やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 ヨーロッパと中国と日本には,もともと口腔科の医師がいた.そのほかにヨーロッパでは「入れ歯渡世人」がおり,日本には「歯抜き・入れ歯師」がいた.アメリカのdentistryはこの入れ歯渡世人の制度を,いち早く歯科医学校としたものである.
 蕪村の曲の一節に
 「もとを忘れ末を取る継木の梅」 というのがある.
 日本の医学は,まさにこれである.わが国では明治維新政府の指導者の油断と2つの国難で,本道の医学に返るチャンスを二度失っているのである.口腔・顔面は生命の要の器官であるから,中世の文明国にはすべて口腔科医がいた.これが明治8年頃にアメリカの意志で曲げられて日本の口腔の医療は歯と入れ歯の処置だけしかできないような制度となってしまった.つまりアメリカの継木が生着したのである.
 著者の母校の東京医科歯科大学の前身の東京高等歯科医学校を創始された島峯徹先生は,この流れを正そうとして「口腔科医科大学構想」を掲げて邁進されたのであったが,関東大震災と今次大戦という2つの国難で実現されることはなかった.
 Dentistryは,アメリカの臓器別医学のはしりである.この臓器別医学には,ヒポクラテス以来の医学の基本となっている因果の理法が抜けており,臓器移植で代表されるようにすべてが短絡的で,病気の原因を考えない.生体力学(バイオメカニクス)がほぼ完全に欠落しているから,身体の力学作用で起こる病気については不思議な現象としか思っていないのである.世界中の歯学で扱っている顎・顔面の変形症や歯列不正,顎関節症は,まるで群盲が顎を象かと思ってなでているような観がある.現在,アメリカ在住の日本人が,単なる顎関節症や顔面変形症,人工歯根等の治療のために,メールをたよりに飛行機で著者のもとに通院している例もある.情報革命でまさに今,世界国家が誕生しつつあることを実感している.
 本書を読んで一人でも多くの医師が島峯徹先生の遺志をついで,疾患の原因究明ができる,病気の治せる口腔科医となることを願っている.
 本書をまとめるにあたり,医歯薬出版株式会社の辻 寿氏に多大のご尽力をいただきました.つつしんでここに感謝の意を表します.
 平成12年11月 著者
第I編 理論的背景

はじめに-私の研究の歩みにてらして…2
   大学入学の頃/2
   大学院生の頃/3
   「歯学」と「口腔科医科大学構想」/3
   「人工歯根療法」,「人工骨髄の開発」と「口腔とその周辺の習癖」の研究/4
   容姿・容貌の医学と免疫学/5
   アメリカ医学への「歯科の恩返し」/6

第1章 口腔科医学史概論…7
 1.口腔科と歯科医学/7
  1)19世紀の医学と歯科医学/7
  2)歯と顎骨の生体力学の誕生/8
 2.歯科医学と歯学/9
 3.わが国の口腔科医科大学構想の挫折/10
 4.わが国の歯科医学の成り立ち/11
 5.新しい口腔科歯科医学の創始/12

第2章 新しい医学・生命科学の概論…14
 1.21世紀の生命科学と医学/14
 2.顔面頭蓋と脊椎動物の3つの謎-進化学と免疫システムと骨髄造血の発生/15
  1)「ウォルフ(Wolff)の法則」と進化論/15
  2)脊椎動物の謎とその解明/17
  3)生命機械の機能発現と局所細胞の遺伝子の発現/19
  4)力学対応進化学/20
 3.顎・口腔の機能性疾患/21
 4.脊椎動物の進化学と21世紀の生命科学/24
  1)歯の学問の復活と実験進化学手法の開発/24
  2)実験進化学手法/24
 5.顔と歯の器官特性,機械臓器の概念および生体力学と機能性疾患/25
  1)顔とは何か?/25
  2)骨とは何か?/28
  3)歯とは何か?/29
 6.歯・骨・関節と「ウォルフ(Wolff)の法則」の実態/30
 7.咀嚼器官の関節の特徴/31
 8.機能性の疾患と機能療法・機能外科療法/33
   本書における主な法則と概念の解説/35
   ラマルクの用不用の法則/35
   ウォルフの法則/35
   ヘッケルの生命発生原則とルーの生命発生機構学/36
   真正生命発生原則/36
   重力対応進化学-真正用不用の法則と進化の革命紀/37

第3章 歯と骨の科学について…39
 1.歯の学問の歴史/39
 2.歯の学問の多様性/41
 3.歯の学問の生体力学による統合と復活/44
 4.歯とは何か? 骨とは何か?/44
 5.進化の謎の究明と人工臓器の開発/46

第4章 口腔科臨床医学の新体系-病気の科学と健康の科学-…53
 1.現代の誤った健康観/53
 2.病気とは何か?/56
 3.健康とは何か?/58
 4.脊椎動物の進化と機能性の疾患/63

第II編 バイオメカニクスと顎・口腔の臨床

第1章 顎・口腔に生ずる器質性の疾患…68
 1.口腔の診査法/68
 2.口腔の構造と機能/68
 3.口腔疾患とその特徴/70
 4.口腔診査の実際/72
  1)一般診査法/72
   (1)問診/72
   (2)視診/74
   (3)触診/76
   (4)X線診査/76
  2)口腔に特徴的な疾患の診査法/76
   (1)口腔粘膜疾患/76
   (2)齲蝕/76
   (3)歯周疾患/77
   (4)唾液腺の疾患/78
   (5)歯列の異常と顎の変形症/79
 5.口腔疾患の予防と保健/79
  1)奇形・変形症/80
  2)外傷/81
  3)外科的感染症/82
  4)口腔粘膜疾患/82
  5)嚢胞性疾患/83
  6)腫瘍/83
   (1)良性腫瘍/83
   (2)悪性腫瘍/83
  7)その他の疾患/84
 おわりに/84

第2章 顔と口のバイオメカニクス-顎・口腔疾患の診断と治療の新しいパラダイム-…86
 1.バイオメカニクスと医学/86
 2.機械臓器の概念と顎・口腔領域へのバイオメカニクスの導入/87
  1)顎・口腔疾患と機械臓器の概念/87
  2)口腔疾患とバイオメカニクス/90
 3.歯の器官特性と口腔疾患の生体力学的因子/91
  1)歯の力学機能体としての特性/91
  2)口腔疾患の生体力学的因子/93
   (1)口呼吸習癖/93
   (2)片側咀嚼習癖/94
   (3)睡眠姿勢習癖/95
   (4)t杖習癖/95
   (5)食いしばり・歯軋り習癖/95
   (6)楽器の演奏練習/95
 4.口腔・顔面の疾患の生体力学的因子と機能療法・機能外科療法/96
  1)機能療法/96
  2)咀嚼器官の機能外科療法/97
  3)機能性疾患の予防法/98

第3章 口腔疾患の全身的影響と生体力学…102
 1.臨床医学と系統発生学/102
 2.顎・口腔疾患の全身への影響/103
  1)骨格系への影響/105
  2)免疫系への影響/108
  3)感染巣の全身への影響/111
  4)精神・身体的影響/112
  5)大脳生理学的影響/114

第4章 口腔に関連する習癖と顎・口腔疾患について…117
 はじめに/117
 1.研究の方法と概要/119
  1)口呼吸とそれに伴う舌の嚥下・会話時の習癖/119
  2)片側咀嚼習癖/122
  3)睡眠姿勢・枕の位置習慣/128
  4)頬杖/132
  5)クレンチング/133
 2.考察/133

第5章 顎関節症の診断と治療…138
 はじめに/138
 1.研究の方法および対象症例/139
 2.臨床例/142
 考察/150
 まとめ/156

第6章 習慣性顎関節脱臼の診断と治療…157
 はじめに/157
 1.研究の方法/157
 2.研究の結果/158
 3.臨床例/160
 考察/167

第7章 歯周疾患の生体力学的要因と機能外科療法…172
 はじめに/172
 1.研究の方法/173
 2.研究の結果/173
 3.臨床例/175
 4.考察/181
 まとめ/186

第8章 免疫疾患と口呼吸習癖との関連-人類特有の疾患と免疫学の概念-…187
 はじめに/187
 1.研究方法と対象患者/188
 2.研究の結果/188
 3.臨床例/191
 4.考察/202
 おわりに/207

おわりに…209
索引…213