やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

理学療法学を学ぶ皆さんへ
 日本に理学療法士が誕生したのは1965年です.理学療法士は,まだまだ若い専門職ですが,誕生以来着実に成長してきました.
 特に,1990年台以降は成長が加速し,ここ20年間で理学療法士の有資格者は約10倍の人数まで増加しました.それと同時に,理学療法士が関与する領域も拡大しています.初期には,ほとんどの理学療法が病院内で行われていましたが,現在では,地域社会で生活する人たちの健康問題にもかかわるようになりました.
 また,疾患としても内科系疾患が加えられ,それに起因する機能障害への対処や予防といった領域まで含まれるようになりました.さらに,理学療法は科学に基づく学問領域ですので,科学の進歩に伴ってこれからも発展的に変化し続ける宿命を負っています.つまり,理学療法士に必要とされる知識も増え続けます.
 したがって皆さんは,学生時代のみならず,卒後も生涯にわたり学習していかなければなりません.では,学校教育のなかでカバーしなければならない理学療法の知識・技術はどの範囲なのでしょうか?この問題について,理学療法士の職能団体である日本理学療法士協会は継続的に検討を行っており,2011年4月に「理学療法卒前教育モデル・コア・カリキュラム」を示しました.理学療法教育における“コア・カリキュラム”とは,理学療法士としてのスタートラインに立つために必要な最小限の知識と技術の範囲を示すものです.
 本テキストシリーズは,この“コア・カリキュラム”に準拠して作成されました.また,本シリーズは,ここを足がかりにして,さらに自己学習を進めていただきたいという願いから,「図表を駆使して視覚的に捉えやすく」,「理解しやすく,明快な文章で」,「実際の症例に即して問題意識を喚起する」というコンセプトで書かれています.
 皆さんが目指そうとしている理学療法士は,これからも大いに発展する可能性を秘めた専門領域です.希望をもって学習に取り組んでいきましょう.本テキストシリーズが,皆さんの知的好奇心に応え,将来におけるさらなる成長の助けになることを願っています.
 2011年12月
 シリーズ編者一同



 神経疾患は理学療法の主要な対象疾患です.特に中枢神経疾患では,慢性・進行性・再発・再燃性を呈するものも少なくありません.これらは,いわゆる慢性疾患とよばれるものが多数を占めています.そして,慢性疾患に共通する特徴として,不可逆的な変化を伴い障害が残存し,罹患期間が長期にわたることが挙げられます.したがって,慢性疾患への介入戦略としては,代償機能を発達させたり,獲得された機能を可及的に維持したりするとともに,周囲からの支援体制を強化し,QOL(生活の質)を高めることが重要となります.
 中枢神経障害では多種多彩な症状・徴候を認め,複数の病型を認めることが多いため,まずは診断の確定が重要な課題となります.私たち理学療法士は患者に診断を下すことはありませんが,「失われた機能をどのように(再)獲得するか」,あるいは「どのようにしたら残存機能を高めたり,維持したりすることができるのか」,そうした判断が的確にできなくてはなりません.そのためには,疾患の概要(病態生理)を理解したうえで,適確な評価に基づいて患者の障害構造を正しく把握するとともに,その病期に応じた最も適切な介入を進めていくことが必要となります.
 本書は,初めて神経障害に対する理学療法を学ぶ人たちのために,理学療法の対象となる主要な神経疾患を取り上げ,「疾患の概要」,「一般的治療」,「理学療法評価および理学療法の実際」という構成のもと,その基本的かつ標準的な内容について解説しています.幸い,各章とも,その領域では経験豊富な実績のある先生方に執筆していただくことができました.
 なお,本書はビジュアルレクチャーシリーズのなかの1冊として刊行されたものであり,その内容は日本理学療法士協会によって作成された『理学療法教育ガイドライン』に準拠したものとなっています.本書を通じて,神経障害に対する理学療法に関する基礎的な知識を身につけ,臨床経験を重ねて,さらに理解を深めていただきたいと思います.
 最後に,発刊にあたり長期にわたって本書の編集に多大なご協力をいただきました医歯薬出版編集担当者に深く感謝申し上げます.
 2017年2月
 編者 潮見泰藏
1章 神経系理学療法学総論
 (望月 久)
 I.中枢神経系理学療法の理解に必要な基礎知識
  1 神経系の機能と成り立ち
  2 ニューロンのはたらき
  3 ニューロンのネットワークによる情報表現と神経系の可塑性
  4 神経可塑性のメカニズム
 II.脳の構造と機能
  1 神経系の全体的構造
  2 随意運動の成り立ち
  3 随意運動にかかわる神経機構
  4 感覚の伝導路
  5 運動発現に関連する神経経路のまとめ
2章 脳血管障害
 (潮見泰藏・臼田 滋)
 I.脳血管障害の基礎知識
  1 病態と治療
  2 脳梗塞
  3 脳出血
  4 脳血管障害に対するリハビリテーションの過程
  5 機能回復のメカニズム
  6 脳血管障害による片麻痺者の運動障害の特徴
 II.脳血管障害に対する評価─意義・目的・方法─
  1 運動麻痺
  2 痙縮
  3 包括的機能障害評価
  4 高次脳機能
  5 日常生活活動
 III.脳血管障害に対する理学療法─急性期─
  1 理学療法評価
  2 臨床思考過程
  3 脳血管障害の急性期における理学療法の目標と予後予測
  4 脳血管障害の急性期におけるリスク管理
  5 脳血管障害急性期における理学療法介入
 IV.脳血管障害に対する理学療法─回復期─
  1 目標設定
  2 リスク管理
  3 機能改善(関節可動域,筋力,随意運動)の進め方
  4 補装具の利用
  5 基本動作の獲得方法
  6 ADLに関連する種々のトレーニング方法
 V.脳血管障害に対する理学療法─維持期─
  1 目標設定
  2 リスク管理
  3 機能改善(関節可動域,筋力,随意運動)
  4 歩行補助具・補装具の使用状況の確認
  5 基本動作を含むADL指導
  6 機能の維持・管理方法の指導
  7 維持期における理学療法プログラムのポイント
 VI.高次脳機能障害とその対応
  1 高次脳機能障害とは?
  2 注意障害
  3 半側空間無視(失認)
  4 半側身体失認
  5 観念失行
  6 観念運動失行
  7 プッシャー現象(プッシャー症候群)
 VII.ケーススタディ
3章 パーキンソン病
 (望月 久)
 I.パーキンソン病の病態と治療
  1 大脳基底核の機能とは?
  2 パーキンソン病の病態とは?
  3 パーキンソン病の診断は?
  4 パーキンソン病の治療は?
 II.パーキンソン病に対する評価─意義・目的・方法─
  1 評価の意義と目的は?
  2 パーキンソン病の重症度を示す評価指標
  3 ICFにそったパーキンソン病の評価とは?
 III.パーキンソン病に対する理学療法
  1 目標設定・予後予測は?
  2 機能改善(関節可動域,筋力,姿勢,バランス)
  3 基本動作練習は?
  4 ADL指導は?
 IV.ケーススタディ
4章 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症
 (望月 久)
 I.脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の病態と治療
  1 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の分類は?
  2 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の機能障害は?
  3 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症に対する治療は?
 II.脊髄小脳変性症・多系統萎縮症に対する評価─意義・目的・方法─
  1 脊髄小脳変性症の重症度分類は?
  2 心身機能・身体構造の評価
  3 活動制限の評価
  4 参加制約,QOLの評価
 III.脊髄小脳変性症・多系統萎縮症に対する理学療法
  1 目標設定・予後予測は?
  2 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の代表的な2つのタイプとは?
  3 脊髄小脳変性症に対する理学療法の効果は?
  4 理学療法の実際
  5 基本動作練習は?
  6 ADL指導は?
 IV.進行段階に応じた理学療法
5章 頭部外傷・脳腫瘍
 (潮見泰藏)
 I.頭部外傷
  1 頭部外傷とは?
  2 外傷性脳損傷の発生メカニズム
  3 頭部外傷による症状は?
  4 頭部外傷(特に二次性脳損傷)に対する治療は?
  5 頭部外傷に対する理学療法の目的と考え方は?
  6 頭部外傷に対する理学療法評価
  7 理学療法介入は?
 II.脳腫瘍
  1 脳腫瘍の分類と病態は?
  2 予後は?
  3 脳腫瘍に対する治療は?
  4 脳腫瘍に対する理学療法の考え方は?
  5 脳腫瘍に対する理学療法評価
  6 理学療法介入は?(開頭による腫瘍摘出術を行った場合)
 III.ケーススタディ
6章 筋ジストロフィー症
 (臼田由美子)
 I.筋ジストロフィー症の病態と治療
  1 筋ジストロフィー症とは?
  2 筋ジストロフィー症の分類は?
  3 デュシェンヌ型筋ジストロフィー症
  4 筋ジストロフィー症の治療
  5 「難病の患者に対する医療等に関する法律」の指定難病に
  6 施設から在宅へ
 II.筋ジストロフィー症に対する評価─意義・目的・方法─
  1 評価の意義は?
  2 評価の目的は?
  3 評価の方法は?
  4 筋ジストロフィー機能障害度の厚生省分類(新分類)
  5 上肢機能障害度分類
 III.筋ジストロフィー症に対する理学療法
  1 目標設定・予後予測は?
  2 機能改善の方法は?
  3 基本動作練習は?
  4 ADL指導は?
  5 装具療法
  6 呼吸リハビリテーション
  7 リスク管理(過用症候群等)
  8 その他の筋ジストロフィー症の理学療法
  9 家族指導
 IV.ケーススタディ
7章 筋萎縮性側索硬化症
 (臼田 滋)
 I.筋萎縮性側索硬化症の病態と治療
  1 筋萎縮性側索硬化症の症状は?
  2 筋萎縮性側索硬化症の診断は?
  3 筋萎縮性側索硬化症の治療は?
 II.筋萎縮性側索硬化症に対する評価─意義・目的・方法─
  1 重症度の評価は?
  2 機能障害の評価は?
  3 活動・参加レベル,QOLの評価は?
 III.筋萎縮性側索硬化症に対する理学療法
  1 目標設定は?
  2 筋力増強・維持運動は?
  3 関節可動域運動は?
  4 呼吸に対する介入は?
  5 基本動作練習は?
  6 日常生活活動,参加,QOLに対する支援
 IV.ケーススタディ
8章 多発性硬化症
 (臼田 滋)
 I.多発性硬化症の病態と治療
  1 多発性硬化症の症状は?
  2 多発性硬化症の病巣は?
  3 多発性硬化症の分類は?
  4 多発性硬化症の診断は?
  5 多発性硬化症の治療は?
 II.多発性硬化症に対する評価─意義・目的・方法─
  1 重症度の評価は?
  2 機能障害の評価は?
  3 疲労の評価は?
  4 活動・参加レベル,QOLの評価は?
 III.多発性硬化症に対する理学療法
  1 目標設定は?
  2 疲労の管理は?
  3 機能障害に対する介入は?
  4 基本動作練習は?
  5 日常生活活動,参加,QOLに対する支援は?
 IV.ケーススタディ
9章 ギラン・バレー症候群(ニューロパチー)
 (臼田 滋)
 I.ギラン・バレー症候群の病態と治療
  1 ニューロパチーとは?
  2 ギラン・バレー症候群とは?
  3 ギラン・バレー症候群の症状は?
  4 ギラン・バレー症候群の診断は?
  5 ギラン・バレー症候群の治療は?
 II.ギラン・バレー症候群に対する評価─意義・目的・方法─
  1 重症度の評価は?
  2 機能障害の評価は?
  3 活動・参加レベル,QOLの評価は?
 III.ギラン・バレー症候群に対する理学療法
  1 目標設定は?
  2 呼吸機能障害に対する介入は?
  3 疼痛の管理は?
  4 二次的障害の予防は?
  5 筋力増強運動は?
  6 基本動作練習は?
  7 日常生活活動,参加に対する支援は?
 IV.ケーススタディ
10章 末梢神経損傷
 (潮見泰藏)
 I.末梢神経損傷の病態と治療
  1 末梢神経損傷とは?
  2 末梢神経損傷の病態と治療は?
  3 顔面神経麻痺
 II.末梢神経損傷に対する評価─意義・目的・方法─
  1 評価の方法は?
 III.末梢神経損傷に対する理学療法
  1 目標設定・予後予測は?
  2 関節可動域,知覚,筋力の改善方法は?
  3 基本動作練習は?
 IV.ケーススタディ
11章 脳性麻痺
 (臼田由美子)
 I.脳性麻痺の病態と治療
  1 脳性麻痺の定義は?
  2 脳性麻痺の発症率は?
  3 脳性麻痺の病態は?
  4 脳性麻痺の診断は?
  5 脳性麻痺の治療は?
 II.脳性麻痺に対する評価─意義・目的・方法─
  1 評価・目標設定・治療計画立案の流れ
  2 脳性麻痺に用いられる評価表
 III.脳性麻痺に対する理学療法
  1 理学療法アプローチ
  2 脳性麻痺の病型と理学療法
  3 発達期(ライフステージ)と理学療法
 IV.ケーススタディ

コラム目次
 1章
  (1)グリア細胞の種類とはたらき
  (2)ニューロンでの情報処理のしくみ
  (3)神経系の部位の表し方
  (4)脳内の神経連絡
  (5)予測的姿勢調節
  (6)視床のはたらき
  (7)中枢性パターン発生器
 2章
  (1)高血圧性脳出血に好発部位があるのはなぜか?
  (2)高血圧性脳出血が起こる原因は?
  (3)併存疾患とは?
  (4)通過症候群
  (5)Nudo博士の「神経可塑性説」
  (6)連合反応(associated reaction)
  (7)共同運動(synergy)
  (8)強剛(固縮)
  (9)遂行機能障害
  (10)前頭葉機能障害
  (11)プッシャー症候群
  (12)基本的ADL(BADL)と手段的ADL(IADL)
  (13)統合と解釈とは?
  (14)機能回復に影響を与える要件
  (15)急性期におけるリスク対応
  (16)リハビリテーション介入の目的
  (17)片麻痺者の筋力
  (18)脳血管障害急性期における脳循環障害
  (19)バランス障害
  (20)麻痺側上肢への対応
  (21)膝折れや反張膝への対応
  (22)課題指向型トレーニング
 3章
  (1)遂行機能
  (2)Braak仮説
  (3)パーキンソン病とパーキンソニズム
  (4)パーキンソン病患者の死亡原因
  (5)腰曲がり現象と首下がり現象
  (6)Pull test
  (7)母指さがし検査
  (8)二重課題と歩行の自動性
  (9)パーキンソン病患者の起居移動動作の背景にあるものは?
  (10)パーキンソン病における体幹伸展筋力増強運動
  (11)予測的姿勢調節
  (12)バランス運動としてのダンス
 4章
  (1)トリプレットリピート病
  (2)多系統萎縮症の分類
  (3)協調運動障害と運動の自由度
  (4)運動失調にみられる筋の過緊張
 5章
  (1)脳低温療法
  (2)がん患者に対するトレーニングの可否
 6章
  (1)多くの疾患が含まれる“筋ジストロフィー症”
  (2)家族への支援
  (3)デュシェンヌ型筋ジストロフィー症
  (4)デュシェンヌ型筋ジストロフィー症の代表的な症状
  (5)福山型筋ジストロフィー症(Congenital muscular dystrophy:CMD)
  (6)フロッピーインファント(floppy infant)
  (7)過用性筋力低下(overwork weakness)
  (8)機能低下予防のコツ
  (9)なぜ栄養状態の維持が大切か?
  (10)咳の最大流量(cough peak flow:CPF)の検査方法
  (11)器械的咳介助法
  (12)非侵襲的陽圧換気(Non─invasive positive pressure ventilation:NPPV)
  (13)福山型筋ジストロフィー症の理学療法
  (14)子どもの自己肯定感を育もう
 7章
  (1)筋萎縮性側索硬化症の疫学
  (2)脊髄性筋萎縮症の分類
  (3)告知
  (4)過用性筋損傷
  (5)筋萎縮性側索硬化症に対する装具の活用
 8章
  (1)多発性硬化症の疫学
  (2)痙縮に対する電気刺激療法
  (3)疲労に関連する要因
 9章
  (1)ギラン・バレー症候群の疫学
  (2)フィッシャー症候群
  (3)ギラン・バレー症候群の予後
  (4)免疫調整療法の副作用
 10章
  (1)腕神経叢
  (2)ワーラー変性(Waller degeneration)
  (3)顔面筋の病的共同運動への対応
  (4)筋力増強トレーニングを実施する際の注意点
 11章
  (1)NICUにおけるハイリスク児への早期介入
  (2)ボトックス療法
  (3)髄腔内バクロフェン療法(Intrathecal baclofen therapy,ITB)
  (4)理学療法診療ガイドライン
  (5)脳性麻痺の病型分類
  (6)小児期の電動車椅子
  (7)重症心身障害児の理学療法評価
  (8)成人脳性麻痺者のライフステージに応じた支援
  (9)精神遅滞(知的障害)児の理学療法