やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序 文

 歯科衛生士教育では,実習が特に重視される.それは歯科衛生士の活動場面が,歯科臨床や公衆衛生の現場活動であるからである.
 歯科衛生士教育における実習の項目としては,予防的歯石除去法,歯科保健指導法,歯科診療補助および介助として齲蝕予防処置法がある.
 これらのうちで手技という点からみると,齲蝕予防処置法は比較的簡単なものが多い.
 齲蝕予防処置法に必要な手技は,予防的歯石除去法に熟練していれば十分役立つ程度である.したがって,この実習にさく時間はそれほど多くなくても十分に応用が可能である.
 しかし,最近になると,齲蝕予防処置法として,いろいろな新しい方法が開発されたり提供されたりするばかりでなく,術式的には比較的単純ではあっても,それを取り巻くいろいろな問題について十分な認識をもっていないと,困るような場面も少なからず出てくるようになった.そこで,齲蝕予防処置法の実習では,単に手技だけではなく,それを取り巻くいろいろの事柄についての理解を十分にする必要がある.
 これらの知識は口腔衛生学などでもすでに学んでいる事柄であるが,実習に直接つながることについては,実習にあたって繰り返し整理しておく必要がある.以上のような理由から,本書ではいくらか基礎的な知識と考えられる部分に踏み込んで説明を行った.特に,歯科衛生士教育における実習の指導は,歯科衛生士である教員によって行われるほうがよいという立場から,知識についての部分はやや詳しく解説した.
 私たちは,いくつかの歯科衛生士養成機関で,齲蝕予防処置法の実習を担当してきたが,その経験からいうと,理解のための分量と,実技訓練のための分量とのバランスをとるのに苦心することが多かった.この意味から,実際の歯科衛生士教育の現場では,工夫をして実習を進めていく必要がある.
 巻末に一応講義時間の目安例をつけておいたが,実際に授業を進めるにあたってはさらに工夫を要すると思う.
 なお1〜2章は榊原が,4,5,7,8章は中垣,3,6章は石井,そして9章は石飛が分担した.
 昭和58年2月15日 榊原悠紀田郎 中垣晴男 石井拓男 石飛国子

第2版の序

 齲蝕予防処置法の教育を実際にしようとすると,取り扱いにくいところがいくつかでてくる.実技的な部分では,とくに複雑なところはないし,ふつうの歯科衛生士教育の実習の中で習得できる程度の手技で十分間に合う.しかし,実際の応用に当たっては,手技的なところよりむしろ考え方のところに,しっかりとつかんでおかなければならないことがたくさんある.
 こういう考えから,初版では齲蝕予防処置法全体について,知識的な部分が中心となるように書いてある.このために,教育の現場では少し使いにくいと思われる点がいくつか指摘された.そこで,今回は総説編と実習編とに分けて整理することにした.
 総説編は,口腔衛生学の内容とかなり重複があるが,齲蝕予防処置法という科目で,実習を含めて教育する場合を考えに入れてここにまとめてある.
 したがって,口腔衛生学では,この部分を考えに入れて講義することができれば,実習編とのジョイントもスムーズにいくことになる.そんなときこの部分は除外してもよい.
 実習編のほうには,各術式ごとに項目を起こして,実習計画が立てやすいように配列してある.
 とくに今回は,フッ化物ゲルの応用や,小窩裂溝填塞法のときの酸処理を加えたり,実習だけでなく臨床の場のことも加え,また集団応用のところは,別に編として独立して取り扱うように改めた.
 大きな筋は変わりないが,実際に使ってみたうえで,いろいろな方々からのアドバイスや,私たちの経験をふまえて,配置や内容を改めたものである.
 しかし,できあがってみると,まだ改める余地がたくさんありそうにも思える.
 テキストブックというものは,あくまで教育に最も役立つようにつくられることが大切である.この意味からも,現場からのアドバイスをぜひともお聞かせいただきたい.
 そして,それらをふまえ,今後さらに歯科衛生士教育の充実向上に力をつくしたいと思う.
 なお,執筆は,総説編1・2章を榊原が,総説編4章,実習編2・3・5・6章と集団応用編1章を中垣が,総説編3章と実習編1・4章を石井が,集団応用編2章を石飛が,それぞれ担当した.
 1987年2月20日 榊原悠紀田郎 中垣晴男 石井拓男 石飛国子

推薦の序

 厚生省医務局歯科衛生課長 三井男也

 歯科衛生士の使命は,歯科疾患の予防および口腔衛生の向上をはかることを目的としております.その具体的な仕事は,歯および口腔の疾患の予防処置として,歯の付着物・沈着物を機械的操作によって除去したり,歯や口腔に対して必要な薬物を塗布すること,さらに歯科診療の補助を行うこととなっております.
 その職場も,公衆衛生の分野としては保健所,市町村,学校,事業所などがあり,一方歯科医療の場としては歯科診療所,病院歯科などがあります.しかし,今後は社会福祉施設などにも拡大されることが期待されます.
 近年における歯科医学,医術の進歩に伴う歯科医療の高度化,医療保険制度の確立,社会福祉制度の充実,国民の歯科保健や歯科医療に対する関心の高まり,障害児(者)に対する歯科問題など特殊歯科医療分野への要望,急速な人口の高齢化,疾病構造の変化など考えるとき,歯科保健医療に対する社会的要請はますます拡大されてくるものと考えられます.あわせてその対応は重要性を増してくるものと考えております.
 このような状況において,歯科保健医療にたずさわる歯科衛生士の担う役割は,保健医療チームの一員としてますます重視されてきております.そのことは,歯科衛生士の養成数が著しく増加していることからも知ることができます.このような動向の中で,歯科衛生士養成教育のあり方,歯科衛生士業務のあり方などについても常に多くの意見があって,その検討が広くなされるようになってきております.
 厚生省においても,歯科医療従事者問題検討会を開き,昭和55年度から歯科衛生士の養成教育はどのように改善していくことが,資質の向上や人材確保の面からみて最も適切であるのかなど検討していただいたところであります.
 その結果としての主な内容は,歯科医療内容の高度化に対応する十分な教育を行うためには,1年制の養成課程ではきわめて困難であるので,2年制に移行させる必要があること,今後の学科課程については診療の補助業務,予防業務,保健指導および公衆歯科衛生業務の充実をはかっていく必要があることなどが指摘されております.
 ところで,現在の歯科衛生士教育の状況を考えるときに,中期的になすべきことがいくつかあげられております.それらの中期的課題を念頭に置きつつ問題と取り組んでいくことが,今後の歯科衛生士教育の充実に向かう正しい態度であると考えております.
 この時期において,全国歯科衛生士教育協議会が研究協議され,新たな歯科衛生士教育を目指し,従来の教本の内容を再検討され,それに新教科をも加え,多年にわたって歯科衛生士教育にご理解をもっておられる諸先生方によって,新しい歯科衛生士教本が出版されることはきわめて意義深く,誠によろこばしいことであります.
 この書が,全国の歯科衛生士教育機関において十分に活用され,さらに充実したものとなることを願い,今後の歯科衛生士教育が時代の要請に答えつつ,一層の充実強化がはかられることを念願し,推薦の序といたします.
 昭和57年12月29日
総説編
1章 序説……3
 I.齲蝕予防処置法とは……3
   1.齲蝕予防のための齲蝕予防処置法……3
   2.齲蝕の予防と治療ということ……4
   3.齲蝕予防処置法と日常の注意と公衆衛生……6
 II.齲蝕予防処置法の種類……8
 III.齲蝕予防処置法における歯科衛生士の役割……9
   1.歯科衛生士の業務としての齲蝕予防処置法……9
 IV.齲蝕予防処置法実習にあたって注意すべきこと……11
   1.齲蝕についての知識を整理しておくこと……12
   2.齲蝕予防(抑制)手段についての理解を深めること……12
   3.術式に必要な手技を十分身につけるように努める……12
   4.術式のパターン化に注意を払うこと……13
   5.齲蝕感受性の高いものを検出することについての理解をもつこと……13
   まとめ……13
2章 齲蝕の知識……14
 I.齲蝕の特性……14
   1.齲蝕は歯に起こる疾病である……14
   2.病変は必ず歯表面の脱灰から始まる……15
   3.歯質の実質の崩壊が起こってからでは自然に修復することはない……15
   4.齲蝕病変が象牙質に及ぶまでは自覚症状は起こらない……15
   5.齲歯をもっている者のほうがもっていない者よりも圧倒的に多い……15
   6.齲蝕をもつ者は多いが,その中に1人でたくさんもっている者や,病状の進行のとくに速やかな者はそんなに多くない……16
   7.歯種によって齲蝕のかかり方が著しく異なる……16
   8.歯の齲蝕に対する感受性は萌出したときに最も高く,経時的に変化する……17
 II.齲蝕の病原論……17
   1.エナメル質齲蝕と象牙質齲蝕……17
   2.セメント質齲蝕……18
   3.齲蝕の病原論のシェーマ……19
   4.齲蝕の病原微生物……20
   5.プラーク(歯垢)の意味……21
   6.砂糖(スクロース)の意味……22
   7.齲蝕病原論と日常生活とのかかわり……22
   8.歯の側の条件の意味……23
   まとめ……24
3章 齲蝕活動性試験……25
 I.齲蝕活動性試験の知識……25
   1.齲蝕活動性試験とは……25
   2.検査としての齲蝕活動性試験……26
   3.齲蝕活動性試験の種類……26
   4.齲蝕活動性試験の材料による分類……27
   5.齲蝕活動性試験に必要な条件……28
 II.齲蝕活動性試験の実習……29
   1.齲蝕活動性試験法応用上の注意点……29
   2.スナイダーテスト……29
   3.カリオスタット……30
   4.グルコースクリアランステスト……31
   5.RDテスト……33
   6.唾液流出量の測定(flow rate)……33
   まとめ……35
4章 エナメル質表層の性質とフッ素の知識……36
 I.エナメル質表層の性質……36
   1.エナメル質表層の無機質,有機質および水分の分布……36
   2.エナメル質のフッ素の分布……36
   3.萌出後の成熟……40
   4.再石灰化……42
   5.エナメル質溶解性(エナメル質耐酸性)……42
 II.フッ素の知識……43
   1.自然界におけるフッ素の分布……43
   2.フッ素の歯科的応用の由来と疫学的分析例としてのフッ素……45
   3.フッ化物の応用……45
   4.フッ化物の齲蝕抑制機序……45
   5.生体における吸収・沈着・排泄……48
   6.フッ素の中毒……49
   まとめ……52

実習編
1章 齲蝕予防処置法のあらまし……57
 I.齲蝕予防処置法の種類……57
 II.予防処置法応用時の注意事項……58
   1.臨床的な効果についての知識をもつこと……58
   2.方法の作用機序を正確に理解しておくこと……58
   3.手段や術式の安全性について確認しておくこと……59
   4.手段や術式のやりやすさを工夫しておくこと……59
 III.齲蝕予防処置法を学ぶに当たって再確認しておくべき知識……59
   1.フッ化ナトリウム……59
   2.単位……59
   3.溶質量の算出……60
   4.中毒量の算出……61
 IV.フッ化物の局所応用法……61
   1.効果……61
   2.作用機序……62
   3.手段,術式,安全性……62
   4.術式の便宜性……65
 V.鍍銀法:フッ化ジアンミン銀の応用……65
   1.効果……65
   2.作用機序……66
   3.手段,術式,安全性……67
   4.術式の便宜性……68
 VI.小窩裂溝填塞法……68
   1.効果……70
   2.作用機序……70
   3.手段,術式,安全性……70
   4.術式の便宜性……71
 VII.各種薬物の応用によるプラークの除去……72
   1.抗生物質……72
   2.酵素製剤……72
 VIII.初期齲蝕の充填……73
 IX.齲蝕予防処置の一般的な注意……73
   1.対象の選定……73
   2.術式の原則……74
2章 フッ化物溶液局所塗布法……77
 I.フッ化物溶液局所塗布法のアウトライン……77
   1.フッ化物の応用と局所塗布……77
   2.局所塗布に用いられるフッ化物とその特徴……78
   3.フッ化物局所塗布法の種類……78
   4.フッ化物局所塗布後の保健指導……79
   5.フッ化物局所塗布の適用時期……79
   6.フッ化物局所塗布時の安定性配慮……79
 II.フッ化物溶液のつくり方実習(デモ)……80
   1.目的……80
   2.器材・薬剤の準備……80
   3.実習の手順……80
 III.フッ化物溶液・ゲルの味の確認実習……82
   1.目的……82
   2.器材・薬剤の準備……82
   3.実習の手順……83
 IV.綿球・綿棒に含まれる溶液量の確認実習……83
   1.目的……83
   2.器材・薬剤の準備……83
   3.実習の手順……83
 V.綿球中のフッ素量の確認実習……85
   1.目的……85
   2.器材・薬剤の準備……85
   3.実習の手順……85
 VI.イオントレーに含まれる溶液量の確認実習……90
   1.目的……90
   2.器材・薬剤の準備……90
   3.実習の手順……90
 VII.フッ化物塗布の相互実習……92
   1.目的……92
   2.器材・薬剤の準備……92
   3.実習の手順……92
3章 フッ化物ゲル局所塗布法……95
 I.フッ化物ゲルの知識と応用法……95
   1.フッ化物ゲルとは……95
   2.フッ化物ゲル応用の特徴……96
   3.フッ化物ゲルの成分……96
   4.フッ化物ゲルの応用法……97
   5.フッ化物ゲルの応用手順……97
   6.フッ化物ゲルの効果……99
   7.フッ化物ゲルの安全性……99
 II.綿球中に含まれるフッ化物ゲル量の確認実習……99
   1.目的……99
   2.器材・薬剤の準備……99
   3.実習の手順……100
 III.フッ化物ゲル塗布の基礎実習(爪・顎模型への塗布)……102
   1.目的……102
   2.器材・薬剤の準備……102
   3.実習の手順……102
 IV.フッ化物ゲル応用時の使用量確認実習……103
   1.目的……103
   2.器材・薬剤の準備……103
   3.実習の手順……103
 V.フッ化物ゲル塗布の相互実習……104
   1.目的……104
   2.器材・薬剤の準備……104
   3.実習の手順……105
4章 フッ化ジアンミン銀塗布法……107
 I.フッ化ジアンミン銀の抜去歯牙への塗布実習……107
   1.目的……107
   2.器材・薬剤の準備……107
   3.実習の手順……107
   4.後始末……109
 II.フッ化ジアンミン銀の手指および布への着色・脱色実習……110
   1.目的……110
   2.器材・薬剤の準備……110
   3.実習の手順……110
   4.後始末……113
 III.フッ化ジアンミン銀塗布相互実習……113
   1.目的……113
   2.器材・薬剤の準備……114
   3.実習の手順……114
   4.後始末……116
   5.フッ化ジアンミン銀沈着の確認……116
 付.フッ化ジアンミン銀容器の使い方……116
5章 小窩裂溝填塞法……117
 I.小窩裂溝填塞法のアウトライン……117
   1.小窩裂溝填塞とは……117
   2.小窩裂溝填塞材の種類……117
   3.小窩裂溝填塞の手順……117
   4.小窩裂溝填塞の適応症……119
 II.酸処理面の観察実習……119
   1.目的……119
   2.器材・薬剤の準備……119
   3.実習の手順……119
 III.小窩裂溝填塞歯の割面の観察実習……122
   1.目的……122
   2.器材・薬剤の準備……122
   3.実習の手順……122
 IV.小窩裂溝填塞の相互実習……124
   1.目的……124
   2.器材・薬剤の準備……124
   3.実習の手順……124
6章 齲蝕予防処置法の臨床……127
 I.齲蝕予防処置における臨床応用の配慮点……127
   1.対象歯を明確にして行わなければならない……127
   2.齲蝕予防処置法選択や組み合わせも考えなければならない……127
   3.応用手順を修正して行わなければならない場合がある……127
   4.応用記録をつけなければならない……127
   5.応用前後には保健指導を行うこと……128
   6.リコール間隔も必要に応じて変更する……128
 II.フッ化物ゲル塗布の臨床……128
   1.清掃……132
   2.防湿……132
   3.乾燥……132
   4.ゲル綿球塗布……132
   5.ゲルの払拭と防湿の除去……133
   6.塗布後の指導……133
 III.フッ化ジアンミン銀の臨床……134
   1.清掃……134
   2.防湿・乾燥……134
   3.薬液塗布……134
   4.塗布後の注意……135
 IV.小窩裂溝填塞の臨床……135
   1.防湿……136
   2.清掃……136
   3.酸処理(エッチング)……137
   4.填塞・重合……137
   5.咬合チェック……137
   6.リコール……137

集団応用編
1章 齲蝕予防処置集団応用の考え方……141
 I.齲蝕予防処置集団応用と公衆歯科衛生活動における現場活動……141
 II.集団応用の特徴……142
 III.集団応用の場面……143
   1.保健所や市町村(市町村保健センター)の母子歯科保健の現場……143
   2.保育所・幼稚園……144
   3.小学校もしくは中学校の学校歯科保健……144
   4.各種団体主催による行事……145
 IV.集団応用に用いられる齲蝕予防処置法……145
 V.集団応用実施の計画……147
   1.各個法……147
   2.チーム法……149
 VI.集団応用の事前検討……152
   1.集団応用実施のための事前検討……152
 VII.集団応用実施の器材・薬剤の準備……152
   1.器材・薬剤の準備……152
   2.薬液について……154
   3.消毒方法……154
   4.運搬時の注意……156
 VIII.フッ化物洗口法……156
   1.フッ化物洗口に用いられるフッ化物溶液……156
   2.洗口用具……156
   3.洗口手順……158
   4.注意事項……158
   まとめ……158
2章 齲蝕予防処置集団応用実習……159
 I.実習にあたっての予備知識……159
   1.机上実習の方法……160
   2.ロールプレイング実習の方法……160
   3.各係の役割……161
 II.机上実習とロールプレイング……162
   1.綿球塗布法の机上実習……162
   2.綿球塗布法のロールプレイング実習……162
   3.トレー法の机上実習……163
   4.トレー法のロールプレイング実習……164
   5.イオン導入法の机上実習……165
   6.イオン導入法のロールプレイング実習……165
   7.ゲル綿球塗布法の机上実習……165
   8.ゲル綿球塗布法のロールプレイング実習……166
 III.集団応用実施に当たって……167
   1.対象集団の扱い方……167
   2.臨地実習準備……168
 IV.集団応用実施例……171
   1.イオン導入法を用いた集団応用……171
   2.フッ化物ゲル綿球塗布法の例……173

参考図書……175
索引……176