やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 21世紀の幕が開けた2001年1月29日,読売新聞朝刊1面に,「肥満,11億人患う疾患」という見出しの記事が掲載されました.全世界で体重が過剰な人々の数が11億人に達し,このままでは21世紀には肥満にともなう生活習慣病が疫病のように全世界に蔓延する心配があるという米国ワールドウオッチ研究所理事長レスター・ブラウン氏のレポートを紹介した記事でした.
 それによると,20世紀末の地球上で飢餓に苦しんでいる人々の数である11億人という数字に,ついに肥満の人の数が追いついてしまったというのです.そして,今世紀には肥満人口が飢餓人口を上回ってしまうという,人類が進化の歴史のなかでかつて経験したことのない「未体験ゾーン」に突入して,世界中の人々が生活習慣病の猛威に悩まされることになるだろうと警告しています.
 さて,1994年のクリスマスにニューヨークのロックフェラー大学で,肥満遺伝子の第一号である「ob遺伝子」が発見され話題になりました.「ob遺伝子」の発見は,「レプチン」という「やせるホルモン」の大発見につながりました.これによって,肥満遺伝子や分子生物学の分野の細胞レベルの研究が驚異的に進歩し,従来の常識をくつがえすほどの新発見が相次ぎました.本書では,第1章から第3章までを基礎編として,この「アディポサイエンス」という新しい呼び名までつけられた,最先端の「脂肪細胞の科学」について,できるだけ分かりやすく解説しました.
 とくに,この分野の研究の世界的リーダーでもあられる佐賀医科大学病理学教室の杉原 甫教授のご厚意により,はじめて本書に掲載させていただいた「脂肪細胞の素顔」の電子顕微鏡写真は,人類がはじめて月面を間近かにしたときと同じような迫力と衝撃をもって,私たちの眼前に迫ってきます.「百聞は一見に如かず」といいますが,難解な「脂肪細胞の科学」を間近に体感するうえで,まさに核心に迫る教材と言うことができましょう.杉原教授のご指導およびご厚情に厚く深謝の意を表したいと存じます.
 後半の第4章から第8章までの実践編では,たんに体重を減らすだけではなく,体重の逆戻りを防ぐことに主眼を置いた,最新のダイエット法を紹介しました.大学病院の肥満専門外来での著者の経験をもとに,日ごろ患者さんから受けることの多い質問を取り上げて,Q&A方式で紹介しながら,正しいダイエット法を身につけていただけるよう工夫しました.
 苦労してせっかく体重を減らしても,元の生活に戻ったら,あっという間に元の木阿弥という現象はよく経験されます.このような体重の逆戻りを防ぐために,もっとも期待されている治療法が,「行動修正療法」とよばれる「自己統制療法」です.著者は1986年に,この分野の第一人者である米国ペンシルバニア大学精神科のスタンカード教授のもとで,「ラーンプログラム」という肥満に対する行動修正療法のプログラムを習得し,これを日本人向けに手直しして肥満外来の治療に導入してきました.本書では,この治療法の実際のノウハウを第6章に詳しく紹介しました.
 第8章では,外見だけの格好よさではなく,健康な心身と健康美を獲得して人生を十二分に謳歌することを見据えて,健全な生活習慣を身につけるための方策について言及しました.厚生労働省が提唱する「健康日本21計画」にも合致した最新の情報をもとに,生活習慣病を予防するライフスタイルのあり方について考察しました.
 本書は諸般の事情により,起草から校了まで,足掛け4年もの歳月を要することになってしまいました.途中で幾度となく筆が止まり,まさにお蔵入りになりそうになる度に,温かく励ましてくださった医歯薬出版(株)第一出版部の編集担当各位の並々ならぬ熱意とご協力のおかげで,何とか発刊の日を迎えられましたことを付記し,深く感謝の意を表して,校を終えたいと思います.
 2001年11月 大野 誠
第1章 脂肪蓄積のメカニズム
 1.なぜ太るのか?
  肥満はすぐれたサバイバル能力
  肥満につながるエネルギーバランス
  太った人の食事量に関する調査
 2.肥満遺伝子とレプチン
  人間はレプチンがあっても太る
 3.中性脂肪がたまる仕組み
  甘いものをとりすぎると太る
  エネルギーの備蓄タンクとしての脂肪細胞
 4.からだの中の脂肪細胞
  白色脂肪細胞のはたらき
  褐色脂肪細胞のはたらき
 5.交感神経とエネルギー代謝
  交感神経とモナリザ症候群
  β3アドレナリン受容体の遺伝子変異
  β3アドレナリン受容体遺伝子変異の臨床的意義
第2章 肥満と生活習慣病のかかわり
 1.たたけばホコリの出るからだ
 2.りんご型肥満と洋なし型肥満
 3.死の四重奏のメロディー
 4.生活習慣病と倹約遺伝子
  糖尿病王国ナウル
  日本でも糖尿病が急増
  アメリカとメキシコのピマ・インディアン
 5.生活習慣病とインスリン抵抗性
 6.アディポサイトカインと生活習慣病
  遊離脂肪酸
  続々と発見されるサイトカイン
 7.血液の中を流れている脂肪
  二つのタイプの脂質の存在
  動脈硬化の予防のために
第3章 肥満の成り立ち
 1.セットリングポイント仮説
  従来のセットポイント仮説
  新しいセットリングポイント仮説
 2.肥満型食事スタイルとは?
  まとめ食い,夜間の過食は肥満のもと
  肥満者の摂食行動の特徴
 3.食欲制御中枢に影響を与える因子
 4.社会環境要因と肥満
 5.肥満要因チェック表
第4章 肥満解消の基準と目標
 1.肥満の判定と身体組成
  Body Mass Indexによる肥満の判定
  体脂肪測定による身体組成の把握
  生体インピーダンス式体脂肪計の正しい使い方
 2.肥満と生活習慣病
 3.肥満症の診断
 4.肥満に対する治療法の基本原則と選択法
  肥満に対する治療法
  有酸素運動で脂肪がメラメラ燃える?
  治療法選択のためのガイドライン
 5.肥満に対する減量指導の進め方
  やせるのとやつれるのは違う!
  治療(減量)対象の選定
  減量計画の立て方
  最終目標は自己のベスト体重
  ウエイトサイクリングの危険性
第5章 食事療法と運動療法のノウハウ
 1.食事療法の進め方
  (1)バランス食かアンバランス食か?
  (2)食事療法を学ぶ時間がないという人におすすめの方法
  (3)単純糖質と複合糖質
  (4)エンプティーカロリーの食品に要注意
  (5)ペットボトル症候群
  (6)ウイスキーなら太らない?
  (7)アルコールの適量と酒量の減らしかた
  (8)コレステロールの減らしかた
   しっかりとる
   隠れた脂肪に気をつける
  (9)中性脂肪が高いケース
  (10)リノール酸はからだによい?
  (11)からだにやさしい脂肪酸
 2.運動療法の進め方
  (1)運動に何を期待するのか?
  (2)事前のメディカルチェック
  (3)エアロビクスかアネロビクスか
  (4)ダイエットのための運動に期待される生理効果
  (5)運動で消費するエネルギー
  (6)減量のために効果的な運動処方の一例
   ウォーキングを生活に組み込む
   ちょこまか運動
   手軽な筋力トレーニング
第6章 行動修正療法の実際
 1.メモをつけて自己分析を
  (1)食事日記のつけ方
  (2)生活活動日記のつけ方
  (3)体重,体脂肪量と歩行数の記録
   体重と体脂肪の測定
   歩行数の測定
  (4)記録することの意義
  (5)日記を分析する
   己を知るノウハウ
   あなたのパターンは?
 2.太りにくいライフスタイルへ脱皮する
  (1)太りにくい食事作法を身につける
  (2)食習慣と食環境を整備する
   賢い食品購入法
   賢い食品貯蔵法
   調理と配膳の工夫
   食後のマナー
  (3)行動連鎖を分析する
  (4)行動連鎖を断ち切る
 3.現実的なダイエット作戦を展開する
  (1)週間自己評価法をもとに徐々に前進する
  (2)できそうなところに目標を定める
  (3)完全主義の発想をやめよう
  (4)100点を取らねば0点と同じか?
 4.食べたいという衝動を克服するノウハウ
  (1)衝動のサーファーになる
  (2)食べることの代わりになる行動
第7章 民間のダイエット法の問題点と評価
 1.短期間のうちに体重が減るダイエット法
 2.部分的に体脂肪を減らすことができる?
 3.化粧品と医療品の違い
 4.単品あるいは偏食ダイエット
 5.飲むだけでやせられる健康食品はないか?
   ダイエットサプリメントはどう使えばよいか?
   食品でありながら薬のような効果が確認されているものは?
 6.栄養素の吸収を阻害する健康食品と薬
   栄養素の吸収を阻害する健康食品
   動物実験と人間のからだ
   栄養素の吸収を阻害する薬
 7.天然の食品成分と人工的な製品とのギャップ
   研究用の繊維と市販の繊維の差
   天然の繊維と人工の繊維の違い
 8.日本ではやせ薬は手に入らないの?
 9.欧米のスーパーで売っているやせ薬は安全?
 10.医師の処方が必要な本格的肥満治療薬の個人輸入
 11.やみ薬,にせ薬の密輸,密売
第8章 生活習慣病を予防するライフスタイル
 1.生活習慣病とは
 2.生活習慣病の動向と予防に役立つ「養生訓」
 3.生活習慣病の頻度と自分の健康状態に対する認識
 4.生活習慣病の早期発見につながる検査成績の見方
   BMI
   血圧
   血液脂質検査
   血糖検査
   尿酸検査
 5.ライフスタイルをチェックする
 6.からだが錆びるのを防ぐライフスタイル
   抗酸化物質のじょうずなとり方
   アメリカ人も認めた大豆パワー
   動物性脂肪と塩分をひかえる
   休養十分でストレス発散
   タバコは百害あって一利なし!
   アルコールの適量はどのくらい?
   赤ワインならからだによいので特別?
   緑茶とポリフェノール
 7.生活習慣病を予防する20カ条
   巻末資料

 索引