やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに―虚血性心疾患診療の現状と展望
 室原豊明
 名古屋大学大学院医学系研究科循環器内科学
 虚血性心疾患による死亡は,アメリカでは減少に転じたという報告もあるが,わが国では特徴的な年齢構造や冠危険因子の不十分な制御により,横ばいないしは依然として増加している.また,心疾患全体による死亡は日本人の死因の第2位を占めている.急性期の治療技術やカテーテルデバイスの進歩に伴い,急性期救命率は格段に向上した反面,2回以上急性冠症候群を発症する症例や,重症慢性心不全に移行し,さらなる高度医療を必要とする症例も増えている.
 このたび,医学のあゆみの第一土曜特集を企画させていただく機会に恵まれ,“虚血性心疾患UPDATE”というタイトルで,国内の有数の研究者・臨床家に原稿の依頼を行った.医学・工学の進歩とともに,この分野の基礎的・臨床的知見は年を追うごとに集積している.たとえば,基礎領域では動脈硬化における冠動脈周囲脂肪の役割,腸内細菌や免疫系とのかかわり,あらたな炎症関連因子の同定,多臓器連関,血管新生抑制因子,新しい脂肪・骨格筋・心筋由来サイトカインなどの分野で多くの新しい知見が得られている.また,臨床診断学ではOCTなど新しいデバイスによる冠動脈病変のイメージング,FDG-PETを用いた血管の炎症に関する診断,高解像度の血管内視鏡,FFRなどが導入され,あらたな冠動脈病変の診断局面が形成されている.治療の側面でも,薬剤溶出性ステント(drugelutingstent:DES)をはじめ,薬剤溶出性バルーン(drug-eluting balloon:DEB)や生体吸収型スキャフォールド(bioresorbable scaffold:BRS)などが導入されつつあり,新しい冠動脈治療の時代に突入した.
 一方で,重要なのは一次予防であるが,各種リスクファクターに関連した薬剤による心血管イベントの抑制効果でも,ここ数年で興味深い知見が集積されている.厳格な降圧が心血管イベントをさらに抑制できることを改めて証明したSPRINT試験が公表され,糖尿病ではDPP4阻害薬,SGLT2阻害薬,GLP-1受容体アナログなどが開発され,なかでもSGLT2阻害薬を使ったアウトカム試験ではこの薬剤による顕著な心血管イベントや腎イベント,総死亡の抑制効果がみられている.脂質関連でもPCSK9阻害薬が導入され,その強力なLDL-C低下作用とイベント抑制作用が注目されている.
 このようにここ数年でも多くの分野で新しい知見が得られている.本特集ではこれらの基礎研究,一次予防,診断,治療ごとにフォーカスを当て,それぞれのご専門の先生方に執筆をお願いした.ご多忙ななか執筆をいただいた先生方に深謝するとともに,本特集が多くの先生方のお役に立つことを祈念したい.
 はじめに―虚血性心疾患診療の現状と展望(室原豊明)
冠動脈疾患基礎研究の進歩
 1.冠動脈硬化症とステント留置血管の病理組織像(大塚文之)
  ・冠動脈硬化症・血栓症の病理像
  ・経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後の病理像
 2.冠動脈硬化の新しい分子機序―炎症・免疫からみた最新の知見(成 憲武・井上愛子)
  ・炎症細胞活性化―ストレスによる造血幹細胞増殖と放出
  ・T細胞による促進・抑制の両方向性
  ・肥満細胞活性化・IgE
  ・炎症とシステイン・プロテアーゼ活性化
  ・炎症・免疫反応-細胞死と細胞増殖間のクロストーク
  ・炎症・免疫性バイオマーカー
 3.腸管免疫,腸内細菌と冠動脈硬化(山下智也・平田健一)
  ・腸管免疫修飾による動脈硬化予防 ・腸内細菌と動脈硬化性疾患
  ・腸内細菌の腸管免疫調節作用 ・冠動脈疾患になりやすい腸内フローラとは
  ・宿主のなかの腸内細菌の働きとその同定 ・腸内細菌叢に介入する治療
  ・腸内フローラと代謝性疾患
 4.多臓器連関の観点からとらえた心血管疾患(妹尾絢子・斎藤能彦)
  ・脳心連関―神経ネットワークの観点から ・心腎連関
  ・免疫系・神経系を介した心血管疾患
 5.虚血コンディショニングの基礎から臨床応用まで(石井秀樹)
  ・虚血プレコンディショニング(ischemic preconditioning)とは
  ・虚血ポストコンディショニング(ischemic postconditioning)とは
  ・リモートコンディショニング(remote conditioning)とは
  ・薬理学的アプローチ
 6.冠動脈攣縮の機序と病態(泰江弘文)
  ・冠攣縮の臨床的特徴 ・冠攣縮と血管平滑筋
  ・内皮由来一酸化窒素 ・冠攣縮と遺伝子変異
  ・冠攣縮と内皮機能 ・冠攣縮と冠動脈粥状硬化との関連
虚血性心疾患の診断の進歩
 7.血管内超音波で評価する冠動脈プラークの組織性状(川崎雅規)
  ・IB-IVUSによる冠動脈プラーク組織性状診断
  ・VH-IVUSによる冠動脈プラーク組織性状診断
  ・IB-IVUSの臨床応用
  ・IB-IVUSイメージングの三次元化
 8.冠動脈疾患領域におけるOCTの現状と可能性(鳥羽敬義・他)
  ・光干渉断層映像(OCT)による動脈硬化病変の組織性状評価
  ・ステント留置後の血管修復過程の観察
  ・経皮的冠動脈形成術(PCI)におけるOCTの意義
  ・OCTの限界
  ・OCTを用いた血行力学的因子へのアプローチ―当院での新たな取組み
 9.心血管画像診断の進歩―CTおよびMRIによる虚血性心疾患の評価(後藤義崇・北川覚也)
  ・冠動脈の診断
  ・心筋虚血の診断
  ・心筋梗塞の診断
 10.カテーテル検査室で得られる虚血指標:CFR,FFR,iFR(松尾仁司)
  ・冠血流予備能(CFR)の概念と意義
  ・部分冠血流予備量比(FFR)の概念と意義
  ・Instantaneous wave free ratio(iFR)の概念と意義
  ・FFR,CFR,iFRの類似点,相違点
 11.心筋シンチグラフィの進歩(磯部 智)
  ・心筋血流を評価する核種
  ・負荷心筋シンチグラフィのエビデンス
  ・診断向上に向けた取組み,心電図同期SPECTの普及
  ・新しいソフトを用いた位相解析
  ・他のモダリティとの比較
  ・FFRと負荷心筋シンチグラフィ
  ・新しいタイプの画像収集装置
 12.FDG-PETを用いた動脈硬化病変の炎症活動性評価(田原宣広)
  ・炎症と動脈硬化
  ・動脈硬化の画像診断
  ・FDG-PETを用いた動脈硬化病変の炎症活動性評価
  ・FDG-PETによる治療効果の判定
  ・FDG-PETを用いた冠動脈病変の炎症活動性の評価
 13.冠動脈血管内視鏡はわれわれに何を語るか(知花英俊・上野高史)
  ・血管内視鏡の構造と手技の実際
  ・冠動脈のプラークイメージング
  ・経皮的冠動脈形成術(PCI)後の評価
  ・治療への活用
  ・今後の可能性
 14.急性冠症候群診断のためのバイオマーカー:心筋トロポニン(樋熊拓未)
  ・心筋傷害のバイオマーカー ・推奨されるバイオマーカー
  ・心筋トロポニン ・心筋トロポニンの問題点
  ・心筋トロポニンのカットオフ値 ・他のバイオマーカー
  ・高感度心筋トロポニン ・Rule-inとRule-outアルゴリズム
  ・クレアチンキナーゼMB分画(CK-MB)
虚血性心疾患の治療の進歩
 15.リスクファクターコントロール:脂質代謝異常―さらなるLDL-Cの低下とHDLへの介入(小倉正恒・斯波真理子)
  ・LDL-Cのさらなる低下―PCSK9阻害薬を中心に
  ・PCSK9をターゲットにした新規治療薬剤
  ・誰にPCSK9抗体医薬を投与すべきか
  ・HDLに対する介入の現状
 16.リスクファクターコントロール:新しい糖尿病治療薬と心血管イベント―糖尿病患者の生命予後を左右する治療とは?(坂東泰子)
  ・DPP4阻害剤と心血管安全性試験
  ・糖尿病合併症としての心不全
  ・糖尿病と心不全の臨床的特徴
  ・DPP4阻害薬とGLP-1作動薬の心血管イベントに対する効果の現状
  ・SGLT2阻害剤とEMPA-REG試験
 17.リスクファクターコントロール:高血圧(竹内利治)
  ・高血圧による冠動脈硬化の機序
  ・虚血性心疾患患者の降圧目標
  ・近年注目の大規模臨床試験
  ・虚血性疾患合併患者の降圧薬の選択
 18.冠動脈ステントの歴史は冠動脈インターベンション治療の歴史である―薬剤溶出性ステントと新たに登場した薬剤溶出性バルーンを中心に(新倉寛輝・中村正人)
  ・薬剤溶出性ステント(DES)
  ・薬剤溶出性バルーン(DCB)
 19.完全生体吸収性スキャフォールド(村松 崇・尾崎行男)
  ・生体吸収性スキャフォールド(BRS)の特徴
  ・BRSの臨床エビデンス
  ・実臨床におけるBVS
  ・BRSテクノロジーの今後の展望
 20.冠動脈バイパス術revisited(梶本 完・天野 篤)
  ・冠動脈バイパス術(CABG)の適応と優位性
  ・CABGの現状と成績
  ・オフポンプ冠動脈バイパス術(OPCAB)の現状と成績
  ・使用グラフト戦略の近代化
 21.冠動脈疾患における抗血栓治療の論点(中尾浩一・奥村 謙)
  ・薬剤溶出性ステント(DES)とステント血栓症
  ・至適DAPT期間の模索
  ・冠動脈疾患と抗凝固治療
  ・心房細動合併患者の冠動脈形成術
 22.重症虚血性心筋症に対する細胞シート治療(澤 芳樹)
  ・細胞シート技術による心筋再生治療法の開発
  ・重症拡張型心筋症に対する自己筋芽細胞シートによる心筋再生治療
  ・iPS細胞による心筋再生治療と創薬応用への期待

 サイドメモ
  細胞外ドメインシェディング
  シェアストレス
  負荷心筋血流CT
  T1およびT2マッピング法
  DAPT Study
  心筋トロポニンの基準値
  血漿PCSK9濃度の生理学的変化
  “スタチン6%のルール”とPCSK9
  フラミンガム10年心血管リスクスコアと吹田スコア
  薬剤溶出性ステント(DES)の光と影
  インターベンション治療の未来
  bioabsorptionとbioresorption
  BRSとBVS
  ADP受容体拮抗薬の背景
  AF合併PCIの至適抗血栓治療の模索