やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 この度,深谷元継氏が「カラーで見るアトピー性皮膚炎とステロイド離脱」という本を執筆され,読ませていただく機会を得た.深谷氏は国立名古屋病院で,アトピー性皮膚炎患者の診療に長年携わってこられ,脱ステロイドで秀でた成果ををあげておられる.
 最近のアトピー性皮膚炎の治療分野では,皮膚科医をステロイド派と脱ステロイド派に色分けすることがはやっている.その分類によれば,皮膚科医のほとんどがステロイド派であるなかで,脱ステロイド派は圧倒的に少数派であり,大方の皮膚科医から指弾を受けている.その著書に序文を書くなどと言う行為はかなり勇気のいることである.しかし,あえてそれを引き受けることにした.その理由は,脱ステロイドはアトピー性皮膚炎の治療の現状を見るとき,無視することができない機能であると,私は考えるからである.
 アトピー性皮膚炎は炎症性疾患である.そのために抗炎症剤というステロイドが第一選択薬として推奨されている.ステロイドは,強力なものであっても使用期間が限定されておれば問題はない.しかし,アトピー性皮膚炎という痒みを主な症状とする疾患では,いくらステロイドで皮疹をよくしたとしても,掻き破ってまた悪くすることがある.忙しい外来では痒みを止めて欲しいという訴えに応じてステロイドの処方しすぎが起こりやすい.その結果,ステロイドがもはや消炎作用を示さず,皮膚炎が一向に改善されない状態も起こりうる.それでもステロイドを強力にし量もどんどん増やして治療すれば必ず治せると豪語する人がいる.確かにそういう治療もあるかもしれない.しかし私はそうは考えない.何らかの理由で急性増悪したとき,長期の無治療で悪い状態が続くとき以外は,アトピー性皮膚炎は強力なステロイドで治療すべき疾患ではないと考えている.したがって,それなりに強力かつ十分なステロイド治療を行ってもなお症状が悪い方向に向かっているときは,どこか間違っていないかと考える.どの分野の臨床医学でもそうであろう.「押して駄目なら引いてみる」ことは,薬物療法でもしばしば行われることである.そしてそれがアトピー性皮膚炎にとって有効なことがある.それが脱ステロイドなのである.しかし私は,脱ステロイドが常に安全で優れた手段であるというつもりはない.むしろ脱ステロイドの仕方によっては危険でさえある.
 深谷氏のこの著書には,ステロイド治療をしていて長くなり,いつまでたっても治らないので,ステロイドを一度止めてみたいという人がやってきて,相談の上,止めることになった人37例の治療経過が写真で示されている.経過によって,潮紅局面型,紅斑融合型,地図状拡散型,激症型,痒疹拡散型に分類されている.読者は軽い症例の脱ステロイドの経過も見ることもできるし,激症型や痒疹拡散型のように,非常に重症なリバウンドを起こすけれどもやがて炎症が治まって行く過程を見ることもできる.ステロイドを使っていても良くない状態に止まっていた症状が,ステロイドを引き揚げることで軽症化することがあるということは,アトピー性皮膚炎治療の歴史上,画期的な発見であったとわたしは自著で書いた.しかしいうまでもないことだが,全てのアトピー性皮膚炎でステロイドを中止するようなことはしてはならない,
 脱ステロイドにはいくつかの注意点がある.たとえやむなく脱ステロイドを選択したとしても,すべてで成功するとは限らない.やむを得ずステロイドを再開せざるを得ない例も多い.ステロイドを止めたときは,この書物にも記されているように,半年以上の苦しみを乗り越えてやっと成功という場合がある.そのような長期間治療に専念できる人は少ない.その意味で脱ステロイドはどこでも誰でも適応すべきではなく,それなりに可能な施設や症例であつかうべきものである.しかも成否の見極めが難しいので,まだ十分解明されていない分野である.脱ステロイドにはもう一つの問題点がある.ステロイドを止めるだけならば医者でなくてもできるとばかりに,民間治療者が真似をすることである.緊急事態に対応されていない患者に被害が増大している.脱ステロイドは医学的に速やかに体系化されることが望ましい.
 この書物は,脱ステロイドの成功例を示すことによって,実は,ステロイドに頼りすぎのアトピー性皮膚炎の治療に警告を発しているものである.すなわち,弱いステロイドで効かないときに強いステロイドに切り替える治療は,いつまでもエスカレートするのではなく,最後はもとの弱いステロイドに戻すことが出来なければならない.しかし,ここで示された症例はそれが出来なかったのである.このように,脱ステロイドによってアトピー性皮膚炎が改善することがあるならば,初めからなるべくステロイドを上手に少なく使う治療があった筈である.これからはそのような治療を組み立てていかなければならない.
 ステロイド派,脱ステロイド派というような色分けが,今のアトピー性皮膚炎治療の混乱を解消するであろうか.ましてや脱ステロイドの希望に対応している医師を魔女狩りするかのごとく,やり玉に挙げるだけの行為は問題の解決をますます遠ざけるばかりである.ステロイド中心の治療がいま広く行われていて,それによってうまく行っている症例が多い中で,破綻を来しているような症例が中にあり,それに対応しているのが脱ステロイドと考えれば,種々の状態のアトピー性皮膚炎患者を,ステロイド治療中心の医師と脱ステロイド中心の医師で,分担して診ているようなものである.私が脱ステロイドを無視することができない機能というのはその意味である.
 これを読まれた方が直ぐに脱ステロイドを真似して成功するとは限らない.むしろ脱ステロイドでこれだけよくなることがあるならば,ステロイドを使うべきときと,使わざるべきときとがあるに違いないことに,考えをめぐらせていただきたいと思う.この書物が,アトピー性皮膚炎の治療に進展をもたらすきっかけになることを祈ってやまない.
 平成12年6月 青木敏之

まえがき

 アトピー性皮膚炎の「脱ステロイド療法」は,それを経験したことのない皮膚科医にとっては,にわかには受け入れがたいものだと思います.
 本書は,ステロイド外用剤を連用していたアトピー性皮膚炎患者が,離脱後に強い再燃(リバウンド*)を生じた後,寛解していく経過を,経時的なカラー写真を用いることによって視覚的に解説したものです.
 離脱に伴う再燃(リバウンド)の皮疹には,いくつかの特徴があり,皮疹の推移にはいくつかのタイプがあると筆者は考えています.本書は脱ステロイドの経験の少ない皮膚科医にそれらの情報を伝えることを目的として著しました.
 アトピー性皮膚炎におけるステロイド外用剤治療というのは,短期的には有効です.しかし,これを長期にわたって続けますと,中止後に強い再燃(リバウンド)が起きることが多いです.
 アトピー性皮膚炎の治療において,ステロイド外用剤をどのように位置付けるべきかを考え直すための材料として,皮膚科専門医の目で冷静に検討していただけることを著者は心から願っています.
 最後に,アトピー性皮膚炎治療の進歩のために写真の使用を御許可頂きました患者の皆様に,深い敬意と感謝を表します.有り難うございました.
 平成12年6月 著者

 *「リバウンド」という用語には,ステロイド連用中止後の強い再燃を指す場合と,アトピー性皮膚炎自体の悪化による再燃のみを指す場合,および両者を含める場合とがあります.リバウンドをアトピー性皮膚炎自体の悪化を示す用語とする立場では,離脱後の強い再燃を「離脱皮膚炎」などと表現します.本書では両者を含める立場を取っており,ステロイド連用中止後の強い再燃は,「離脱に伴う再燃(リバウンド)」などと表現しています.
1.ステロイド離脱に向かう診療の流れ
2.症例と皮疹型について
  タイプ1 潮紅局面型
  タイプ2 紅斑融合型
  タイプ3 地図状拡散型
  タイプ4 激症型
  タイプ5 痒疹拡散型
3.アトピー性皮膚炎以外のステロイド皮膚症
  1)手湿疹型
  2)貨幣状湿疹型
  3)老人性乾皮症型
  4)掌蹠膿疱症型
  5)接触皮膚炎様型
4.過去の臨床治験における問題点
5.「脱ステロイド療法」のevidenceとしての本書の位置付け
6.Type classification of the cases(Chapter 2 translated for foreign readers)