はじめに―伝統や形式からの自由
花園 豊
自治医科大学先端医療技術開発センター
医学部の動物実験の90%以上はマウスを用いた実験だから,マウスが主流でそれ以外は傍流という感じられ方は確かにある.そのようななかで今回『医学のあゆみ』で「ユニークな実験動物を用いた医学研究」をテーマに連載を企画することになった.本書はその連載を一冊にまとめたものである.
私事で恐縮ながら,筆者は1995年,アメリカ国立衛生研究所(NIH)へ遺伝子治療研究を目的に留学した.留学先ではボスのシンシア・ダンバー博士(後のアメリカ遺伝子治療学会会長)から,サルを使った遺伝子治療実験を指示された.マウス実験でうまくいった遺伝子治療を人間で試みたところ,ことごとく失敗したためである.まさかアメリカまで来てサルの実験をやるとは思ってもみなかったが,いざやってみるとマウスと違って人間を忠実に反映するデータが得られることがわかり,次第にはまっていった.これがその後の研究人生を決定づけようとは,夢みがちだった筆者ですら夢にも思わなかった.1998年に帰国してからもサルの実験を続け,ヒツジ,ブタと動物種を増やして現在に至っている.動物のさまざまな生命現象は遺伝子だけでなく,サイズにも拘束されている1).マウスから人間への橋渡しとして,サイズが人間に近いサルやブタを用いる研究は必要である.
マウスを用いる研究の重要性をいささかも否定するつもりはないが,サルやブタを用いた研究は私にとってマウス医学に対するアンチテーゼだったのかもしれない.サルやブタを用いた研究は,分解して要素を解析するというより,再構成して全体を見通す研究であり,理念的・啓蒙的であるとともにヒューマンタッチな研究だ,と勝手に思っている.(だから,論文の査読では批判的に言われることがある.筆者はかつて人間への展開を目指してサルの実験データを某雑誌に投稿したところ,「サルのデータとして面白いが,マウスで同じことをやるとどうなるか」という質問を受けたことがある)
マウス以外の実験動物を用いる理由はもちろんサイズだけではない.さまざまな理由が存在する.本書では,どうしてこんな動物を研究してるのだろう,と首を傾げたくなるような動物を相手にしている方々に執筆をお願いした.読者の皆さんは,彼らをして「ヘンな動物」の研究に駆り立てているものは一体何なのかを読み取っていただきたい.さらに願わくは,伝統や形式から研究の自由を信じ,それを体現する執筆者たちの気概というか執念を感じ取ってもらえれば,そして,新しい分野や概念の胎動の可能性を感じ取ってもらえれば,幸甚である.
文献
1)Bonner TE.Why size matters:From bacteria to blue whales.Princeton University Press;2006.
花園 豊
自治医科大学先端医療技術開発センター
医学部の動物実験の90%以上はマウスを用いた実験だから,マウスが主流でそれ以外は傍流という感じられ方は確かにある.そのようななかで今回『医学のあゆみ』で「ユニークな実験動物を用いた医学研究」をテーマに連載を企画することになった.本書はその連載を一冊にまとめたものである.
私事で恐縮ながら,筆者は1995年,アメリカ国立衛生研究所(NIH)へ遺伝子治療研究を目的に留学した.留学先ではボスのシンシア・ダンバー博士(後のアメリカ遺伝子治療学会会長)から,サルを使った遺伝子治療実験を指示された.マウス実験でうまくいった遺伝子治療を人間で試みたところ,ことごとく失敗したためである.まさかアメリカまで来てサルの実験をやるとは思ってもみなかったが,いざやってみるとマウスと違って人間を忠実に反映するデータが得られることがわかり,次第にはまっていった.これがその後の研究人生を決定づけようとは,夢みがちだった筆者ですら夢にも思わなかった.1998年に帰国してからもサルの実験を続け,ヒツジ,ブタと動物種を増やして現在に至っている.動物のさまざまな生命現象は遺伝子だけでなく,サイズにも拘束されている1).マウスから人間への橋渡しとして,サイズが人間に近いサルやブタを用いる研究は必要である.
マウスを用いる研究の重要性をいささかも否定するつもりはないが,サルやブタを用いた研究は私にとってマウス医学に対するアンチテーゼだったのかもしれない.サルやブタを用いた研究は,分解して要素を解析するというより,再構成して全体を見通す研究であり,理念的・啓蒙的であるとともにヒューマンタッチな研究だ,と勝手に思っている.(だから,論文の査読では批判的に言われることがある.筆者はかつて人間への展開を目指してサルの実験データを某雑誌に投稿したところ,「サルのデータとして面白いが,マウスで同じことをやるとどうなるか」という質問を受けたことがある)
マウス以外の実験動物を用いる理由はもちろんサイズだけではない.さまざまな理由が存在する.本書では,どうしてこんな動物を研究してるのだろう,と首を傾げたくなるような動物を相手にしている方々に執筆をお願いした.読者の皆さんは,彼らをして「ヘンな動物」の研究に駆り立てているものは一体何なのかを読み取っていただきたい.さらに願わくは,伝統や形式から研究の自由を信じ,それを体現する執筆者たちの気概というか執念を感じ取ってもらえれば,そして,新しい分野や概念の胎動の可能性を感じ取ってもらえれば,幸甚である.
文献
1)Bonner TE.Why size matters:From bacteria to blue whales.Princeton University Press;2006.
はじめに─伝統や形式からの自由(花園 豊)
脊椎動物
1.絶滅危惧種アマミトゲネズミ─メスの細胞から精子が生じる柔軟性(本多 新)
Keywords 絶滅危惧種,アマミトゲネズミ,iPS細胞,異種間キメラ,性決定
2.特異な哺乳類ハダカデバネズミの秘密─真社会性・老化耐性・がん化耐性(山川真徳・沓掛展之・三浦恭子)
Keywords ハダカデバネズミ,社会性,老化,がん
3.ウーパールーパー─“蛇足”つけます!? 驚異のわがままボディ(佐藤 伸・樫本玲菜)
Keywords ウーパールーパー,四肢再生,FGF,BMP,過剰肢付加モデル
4.ハムスター:マウス/ラットの未踏の地へ(廣瀬美智子・小倉淳郎)
Keywords ゴールデンハムスター,ノックアウト,GONAD法
5.ウサギ:ヒトの動脈硬化をウサギで再現(山下 篤・浅田祐士郎)
Keywords アテローム血栓,ウサギ,動脈硬化,モデル動物
6.実験動物としてのブタの“おいしさ”─ゲノム編集技術と遺伝子改変ブタ(谷原史倫)
Keywords ZFN,TALEN,CRISPR/Cas9,ゲノム編集,遺伝子改変ブタ
7.ヒツジ:胎仔を用いた先進医学研究(阿部朋行・長尾慶和)
Keywords ヒツジ胎仔,ヒト血液キメラ,ヒト胎児モデル
8.マーモセット─そのユニークな特性と,ヒトとの類似性(井上貴史・佐々木えりか)
Keywords 小型,繁殖特性,社会性,ライフサイクル,感染症
9.カニクイザル─ヒト橋渡し研究の大本命(武藤真長・依馬正次)
Keywords 非ヒト霊長類,疾患モデル,ゲノム編集,トランスジェニック
非脊椎動物
10.ショウジョウバエから見出された非典型的ドパミン放出による学習強化モデル(齊藤 実)
Keywords ショウジョウバエ,ドパミン,オンデマンド放出,学習強化,一酸化炭素
11.カイコを実験動物として用いた創薬研究(関水和久)
Keywords カイコ,創薬,体内動態,感染症,動物愛護
12.クマムシ:極限ストレス耐性のメカニズム─ヒトへの応用を展望して(國枝武和)
Keywords クマムシ,極限環境,ストレス耐性,乾眠,DNA防護
13.N-NOSE:線虫を使ったがんの一次スクリーニング検査(上野宜久・広津崇亮)
Keywords C.elegans,がん,尿,スクリーニング
14.線虫C.elegansを用いた学習を制御する神経機構の解明(飯野雄一・佐藤博文)
Keywords 塩走性,シナプス伝達,味覚神経,一次介在神経
15.脳のないヒドラを用いた睡眠研究─睡眠現象をよりシンプルに理解する(伊藤太一)
Keywords 睡眠,行動睡眠,刺胞動物,散在神経系,ヒドラ
サイドメモ
真社会性
細胞の持つ位置記憶
産子でのオフターゲット
ヤギとの違い
フリーマーチン
胚盤胞補完法
マーモセットと感染症
一次スクリーニング
匂い受容体
行動睡眠
脊椎動物
1.絶滅危惧種アマミトゲネズミ─メスの細胞から精子が生じる柔軟性(本多 新)
Keywords 絶滅危惧種,アマミトゲネズミ,iPS細胞,異種間キメラ,性決定
2.特異な哺乳類ハダカデバネズミの秘密─真社会性・老化耐性・がん化耐性(山川真徳・沓掛展之・三浦恭子)
Keywords ハダカデバネズミ,社会性,老化,がん
3.ウーパールーパー─“蛇足”つけます!? 驚異のわがままボディ(佐藤 伸・樫本玲菜)
Keywords ウーパールーパー,四肢再生,FGF,BMP,過剰肢付加モデル
4.ハムスター:マウス/ラットの未踏の地へ(廣瀬美智子・小倉淳郎)
Keywords ゴールデンハムスター,ノックアウト,GONAD法
5.ウサギ:ヒトの動脈硬化をウサギで再現(山下 篤・浅田祐士郎)
Keywords アテローム血栓,ウサギ,動脈硬化,モデル動物
6.実験動物としてのブタの“おいしさ”─ゲノム編集技術と遺伝子改変ブタ(谷原史倫)
Keywords ZFN,TALEN,CRISPR/Cas9,ゲノム編集,遺伝子改変ブタ
7.ヒツジ:胎仔を用いた先進医学研究(阿部朋行・長尾慶和)
Keywords ヒツジ胎仔,ヒト血液キメラ,ヒト胎児モデル
8.マーモセット─そのユニークな特性と,ヒトとの類似性(井上貴史・佐々木えりか)
Keywords 小型,繁殖特性,社会性,ライフサイクル,感染症
9.カニクイザル─ヒト橋渡し研究の大本命(武藤真長・依馬正次)
Keywords 非ヒト霊長類,疾患モデル,ゲノム編集,トランスジェニック
非脊椎動物
10.ショウジョウバエから見出された非典型的ドパミン放出による学習強化モデル(齊藤 実)
Keywords ショウジョウバエ,ドパミン,オンデマンド放出,学習強化,一酸化炭素
11.カイコを実験動物として用いた創薬研究(関水和久)
Keywords カイコ,創薬,体内動態,感染症,動物愛護
12.クマムシ:極限ストレス耐性のメカニズム─ヒトへの応用を展望して(國枝武和)
Keywords クマムシ,極限環境,ストレス耐性,乾眠,DNA防護
13.N-NOSE:線虫を使ったがんの一次スクリーニング検査(上野宜久・広津崇亮)
Keywords C.elegans,がん,尿,スクリーニング
14.線虫C.elegansを用いた学習を制御する神経機構の解明(飯野雄一・佐藤博文)
Keywords 塩走性,シナプス伝達,味覚神経,一次介在神経
15.脳のないヒドラを用いた睡眠研究─睡眠現象をよりシンプルに理解する(伊藤太一)
Keywords 睡眠,行動睡眠,刺胞動物,散在神経系,ヒドラ
サイドメモ
真社会性
細胞の持つ位置記憶
産子でのオフターゲット
ヤギとの違い
フリーマーチン
胚盤胞補完法
マーモセットと感染症
一次スクリーニング
匂い受容体
行動睡眠