やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者序文
 本書の原著初版は1985 年に出された.日本語訳は1996年に出版された第3 版からである.第4 版は2002 年に出され,それの日本語訳が2006年に出版された.原著はその後,2007 年に第5 版,2012 年に第6 版が出されたが,日本語訳は2006年版のものが現在まで続いていた.
 この度,第6版を基に,2006年版の翻訳の全面的な改訂を行った.第5版からは,電気的事象(7 章),伝達物質と受容体(8 章),電気診断検査(12 章),脳波(30 章),誘発電位(31章)の5つの章が新たに付け加えられている.
 本書は,豊富な図を配して神経系の構造を説明すると同時に,機能面と臨床面の説明に重きを置いているところが大きな特徴であるが,第6版でもそれが受け継がれている.多くの神経系の教科書が出版されているが,改めてこの教科書の機能的な解説の豊富さを痛感させられる.原著者が prefaceで言っているように,構造,機能,臨床の3つの柱が有機的に統合された,論理的内容の教科書を出すことが著者の意図でもあった.
 著者は,この教科書を医学生必携の書と銘打っている.これは著者の意図と自信を示すものであるが,確かに内容的にそれに値する.一般に,神経系,特に中枢神経系は難しい,というのが大方の感想であろう.中枢神経は3次元的な構造の把握が難しく,狭い空間に伝導路や核などの多くの構造が納められ,相互に複雑な機能を営んでいる.これを理解するのは一筋縄ではいかない.本書はそのような難点を克服するために,豊富な図解により,また詳しい機能的側面の解説により,中枢神経系を構造と機能の一体的なものとして捉えるようにしている.
 本書は,医学生のみならず,医療系の学生の教科書としても最適である.構造に偏った記述ではなく,機能的・臨床的な詳しい解説があるために,看護学,理学療法学,作業療法学などの医療系の学生に理解しやすい教科書であると思う.
 本書は,ほかの神経解剖学の教科書を参照する必要がないほどに基礎的な神経科学の知識が十分に盛り込まれていると同時に,臨床の現場でいつでも開き,参照することの出来る教科書である.まさに「実践的神経科学」の教科書といえる.
 ウェブには,解説とともに,MCQsにはUSML形式で試験問題が用意されている.また,教材用の資料も入手することが出来る.これらは,学習と教育の両面で多いに活用したいところである.
 翻訳にあたってはわかりやすい文章になるように努めたが,まだ不十分なところが多いと思われる.また不適切な訳語もあるかと思うのでご叱正をいただきたいと思う.
 最後に,この優れた教科書の翻訳出版のお世話をいただいたエルゼビア・ジャパンのDevelopmetal Editor吉田玲美さん,安田みゆきさんを始めとして関係者の方々にお礼を申し上げたい.

 平成25年6月
 井出 千束

序文
 本書は医学生必携の教科書である.大学での講義としては,特に神経系の構造(マクロとミクロを含めて)と多様な機能的側面の解説に重点を置いた.様々な障害・疾患における臨床的な所見を提示することによって,神経系の構造と機能の理解が深まるように工夫した.臨床においては,診療現場でこの教科書を開いて,大学で講義された神経系の機能解剖学を想起し,再学習して欲しい.本書では神経系の正常構造,正常機能,病理的機能という3 つの要素を統合的に取り入れて説明を加えている.これは「垂直統合」といわれ,分かりやすい論理構成に基づく方法として,強く推奨されるものである.

各章と頁について
 第1 章は簡単な神経系の発生の解説である.第2〜4 章は脳と脊髄の局所解剖学と髄膜の解説である.第5章は臨床的に重要な血液の供給についてである.第6章は,ニューロンとグリア細胞の光顕的および電顕的構造および腫瘍による圧迫の影響についてである.
 第7章は電気的事象についての解説である.電気的な興奮は軸索の根元(ニューロンからの起始部)で発生して,軸索からその分枝に伝わって,終末の標的ニューロンに対して興奮性あるいは抑制性の伝達物質を放出させる.これらの伝達物質は神経薬理学の根幹をなすもので,第8章で解説する.第9〜11 章は,脊髄から出て,体幹および四肢の筋と皮膚に分布する末梢神経の構造と分布についてである.電気的な活動は,神経筋疾患の診断に広く使われる筋電図描画法として第12章で再び取りあげる.
 自律神経系(第19章)は脈管系,消化器系,泌尿器系,生殖器系の管腔の平滑筋を支配する.脊髄神経(第14章)は,脊髄の全長にわたって脊髄から出る混合神経(運動神経と知覚神経)で,体幹と四肢の随意筋と皮膚とに分布する.脊髄そのものの記述は第15章と16章にある.
 脳幹(延髄,橋,中脳)は,第17 章の横断切片で示すように大脳半球と脊髄とを繋ぐ.それに付随する脳神経(III.VII脳神経)は第19 .23 章で述べる.第24 章では脳幹の網様体,特に,脳神経を相互連絡する網様体の機能について述べる.
 小脳(第25 章)は後頭蓋窩にある.小脳への入力は随意筋からの情報で,出力は脳の運動皮質に伝えられる.小脳は随意運動の円滑な動きを制御する.
 視床下部(第26章)は,は虫類にまで遡ることが出来る.視床下部は水と食物の摂取,体温の調節,睡眠の調整といった基本的な生命現象に関与する.視床下部の上方に接して視床と視床上部が位置する(第27章).視床は大脳皮質および脊髄と多くの連絡を保って,生命維持に重要な働きをする.
 第28章の視覚経路は,脳の最先端(網膜)から最後部(後頭葉皮質)に至る,水平方向に伸びる経路の中では最も大きな神経路である.その臨床的な重要性はおのずから明らかである.
 第29 章は,大脳皮質の組織学的な構造を示す.それぞれ違った皮質がどのような機能を果たすかをまとめて解説している.電気的な活動は,脳波(第30 章)および誘発電位(第31 章)によって調べられる.左脳と右脳の機能的な相違は,「大脳半球の左右差」の標題にて第32 章で扱う.
 大脳基底核(第33 章)は,脳の底部における神経核の集まりで,基本的には体の動きの制御に関与する.その中で最も頻繁にみられる機能障害はパーキンソン病である.最後に第34 章で嗅覚系と辺縁系の構造を解説する.辺縁系は情動の主要な場である.
 第35章は脳血管系の疾患についてである.この章では,脳血管の出血と血栓による機能的な脱落症状について述べる.
 各章の表題頁にある項目は以下の通り.

章のまとめ: それぞれの章で扱う学習項目のリスト
 Box: テーマに対して詳しい構造/ 機能の解説がなされる.
 臨床パネル: 臨床的な機能障害の解説
 学習の指針: 要点それぞれについて,臨床に重きをおいた簡単なコメント

ウェブサイト
 チュトリアル:それぞれの章は項目を選んで,ウェブチュトリアルを設けた.
 ボタンをクリックすると,該当する項目のスライドが出て,説明も記載されている.オプションで音声の説明もついている.特に,第2 章の核磁気共鳴(ウェブチュトリアル2)と,第5 章の前脳の血液供給(ウェブチュトリアル5)は力を入れた.

 MCQs:ウェブサイトMCQs(multiple choice questions)にはそれぞれの章の問題がついている.設問のすべてが,USML(United States Medical Licensing Examination)のStep1形式で,半分は図,半分は本文のみである.

 症例検討:神経系の器質的あるいは炎症的障害の臨床経過について,30症例(スライド127枚)を提示した.

教材
 ウェブサイトから講義のための写真を取得することができる.詳しくは,出版社に問い合わせるか,あるいは直接Evolve website(http://evolve.elsevier.com)へアクセスして依頼する.

 Turlough Fitzgerald,Gregory Gruener,Estomih Mtui
 2010
 監訳者序文
 序 文
 謝 辞
 主な臨床例
 編集顧問/学生協力者

1 発生学
2 大脳の局所解剖
3 中脳,後脳,脊髄
4 髄 膜
5 脳の血液供給
6 ニューロンとグリア細胞:概説
7 電気的事象
8 伝達物質と受容体
9 末梢神経
10 筋と関節の神経支配
11 皮膚の神経支配
12 電気診断検査
13 自律神経系と内臓求心性線維
14 神経根
15 脊髄:上行路
16 脊髄:下行路
17 脳 幹
18 第 IX,X,XI,XII脳神経
19 前庭神経
20 蝸牛神経
21 三叉神経
22 顔面神経
23 眼球運動神経(動眼神経,滑車神経,外転神経)
24 網様体
25 小 脳
26 視床下部
27 視床と視床上部
28 視覚系
29 大脳皮質
30 脳 波
31 誘発電位
32 大脳半球の左右差
33 大脳基底核
34 嗅覚系と辺縁系
35 脳血管障害

 神経学用語集
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