やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば
 コロナ禍も満2年に及ぶ.ワクチン接種も着実に増加していたのに,2021年夏に第5波を迎えてしまった.緊急事態宣言下でのオリンピック開催の直後にピークをきたし,中等症以上なのに入院できず,自宅待機のまま在宅死に至る悲劇が次々に報道された.感染者数や重症者数や死亡者数を欧米諸国と比べると,ピーク時においてすらかなり少なく,かつ人口当たりの病床数自体は数倍の日本なのに,なぜ医療逼迫が起きたのか?
 「ICUなどの急性期重症者用病床や人的配置が,欧米先進国標準をぐっと下回るから」が,答えの1つであろう.米国と比べると人口当たりのICUは6分の1,2020年春に医療逼迫に見舞われたイタリアと比べても4分の1でしかない.平時の医療的備えが足りないというか,ゆとりが全くないのである.
 2つ目は,病院総合医の不足の放置であろう.日本の医学界の指導層にその必要性がほとんど理解されていない.コロナ患者を担当する救急医や感染症科医や集中治療医や呼吸器科医の不足は指摘された.その通りだが,これらの専門医の活躍を支える病院総合医の質量こそが足りないのだ.人口を換算してもコロナ死亡者数が不幸にも日本の10倍以上の米国での入院医療の底辺は,約7万人に上るホスピタリスト(病院総合医)が率先して担った.
 ついでにもう1つ.日本のかかりつけ医は,プライマリケアや家庭医療の基本的な修練を受けていなくても名乗れるわけだが,総合医としての診療の幅が必ずしも担保されていないことが致命的な弱点だと思わされた.
 さて2004年に始まった新医師臨床研修制度であるが,医局派遣機能の弱体化に困り切った大学当局の声が横車となり,約10年間は制度の“弾力化”がまかり通った.すなわち,2年間の研修義務年限が実質的に1年間に短縮され,2年目は将来の専門性の方向に舵を切る風が吹き荒れた.2020年にこの風が止み,「“弾力化”の廃止」・「2004年への回帰」に至ったことは慶賀にたえない.卒直後の基本的臨床能力のどっしりとした構築は,総合医(病院総合医から家庭医まで)を志す研修医にとってだけでなく,専門医としての将来の先端医療分野での開花にとっても貴重な財産になりうるからである.高き山の裾野は広く,深きボーリングの直径も大きいものだ.コロナ禍を積極的に担える若手医師が,“弾力化”から遠かったのは自明であろう.
 厚労省の到達目標が一貫して変わらなかったのは幸いだった.一旦定まった必修手技をすべて収載する本書の初心が揺るがなかったのも良書の名に値する.
 “See one,do one,teach one.”がかなり浸透してきた日本だが,臨床現場での良書の価値は衰えないだろう.本書がポケット版サイズで手軽に利用できることも嬉しい.古希を超えた筆者は,若き日に「鬼手仏心」と教わった.鬼手仏心現代版である本書のすべての項目の味読を強く推薦したい.
 2022年1月
 松村理司
 (洛和会本部参与・洛和会京都厚生学校長)



 すでに好評をいただいている『研修医手技マニュアル』ですが,持続するコロナ禍のなか,今回改訂第3版を出版することができました.
 本書に載せられている手技は,厚労省が定める初期臨床研修の到達目標に掲げられた「経験すべき基本手技」に完全に基づいており,いわゆるベッドサイド手技です.すべての医療従事者が知るべき項目を網羅しました.本書に載せた手技は,たちまち患者さんの苦痛をとるものや,正しい診断・治療にむすびつくものが多くあり,医師として患者さんの役に立ったと,こころから実感することができるものです.ぜひ多くの方に,多くの場面で,気軽に使っていただきたく思います.
 初版以来,本書の特徴は,次の3つに集約されます.
 一 類書にないポケットサイズであること.大判本では不可能であるベッドサイドへの持ち込みが可能です.
 二 Point・コツ・Pitfall・Column・Memoをのせ,初学者の理解を助け,陥りやすい誤りを自覚できるようにしています.
 三 できるだけ写真をおりこみ,臨場感があるように工夫しました.
 本書の左ページには手技のながれを載せ,右ページには(1)手技をするうえで意識することが重要な点を「Point」,(2)うまく施行するために知っていて欲しいものを「コツ」,(3)合併症に陥りやすい点や,これまでに手技をしてきたものがハッとした経験がある項目を「Pitfall」として盛り込み,左ページと対応できるようにしました.さらに(4)手技とは直接関係なくても,関連として知っていただきたいことを,「Column」「Memo」としてまとめました.(5)第3版から新たに「現場から」を作成し,執筆者から伝えたいメッセージをこめました.
 第3版では,「COVID-19時代のPPEの着脱」という新項目を設けました.QRコードにて動画も掲載しておりますので,原則をしっかり再確認してみてください.その他の項目でも,写真をさしかえたり,説明を追加したりして大幅に掲載内容を増量していますが,いずれも図を多用しながらさらなるわかりやすさをこころがけ,手技にあたるうえでの不安にできるだけこたえる内容にしています.
 手技をできるだけ早く・多く経験したい,という研修医・医学生をよくみかけます.手技上達のコツは,“Simulate many”です.本書を十分に読み込み,本書を片手にシミュレーター相手に取り組んでください.そして本番の手技に臨んだ後,うまくいったときも,うまくいかなかったときも,本書を再読してみてください.コツやPitfallの奥深さに驚くと思います.それは,われわれ執筆者が臨床の現場で成功と失敗を繰り返した上でえられた一言を,えらびぬき,磨き上げて,ここに記載しているからです.常に真摯に患者さんと向き合い,手技の上達に精力を傾けてきたものだけがわかる一言を,どうぞ十分にあじわってください.そしてその一言を読者のみなさんがさらに自分の言葉に変え,新たな学習者に伝達いただければ,執筆者一同望外のよろこびであります.
 風ごとにもみじ葉積んで苔の寺
 2021年 晩秋の京都にて
 編集代表 井上賀元
 心得
0 COVID-19時代のPPEの着脱
 動画「PPEの脱ぎ方」
  Memo
   COVID-19とPPE
   N95マスクについて
   サージカルマスクについて
1 気道確保
 用手的気道確保
 エアウェイ
  Memo
   エアウェイのサイズの決め方
2 人工呼吸
 バッグバルブマスク換気
  Memo
   有効な人工呼吸ができているかの確認事項
3 気管挿管
 ビデオ喉頭鏡をもちいた気管挿管手技
  Memo
   挿管チューブ,スタイレットの準備
   Sellick法とBURP法
   挿管後の急変の原因(DOPE)
   McGRATH TM MAC
   エアウェイスコープ(AWS)
   EtCO2モニター
   気管挿管確認のエコー
4 胸骨圧迫
5 除細動
 非同期電気ショック(除細動)
 同期下カルディオバージョン
 経皮ペーシング(TCP)
  Memo
   メーカーの確認
   単相性除細動器と二相性除細動器
   フラットに見えた際の確認
   小児用除細動パドル
6 圧迫止血法
  Memo
   用手圧迫法(出血局所の直接圧迫)
   支配動脈圧迫(間接圧迫)
   ターニケット
   ガーゼをさばく
   鼻出血(間接圧迫&直接圧迫)
7 包帯法
  Memo
   包帯の巻き方
8 注射法
 皮内注射
 皮下注射
 筋肉内注射
  Memo
   注射部位の選択(皮内注射)
   注射部位の選択(皮下注射)
   注射部位の選択(筋肉内注射)
9 点滴法
  Memo
   点滴速度の調整
   点滴速度低下の原因検索
10 末梢静脈確保
  Memo
   前腕・手背の静脈走行と穿刺部位の選択
   禁忌の状況
   貫通した場合は
   穿刺に失敗したときは
11 中心静脈カテーテル挿入
 エコーガイド下リアルタイム穿刺
 穿刺部位別のアプローチ方法(エコーガイド下リアルタイム穿刺)
 穿刺部位別のアプローチ方法(landmark法)
 PICC(肘部皮静脈穿刺)
  Memo
   カテーテルキットの選択
   挿入する長さ
12 採血法
 静脈採血
 動脈採血
 動脈圧ライン(Aライン)挿入手技
  Memo
   偶発症とその対応
   動脈穿刺の穿刺部位の選択基準
   シリンジ内の気泡の影響
   “VAN”
   modified Allen test(アレンテスト)
13 腰椎穿刺
  Memo
   穿刺部位の選択と体位
   腰椎穿刺の良い例・悪い例
   髄液が赤い場合
   キサントクロミー
14 骨髄穿刺
  Memo
   穿刺部位の選択
   骨髄穿刺針
15 胸腔穿刺
 ドレナージの場合
  Memo
   合併症として
   Light基準(滲出性胸水と漏出性胸水の鑑別)
16 腹腔穿刺
  Memo
   穿刺部位の選択
17 導尿法・尿道カテーテル留置
  Memo
   尿道カテーテルの種類と選択
18 ドレーン・チューブの管理
  Memo
   各チューブの長所と短所
   吸引器の種類
19 胃管の挿入と管理
  Memo
   胃管・フィーディングチューブ
   チューブ先端位置の確認+α
   胃管留置後の留意事項
20 局所麻酔法
 局所浸潤麻酔
 伝達麻酔(神経ブロック)
  Memo
   局所麻酔薬中毒
21 創部消毒・ガーゼ交換
 消毒全般
 ガーゼ交換
  Memo
   言葉の定義(滅菌・消毒)
   縫合創のガーゼ交換
22 簡単な切開排膿
  Memo
   危険な皮膚軟部組織感染症
23 皮膚縫合
 結節縫合
 垂直マットレス縫合
 器械結び
  Memo
   二次縫合(遅延一次縫合)
24 軽度外傷の処置
 擦過傷・切傷・挫創
 打撲・捻挫・(転移のない骨折)
  Memo
   コンサルトすべき損傷
   感染予防
   創傷被覆材・保護材の例と特性
   専門医にコンサルトすべき骨折
   “RICE”
   足関節骨折評価のX線撮影の適応
   膝関節骨折の評価(Ottawa Knee Rule)
   頸椎の評価(Canada C-spine Rule)
25 脱臼の徒手整復
 顎関節
 肩関節
 肘内障
26 軽度熱傷の治療処置
  Memo
   熱傷処置で推奨される軟膏
27 感染制御
 予防接種
 手洗い
 スタンダードプリコーション(標準予防策)
 血液曝露事故防止
 消毒薬
 破傷風対策
  Memo
   手指衛生5つのタイミング
   バイオハザードマークの表示
   破傷風対策のフローチャート

 付
  ALSアルゴリズム
   心停止アルゴリズム(JRC蘇生ガイドライン2020準拠)
   Memo
    薬剤投与路の優先順位
    原因検索の4つの「か」
    原因検索鑑別診断“6H5T”
  糸結び(結紮)
  自己評価表

 索引