やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 介護保険も導入され,国民の5人に1人が65歳を超えるのも間近といわれるこのごろです.自分なりに長い人生をおくりながらも,年を取ることがどういうことなのかに不安とあせりを感じはじめている世代が多くなってきました.一方で,実際に目の前にいる人の息づかいを感じ,その表情に配慮しながら話す機会を「しんどい」と受け止め,なまのやり取りを避ける若者も増えてきています.彼ら,彼女らには,長い人生経験をもち,それぞれの価値観をはぐくんできている明治・大正・昭和ひとけた生まれの大先輩と関わる機会もほとんど与えられません.同じ世代に生まれ育ったもの同士が面と向かって話すことさえつらい人々は,異星人とさえ見える考え方・感じ方の違う高齢者と話すことにとまどいを感じないわけがありません.歯科衛生士もそのなかの一人であり,また,患者さんも,こうした人々なのです.
 本書は,こうしたあまり経験のない,けれども若さのあふれる歯科衛生士たちが,また,経験豊富ではあっても,これまでは主に小児や学童など子どもたちの歯科保健に活躍してきた歯科衛生士たちが,歯科保健という立場から国民の多数を占める高齢者の健康維持・・増進に関わっていきたいと決断をしたときに,また,振り返るときに役立つようにとまとめたものです.そのために街の書店にあふれるハウツーものや,挨拶の仕方を書いた類の本ではありません.
 (1)高齢者とのコミュニケーション,(2)個人に特有な問題の発見・解決などについて,誰もがこれまでの実践活動を振り返り,さらに効果的な歯科保健指導の工夫ができるようにとまとめたものです.
 1章では,歯科衛生士の本来の役割,他の医療職種と異なる特徴を,歯科衛生士法をよりどころとして見直し,2章では,高齢者とはどういう人々なのかについて考えます.3章では,コミュニケーションの意味を十分に理解できるように科学的に整理をしてみました.4章では,歯科医療現場での歯科衛生士と高齢者との対応の実例を通して,さまざまな対応のポイントを実際の流れで理解できるように工夫しました.さらに,5章では,専門活動に欠くことのできない実践活動の評価をするための考え方や方法について述べてあります.そうした評価を行ってさらに高齢者との対応が効果のあがるものになるよう,反省材料の収集法や分析法を示しました.理屈っぽいことは苦手,と思われる方は,4章の実例からはじめ2章,3章と読み進めてください.
 歯科衛生士の活動の真髄は,実践活動です.それも専門職である歯科衛生士の活動が患者さんにとって意味があり,効果がなければなりません.皆さんはきっと毎日,今日は,〇〇人も指導したわと疲れきったなかにもそれなりの充実感を感じておられるでしょう.でも,(1)本当に患者さんや利用者にとって意味のある,効果のある教育・指導だったのでしょうか.(2)患者さんや利用者は,歯科衛生士に自分の困りごとがよく理解されたと感じて帰っていかれたでしょうか.(3)家族ではなく,あなたの活動の本当の相手である高齢者は,あなたの専門的な処置を喜んでくださったのでしょうか.
 毎日の活動がひとりよがりの満足で進んではいませんか.ぜひともこうした専門的な活動の評価をコミュニケーションの意味を十分に理解した上でしていただきたいと思っています.
 歯科衛生士も人間として健康で幸福な生活をおくることが必要です.また他の医療職とのチーム医療の一員として,同時に,社会に生きる一人の人間として,よりよいコミュニケーションを実践し,いつまでも成長し続けてください.今こそ,歯科衛生士として高齢者との意味ある接点を本気で考えていただきたいものです.
 なお,1章の一部と4章では,白田が協力し,1章の一部,2章,3章,5章は,中村が担当した.
 2001年10月15日 中村千賀子 白田チヨ
1章 歯科衛生士の役割とは
  コミュニケーションの基本は,医療職としての専門性に
  歯科衛生士法をチェックしてみよう
   歯科衛生士
   医療保険と介護保険
  歯科衛生士の仕事とは
   健康をどうとらえるか
    1)健康と病気
    2)健康への援助
   歯科診療補助・介助
    1)補助とは
    2)介助とは
   歯科予防処置
   歯科保健指導
  高齢者を対象にした業務とは
   歯科診療補助・介助の意味
   歯科予防処置の内容
   歯科保健指導の内容
    1)集団対象の場合のコミュニケーションの基本
    2)個人対象の場合のコミュニケーションの基本
  倫理と服務規律
   人間の関係学倫理
   専門家として行うべきこと,行ってはならないこと--服務規律
   倫理の原則
   現場でわからないことが生じたとき
2章 高齢者とは
  高齢者とは
  社会の先輩としての高齢者
   高齢者の社会的状況
    1)高齢者と医療の関係は深い
    2)一方的な指導を改めながら
    3)医療情報の少ない時代に生きてきた高齢者
    4)大切なこと,それは高齢者,その人を知ることです
    5)高齢者の特徴を知るためには
   高齢者のからだと心の変化
    1)いわゆる「衰え」はあるが,向上心は常にある
    2)記憶力は低下,統合力という英知は高い
    3)痴呆の高齢者とのかかわりをどうするか
  高齢者の特徴,能力を生かす
  これからの人生に希望をもってもらう
   人生を明るく生きる知恵をもっている高齢者
   自分だけの高齢者観察手帳をつくろう
  高齢者への支援・介護
  その高齢者にふさわしい援助をめざそう
   日常生活は自立していて,元気に暮らせる高齢者
   支援が必要な高齢者と歯科衛生士のあり方
   寝たきりの高齢者への対応
    1)高齢者のできることに目を向けよう
    2)まず高齢者の身近な楽しい目標の達成をめざそう
   援助のポイント:自分自身の内なる感情を知る
    1)感情のコントロール
    2)できること,できないことを勇気をもって判断する
3章 コミュニケーションとは
   よいコミュニケーションには,技法以外のことも必要
  医療現場における人間関係
   三つの人間関係--上下関係,役割による関係,個人と個人の関係
    1)上下関係
    2)役割による関係
    3)個人と個人の関係
   医療現場における三つの人間関係
    1)個人と個人の関係がコミュニケーションの土台である
    2)自分自身を磨く
  コミュニケーションの役割
   自己実現と動機づけ
   行動変容
   患者さんに落ち着いてもらうコミュニケーション
  コミュニケーションの三つの成分
  話し手・聞き手・メッセージ
   メッセージ
    1)人間のメッセージ
    2)話の内容と感情
    3)メッセージの作り方と読み方--個人の暗号表をもとに行う
    4)チャンネル
    5)メディア
    6)メッセージは,暗号表・チャンネル・メディアの組み合わせ
   マルチ・チャンネルのメッセージ
    1)言葉以外のメッセージ視覚,聴覚,触覚,嗅覚
    2)コミュニケーションで伝わるもの
    3)自分自身のあり方が問われる
   コミュニケーションのコツ
    1)自分を知る
    2)意図と行動を一致させる
    3)常に人間観や価値観を磨いておく
    4)そのままわかろうとする話の内容と感情の流れ
  コミュニケーションの落とし穴
   メッセージを作るときの落とし穴
   伝え方の落とし穴
   解読の落とし穴
   言葉の読み違い
   コミュニケーションの雑音
    1)話し手の想いがメッセージに含まれていく
    2)独断と偏見によるメッセージの解釈
    3)興味あるものだけに目を向ける
  コミュニケーションのプロセスと「確かめ」
   コミュニケーションのプロセス
    1)お互いが落ち着く
    2)相手を理解するための「確かめ」をする
   コミュニケーションの内容
   コミュニケーションでの確かめ
    1)確かめの必要性
    2)確かめの注意点
    3)確かめで相手を尊重する
  コミュニケーション
  癒しのモードから健康のモードへ
   癒しの意味
   健康の意味
   癒しのモードからヘルス・プロモーションへ
   メディカル・インタビューも健康モードの考え方である
  倫理の原点としてのコミュニケーション
   倫理の四つの原理
   倫理的行動は患者さんに視点をおく
    1)相手の条件を明確に理解する
    2)個々のケースに合ったコミュニケーション
4章 高齢者とのコミュニケーションの実際
  対応する高齢者は個人か集団かによって異なる
   個人としての高齢者に対応する場合--医療職としての専門性が大切
   集団としての高齢者に対応する場合--信頼できる地域のキーパーソンの影響を考える
   高齢者が集団の場に参加できる条件--足腰が丈夫であること
   集団の場でのニーズをしっかりつかむ
  コミュニケーションを成功させる条件
   自立している高齢者への対応--人生経験が豊かな人と考えて
   支援・介護の必要な高齢者への対応
   医療職の「テクニック」は言葉に優る
    1)支援・介護者が家族の場合
    2)支援・介護者がホームヘルパーの場合(福祉の専門家)
    3)支援・介護者が看護婦や言語治療士,作業療法士,理学療法士(医療の専門家)の場合
  このケースに歯科衛生士のあなたはどう対応しますか
   高齢者の日常生活の自立度
   事例1<介護者のキーパーソン(妻)とのコミュニケーションの実際>
    主訴:歯石除去を希望
    事例1の<介護者のキーパーソン(妻)とのコミュニケーションの実際>の背景をみてみましょう
    歯科衛生士が心がけるべきコミュニケーションのポイント
   事例2<他職種とのコミュニケーションの実際>
    主訴:口臭や出血があり,義歯の装着をいやがる
    事例2の<他職種とのコミュニケーション>の実際の背景をみてみましょう
    歯科衛生士が心がけるべきコミュニケーションのポイント
   事例3<患者さん本人およびその介護者とのコミュニケーションの実際>
    主訴:口腔内出血や口臭がある.よだれが出る.自分で食事を摂りたい
    事例3の<患者さん本人およびその介護者とのコミュニケーションの実際>の背景をみてみましょう
    歯科衛生士が心がけるべきコミュニケーションのポイント
   事例4<患者さんの家族(娘)とのコミュニケーションの実際>
    主訴:口臭があり,下痢をしている
    事例4の<患者さんの家族(娘)とのコミュニケーションの実際の背景>をみてみましょう
    歯科衛生士が心がけるべきコミュニケーションのポイント
   事例5<患者さん本人とその周囲(地域)の人々とのコミュニケーションの実際>
    主訴:義歯が合わないので,恥ずかしくて外出できない
    事例5の<患者さん本人とその周囲(地域)の人々とのコミュニケーションの実際>の背景をみてみましょう
    歯科衛生士が心がけるべきコミュニケーションのポイント
  医学的に注意の必要なケース
   高齢者の罹患している疾患について知る
    1)なんらかの疾病をもっている高齢者--疾患名とその内容を把握しておく
    2)疾患が表出している高齢者--複合疾患が多い
   痴呆のある高齢者--コミュニケーションがむずかしくなるので,歯科疾患の予防対策を
   精神疾患の高齢者--長期服用薬剤の副作用で口腔内が乾燥
   高齢者の常用薬剤を知っておく
   難病のある高齢者--対応のむずかしいケースが多いので,病名と症状の調査が大切
   観察する目をもつこと--異常行動の解決の際に問われるコミュニケーション能力
5章 歯科衛生士の活動の評価
  評価とはなにか--評価の目的を明確に
   評価の種類
    1)診断的評価
    2)総括的評価
    3)形成的評価
   援助活動における評価--「内容」と「プロセス」
    1)内容
    2)流れ(プロセス)
  誰のための評価か
   対象者の満足度を知るその方法と実際
    1)身体面からの評価
    2)生活の質の面からの評価
    3)合的な面からの評価
    4)満足度の面からの評価
   歯科衛生士自身の振り返り評価--その方法と実際
    1)患者さんからのデータを収集する
    2)患者さんからのデータを理解する
    3)言葉のデータで患者さんを理解する
    4)患者さんからのデータの収集方法
  対象者(患者)の評価--問題をかかえる患者を理解する
   患者評価
   患者評価グリッド
    1)人間は複雑な問題をかかえている
   複雑な問題を明確にする
   さまざまな面から患者さんをとらえる
   コミュニケーションをとることが問題発見のプロセス
    1)人間は複雑な問題をかかえている
   複雑な問題を明確にする
   さまざまな面から患者さんをとらえる
   コミュニケーションをとることが問題発見のプロセス
    2)プロブレム・リスト(問題点の一覧表)--患者さんの身体的・心理的側面などの問題点を表にする
    3)患者評価グリッド(患者評価表)の詳細
   「医療者の態度」--患者さんは医療者の態度で変化する
   患者さんの反応と変化
    4)自分用の患者評価グリッド(表)を作ってみよう
   身体的評価--口腔領域以外との関連にも注意
   心理的評価--チーム医療の現場で共通理解ができるように
   社会的評価(人間関係)--医療者との関係が患者さんの医療の見方などを決める
   全人的評価--身体的,心理的,社会的状況と知・情・意をとらえる
    1)効果的なコミュニケーションを行う
    2)歯科衛生士の活動の基本は人間観
    3)人間の成長を信じることが援助活動の必要条件
    4)高齢者を尊重する視点が大切である
  自分を評価する--歯科衛生士として,人間として
   歯科衛生士の専門業務から--歯科保健指導全体を評価してみよう
    1)まず患者さんと人間同士の関係をつくる
    2)患者さんの考えや希望を明らかに
   患者さんの心の変化を読みとろう
    1)問題点を明確につかむ
    2)知識を伝える時期を適切に
   コミュニケーションの評価面接記録の分析をしてみよう
    1)挨拶はできていますか
    2)質問の仕方は適正ですか
    3)患者さんの「知・情・意」を把握できていますか
    4)面接記録を作成して活動を評価する
   自分の援助姿勢の分析--態度の分析をしてみよう
   評価的態度--患者さんが批判されたと感じてしまうこともある
   解釈的態度--患者さんに頭だけでえさせることもある
   調査的態度--患者さんのえる流れをコントロールしてしまうこともある
   支持的態度--ときには患者さんの感情を否定することもある
   理解的態度--患者さんを主人公と考える話し方
    1)意図と行動を一致させる
    2)自分の態度の分析をしてみる
   患者さんから帰り際にいわれる言葉の意味
  次回の歯科衛生士の活動(面接)に向けて
   歯科保健指導の結果から--よりよい人間関係をつくる
   口腔内への戦略--歯科衛生士の専門知識を活用する
   信頼関係の見直し
    1)言葉での「確かめ」が大切である
    2)インフォームド・コンセントが自然にとれる
   歯科衛生士の援助活動計画の見直し
    1)「近い目標」と「遠い目標」に分けて見直す
    2)コスト・ベネフィット(健康づくりにかかる支出と効果)も見直す
   歯科衛生士の活動の評価は患者さんのデータから
   歯科保健指導の見直しのキーポイント
   なぜチーム活動が必要か

■Q&A--高齢者とのコミュニケーションを上手にとるために
■歯科衛生士が読んでおきたい参考図書
■索引