やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 津金昌一郎
 国立がん研究センターがん予防・検診研究センター予防研究部
 本特集では,がんの実態と動向についての現状,がんのリスク・予防要因についての定量的側面も含めた現状の紹介,最近の疫学研究の方法論,予防のためのエビデンスとしてもっとも信頼性の高いとされる介入研究からのエビデンスについて,がん疫学の第一線で活躍する研究者に概説を依頼した.
 がんの原因究明と予防法開発に資するエビデンスとしての“要因とがん”との関連を検証する疫学研究は,1990年代以降飛躍的に増えている.疫学研究で得られた“関連”が“因果関係”であるためには,偶然,バイアス,交絡によるみかけ上の関連であることを否定する必要があるが,最近の疫学研究ではこれらを排除するためのさまざまな試みがされている.偶然性を排除するために,複数の疫学研究のメタ解析やプール解析が国内・国際的に実施され,ひとつの研究だけでは避けられない偶然性を排除し,用量反応関係についての定量的エビデンスを提示している.バイアスを排除するために,要因情報について血液・尿試料などを含めて前向きに収集するコホート研究が世界中で行われ,かつ,ゲノムを含む多層的オミックス技術などが活用され,より信頼性の高い曝露情報を提供している.そして交絡を排除するためには,無作為化比較試験が現状ベストではあるが,遺伝―環境,環境―環境などの相互作用の検証によりメカニズムベースの理解が因果関係確立の一助となっている.
 世界の疫学研究は,より個別レベルでの予防のためのエビデンス構築に向けて,100万規模の分子疫学コホート研究へと向かっている.わが国が同レベルの研究を遂行するために克服すべき課題は,ユニークIDによる異動・死亡やがんなど疾病罹患・治療情報などとのレコード・リンケージによる追跡ができないこと,研究費規模が小さく単年度予算で期間が短いこと,疫学・生物統計・バイオインフォマティクスなどの専門家が養成されていないこと,研究室の小規模化や流動性などにより長期的研究ができないこと,個人情報保護や倫理指針などが硬直的であることなど,山積している.このままの状態を放置すると,がん予防など健康にかかわるアジア人のエビデンスは,韓国や台湾などからもたらされるという時代になることは避けられないものと懸念する.本特集が,これらの課題解決のための糸口となることを願っている.
 はじめに(津金昌一郎)
エビデンスの現状
 1.がんの実態と動向―世界と日本(祖父江友孝・雑賀公美子)
  ・がん罹患の現状
  ・がん死亡の現状
  ・がん罹患の動向
  ・がん死亡の動向
 2.がんのリスク・予防要因―世界と日本人のエビデンス(笹月 静)
  ・喫煙
  ・飲酒
  ・食事
  ・身体活動
  ・体形
  ・感染
 3.がん要因の寄与度:欧米と日本(井上真奈美)
  ・がん要因の寄与度:推計の歴史
  ・最近のがん要因の寄与度推計の動向
  ・日本におけるがん要因の寄与度
 【TOPICS】
 4.放射線とがん(秋葉澄伯)
  ・放射線に関する基礎的な知識
  ・放射線被ばくによるがんリスク
  ・低線量放射線とがんのリスクに関するおもな疫学研究
統合解析による確かなエビデンス構築
 5.日本人のエビデンス―がん予防研究班によるコホート研究のプール分析(溝上哲也)
  ・がん予防研究班におけるプール分析
  ・飲酒とがん
  ・肥満とがん
  ・緑茶と胃がん
 6.アジア人における肥満度とがん死亡リスクとの関係―東アジア人のがん死亡リスクはBMI17.5 未満と27.6 以上で増加する(田中英夫)
  ・アジアコホートコンソーシアムとは?
  ・BMIと総死亡・全がん死亡との関係―ACCによる研究の意義
  ・BMIと総死亡・がん死亡との関係―ACCによる研究方法と参加コホート
  ・ACCコホートの結果とエビデンス
 7.世界のエビデンス―国際コホートコンソーシアム研究から得られたエビデンス(山地太樹)
  ・Pooling Project of Prospective Studies of Diet and Cancerのエビデンス
  ・アルコール摂取とがん
  ・野菜・果物摂取とがん
  ・Vitamin D Pooling Project of Rarer Cancersのエビデンス
コホート研究の成果と新展開
 8.大規模コホート研究からみた生活習慣とがんリスク:JACC Study(玉腰暁子)
  ・JACC Studyの開始と追跡
  ・研究の維持・継続
  ・JACC Studyの成果
  ・コホート研究の成果と解釈
 9.日本の大規模コホート研究の成果:JPHC Study(末永 泉・津金昌一郎)
  ・研究の背景と目的
  ・多目的コホート研究の対象
  ・研究の流れ
  ・追跡調査
  ・研究成果のアウトライン
  ・生活習慣とがん・循環器疾患・死亡のリスク
  ・エビデンスのサマリー
  ・研究の展開
 10.遺伝子環境交互作用の探索検証を目的としたコホート研究の展開(浜島信之)
  ・遺伝子環境交互作用
  ・世界中で行われているゲノムコホート研究
  ・わが国のゲノムコホート研究
  ・ゲノムコホート研究に関する倫理指針
  ・遺伝子型情報をめぐる誤解
  ・ゲノムコホート研究から得られるもの
 11.バイオバンクとがん研究(吉田輝彦)
  ・ゲノム時代におけるバイオバンクとその用語の定義
  ・バイオバンクの第1の分類軸:前向き研究と後ろ向き研究
  ・第2の分類軸:発症前コホートと発症後(受診者)コホート
  ・第3の分類軸:生殖細胞系列(germline)試料と体細胞系(somatic)試料
  ・第4の分類軸:日常診療と前向き臨床試験
  ・第5の分類軸:セントラルバイオバンクとローカルバイオバンク
 12.薬剤処方データベースとがん疫学研究―糖尿病治療薬とがんリスクを例に(原 梓)
  ・インスリン製剤(インスリングラルギン)とがんリスク
  ・メトホルミンとがんリスク
  ・ピオグリタゾンとがんリスク
  ・薬剤処方データベース
 13.がん患者コホート研究―予後改善へのエビデンス(溝田友里・山本精一郎)
  ・がん患者の再発予防のための生活習慣
  ・がん患者を対象とする大規模前向き疫学研究
  ・乳がん患者を対象とする大規模前向き疫学研究
  ・Rainbow of KIBOU Study(ROK Study)
  ・ROK Studyの進捗
分子疫学研究からのエビデンス
 14.ゲノム・遺伝子情報を用いたがんの疫学研究(岩崎 基)
  ・候補遺伝子アプローチ
  ・GWASとは
 15.オミックス技術を用いたがんの疫学研究(島津太一)
  ・エピジェネティクス/エピゲノミクス
  ・トランスクリプトミクス,プロテオミクス,メタボロミクス
 16.がんの生物学的特性を考慮した疫学研究(松尾恵太郎)
  ・EGFR変異の有無により非小細胞肺癌を分類した疫学研究
  ・分子生物学的な特性を考慮した疫学研究を実施するうえでの問題点
介入研究からのエビデンス
 17.大腸がん化学予防介入試験―アスピリンを中心に(石川秀樹)
  ・疫学的観察研究によるアスピリンの大腸がん予防
  ・臨床試験によるアスピリンの大腸がん予防
  ・大腸腺腫・大腸がん既往者に対する大腸腺腫の発生をエンドポイントとした無作為割付試験
  ・家族性大腸腺腫症に対する大腸腺腫の増減をエンドポイントとした無作為割付試験
  ・一般人に対する大腸がんをエンドポイントとした無作為割付臨床試験
  ・Lynch症候群に対する大腸がんをエンドポイントとした無作為割付臨床試験
 18.乳がん化学予防の現状(永田知里)
  ・タモキシフェン,ラロキシフェンの臨床試験
  ・化学予防の使用状況
  ・リスク・ベネフィットの評価
  ・他の化学予防剤
  ・日本における乳がんの化学予防
 19.前立腺がん化学予防の現状(澤田典絵)
  ・Prostate Cancer Prevention Trial(PCPT)
  ・Reduction by Dutasteride of Prostate Cancer Events Trial(REDUCE)
  ・Selenium and Vitamin E Chemoprevention Trial(SELECT)
  ・その他の薬剤などによる化学予防の可能性
 20.食事改善によるがん予防をめざした介入研究(若井建志)
  ・Polyp Prevention Trial
  ・Women's Health Initiative Randomized Controlled Dietary Modification Trial
  ・Canadian Diet and Breast Cancer Prevention Study
  ・乳がん患者の食事改善による予後への影響
  ・考察―なぜ介入研究で明らかな予防効果が示されないか

 サイドメモ目次
  世界のがん情報データベース
  コホート研究とメタアナリシス
  なぜアジアの統合解析か?
  プール解析とメタ解析
  半定量食物摂取頻度調査票と妥当性
  Cohortとは
  ナショナルレセプトデータベース(NDB)
  アスピリンと非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
  介入研究とコホート研究の比較