やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 「わたしは生きるために残っている時間を,自然についての一定の知識を得ようと努める以外には使うまいと決心した」
 デカルト『方法序説』(谷川多佳子訳,岩波書店,1997)102

 本書は,意識的に思索を始めた二〇〇一年から今日に至るまでの二〇年にわたる観想生活で見えてきた,あくまでもわたしにとっての真理に至る道をまとめたものである.そのもとになっているのは,『週刊 医学のあゆみ』誌に「パリから見えるこの世界」というシリーズタイトルで二〇一二年二月〜二〇二二年三月までの一〇年間に書いた一〇五のエッセイである.そこには,世界にこの身を晒した時に中に入ってきたもの,すなわち,わたしの受容体を通して見えたこの世界の反映がある.それらを一度虫干しにして,現在までにわたしの中で固まってきた思想が浮き彫りになるように再構成したのが本書である.これだけの原資料を相手にする場合,アレンジの仕方によって全く異なる姿が現れることは想像に難くない.今回のバージョンは,科学と哲学に関連する項目を取り上げ,両者の理想的な関係を探る試みについても触れている.その上で,このような試みがこの生においてどのような意味があるのか,さらにそこで求められる幸福との関係についても考えてみた.ここで,各章の内容を簡単に紹介したい.
 第1章では,わたしが当初「全的生活」と名づけ,エッセイシリーズを始めた時には「人類の遺産に分け入る旅」とした遍歴になぜ出ることになったのかを振り返り,パリでの大学院生活についても触れている.第2章では,この旅の過程で出会い,その後のわたしの考え方の中に深く組み込まれることになる哲学者とその考え方を振り返ることにした.そこで示される思想は形にはなっていなかったものの以前からわたしの中にあったもので,振り返りの過程がそれらを明確に浮き上がらせる力になった.第3章では,同様に科学の分野での出会いを振り返りながら,科学という営みの特質とそこで活動している生身の人間の姿に迫っている.第4章では,フランスに渡った年にその種が蒔かれ,徐々に熟成されてきたものの考え方,この世界の認識の仕方としての「科学の形而上学化」について紹介したい.これはわたしが求めていた科学と哲学のあるべき関係の一つの型を示すものであるとともに,これから求められる知の在り方が提示されていると考えている.その意味では,この試みを「知のエティック」と呼ぶことができるかもしれない.第5章では,科学や技術が持つ現代的意味についてシュペングラーとハイデッガーを指標に考察した後,知るということ,真理を求めること,科学者であれば口にすることがないであろう「絶対的真理」を探究するとはどういうことなのか,さらに真理の探究とこの生の意味や幸福との関連について考えを進めている.
 本書の中に,現代を生きる我々にとって参考になることが含まれているとすれば幸いである.
 はじめに
第1章 なぜフランスで哲学だったのか
 1.フランス語との遭遇
 2.抱えていた実存的問い
 3.フランスでの「全的生活」を模索する
 4.刻印を残した二人の哲学者:ピエール・アドーとマルセル・コンシュ
 5.フランスの大学院教育を受けて
 [COLUMN1]古典を読むという「実験」が欠かせないわけ
第2章 この旅で出会った哲学者とその哲学
 1.ハイデッガー,あるいは死に向かう生物としての人間
 2.プラトンの『パイドン』から見える生き方
 3.アリストテレスの「エネルゲイア」とジュリアン・バーバーの「時間」
 4.ディオゲネスという異形の哲学者
 5.誤解され続けた「魂の医者」エピクロス
 6.エピクテトスとマルクス・アウレリウス,あるいは現代に生きるストア哲学
 7.スピノザへの旅
 8.ジョルジュ・カンギレムが考えた正常と病理,そして治癒
 9.橋を架けるミシェル・セール
 10.哲学に対する二つの態度,あるいは分析哲学と大陸哲学
 [COLUMN2]二つの闇の間の閃光
第3章 科学という営み,あるいは科学者を突き動かすもの
 1.「ダーウィン2009」,そしてダーウィンが試みたこと
 2.ジャン・バティスト・ラマルクの思想と人生
 3.エルンスト・ヘッケルが求めた一元論
 4.イリヤ・メチニコフとジュール・ホフマンと自然免疫
 5.トルストイの生命論と科学批判
 6.ルドヴィク・フレックが見た科学という営み
 7.パウル・カンメラーとウィリアム・サマリン,あるいは正統から追われた科学者
 8.ニールス・イェルネという哲学的科学者
 9.フランソワ・ジャコブ,あるいは科学の先にあるもの
 10.フィリップ・クリルスキーが考える専門と責任の関係
 [COLUMN3]免疫の本質に至る旅
第4章 科学と哲学の創造的関係を求めて
 1.オーギュスト・コントの「三段階の法則」
 2.「科学の形而上学化」,あるいは「四段階の法則」
 3.そもそも形而上学とは何をする学問なのか
 4.なぜ「科学の形而上学化」が必要になるのか
 5.意識の三層構造と第三層の重要性
 6.「科学の形而上学化」の実践
 [COLUMN4]「科学と哲学」を考えるカフェとフォーラム
第5章 「現代の超克」のためのメモランダム
 1.シュペングラーが考えた技術,文化,文明
 2.ハイデッガーの「テクネ」から現代を考える
 3.プラトンが問いかけた「知る」ということ
 4.徳認識論と「科学の形而上学化」
 5.「わたしの真理」から「絶対的真理」への道を想像する
 6.真理の探究と幸福,あるいはこの生の意味
 [COLUMN5]エッセイシリーズから見えてきた好みの哲学者

 おわりに
 初出一覧