似科学で覆ったに過ぎなかったことを指摘している.歴史的にみれば今回の経穴部位標準化作業は第4回目にあたるが,これまでとは異なり,客観性を備えた標準化であるとして,真柳先生は高く評価している.そして,そのことは「伝統技術が現代に継承され,さらに確固たる科学技術として発展・深化・普及する歴史をまさしく典型的に示している」と経穴部位標準化の意義を明確に示した.
 本書の出版には,上記したように経穴部位の標準化にむけて国内外の多くの人々が関わっている.また真柳先生が指摘したように経穴部位標準化の歴史的意義は大きい.それだけに本書は,「経穴部位学」の専門書として大変貴重であり,価値を有するものである.したがって,鍼灸研究および鍼灸医療に携わる多くの人々に本書を是非読んで頂きたい.そして,次なる課題である経穴機能学への構築に向けた経穴研究へと発展させて頂きたいと切に願うものである.いつの日か,経穴の機能(作用)を科学的根拠によって記述された経穴学の専門書が出版されることを確信している.それは,最終段階での経穴の標準化であり,そのことをもって「経穴学」は完成したといえよう.
 平成21年4月春爛漫の日
 明治国際医療大学鍼灸学部教授 矢野 忠
 序文
 推薦の序
 本書を読むにあたって
序章 体表医学の象徴としての経絡・経穴
WHO/WPRO標準経穴部位のガイドライン概説
1.手の太陰肺経(LU)
2.手の陽明大腸経(LI)
3.足の陽明胃経(ST)
4.足の太陰脾経(SP)
5.手の少陰心経(HT)
6.手の太陽小腸経(SI)
7.足の太陽膀胱経(BL)
8.足の少陰腎経(KI)
9.手の厥陰心包経(PC)
10.手の少陽三焦経(TE)
11.足の少陽胆経(GB)
12.足の厥陰肝経(LR)
13.督脈(GV)
14.任脈(CV)
 図版一覧
 古典文献と略名一覧
 古典解剖用語の解説
 経穴部位標準化の歴史的意義(真柳 誠)

 索引
  一般索引 経穴索引
 解剖用語と経穴部位