やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 序
 『逆子の鍼灸治療』の初版を発刊してから,8年が経過した.この間日本では,運動器疾患領域の鍼灸治療だけではなく,産婦人科領域,内科領域,心身医学領域の鍼灸治療に目が向けられるようになり,また,それらの領域の臨床に取り組む鍼灸師が増加したのではないかと推察されるが,本著がそれらの変化の一端を担う役割を果たせたのではないかと思う.
 また,本著初版の出版をきっかけに,本著の執筆に関わった4施設で多施設症例集積を行い,将来多施設でRCTを行う準備を進め得たことは特筆すべきことであった.しかし,この研究は,現時点ではまだ症例集積の段階に留まっている.だがその一方,4施設の一つである,せりえ鍼灸治療室の辻内氏が,横浜の産科医院の協力を得て逆子の鍼灸治療の有効性の検討をRCTで行った.だが,症例数が十分集まらず,明確な有効性を導き出すことはできなかった.しかし,多施設症例集積を試みたグループからRCTを試みる人材が出てきたことは,日本の臨床研究の歩みの一つの成果といえるであろう.
 上記のように,この8年間に,日本の「逆子の鍼灸研究」分野は一定の試みを行ってきた.残念ながら改訂版発刊までに日本でのRCT実施の成果を得ることはできなかったが,鍼灸の有効性を検討するうえで,これまで曖昧であった問題のいくつかに新たな知見を得ることができた.それらの結果も踏まえた新たな内容も盛り込んで,逆子の鍼灸治療の改訂版を上梓する.
 本改訂版は,初版の内容に加え,以下のような新たな内容が盛り込まれた.
 1.逆子の鍼灸治療のEBMについては,海外文献を東原氏にまとめていただいた.
 2.逆子の鍼灸治療の安全性については,新たに,鍼灸治療中の破水症例,仰臥位性低血圧症候群の問題,NST(ノン・ストレス・テスト)でモニタリングした循環動態,等で得た内容を踏まえ,考察した.
 3.逆子の治療の進め方については,初版には,1施設の治療法を中心に掲載していたが,他の施設で行われている治療法についても掲載し,臨床家が逆子の鍼灸治療を取り入れようとする際の参考とした.
 4.逆子の鍼灸治療の臨床研究については,基本的な内容に変更の必要がないと判断した執筆者は,語句等の訂正のみを行った.研究成果を新たにして変更を希望した執筆者は,部分的な書き直しや全面的な書き直しを行った.また,(1)骨盤位を指摘されてから鍼灸治療開始までの期間,(2)初診時妊娠週数,(3)矯正にマイナスな影響を与える疾患(矯正不成功要因),(4)妊娠中の不定愁訴,などと鍼灸治療効果の関係については,新たな知見を踏まえた論文を追加,掲載した.
 5.さらに,逆子の鍼灸治療について,妊婦やその家族など関係者がもつであろう疑問に対し「Q&A」形式で回答するページを付録として設けた.このQ&Aは,逆子の妊婦に質問を受けた際に治療者が的確な回答するのに役立つであろう.しかし,産科医,助産師,看護師などのコメディカルスタッフが,逆子の妊婦さんに何かよい方法がないでしょうかと相談された時に,鍼灸を紹介するか否かを判断する際にも大いに利用できるものと考える.
 6.そして,もう一点あげるならば,逆子の鍼灸治療のための「手引き」を付録として,巻末に掲載した.その冒頭にも述べたが,有効な逆子鍼灸治療が安全に実施されるためには,ガイドラインが作成されることが必要なことであると考えるが,現時点では,厳密な意味のガイドライン作成には,今後さらに研究を重ねていく必要があるので,現時点では,「手引き」として作成したものである.鍼灸治療を実施する際に知っておくべきこと,踏まえるべきこと,気をつけることを「手引きとして」掲載している.
 日本では,人口減少に歯止めがかからない,また,保育所問題,義務教育である小中学校での不登校の問題,青壮年の就労環境の問題,高齢者の健康問題,などなど,人が生まれてから死ぬまでのさまざまな問題,なかでも,人生の早い時期が決して楽観できない社会状況にある.このことは,産む主体である母親がどのような妊娠期と分娩と産後を過ごすのかということと実は,非常に深い関係にあり,それらの乳幼児期から就学期の社会状況は,妊娠期のあり方にも関係しているといえるであろう.逆子を経膣で産むか,帝王切開するかなどは,回答が明確な決まり切ったことのように思われるかも知れないが,人間の生の始まりの時の母胎内での胎児の宿り方,その結果としての分娩のあり方一つとっても,決して事は簡単ではない.
 産む立場,生まれる立場は相対するのではなく,同じ立場の異なる側面に過ぎない.
 母親が望む妊娠期や分娩方法を選択することは,母親にとっては人生途上のことであるが,胎児にとっては,人生の始まりの一つ前の,始原の時代のことである.その時代を如何に過ごせるか,逆子の鍼灸を行うとは,そのことに強くかかわる行為であろう.
 2017年5月
 形井 秀一



発刊に寄せて
 東洋医学と出会ったのは約半世紀近く前のジャカルタでした.到着から間もなくで不慣れな上に環境に適応できず微熱と倦怠感に悩まされている時,連れて行かれたのが漢方医のところでしたが,聴診器を当てるわけでもなく(もっとも聴診器など見当たらなく),普段着を着た初老の男性に脈をとられ,口を開けただけ.処方箋は古い色あせたノートの切れ端に漢字で何か書いてあるだけ.漢方薬局で頂いたものは,なんだか枯れ草の中に木くずが混じったようなもので,これを煎じて飲んだのがこれまた「まずい」.ところが数日したら何となく元気になったようで倦怠感も遠い彼方へ.当時は,東洋医学も西洋のホメオパシーもどんなものなのかの知識もなく,疑心暗鬼でした.
 時を経て,助産院を開業し,日々の助産診療の中で一番困ったのは,逆子になったときです.産科医療が安全を第一とする方針のため,助産院では逆子の分娩には手を出さない傾向が進んでいます.せっかく妊娠後期まで回を重ねたお互いのコミュニケーションにもかかわらず帝王切開のため転院を余儀なくされるケースには非常に心が痛みます.そんな折,人を介して紹介されたのが中国医学の専門家でした.彼から教わった至陰のツボへのお灸をすると本当に逆子が治るのです.しかし,私は鍼灸師ではなく助産師ですから,患者さんにお灸は出来ません,そんな時に出会ったのが本書の編者,形井秀一先生でした.
 その後公私ともにお世話になり,逆子や妊娠中の腰痛,その他更年期障害,不定愁訴等々ご迷惑も顧みず何でもお願いするようになりましたが,患者さん達から「東洋医学ってとっても丁寧ですね」とか「目の前が開けて明るくなりました」という言葉が返ってきています.それは今までの西洋医学,とくに3分診療が当たり前となっているような病院との比較かもしれませんが,やはり問診,脈診などを主とする東洋医学の長所なのかなとも思います.
 本書は編者の人柄も汲みとれるような文章で,漢方医学の歴史から始まり,東洋医学の専門外の方にも理解できるような図や写真入りの詳しい説明と,丁寧な分析および文献やデータが集められており,学術書とはいえ楽しく読み進むことのできる教科書でもあります.私達助産師はどちらかといえば西洋医学中心の教育を受けていますので思考がそちらに偏っている面も否定できませんが,そのような垣根を越えて医療の現場にいる人々に目を通してほしい一冊だと思います.今後,東西医学がもっと合流を重ね,今まで実証できにくかった身体のメカニズムを解明することにより,今以上に逆子妊婦さんの帝王切開率が減少すれば,安全で快適な出産への誘いも増えるでしょう.また,科学の力だけでは解決できない種々の現象の解明へとつながってゆくのではないかとも期待します.そのためにもこの一冊が,是非産科医,助産師,鍼灸師の方々のお目にとまるように祈念いたします.
 助産院ベビーヘルシー美蕾
 瀬井 房子




 人類史の途上で,逆子出産が母子ともに多くの悲劇を刻んできたであろうことは容易に想像できる.産婦人科学の発達がその危険性を可能な限り最小限に抑え,死亡率の減少に繋がっている事もその通りである.
 しかし,それでもなおかつ考えることは,母体が産み,新生児が生まれる力を何とかもっと活かせないかということだ.もちろん,人間の力に限界があることは十分承知している.医学はその限界を人間の知能と技術で広げようとしてきた.現在の到達点が(人類が作り上げた)医学の偉大な成果であることに疑いの余地はない.西洋医学が人類の知識とそれを活かす能力の結晶であると表現することに躊躇はない.だが一方で,人間自らの持つ力が現代ほど軽んじられた時代はこれまで無かったであろうとも考える.肉体の治癒力が軽んじられた分だけ医学が肩代わりするが,そしてその肩代わりのおかげで健康な生活ができるのであるが,しかしそれは己れ自身の真の力なのか?と心許ない.
 私が産婦人科の問題に取り組み始めたのは20年以上前のことである.故石野信安先生に産婦人科の鍼灸を学んだり,「親と子と健康の会」という勉強会を月2回開いて,親子の健康について父親や母親,また子どもも交えて学習もした.それらの活動を通じて,「安産灸」や漢方薬に関することと,妊娠中に自分でお灸をすえ続けて出産された方々の経験を手記としてまとめたものが『自然なお産がしたい』(文化出版局)であった.1988年の出版であったが,それ以前の活動を入れると20年どころか30年近い東洋医学の産婦人科との関わりがあったことになる.
 1992年からつくば市にある筑波技術大学の外来(現 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター)で鍼灸治療を行うことになったが,つくば市や周辺の市町村の助産師や産婦人科医の方々の協力のおかげで,産婦人科の患者さんが徐々に来院されるようになった.とくに逆子の妊婦さんについては,数百名の方々を治療させていただいた.そんな中,逆子の治療をしながら,逆子の鍼灸治療について分かりやすく説明しようと努力するが,なかなかゆっくりした時間が作れないのが実情であった.そこで,『逆子の鍼灸外来のQ&A』パンフレットを作成して説明のかわりに読んでいただこうと準備を始め,2005年にパンフレットはできあがった.
 しかし,それでもまだ問題があった.それは,妊娠週数35週位になって,インターネットで調べたり,友人から聞いたりして来られる妊婦さんの逆子の回転率がどうしても低いことであった.もう少し早い週数に来ていただければ,もっとよい効果があっただろうにと思い,早く来ていただくにはどうしたらよいのかという問題を解決しなければならないと考えた.また,遠方の妊婦さんが遠路来院されなくても,スムーズに治療を受けていただくにはどうしたらよいか,ということも課題であった.
 それには,より多くの方々に逆子の鍼灸治療を知ってもらう必要がある.とりわけ,医師や助産師に逆子の鍼灸治療の有用性を知っていただき,適切な時期に最寄りの鍼灸治療院で治療を受けるよう逆子の妊婦さんにすすめていただくことが重要である.その際問題となるのは,医師や助産師に逆子の鍼灸治療を知っていただくにはどうするかということと,逆子の妊婦さんを紹介された鍼灸師が適切な施術や生活指導を行うことが出来るかということである.それには,鍼灸師のためのまとまった本を書かなくてはいけないとも強く思うようになった.逆子の鍼灸治療を試みようとする鍼灸師が1人でも多く現れ,日本中の妊婦さんに福音をもたらすことが出来れば,著者としても幸いである.そのような願いを込めて,この書を世に送り出したいと思う.
 ところで本著は,先に述べたように,私の外来グループで作成した『逆子の鍼灸外来のQ&A』や学会等に発表した原稿を元にしたが,その他に2004年から3年近く『鍼灸の世界 豊桜』(桜雲会)に連載した産婦人科の鍼灸に関する原稿も下敷きにさせていただいた.連載を下敷きにすることをご快諾いただいた桜雲会の高橋昌巳先生に厚くお礼申し上げたい.またさらに,2006年7月に筑波技術大学で行った「逆子研究会」で発表された内容やその時参加された方々が執筆された症例集積なども第V章に掲載させていただいた.それらの症例集積によって,逆子の鍼灸治療の有効性を検討する際に非常に重要なデータをご提供いただいた.執筆していただいた先生方には,本当に感謝申し上げたい.また,2008年2月に,『レディース鍼灸』(医歯薬出版)を共同執筆し,産婦人科全般の鍼灸についてまとめさせていただいたが,本著はその本が対象とした疾患のひとつである逆子を取り上げて詳細に解説した形になった.今後も,同様の主旨で産婦人科領域の個々の疾患に関する詳細な本が出版され,産婦人科領域の鍼灸治療がより多くの方々のお役に立てるようになることを期待するものである.
 本を出版することは子どもを世に送り出すようなものだと例えられるが,本書の出版は本当に難産だった.医歯薬出版に相談した時も果たして出版を引き受けてもらえるか心許なく,また私の筆の遅い事で思わぬ時間がかかってしまい,3年間が過ぎ去った.執筆中,胎児の状態だった本著は,骨盤位(逆子)と頭位を繰り返していたに違いない.その上,分娩時間が長く難産の末の出産となってしまった.
 ともあれ,本著を何とか出産させ,出版する事が出来た.この本が皆さんの目に触れ,この本を手にしていただき,少しでも逆子の鍼灸治療についてご理解いただければ,逆子で困っておられるお母さん方の何らかのお役に立てるものと考えている.是非この本を活用して,1人でも多くの妊婦さんと胎児が逆子の状態から抜けだし,経膣で自然な分娩を迎えられることを期待している.
 2009年5月
 筑波技術大学保健科学部
 形井 秀一
 第2版 序
 発刊に寄せて
 初版の序
I 現代日本の鍼灸の現状
 (形井秀一)
 1 痛み治療中心の戦後の日本鍼灸
II 東洋医学にみる逆子(産婦人科領域の鍼灸史)
 (形井秀一)
 1 妊娠・分娩に関連する鍼灸の歴史
 2 東洋医学にみる妊娠と分娩
 3 逆子の概念と鍼灸
III 現代の逆子の概念と鍼灸治療─EBM,メカニズム,安全性─
 1 現代の逆子の概念(形井秀一)
 2 骨盤位に対する鍼灸治療の日本におけるEBM(小井土善彦,形井秀一)
 3 逆子の鍼灸治療の海外文献について(東原亜希子)
 4 逆子の鍼灸治療効果のメカニズム(形井秀一)
 5 逆子の鍼灸治療の安全性(形井秀一)
IV 逆子の鍼灸治療の進め方
 (形井秀一)
 1 逆子の鍼灸治療における診察の実際
 2 逆子の鍼灸治療の方法
V 逆子治療を安全でより確かなものにするために
 (形井秀一)
VI 逆子の鍼灸治療の研究
 1 医師からみたさかごの鍼灸治療─安全性と効果と奏効機序─(林田和郎,林田綾子)
 2 産科医院における鍼灸治療(渡邊聡子,山田鑑照,朝元健次,加藤久典)
 3 骨盤位の鍼灸治療の適正な受診週数と安全性について(辻内敬子)
 4 産科から紹介された逆子の鍼灸治療─共通カルテでの検討と証に従った治療─(酒井 厚)
 5 不妊治療で妊娠した妊婦の骨盤位に対する鍼灸治療(木津正義,鈴木裕明)
 6 骨盤位の鍼灸治療の矯正に骨盤位期間が与える影響について─鍼灸治療受診時に自然変換していた群と骨盤位群の比較─(辻内敬子)
 7 骨盤位患者に対する鍼灸治療の効果─初診時妊娠週数別の矯正率─(鈴木陽子,刑部香里,佐々木奈央,他)
 8 矯正不成功要因のある骨盤位患者に対する鍼灸治療について(形井秀一,刑部香里,佐々木奈央,他)
 9 骨盤位の鍼灸治療と妊婦の不定愁訴(山岸純子,梅田卓弥,前田尚子,他)
VII 逆子の鍼灸治療を受けた患者の結果と印象─アンケート調査─
 (岩間かおる,形井秀一,小井土善彦,辻内敬子)
骨盤位の鍼灸治療の手引き 2017年版

 参考図書・文献
 索引

 巻末付録 逆子矯正のための鍼灸治療について Q&A