やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者序文
 補綴装置の装着という操作は,修復操作の最終段階であるとともに,その後の良好な予後に影響を及ぼす重要なステップでもある.これを確実に行うためには,扱う材料に関する知識とともに,接着という現象に関する知識あるいは装着材料の取り扱いに関するテクニックを有していることが求められる.特に,レジンセメントを用いた接着であるアドヒーシブセメンテーションにおいては,各被着面に対する適切な前処理が重要となり,その対象によって最適な方法を用いる必要がある.そのように考えると,アドヒーシブセメンテーションは,比較的複雑な臨床手技であり,歯科医師にとって“交通整理”がつきにくい手技であると感じられるかもしれない.
 本書は,接着技術を応用した補綴装置の装着に関して,その基礎から臨床にわたって詳細に解説したものとして,極めて貴重なものと位置付けられるであろう.基礎と臨床を,ここまでかというほどに関連付け,その裏打ちとなる文献を紐解きながら解説している.訳者としては,専門領域が重なることから理解しやすい内容であったものの,あらためて気づかされる事項も少なからずあった.すなわち,異なる視点から臨床を見ることの重要性に気づかされるとともに,歯科臨床の奥深さを改めて感じたものである.
 本書のChapter 1〜2にかけては,部分被覆冠の支台歯形成とともに,全部冠の支台歯形成について詳述されている.直接法修復と間接法修復の選択基準もそうであるが,アンレー,そしてオーバーレイの窩洞形成について臨床とともにその考え方の基本が示されている.Chapter3では,補綴臨床において必要な材料学的な知識について触れられており,Chapter 4〜5では,接着修復に関して欠かすことができない内容が詳述されている.そして,Chapter6においては,アドヒーシブセメンテーションの理解を深めるための基礎ならびに臨床について述べられており,さらに著者らによるさまざまな臨床ケースが供覧できる.
 歯科臨床とは,その全てが患者が益するものとなるべく行われることは自明の理である.また,歯科治療の過程において,材料を用いることは欠かすことができないだけに,それらに対する確実な知識をアップデートすることも必要となる.本書は,これまでの知識を再確認するとともに,新たな気づきを与えてくれるものと確信している.
 令和5年11月 秋らしい晴天に恵まれた日に
 日本大学歯学部保存学教室修復学講座 教授
 宮崎真至



 補綴装置の装着は極めてデリケートな臨床操作であり,これは正しい診断のもとに慎重な支台歯形成,プロビジョナルレストレーションの製作,精密印象採得,さらにはモックアップを経て最終的に行われるものであり,補綴処置の予後を左右する最終段階にあたる.補綴装置を製作するための各ステップに注意を払うとともに,これらを正確に行うためには,セメンテーションにおいては歯科医師の経験とともに知識が十分に発揮されることが望まれる.
 補綴装置の装着には多くの考慮事項が包含されており,市販のセメント製品の知識にとどまることなく,長期的な予後をもたらすための最適な製品を選択することが求められる.良好な予後を得るためにも,使用する材料の基礎的な性質とともに,それに関連する知識を得ることで,永続性のある歯冠修復を行うことが可能となる.
 補綴装置の装着は,カーレースに例えるならば,異なるレーシング場,言うなれば一般道とレーシングサーキットほどの違いのある歯質,支台歯および補綴装置という異なるものを「いかにして接着させるか」ということである.陸上競技における短距離競争などでは,選手はトラックの状態に適した素材のシューズを選択する.補綴装置の装着においても同様に,良好な予後が得られるように適切な前処理をそれぞれの被着面に行う.
 その際に最も重要なポイントとなるのは,

 1)被着体の種類
 2)被着体の組成
 3)防湿の確実性

 である.
 これらのポイントを考慮して,本書は,日常臨床における補綴装置の装着に関して理論的な背景を明確に示している.本書が,多くの歯科医師にとって,日常臨床で求められる補綴装置装着における一助となることを願っている.


推薦の序
 これまでの数十年の間における材料学と接着技術の進歩は,ほとんど全ての歯科分野に大きな影響を及ぼすものでした.ミニマルインターベンション(MI)に基づいた歯科治療における接着歯学の概念は,これまでの歯科治療に変革をもたらしましたが,そのひとつが歯質切削です.窩洞形態に関する考え方は,窩洞による保持という考え方から,う蝕病巣の範囲に限局した削除とともに健康歯質の保存に変化しました.その一方で,MIにおいては,窩洞形成のテクニックを必要とするのはもちろんですが,使用する修復物の種類を考慮した歯質の切削を行う必要があります.これらの事項を考慮することによって,適切な歯面処理を行うとともに,適切な接着システムを選択することが可能となります.そのためには,歯科医師としては,自ら使用する器材に関する物理的および機械的性質に関する知識をしっかりと併せ持つ必要があります.
 以上のような観点から,本書はイラストが多用されるとともに,科学的知識とその臨床応用を含む情報を提供することによって,臨床医はもちろんのこと,歯学部の学生にとっても必要な情報を提供する一冊になっています.歯科臨床は,多くの因子によって影響を受けるものです.本書は科学的な視点から臨床的な示唆を与えることを目的としており,健康歯質の保存という観点からは,現在の歯質接着技術の貢献に関して考察が加えられています.
 Mutlu Ozcan,DMD,Ph.D
 Professor and Head of Dental Materials Unit.
 University of Zurich,Center for Dental and Oral Medicine,
 Clinic for Fixed and Removable Prosthodontics and Dental Materials Science,
 Zurich,Switzerland.
Chapter 1 部分被覆冠の形成
 (U. Campaner)
 損傷した歯の機能および審美性回復のための一般的基準
 部分被覆冠のための支台歯形成
  Clinical case 1
  臼歯部における直接修復(G. Derchi)
  Clinical case 2
  オーバーレイの形成,印象ならびに装着(E. Manca)
 結論
 間接修復法における支台歯形成
  Clinical case 3
  硬化象牙質を覆うように支台歯形成して製作されたオーバーレイ(G. Derchi)
  Clinical case 4
  フィニッシュラインの再設定(E. Manca)
 前歯部における部分被覆冠
  Clinical case 5
  審美的ラミネートベニア製作の手順(E. Manca)
 支台歯形成
 ポストクラウン
  Clinical case 6
  根管治療後のポストクラウンにおける特異的な症例(M. Galliani)
Chapter 2 全部被覆冠の形成
 (U. Campaner,E. Manca)
 全部被覆冠の支台歯形成
 ガイドグルーブテクニック
  Clinical case 7
  シリコーンインデックスを用いた支台歯形成(E. Manca)
 補綴装置に適切であるとともに長期耐久性を付与するための考慮事項
 支台歯形成の種類
 シンプルまたは水平的なフィニッシュラインの形成
 シャンファー
 Column
  Domenico Massironi によって示されたモディファイドシャンファー
 複合したフィニッシュライン
 バーティカルプレパレーション
Chapter 3 間接修復法のための材料
 (G. Derchi,V. Marchio)
 複合材料
 接着の概念
 コンポジットレジンの進化
 Column
  市販のコンポジットに含まれるメタクリル酸樹脂
 フィラー粒径によるコンポジットの分類
  Clinical case 8
  歯頸部における修復誘導性クリーピングアタッチメント(G. Derchi)
 重合反応
 歯冠用硬質レジン(技工用コンポジットレジン)
 歯科用セラミックス
 セラミックスの特性
 セラミックスの強化
 セラミックスの分類
 セラミックスの構造と製造過程
Chapter 4 接着の原理原則
 (G. Derchi)
 接着システムの種類
Chapter 5 歯質
 (G. Derchi)
 歯質
 Column
  歯質の組織学
 補綴用材料
 コンポジットレジン
  Clinical case 9
  インレー(G. Derchi)
Chapter 6 セメンテーション:材料と臨床の実際
 (G. Derchi)
 セメントの性質
 従来型セメント
 レジンセメント
 レジン添加型グラスアイオノマーセメント
 レジンセメントの重合率への影響因子
 まとめ
臨床例
 Clinical case 10
 乳臼歯における2 級修復窩洞(L. Larding)
 Clinical case 11
 前歯部における直接修復(N. Ragazzini)
 Clinical case 12
 接着技術を用いた歯根外部吸収の総合的マネジメント(R. Aiuto,G. Fumei)
 Clinical case 13
 二ケイ酸リチウムを用いたラミネートベニアおよびクラウンによる前歯部の審美的・機能的修復(P. Usai)
 Clinical case 14
 “Index Technique”による間接法接着修復(R. Ammannato)