やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 数十年前までは,医師・歯科医師が口腔がんに遭遇することは,10年に1度あるかないかとされていましたが,口腔・咽頭がんの罹患者数は過去10年間で2倍以上増加し,約20,000人となっています(国立がん研究センター統計,2019年).また口腔がんの発生率は,全部位のがんに占める割合は約2%と,少ないようではあっても,死亡者数は約7,900人で,罹患者数に対する死亡者の割合が非常に高いがんです(子宮がんの死亡者数は約6,900人).これらの現状が,一般国民はもちろん,医師・歯科医師にも知られていないことが,手遅れになる人の増加をもたらしてきたともいえるでしょう.
 それが2019年初めに,ある女性タレントがSNSで「舌がん・ステージ4」であることを公表したことが発端となり,日本全国の大学病院口腔外科をはじめ歯科・耳鼻科の医療機関はパニック状態になりました.この件以来,国民および医療従事者の口腔がんへの関心が急速に高まるとともに,口腔がん検診の重要性がクローズアップされ,口腔外科医・口腔病理医への開業医からの問合せ,各地の歯科医師会や各県の臨床細胞学会からの講演依頼が急増しています.
 口腔がんを含む口腔疾患における診断や検診に有効な手段が口腔細胞診です.従来の口腔細胞診は,検体採取にあたって高度なスキルが必要となる擦過細胞診が主体だったため,歯科医院における実施は難しい側面がありましたが,近年注目されている液状化検体細胞診(liquid basedcytology:LBC)は,検体採取者の技術差を問わず,開業歯科医師や研修医などの未経験者や初学者でも簡便・安価に行うことができて,患者さんにも低侵襲であることから,早期普及が望まれます.すでに口腔がん検診にLBCを積極的に利用している医療機関や歯科医師会も数多くあり,口腔がんの早期発見・早期治療に貢献する結果がみられています.
 口腔は,食べる,話す,表情を作るなどさまざまな機能を営んでおり,口腔がんを初期で治療完了できれば,患者さんのQOL低下を最小限に抑えられることは言うまでもありません.このためには早期発見が不可欠であり,その最前線に位置するのは,日頃から患者さんの口腔を見ている一般歯科医院です.一方,口腔に生じる異変の多くは,目で見て見つけることができますが,その異変が,口腔がんか炎症か,または創傷か,判断がつかない場合も少なくありません.
 本書は,口腔がんを見つけるための1つの手段としての口腔細胞診について,一般歯科医院でも簡単に行うことができるLBCを用いた検査方法と,見てわかる症例の実際を提示した入門書です.Chapter 1で口腔がんの早期発見の重要性を再認識していただいたうえで,Chapter 2とChapter 3で歯科医院におけるLBC実践法を習得していただき,Chapter 5〜7では判定結果が検査機関から報告された際の患者さんへの説明用に活用していただけるよう構成しました.また判定のバックボーンとなる染色法についてもChapter 4で解説しています.
 開業歯科医,勤務歯科医,歯科研修医および歯科衛生士のみならず,従来口腔細胞診に興味はあっても知識などが疎かった医師,臨床検査技師,細胞診の臨床実習中の歯学部学生の諸氏に本書を役立てていただくことで,口腔細胞診の普及,ひいては口腔がん患者さんの早期発見・早期治療につなげていただけることが私たちの切なる願いです.
 2020年12月
 編集委員
 田沼順一 新潟大学大学院教授
 松坂賢一 東京歯科大学教授
 はじめに
Chapter 1 口腔がんの早期発見における口腔細胞診の重要性
 (田沼順一)
 1:わが国の口腔がんの現状
 2:口腔細胞診の意義
Chapter 2 検査の依頼
 1:口腔内写真の撮影法(片倉 朗)
  1)診断のための口腔内写真の有用性
  2)口腔粘膜疾患の写真の撮り方
  3)口腔粘膜病変を写真で記録するときの注意
 2:細胞診の検査依頼書・申込書の記載と保険請求(松坂賢一)
  1)検査の依頼方法
  2)細胞診の保険請求
 3:検査依頼についてのFAQ(田沼順一)
  Q1 細胞診を実施した場合の保険点数・請求の実際について教えてください
  Q2 細胞診検体の送付の際にはどんな書類の添付が必要ですか?
  Q3 検体の送付方法・送付先について教えてください
Chapter 3 検体の採取方法と扱い方
 (小林正治・船山昭典)
 1:使用器具
  1)アングルワイダー,口角鉤
  2)表面麻酔
  3)細胞採取・回収用器具
 2:病変採取部位の清掃および含嗽
 3:検体の採取法
  1)表面麻酔
  2)細胞採取
Chapter 4 染色法
 (松坂賢一・田沼順一)
 1:染色の前処置
 2:パパニコロウ染色
 3:特殊染色
  1)PAS染色
  2)メイ・ギムザ染色
 4:免疫染色
Chapter 5 口腔粘膜の正常組織像および細胞像
 (田沼順一)
 1:歯肉粘膜
 2:口蓋粘膜(硬口蓋)
 3:舌粘膜
 4:口底粘膜
 5:頬粘膜
Chapter 6 判定基準
 (田沼順一)
 1:口腔の前癌病変と口腔癌の組織学的分類の要約
 2:口腔細胞診における基本的な観察順序
 3:2015年版細胞診ガイドライン5(口腔)の報告様式
  1)報告様式の特徴と分類(2015年版細胞診ガイドライン5〈日本臨床細胞学会〉の一部抜粋)
  2)口腔細胞診の細胞に対する観察点・注意点
  3)深層型異型細胞と角化型異型細胞からみた口腔細胞診の判定基準
  4)口腔細胞診の報告書に対する対応
Chapter 7 症例提示─典型症例でみる疾患別組織・細胞像
 1 白色病変
  1・上皮性病変(橋本和彦・松坂賢一)
   (1)NILM
   (2)LSIL
   (3)HSIL
   (4)SCC
  2・カンジダ症(山ア 学)
  3・扁平苔癬(山ア 学)
 2 黒色病変(松本直行・田沼順一)
  1・悪性黒色腫
  2・母斑細胞性母斑・メラニン色素沈着
   (1)母斑細胞性母斑
   (2)メラニン色素沈着
  3・金属刺青
 3 水疱形成病変(大野 純・田沼順一・松坂賢一)
  1・ヘルペス
  2・天疱瘡
  3・類天疱瘡
 4 唾液腺疾患
  1・唾液腺細胞診の基本と報告様式ミラノシステムについて(浦野 誠)
   (1)唾液腺細胞診の特徴
   (2)検体採取・検体処理
   (3)唾液腺腫瘍の構成細胞・基本的組織型
   (4)判定・新報告様式とミラノシステム
  2・良性腫瘍(大家香織)
   (1)多形腺腫
   (2)ワルチン腫瘍
   (3)筋上皮腫
  3・悪性腫瘍(杉田好彦)
   (1)粘表皮癌
   (2)腺様嚢胞癌
   (3)分泌癌
 5 歯原性腫瘍(中野敬介・田沼順一)
  1・良性腫瘍
   (1)エナメル上皮腫
   (2)歯原性粘液腫
  2・悪性腫瘍
   (1)原発性骨内癌,NOS
 6 嚢胞(栢森 高・柳下寿郎)
  1・含歯性嚢胞
  2・歯原性角化嚢胞
  3・歯根嚢胞
 7 その他(栢森 高・柳下寿郎)
  1・エプーリス
  2・口腔癌再発
  3・悪性リンパ腫

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 おわりに
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