やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 周産期は,産後うつ病をはじめとして,メンタルヘルスの不調をきたしやすい時期です.この時期のメンタルヘルス不調は,母親のみならず子どもの養育など,家族の問題にもつながります.母子保健関係者は,母親のメンタルヘルス不調に早く気づき,対応していく必要があります.メンタルヘルス不調の母親には,周産期の管理で産科医や助産師,乳児健診やワクチン接種で小児科医,保健相談で保健師,治療で精神科医というように多職種がかかわります.しかし,どのようなスタンスでこころの問題をもつ母親にかかわるかはそれぞれの職種によって異なり,対応もまちまちです.使う専門用語も異なりますし,また,多くの場合,他機関の専門職とかかわる機会が少ないのが現状です.
 メンタルヘルス不調の母親にどのように「気づく」のか,どこに「つないで」いけばよいのか,そして,どのように「支える」のか,道筋がないところに問題があります.本書では,「気づく」「つなぐ」「支える」の3つの視点から,こころの問題をもつ母親の支援について解説していきたいと思います.
 本書の執筆にあたっては,精神科を専門としていない母子保健関係者を対象として,母子保健領域におけるメンタルヘルスの問題をできるだけわかりやすく解説するように努めました.精神科の専門的な内容についてくわしくお知りになりたい方は,成書をご参照いただければと思います.
 本書では,メンタルヘルス不調の母親やその子ども・家族への支援の例が書かれていますが,本書で述べられているような対応が当てはまらない場合ももちろんあります.個々のケースへの対応については,それぞれの臨床場面での専門的な判断が最も重要と考えられます.周産期のメンタルヘルスにかかわる母子保健関係者が,実際の母親やその家族の支援を考える際の手引きとして活用していただけますと幸いです.
 本書が,周産期・育児期にこころの問題をもつ母親とその子どもへの支援に役立つことを願っています.
 2016年10月
 国立成育医療研究センター
 こころの診療部 乳幼児メンタルヘルス診療科
 立花良之
第1章 気づく
 ◇「気になる」から「気づく」ことへの大切さ
 ◇「気づく」ために知っておきたいこころの問題の基礎知識
  産後うつ病/マタニティーブルーズ/産褥精神病/パニック障害/全般性不安障害/強迫性障害
  統合失調症/躁うつ病(双極性障害)/摂食障害/妊娠中の物質乱用1-アルコール乱用・依存
  妊娠中の物質乱用2-妊娠中の喫煙
 1.産科医療機関で「気づく」
  1)妊娠中にこころの不調をきたしやすいリスク因子
  2)産後にこころの不調をきたしやすいリスク因子
  3)リスク因子の考察
  4)産科でできるスクリーニング
  5)産科での「気づき」のためのアウトリーチ的視点
 2.精神科医療機関で「気づく」
  産科での「気づき」のためのアウトリーチ的視点
 3.小児科医療機関で「気づく」
  1)小児科だからできること
  2)小児科で注意すべき母親の2つの精神状態
  3)小児科でできるスクリーニング
  4)小児科での「気づき」のためのアウトリーチ的視点
 4.保健師が「気づく」
  1)保健師だからできること
  2)“3つの質問票”を使った支援
  3)妊娠期から始まる切れ目のない支援のために
  4)保健師がもつべきアウトリーチ的視点
第2章 つなぐ
 ◇「つなぐ」ために知っておきたい基礎知識
  1)「つなぐ」うえで重要なこと
  2)「つなぐ」ことが難しいケースをどのように「つなぐ」か
  3)誰がつなげばいいのか
  4)紹介対象者への説明と同意
  5)母と子を中心とした支援のための多機関連携のプロセス
 1.産科医療機関から「つなぐ」
  1)特定妊婦をはじめとしたハイリスク者への対応
  2)産科対応のプロセス
  3)慢性的な自殺の危険性がある場合
  4)産科医療機関からつなぐメリット
  5)望まない妊娠についてのサポート
 2.小児科医療機関から「つなぐ」
  1)小児科専門クリニックの場合
  2)内科・小児科を標榜しているクリニックの場合
 3.保健師から「つなぐ」
  1)精神科医療機関と連携すべきとき
  2)希死念慮・自殺念慮の見立て
 4.精神科医療機関から「つなぐ」
 5.養育不全・児童虐待の予防・対応のために「つなぐ」(通告)
第3章 支える
 ◇「支える」前の“見立て”と本人のストーリーの理解
 1.産科医療機関で「支える」
  1)産後の身体のケアはこころにも効く
  2)養育が困難な母親への対応
  3)愛着がもてない母親への対応
  4)その他の支援の必要な心理社会的リスク因子
  5)育児に極端なこだわりがある場合
  6)飛び込み分娩
  7)若年者
 2.小児科医療機関で「支える」
 3.保健師が「支える」
  1)訪問した母親に希死念慮・自殺念慮がある場合
  2)赤ちゃんの泣き
  3)“3つの質問票”の活用
  4)向精神薬を内服している母親への対応
  5)支援を希望しないハイリスクの母親への対応
  6)発達障害のある母親への対応
 4.精神科医療機関で「支える」
  1)治療の選択
  2)妊娠・授乳中の向精神薬の処方の考え方
  3)環境調整
 5.地域で連携して「支える」
第4章 実際の対応事例
 (症例1)産後にうつ状態となった母親への支援
 (症例2)自閉スペクトラム症の特性のある母親への支援
 (症例3)統合失調症の妊婦への支援
 (症例4)産前から強迫症状があった母親への支援
 (症例5)精神発達遅滞のある母親への支援
 (症例6)乳児訪問で自殺念慮が強いことが明らかになった母親への支援
 (症例7)新生児健診で気づかれた産後うつ病の母親への支援
第5章 メンタルヘルス不調の母親をサポートするための用語集
 特定妊婦/自立支援医療(精神通院医療)/子ども家族支援センター/児童相談所
 産前・産後ホームヘルパー派遣事業/産前・産後サポート事業/短期入所生活援助(ショートステイ)事業
 夜間養護等(トワイライトステイ)事業/ファミリー・サポート・センター事業
 保育施設 一時保育,緊急一時保育,病児・病後児保育事業/利用者支援事業(母子保健型)/訪問助産
 児童相談所/乳児院/医療保護入院/措置入院/乳児家庭全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)
 要保護児童対策地域協議会(子どもを守る地域ネットワーク)
 ハイリスク妊娠・分娩管理加算,ハイリスク妊産婦共同管理料(I・II)/精神科医連携加算
第6章 有益なスクリーニングツール
 ・二質問法(うつのスクリーニング)
 ・GAD-2(Generalized-Anxiety-Disorder-2)(全般性不安障害のスクリーニング)
 ・PHQ-9(Patient-Health-Questionnaire-9)(うつのスクリーニング)
 ・エジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh-Postnatal-Depression-Scale;EPDS)(うつのスクリーニング)
 ・赤ちゃんへの気持ち質問票(母子関係のスクリーニング)
 ・育児支援チェックリスト(心理社会的問題・虐待リスクのスクリーニング)

 索引