やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 歯科理工学は,歯科用材料に関する基礎科学と臨床歯学の基礎となる歯科技術とを包含した,かなり広範囲にわたる学問の分野である.ここでは,無機材料学,金属材料学,有機材料学に関する基礎知識と,修復物設計の基礎となる材料力学,鋳造,切削,充填などの歯科技術,および材料の生体反応などを含む広範囲の知識を習得することが要求されている.
 歯科理工学で取り扱う材料は,陶材やセメントのような無機材料から金属材料,さらにワックス,合成樹脂のような高分子材料まで,数十種に上るであろうし,また,ここで取り扱われる理論は,物性論,レオロジー,応用力学,科学反応論,転位論など多岐にわたっている.
 これらの材料のひとつひとつの特性と操作法の要点を,限られた時間内で,歯科専攻の学生に理解させるには,どのような方法によるのが最良であろうか.このような単純な疑問は,日本歯科大学に奉職して十数年になる現在でも,私の胸中から離れ去ることがない.十数年の間,毎年のように歯科理工学実習のプリントを書き直しては自費出版してきたのは,絶え間のないこのような疑問と歯科理工学の教育と実習に対する恐れから出発したことであった.この小書「歯科理工学実習指針」は,十数年にわたるこうした苦闘の中から,ようやく固定してきたテーマを中心に,歯科教育基準で定められた45〜60時間の実智時間内で実現できる最少数のテーマを選んで書かれたものである.
 日本歯科大学における初期の歯科理工学実習では,「Pb-Sn系合金の融点測定と状態図の作製」とか,「Ag-Cu系合金の熱処理と組織の変化」のような合金学の基礎テーマが数多く含まれていた.このような材料の基礎科学に関するテーマ―悪くいうならば,理学,工学の分野から移植されたなまのままのテーマだけで歯科理工学実習のすべてを組むことも,もちろん可能である.たとえば,「ポリメチルメタクリレート樹脂の合成」とか,「クリストバライトのα→β変態における熱膨張の測定」とか,あるいは.「光弾性実験法による応力集中の測定」とかいったテーマで歯科理工学実習を済ませることもできる.また,本書2-1印象材の弾性ひずみと永久ひずみで採用されているような,日本工業規格の歯科材料部門(JlS,T)に従って印象材のみならず,せっこう,ワックスその他全市販商品のJIS規格による試験を行なうという方法でも,歯科理工学実習を組むことができる.この2つの方法を比べた場合,学生に歯科材料の特性を習得させるうえで,いずれがすぐれているといえるであろうか.
 このような教育方法論的な考え方から逃がれて,私は歯科材料について学生に何を学んでほしいか―何を学ばせるべきか―という基本線に立って考えてみることにした.たとえば,充填用アマルガムについて歯科学生が知っておかねばならない最も重要な属性はいったい何であろうか.水銀を用いることによる毒性なのであろうか,それともアマルガムを操作するときの誤りによる材質の劣化なのであろうか,あるいはアマルガムを充填材のひとつとして考えたとき,辺縁封鎖の良否を問題とすべきなのであろうか.もし,操作法の誤りによる材質の劣化を学生に知らせることが最も大切ならば,アマルガムの実習は“練和,充填条件を変えたときの物性の変化”とすべきだし,辺縁封鎖性の良否が最重要課題であると考えるならば,“充填材の辺縁封鎖性”というテーマを選ぶべきではないだろうか.
 このようにひとつひとつの歯科材料について“何を学ばせるか”を考えてゆくと同時に,歯科材料科学を理解させるうえで,全体としてどのような課題を選ぶべきかを検討していった.その結果,歯科理工学実習は,1.印象,2.模型,3.鋳造,4.重合,5.充填,6.切削の6課程で組むことができ,これでじゅうぶんであろうという結論にたどりついた.合金の融点測定,状態図の作製,あるいは光弾性実験法による応用測定など基礎科学に属すると思われるテーマは思い切って物理学実験で行なうようにし,臨床歯学の基礎学と材料科学とを融合させた歯科理工学実習に一歩近づけようと試みた.このような思考の経過と十年余の経験をへて書き上げたのがこの「歯科理工学実習指針」である.もちろん,“何を学ばせるか”についての討議もなお完全とはいえないし,実習方法自体についても完成されたものではない.しかしこの実習書は,ひとつの方向を定めて,その方向に努力しようとする姿勢を持った書物である.大方の批判と叱正を仰ぎたいと望んでいる.
 この実習書に書かれた内容は,向こう4,5年間大幅な改定をしないで実施する予定である.それは,ひとつには,学生の教科書であるから出版費をできるだけ安価にするため,大量に印刷することが必要だったこともあるが,もうひとつの理由は,“何を学ばせるか”についての原則的な議論から決められたテーマの是非がはっきりするのには,最低5年くらいの実施期間が必要だと思われるからである.この5年間にできるだけ多くの臨床家,歯科理工学者からの意見を聞き,実施された結果から学んで,より完全な歯科理工学実習の教科書を作り上げたいと念願している.
 最後に,この書の前身であるプリント“歯科理工学実習指針”の内容を十数年にわたって検討してくれた教室員全員に厚くお礼申し上げると共に,一私学で作られた実習書の出版を快く引き受けて頂いた医歯薬出版株式会社に厚くお礼申し上げる次第である.
 1974年3月 中村健吾
1 石膏 岡村弘行・赫多 清
 基礎知識
 実習1-1 石膏の硬化膨張と硬化時間
  a.硬化膨張の測定
  b.硬化時間の測定
 実習1-2 石膏のぬれ圧縮強さとぬれ間接引張強さ
  a.シリコーンゴム型を用いた試験片作製法
  b.ステンレス鋼製2分割金型を用いた試験片作製法
 DATASHEET
2 印象材 赫多 清・岡村弘行
 基礎知識
 実習2-1 印象材の弾性ひずみと永久ひずみ
  a.試験片の作製方法
  b.弾性ひずみの測定
  c.永久ひずみの測定
  d.定荷重法により1つの試験片から弾性ひずみと永久ひずみを測定する方法
 実習2-2 印象材による模型の寸法精度
  a.アルジネート印象材による模型の作製
  b.シリコーンラバー印象材による模型の作製
  c.測定法
 実習2-3 連合印象による模型の寸法精度
  a.シリコーンラバー印象材による連合印象法
  b.寒天印象材-アルジネート印象材による連合印象法
  c.測定法
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3 歯科用レジン 仲居 明・宮坂 平
 基礎知識
 実習3-1 加熱重合レジンの粉・液反応時間
 実習3-2 加熱重合レジン重合時の温度上昇と気泡の発生状態の観察
 実習3-3 常温重合レジンの硬化時間と温度上昇
  a.硬化時間の測定
  b.常温重合時の温度上昇の測定
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4 ワックス 中山正彦・後藤真一
 基礎知識
 実習4-1 ワックスの熱膨張
 実習4-2 ワックスの変形
 実習4-3 フルクラウンタイプ・ワックスパターンの変形
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5 埋没材 安藤進夫・仲居 明
 基礎知識
 実習5-1 埋没材の硬化膨張と吸水膨張
  a.JISに準じた方法
  b.簡易法
  c.ダイヤルゲージ法
 実習5-2 埋没材の熱膨張
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6 歯科精密鋳造 後藤真一・安藤進夫
 基礎知識
 実習6 クラウンの寸法精度
 DATASHEET
7 成形充填材 宮坂 平・宮川行男
 基礎知識
 実習7-1 成形充填材の圧縮強さと間接引張強さ
 実習7-2 成形充填材の辺縁封鎖性
 DATASHEET
8 合着用セメント 宮川行男・中山正彦
 基礎知識
 実習8 合着用セメント
  a.標準稠度の測定
  b.硬化時間の測定
  c.被膜試験
  d.圧縮強さ
 DATASHEET
付 測定値の基本的な統計処理法 宮川行男・中山正彦
 1.統計処理の必要性
 2.平均値と標準偏差の計算法
 3.測定値の丸め方
 4.2組の平均値の差の検定
 付表1〜5

索引
DATASHEET(提出用)