やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序

 本書は,約5年前わが国で初めて「口腔保健学」の書名を用いて世に出した.その後口腔保健学の名称は定着し,幸にも江湖に迎えられたことは,編者一同大変喜ばしく,また読者各位に感謝している次第である.「口腔保健学」の目指すところは,国民の歯・口の健康の維持増進であり,これまでの歯科疾患の予防・治療から一歩踏み出すことを念願して本書を企画し,編集した.そして,この方向はむしろ時代の流れでもあったのではないかと,いま振り返って思うものである.
 21世紀を迎え,健康日本21が全国的に展開され,そのなかに「歯の健康」が取り入れられて推進されることになった年に当たり,編集委員ならびに執筆者を一部交代し,新たな気持ちで第2版に取り組むこととした.しかし,基本的には,初版の方向と構成に大きな変更は加えていない.ここに,初版の編集を担当された森本基,清水秋雄の両名誉教授のご尽力に対し,改めて敬意を表したい.
 ただ,齲蝕予防の項からフッ化物応用法を独立させ,詳しく記述したことは,今版の特徴ということができる.その他,旧版に寄せられた貴重なご意見をできるだけ多く取り入れるとともに,最近の知見や法律・制度等の改正も可能な限り盛り込むように努めた.しかし,まだ完成されたものとは言い難いことは,われわれとしてもよく承知しているところであり,読者各位のさらなるご叱正を切に願うものである.
 2001年1月 編者一同

はじめに

 戦後半世紀の間,多くの社会的・経済的な変革のもとに,わが国の諸制度,特に,保健・医療・福祉の制度は,大きな改善を成し遂げてきた.廃墟の中から立ち上がった国民は,日夜を分かたず活動を続け,わが国の経済の高度成長は世界が目を見張る発展を遂げることとなった.しかし,右肩上がりの高度経済成長も終わりを告げ,これからはいよいよ腰を据えてあらゆる領域で本格的に取り組むことの必要な時代となった.
 われわれの領域での端的な例が,戦後のわが国の健康の確保と向上に大いに貢献してきた公衆衛生の基本法である「保健所法」が「地域保健法」に変更されたことである.このことは,単なる法律の名称変更ではなく,わが国全体の保健医療にかかわる社会構造の変化を背景に,急激に進んでいる人口の高齢化や,多様化を示している生活者としての住民の価値観と健康への要求の高まりが,わが国全体に疾病志向から健康志向へと機軸を変化させてきている.
 長い間,疾病の早期発見・早期治療を基本として,関係者が取り組んできた齲蝕との闘いも,地道に続けられた地域における歯科保健活動によってやっと減少傾向を示すようになり,疾病の予防・健康増進といった本来の歯科保健活動ができる状況になってきた.
 その上,かつて保健や医療が,それぞれ独立して進められてきた時代とは異なり,今後は保健・医療・福祉の連携からさらに統合化の方向にあり,新しい体制づくりに拍車がかけられてきている.このことは,歯科保健の領域にも及び,地域における保健活動は健康を基本におき,国民の要求に応えられるような歯科保健医療福祉の体制づくりに取り組む必要が生じてきている.このような時に広く口腔衛生学,予防歯科学,社会歯科学といった領域で研究教育活動に従事してきた仲間が集まって議論を重ねてきたところ,新しい時代に積極的に取り組む姿勢を示した「口腔保健学」を世に問うこととした.
 もちろん,この「口腔保健学」は,従来の口腔衛生学や予防歯科学を否定するものではなく,長い間に集積されたこれら学問の業績と経験を踏まえて,さらに,積極的にこれらを包含して,新しい時代に向けて出発することを念じている.
 とはいえ,すべてがいまだ十二分な議論と合意に達しているものではない.今後,関係者が議論を重ねることによって,より,完成度の高いものにしていかなくてはならないと考えている.多くの人々のご意見をいただきながら内容を改善したいと願っている.忌憚のないご批判を切に願っている.
 1996年3月 編者一同
第1編 口腔保健学の基礎…1

第1章 口腔保健学序説…3
 1.口腔保健学…3
   1)口腔保健学の考え方/3
   2)口腔保健学の定義/3
   3)口腔保健学などの関連学科目/4
 2.健康の概念…4
   1)WHOの定義/4
   2)日本国憲法との関係/4
   3)歯科医師法等との関係/5
 3.口腔と健康…6
   1)口腔保健の目指す健康/6
   2)口腔保健活動の方法と展開/6
   3)口腔保健活動と倫理/7
 4.口腔保健の現状と今後…8
   1)プライマリヘルスケア/8
   2)プライマリオーラルヘルスケア/8
   3)ヘルスプロモーション/9
   4)口腔保健におけるヘルスプロモーション/10
   5)口腔保健と行動科学(行動心理)/10
   6)口腔保健と社会保障/10
   7)新しい口腔保健を目指して/11
  「口腔保健に関する東京宣言」…12
  「健康日本21-歯の健康目標値-」…13

第2章 口腔の発育・発達と機能…15
 1.心身の成長と発達…15
   1)形態的成長/15
   2)機能的発達/15
   3)心的成長/16
 2.口腔の発育・発達と機能…17
   1)歯・口の発生/17
   2)顎骨の発育,成長/19
   3)歯の発育,成長と調和/19
   4)歯と顎骨の調和/23
   5)加齢に伴う口腔内の変化/24
 3.摂食・嚥下機能…26
   1)口腔・咽頭の成長変化/27
   2)機能の発達/29
 4.言語機能…32
   1)発声・発語と構音機能/32
 5.味覚…34
   1)味覚と摂食/34
   2)味覚の発達/35
   3)口腔感覚と味覚/35

第3章 口腔環境と健康の保持・増進…37
 1.口腔環境…37
   1)唾液/37
   2)口腔局所の免疫/41
   3)微生物/41
   4)歯垢(歯苔,デンタルプラーク)/43
   5)歯石/47
   6)色素性沈着物/49
   7)食物残渣/49
   8)舌苔/49
 2.口腔のセルフケア・プロフェッショナルケア…50
   1)口腔清掃の意義/50
   2)口腔清掃の種類/51
   3)セルフケアとしての口腔清掃とその用具・用材/51
   4)口腔清掃指導法/55
   5)プロフェッショナルケアとしての口腔清掃法/61
 3.生活習慣と口腔保健…61
   1)ライフスタイルと口腔疾患/61
   2)食生活/62
   3)喫煙/63
   4)ストレス/66
 4.口腔保健と全身疾患…68
   1)糖尿病/69
   2)循環器疾患/70
   3)細菌性肺炎/71
  「歯周病と喫煙-禁煙サポート-」…72

第4章 口腔領域の疫学…75
 1.疫学概論…75
   1)疫学とは/75
   2)疫学研究法と調査法/75
   3)疫学の基礎/77
 2.口腔領域の疫学…82
   1)疫学指標/82
   2)齲蝕の指標/84
   3)歯周疾患の指標/87
   4)口腔清掃状態の指標/91
   5)歯のフッ素症の指標/95
   6)顎機能障害の指標/95
   7)不正咬合の指標/96
   8)疫学的特性/99
 3.口腔保健指標と効果測定…100
   1)口腔保健指標の選択/100
   2)仮説の設定/101
   3)仮説の検証/102
   4)因果関係の判定/102
   5)効果測定/103
   6)臨床疫学/104
   7)臨床薬理試験/107
   8)臨床判断分析/107
  「CPI-地域における歯周疾患指標-」…109
  「口腔保健医療情報の活用法」…110

第5章 口腔疾患の予防…113
 1.口腔疾患の予防概念…113
   1)口腔疾患予防の概念/113
   2)リスクの評価・診断/114
   3)保健指導・健康教育/114
   4)口腔保健管理/115
 2.齲蝕とその予防…116
   1)齲蝕の病因/116
   2)齲蝕のリスク診断/125
   3)齲蝕の予防法/129
 3.フッ化物応用法…138
   1)フッ素と歯と健康/138
   2)フッ化物による齲蝕予防法/143
 4.歯周疾患の予防…151
   1)歯周疾患概説/151
   2)歯周疾患の発生と進行/153
   3)歯周疾患の予防/166
 5.口臭とその予防…175
   1)口臭の原因と原因物質/175
   2)口臭症の分類/175
   3)口臭の検査/176
   4)予防と治療/177
 6.その他の口腔疾患とその予防…178
   1)口腔粘膜疾患/178
   2)歯科診療に関連のある感染症/179
   3)口腔腫瘍/181
   4)口腔心身症/182
   5)口腔の奇形と異常/182
   6)不正咬合とその予防/183
   7)顎関節症とその予防/184

第2編 口腔保健学の実践…185

第1章 口腔保健活動…187
 1.口腔保健活動の概念…187
   1)口腔保健活動の考え方/187
   2)口腔保健活動の6W1H/188
   3)8020運動とライフステージにおける口腔保健/190
 2.口腔保健活動の担当者…191
   1)歯科医師/191
   2)歯科衛生士/194
   3)保健婦(士)/195
   4)養護教諭/196
 3.口腔保健活動の組織…196
   1)地域保健概説/196

第2章 母子保健における口腔保健…211
 1.母子保健概説…211
   1)母子保健の目的/211
   2)母子保健の実施体制/211
   3)母子保健事業/212
 2.妊産婦と口腔保健…213
   1)歯と口腔の疾病・異常/213
   2)歯科健康診査/214
   3)口腔保健指導/214
 3.乳幼児と口腔保健…217
   1)乳児の歯と口腔の疾病・異常/217
   2)乳児に対する口腔保健指導/217
   3)1歳6カ月児歯科健康診査と口腔保健指導/219
   4)3歳児歯科健康診査と口腔保健指導/224

第3章 学校保健における口腔保健…229
 1.学校保健概説…229
   1)学校保健の領域と構造/229
   2)学校保健行政組織/232
   3)学校保健運営組織/233
   4)学校保健関係職員/234
   5)学校保健関連法規/236
   6)学校保健安全計画/237
 2.児童生徒などの口腔保健状況…238
 3.学校歯科保健各論…239
   1)学校歯科保健教育/239
   2)学校歯科保健管理/244
 4.学校安全・スポーツ外傷…251
   1)スポーツによる歯・口腔の外傷/251
   2)学校体育,生涯スポーツ,競技スポーツに対する歯・咬合の影響/253

第4章 成人・老人保健における口腔保健…255
 1.成人・老人保健概説…255
   1)成人・老人の生活と健康/255
   2)老人保健法と保健事業/256
 2.地域における口腔保健…258
   1)成人・老人の口腔状況/258
   2)歯の健康教育と健康相談/258
   3)歯周疾患検診/259
   4)訪問口腔衛生指導/262
 3.職場における口腔保健…262
   1)労働安全衛生法と保健管理/262
   2)口腔にみられる職業性疾患/265
   3)職場での口腔保健管理/267

第5章 障害者と口腔保健…269
 1.障害の概念…269
   1)法制度と定義/269
   2)障害の分類/269
   3)障害の受容/270
   4)障害者に対する医療・福祉の現況/270
 2.障害者と口腔保健…271
   1)障害者の行動調整/271
   2)身体障害/271
   3)知的障害/273
   4)精神障害/273
   5)重症心身障害/274
   6)摂食・嚥下障害/275
 3.要介護者(高齢者)と口腔保健…277
   1)口腔関連愁訴/278
   2)口腔ケアの必要性/278
   3)在宅訪問歯科診療/279
   4)介護保険における居宅療養管理指導/280

第6章 臨床の場における口腔保健…281
 1.診療室での口腔保健活動…281
   1)予防歯科臨床の目的/281
 2.診療室と地域との連携…294
   1)プライマリケアとかかりつけ歯科医/294
   2)待ちの医療から積極的な医療へ/294
  「つまようじ法」…296

第7章 口腔保健における国際関係…297
 1.国際的にみた口腔保健の展開…297
   1)世界保健機関(WHO)/297
   2)国際歯科連盟(FDI)/298
   3)その他の国際機関/298
 2.国際交流・国際協力…299
   1)政府間協力/299
   2)非政府団体(NGO)の活動/300

参考文献…301
索引…307